選別
影の魔物が洞窟内に揺らめきながら、魔力を持つ者達を見据える。
スライム、ディーネ、リリィ、マオ。
選別は始まり、スライムとリリィが戦いを挑むが、明らかに戦況は彼らに不利だった。
一方で、マオはただ回避するだけで、一切戦おうとしない。
「しつこいな、あいつ!」
「選別と言うからには、何か目的がある筈だ…」
ウォルターは戦いの様子を見ながら、魔物の真意を探る。
スライムとディーネは必死に戦っているが、明らかに不利な状況だった。
「この魔物…何を見定めようとしているんだ?」
「…『魔力の持ち主』を試しているのは確かだな」
マオは魔物の言葉を思い出す。
魔物は、予め『戦いに立つ者』を指定した。
それらは全て『魔法』が使える者。
其処に人間や魔物と言った括りはない。
「選ばれるべきは『魔力を持つ者』? しかし、ただそれだけではなさそうだが…」
【…眼に見えるモノが正しいとは限らない』
影の魔物は、ウォルターの言葉に応えるように静かに呟いた。
【―-『魔力を持つ者』の中でも、本当に『契約者の望む者』に相応しいのかどうか…我はそれを、試している】
「契約者? お前は誰に召喚されたんだ?」
【――…契約者の名は、その者の許可なしには口には出来ない。そう言う『契約』なのでな】
「こんなデカい魔物と契約した奴、絶対ロクな奴じゃねぇよ…」
【――…同感だ】
毒づくフウマに、魔物は小さく笑みを零すだけだった。
一体誰が、何の為に。
その答えは今の段階では、知り得る事が出来ないのだろう。
「なら『選ばれなかった者』はどうなる?」
ウォルターが問う。
「――大人しく逃げかえれば、命までは取らぬ。だが、己の力量を弁えぬのであれば…それまでだ」
それが意味するところは、決して軽くない――
洞窟の奥、淡く輝く魔法陣の光の中で、レンたちは魔物と対峙していた。
ディーネ、リリィ、スライム、そしてマオ。
彼女達は選別の対象とされ、魔物の前に立たされている。
この魔物を倒さなければ、先へは進めない。
その場にいる者全てが、理解していた。
しかし、問題は其処ではなかった。
攻撃が、一切通じないのだ。
「浄化の輝きよ、矢となれ――!」
ディーネの放った【浄化の矢」が魔物の胴体に突き刺さる。
しかし、矢は直ぐにその輝きを失い、消滅してしまう。
ダメージどころか、胴体には傷一ついていなかった。
「そんなっ…!?」
ディーネは驚愕の声を上げる。
続けてリリィが炎を纏ったスタッフを構えた。
「それなら、これならどう!? ――ファイアランス!!」
轟音と共に放たれた炎の槍が、魔物の胸元に突き刺さる。
だが、魔物は微動だにしない。
「冗談でしょ…!?」
リリィが息を呑む。
スライムも必死に小さな火球を連続で撃ち込むが、まるで壁に弾かれるように消えていく。
『全然効かないよぉ…!」
一同に焦りが募る。
魔物は、ただ静かに佇んでいるだけ。
まるで、彼女達の攻撃が通じないと解っているかのようだった。
「こいつ、どういう仕組みなんだ?」
「攻撃が、まるで効いてないなんて…!」
影の魔物は、暗闇の中に不気味に蠢いていた。
その姿は黒い霧のように揺らめき、形を変えながらゆらり、ゆらりと舞っている。
巨大で、人の身長をはるかに超えるそれは、威圧感を放ちながら、レン達を見下ろしていた。
「コイツ…不死身なのか?」
「そんな馬鹿な事ってある!?」
フウマが僅かに息を呑む。
リリィもスタッフを握りしめ、魔力を練る。
幾度となく詠唱する炎の魔法だが、その精度にも次第に陰りが見え始めていた。
彼女だけではない。
スライムやディーネもまた、度重なる魔法の詠唱で疲弊し始めている。
このまま続けば、明らかに戦況は悪くなる一方だった。
「どうする事も出来ないの…!?」
此処まで来て、諦めるなんて出来なかった。
確かに目の前の魔物は大きく、恐ろしい。
けれど、その『威圧感』とは裏腹に、何処か違和感がある。
…ふと『本体』に、レンの眼は妙な違和感を覚えた。
戦いの直感ではない。
魔物の影に流れる『オーラ』が、その形に伴っていないように思える。
『オーラ』は、通常の視覚では捉えられない、力の流れだ。
生命体のエネルギーと言っても過言ではない。
魔物の体を包み込む淡い紫の魔力が、脈動するように流れている。
その魔力はまるで川のように、全身を巡っている――筈だった。
しかし――眼に見えるオーラの流れは、明らかに影の魔物の大きさには見合っていない。
何と言うか…そう、オーラが小さすぎるのだ。
――視えているものが、何か『おかしい』
レンはじっと魔物を見つめる。
影が大きく蠢き、闇の中で何度も形を変えている。
買えているのは『影』のみで『オーラ』の流れは、一向に小さいまま。
この魔物全体を包むようなオーラには、到底思えなかった。
…いや違う。
これは、ただの幻…?
眼を凝らし、魔物を覆うオーラを視る。
その瞬間、レンはハッと気づいた。
影に覆い隠されるように、小さな生命体のようなオーラがある――
それは、影の巨体の足元―-まるで『小さな』生き物のように視えた。
…本体は、あれだ!
「スライム!」
レンは即座にスライムに指示を出した。
「ぷちっとふぁいあを、影の足元へ!」
『う、うんっ!』
スライムは素早く体を揺らし、小さな火球を吐き出した。
火球は真っ直ぐに飛び、影の足元へとぶつかる。
【―-…ぐ…っ!?」
その瞬間――
影の巨体が、ぐらりと揺らめいた。
まるで何かに苦しむように、闇が激しく蠢き始める。
「今、攻撃が通った…!?」
ディーネが驚きの声を上げる。
ウォルターやリリィも、目の前の異変に唖然としていた。
「ディーネ! リリィ!」
レンの鋭い声が響く。
三人は彼を振り返った。
「足元の魔法陣だよっ! 其処に何かいる!」
レンは確信する。
幻の巨体ではなく、影の足元にちょこんと佇む『何か』こそが、本物の魔物だったのだ。
「魔法陣…?」
ディーネが一瞬戸惑ったが、レンの真剣な眼差しに確信を得る。
「其処に攻撃を集中させて!」
「わ、解りました!」
ディーネがすぐに詠唱を始める。
「浄化の輝きよ、矢となりて――『浄化の矢』!」
彼女の魔法が、狙いすましたかのように魔物の足元に向かって飛ぶ。
それに続き、リリィが杖を振り翳した。
「炎よ、槍となり貫け――ファイアランス!」
燃え盛る炎の槍が、ディーネの『浄化の矢』に続いて放たれる。
更に、スライムも全身を震わせながら、小さな火球を連続で撃ち込む。
「ぷちっとふぁいあっ!」
三人の魔法が、レンの見つけた『小さなオーラ』に向かって収束する。
ズドォォォォォン!!
衝撃と共に、魔物の体が仰け反る。
その瞬間――
影の魔物は、大きくのたうち回るように揺らめき、悲鳴のような低い唸り声を上げた。
「やった……!」
暫くすると、影の魔物の巨体は、ゆっくりと霧のように消えていった。
「凄い…」
リリィが息を整えながら呟く。
ディーネも驚いた様子で、レンを見た。
「レンさん凄いです! どうして…!?」
「わ、私にもよく…ただ、眼に見えるモノが正しいとは限らないって事は、確かだったね」
魔力の流れの中、敵の足元に展開された魔法陣のあたりに小さな『オーラ』が生じているのを見つけたのだ。
それは、巨大な影に気を取られていては、到底気付けないようなもの。
だが、それこそが唯一の『突破口』だった。
魔物の足元に展開されていた魔法陣が、一瞬だけ激しく明滅し――
バキィィィィン!!
砕け散った。
「…やったか!?」
ウォルターが身構える。
魔物の体を包んでいた魔力のオーラが、徐々に薄れていく。
それはまるで、魔法陣によって守られていた何かが崩れ去るようだった。
巨大な影の魔物は、ゆっくりと顔を上げると――
【…見事だ】
小さな何かが、何処か満足そうに呟いた。
レン達はハッと息を呑み、その方向へと視線を向ける。
其処にいたのは――
小さな、小さなトカゲ(?)のような生き物 だった。
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。




