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洞窟に棲む魔物



レン達は、ぽっかりと口を開ける暗い洞窟までやって来た。

ひんやりとした風が吹き出し、奥底からは不気味な気配が漂ってくる。


湿った岩肌が鈍く光り、遠くで水滴が落ちる音が響いていた。



洞窟の前には、既にいくつものグループが集まっていた。

レン達が到着すると、その中の一つのグループが彼らを一瞥し、当然のように話しかけてきた。




「お前達も討伐隊か? 今回は大所帯だな」




長身の男が顎を撫でながら言う。

彼の周囲には、しっかりとした装備を整えた戦士や魔法使いらしき者が数人いた。

レン達は一瞬顔を見合わせるが、ウォルターがすぐに話を合わせた。




「ああ、そうだ。俺達も洞窟攻略の為に来た」




レンは内心驚いたが、ウォルターの落ち着いた態度に頷いた。


彼らもこの洞窟を突破する必要がある。

ならば、他の冒険者たちと協力したほうが得策だ。





「そうか、なら心強いな。正直、今回の討伐は厳しいと聞いてる。お互い気をつけよう」




男は軽く拳を打ち合わせる仕草を見せ、他の冒険者達と共に隊列を整え始めた。

どうや彼らは、討伐隊として編成された冒険者達で、複数のパーティーが合同で行動している。


見たところ、レン達のパーティーが最後に合流した様だ。




「おい、騎士さんよ」




振り返ると、後詰に『影爪団』のボス率いる盗賊団。

『騎士』と呼ばれたのが自分であると気付いたウォルターは、少し肩を竦めて見せた。




「俺は騎士ではないが…」

「何だそうなのか?」

「ウォルターだ」

「あぁ、どうせすぐ忘れるからいいさ」




ボスはにやりと笑う。




「それよりだ。俺達もパーティーを組んで行く。ま、先行するのはお前達に任せるがな」




彼らは最初から魔物を討伐するつもりはなく、レン達の後をつけ、状況を見ながら動くつもりらしい。




「…随分とちゃっかりしてるね」




レンが呆れ混じりに言うと、ボスは肩を竦めた。




「生き延びる為の知恵って奴さ。俺達みたいな連中は、無駄な戦いを避けるのが鉄則でな」




ボスの言葉には納得出来る部分もあった。


影爪団のメンバーも、それなりに腕に覚えがある者を集めているようだが、正面から戦うには荷が重いと踏んでいるのだろう。




「まぁいい。好きにしろ。ただし、危険だと思ったらすぐに引き返すんだ」




ウォルターが釘を刺すと、ボスは心得てると言わんばかりに手を振った。



やがて、討伐隊の準備が整った。




「進むぞ!」




先頭のリーダー格の男が声を上げ、一斉に洞窟の中へと足を踏み入れる。


洞窟の内部は湿気に満ちており、ひんやりとした空気が肌を撫でる。

壁面には苔が生え、所々に生えている発光キノコが、薄緑色の微かな光を放っていた。


足元には水たまりが点在し、踏みしめる度にぬかるんだ土が靴にまとわりつく。



「…凄い人数だね」




レンは前後を見渡しながら呟く。

これだけの冒険者達が一堂に会するのは、そうそうない光景だ。

それだけ、この洞窟が危険であるという証拠でもあった。




「気を引き締めろ。此処にいるのは討伐隊だけじゃない。獲物を狙ってる何かがいる筈だ」


「は、はいっ」




ウォルターが低く言う。

その言葉に、ディーネが緊張した面持ちで頷いた。


リリィもスタッフをしっかりと握りしめ、警戒を怠らない。




「何が出るか、解らないしね…」




洞窟の奥から、不気味なうなり声が微かに響いた。

それは、確かに何かが潜んでいる証だった。


レン達は息を整えながら、ゆっくりと洞窟の奥へと歩みを進めた。


全員の手には、洞窟の暗闇を照らす松明が握られていたが、僅かな風にも揺らぐそれは、大なり小なり様々な形で影を作り出していた。


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「恐いですね…」




ディーネが小さく震えながら呟いた。

彼女は無意識に、レンのクロークの裾をぎゅっと握っていた。

レンはそれに気付いていたが、あえて何も言わない。


恐いのは、私も一緒だ。



暗闇は彼女にとって苦手なもののひとつだった。

洞窟の入り口から見えるその中は、光が届かず、まるで何かが潜んでいるような不気味さがあった。


レンは無言でその穴を見つめる。




「頑張ろう、ディーネ」

「そ、そうですね」




それでも、ディーネの前で弱音を吐くわけにはいかない。




「足元に気を付けて、ゆっくりついて来るんだ」




ウォルターの優しくも頼もしい声が、暗闇の恐怖を少しだけ和らげる。

洞窟内は冷たい空気が満ち、湿った岩肌から水がぽたぽたと滴り落ちる音が響く。



洞窟を進むにつれ、足元に何かが転がっているのが分かった。


骨だった。


動物のものか、それとも魔物のものか。

いや、それだけではない。




「中には人骨もあるかも知れないな」




フウマが、軽い口調でそう言った。




「「っ!?」」




レンとディーネの背筋がぞわっと粟立つ。




「ちょ、ちょっとカゲっ! 馬鹿な事言わないでよねっ!?」

「…あまり彼女達を怖がらせてやるな」




ウォルターが呆れたように言う。




「冗談だよ、冗談」




フウマは肩を竦めながらも、その目は警戒を緩めていなかった。



この洞窟……何かが居る




そんな予感が、全員の胸を締め付けた。


この先に何が待っているのか。

それを知る為にも、彼らは進むしかなかった。




洞窟の内部は広大で、いくつもの道が複雑に入り組んでいた。

壁の至る所には亀裂が走り、滴る水が小さな流れを作っている。


天井は高く、所々に空いた穴から冷たい風が吹き抜けていた。




「…思った以上に広いな」




ウォルターが低く呟く。

彼の言葉通り、一つの隊で進むにはこの空間は広すぎる。




「このまま全員で進むのは効率が悪いな。それぞれのパーティーで別れて進んだ方がいい」




先頭のリーダー格の男がそう提案すると、周囲の冒険者達も頷いた。

確かに、これほど道が入り組んでいるなら、一箇所に固まるよりも各パーティーごとに分かれて進んだほうが、探索の効率が上がる。




「じゃあ、俺達はこっちに進むか」




ウォルターが一つの洞穴を指差し、レン達はそれに頷いた。

足元に転がる小石を蹴ると、暫く転がった後、深い闇に呑まれていった。





「何があるか解らない。慎重に行こう」





そのの言葉に、ディーネとリリィも神妙な顔で頷く。

スライムもぷるりと震え、周囲を警戒するようにぴょこぴょこと跳ねた。




「行くぞ」




ウォルターの号令で、一行は慎重に洞穴へと足を踏み入れた。


足音が湿った地面に吸い込まれ、微かな音となって洞窟内に反響する。

人の声や動きが壁にぶつかり、まるで何者かが近くに潜んでいるような錯覚を覚える。




「…音が妙に響くな」




フウマは周囲を見回しながら呟いた。

反響する音は、距離感を狂わせ、敵が近くにいるのか遠くにいるのかを判断しづらくしていた。




「音だけで警戒するのは、危険かも知れないわね」



リリィが慎重に足を進めながら言う。

彼女の手には、いつでも魔法を放てるようにとスタッフが握られていた。


前方には分岐点があり、片方は更に奥深く続いているように見えた。

もう一方は傾斜がついており、下へと降りる道になっている。




「上か、下か…」




ウォルターが腕を組んで考える。




「上は空気が動いてる。何処かに出口があるのかも知れない」


「魔物が居て洞窟を通り抜けられないのであれば、出口を塞いでいると考える方が妥当だろうな」


「でも、もし魔物が下に居たら?」




どちらを選んでも危険は伴うが、確実に魔物を討伐するなら、先に下へ降りた方が手がかりが掴めるだろう。




「どうする?」




レンが皆を見渡すと、ウォルターは即座に答えた。




「下に行く。どうせ隅々まで調べる必要があるんだ」




決断を下し、一行は静かに傾斜を下っていく。


闇がますます濃くなり、洞窟の奥からは不気味な唸り声が聞こえてきた。




――この先に、何が待ち受けているのか。




レンは、ペンダントに触れながら、慎重に足を踏みしめた。






レン達が洞窟の奥へと進んでいくにつれ、空気が徐々に変わっていくのを感じた。


先程まで耳に届いていた滴る水音が、不意に止まる。

風の流れすら途絶えたような、不自然な静寂が洞窟内を包み込む。




「…何かおかしいよ」

「え?」




レンが立ち止まり、ウォルターとフウマが振り返る。



その瞬間――




バチッ……バチバチッ……!



青白い魔法陣が、洞窟の地面にゆっくりと浮かび上がった。

淡い光を放ち、円を描くように展開されるその紋様は、見覚えのないものだった。




「…魔法陣?」




ウォルターが警戒しながら剣を抜く。

するとその傍らで眺めていたマオ。




「この術式――人間が組み立てたんだな」

「マオちゃん解るの?」

「人間と悪魔じゃ、描く魔法陣の術式が異なるんだ。しかもちょっと乱雑だな、これ」




マオは描かれた魔法陣の傍にちょこんと座りながら、それを見つめる。




「何者かが、この洞窟を通る者を阻む為に仕掛けたのは確かだぞ」

「一体誰が…」

「さあな。でも…十中八九、魔法王国側の誰かだ」




関所が閉ざされてる以上、このルートを通る者は必ずいる。




「…どうしても、人を受け入れたくないようだな、魔法王国は」




ウォルターが低く呟いた。




バチバチバチッ…!!




突然、魔法陣の光が強くなり、洞窟の奥から何かが蠢く気配がする。




「どうやら『当たり』みたいだな」

「っ…これは…!」




ディーネが息を呑む。


光の中心から、何かが滲み出るように現れた。



黒い霧のような魔物。


それは、酷く不定形で、流れるように姿を変えながら、レン達の目の前に立ちはだかった。

無数の影が揺れ動き、時折何かの形に見える瞬間すらある。




「…影の魔物か」




フウマが警戒しながらクナイを手に取る。




「これ、ただの魔物じゃない…!?」




ディーネの声が震える。




「…気をつけろ。こいつはただの魔物じゃない。『召喚』された魔物だ」




マオの赤い瞳が、魔物をじっと見据える。

レン達はすぐに戦闘態勢を取った。




「…通常の魔物ではないのか?」




ウォルターが魔物を睨みながら問う。




「この影は『魔法王国の魔法陣』によって召喚された。『闇の呪詛』が掛かってるんだ」


「呪詛…?」


「つまり、倒しても倒しても『影』として周囲に広がる。森の番人が居ただろう? あれよりもずっとタチの悪いモンだと思えばいい」


「っ…!」




リリィが息を呑み、一歩後ずさる。

森での出来事は、まだ彼女にとって日が浅く、忌まわしい記憶として植え付けられている。




「ヤバいな」




フウマが舌打ちする。




「おいチビ。お前なら何とか出来るのか?」

「オレは今、か弱い子どもだぞ?」

「ちっ…戦力としては臨めないってか」

「あとな」




マオは、魔物の群れの中心を見据えながら呟く。




「この『影』の魔物――『何か』の意思を感じるぞ」


「…何かの意思?」




ウォルターが眉を顰める。




洞窟の奥深く。

影の魔物は闇の中に揺らめきながら、じっとレン達を見据えていた。




【――これより『選別の時』なり…我に挑みし者よ、その力を示せ…」




影持つ魔物は、静かにそんな言葉を投げかける。

まるで意味の解らない内容に、レン達はタダ戸惑いを感じていた。




「…選別?」

「何かを試されてるのか、俺達?」




ウォルターが剣を握り締める。

フウマも背中のクナイを引き抜き、いつでも動けるように備える。



しかし――




【―-…力を示すは、お前達ではない】




魔物の低く響く声に、ウォルターとフウマはまたしても眉を顰めた。




「…どういう意味だ?」




ウォルターが問うと、影の魔物はゆっくりとレン達を見回した。

まるで何かを【探している】ような視線だ。


やがて、その瞳が、ある者たちへと向けられた。





【――我が求めるは…」




魔物の影が動く。


その先にいたのは――




マオ、スライム、そしてディーネ、リリィだった。




「何だよ、オレもか?」




マオが気怠そうに髪をかきあげながら、魔物を睨みつけた。




【―-選別とは『魔力を持つ者を見極める』という事】




魔物の言葉に、ディーネが困惑した表情を浮かべる。




「わ、私も…?」


「当然だ。『魔力』とは、ただの人間の専売特許ではない。女、子供、人間であろうと、魔物であろうと――『魔力を持つ者』ならば関係ない」




影の魔物は、静かに語る。



影の魔物が闇に溶けるようにして動き出す。

次の瞬間、黒い霧が広がり、マオ、スライム、ディーネ、そしてリリィを包み込もうとする。




「ちっ…!」

「マオちゃんっ!」




マオが瞬時に跳び退るが、影の触手のようなものが彼の足を掴もうとした。

すぐさま転移魔法を使い、間一髪で回避する。




「…面倒な事になったな」




マオが呟きながら、魔物を睨みつける。




『ど、どうしたらいいの…っ!?』




スライムも驚いていたが――次の瞬間、魔物の影が迫ると、反射的に『ぷちっとふぁいあ』を発射。

火の玉が影に命中すると、じゅうっと焼けるような音がして、魔物の動きが僅かに鈍った。




「火が…効く!?」




レンがそれを見て叫ぶ。




『うん!』


「それなら。あたしの魔法で!」




次いで、リリィのスタッフが魔力を解き放つ。

炎の火球が延びて来る影を、次々と撃退して行った。


スライムとは違って、多数方面へと連射出来るのがリリィの強みでもあった。




「凄い、リリィ!」

「でも、そんなに多くは撃てないわよ…!」


『よ、よぉし。ボクだって!』




スライムが火を放ち続けようとするが、魔力の消耗が激しいのか、次第にその体が震え始める。




「スライム、無理しないでっ!」




レンが慌てて声をかける。

リリィに比べ、スライムの魔力には温存がない。


撃てば撃つほどに消耗していくMPは、ほぼセロに近付いていた。




「『浄化の矢』!」




ディーネが震えながらも、ロッドを強く握った。

ロッドの先から光の矢が放たれ、影の一部へと突き刺さる。



影の一部が弾け、魔物は低く唸り声をあげた。




「やった…!?」




だが、影の魔物はすぐに形を再構築し、動きを止める事はなかった。




【――なるほど…『魔力』はあるが…まだまだ未熟だな】




魔物の言葉に、ディーネが息を呑む。




「っ…!」


【もっと試してやる…お前達の力が何処まで通じるのか】




影が再びうねり、戦闘が再開された――





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