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影爪団の事情




アジトの中は荒れ果てていた。


乱雑な部屋、埃の積もった床。

掃除はしているのだろうが、明らかに人手が足りていないのが解る。


そして何より――此処には女性の姿が一人もなかった。

レンやディーネ、リリィの姿を盗賊達がじろじろと見てくる。




「ちょっとっ!! レディに対して失礼じゃないっ、此処の奴ら!」




その嫌な視線に、リリィがキッと一睨みするだけで、たじろぐほどだ。




「女に慣れてない奴らが多いもんでな。気を悪くすんなよ」




ボスは苦笑しながらそう言った。



そして、自分の部屋へとレン達を招き入れる。





「さて…」




 部屋の中央にある木製の椅子に腰を下ろしたボスは、ウォルターたちを一瞥しながら、静かに問いかけた。




「お前達はどうして此処に来た? 俺達をどうするつもりだ?」




ウォルターはボスと正面から向き合い、堂々と答える。





「影爪団が行商人の馬車を襲っていると聞いた。それを止める為に来た」




ボスは小さく鼻を鳴らす。




「馬車を襲った、ねぇ…そう聞いたって事は、行商人の話を鵜呑みにして乗り込んで来たって訳か」


「事実ならば、盗賊行為を見過ごす訳にはいかない」





ウォルターの言葉に、ボスは少し考えるように天井を見上げた。

そして、肩を竦める。




「…まぁ、否定はしねぇよ。確かに食料を調達する為に、馬車から盗みを働いたのは事実だ」




素直に認めるボスの態度に、レンは少し驚いた。




「なら話は早い。盗みをやめてもらおうか」




ウォルターが強い口調で言う。

だが、ボスは苦笑するだけだった。




「簡単に言ってくれるなぁ。じゃあ聞くが、俺達が盗みをやめたとして、どうやってこの人数の腹を満たす?」


「それは…」




ウォルターが言葉に詰まる。

その言葉を継いで、フウマが口を開いた。




「んなもん、全うに働いたらいいだけじゃねぇか」

「あぁ、その通りだ小僧。だがな…」




ボスは溜息を吐きながら続けた。




「俺達だって好きで盗賊をやってる訳じゃない。此処にいる連中の殆どは、元冒険者か、それにすらなれなかった落ちこぼれだ」


「…落ちこぼれ?」




レンが思わず口にする。

ボスは彼の反応を見て、苦笑した。




「あぁ、そうさ。冒険者ランクを上げるには、それなりの実力と運が必要なのはお前らも知っている筈だ。D級からC級に上がるだけでも、命を落とす奴が山ほどいる」




ボスは腕を組みながら続ける。




「俺達は、その壁を越えられなかった弱い連中の集まりだよ。D級止まりのまま、まともな仕事にありつけず、気がつけば追い詰められてた。ギルドからは『役立たず』扱いされ、海の街では『危険な奴ら』として警戒される。そうなると、もう盗賊にでもなるしかねぇんだよ」




その言葉に、レンは息を呑んだ。


盗賊団といえば、ただ欲望のままに略奪や暴力を働く連中だと思っていた。

だが、目の前の男は違った。


ただ生きるために、仕方なく盗みを働いているだけ――そういう人間もいるのだと、初めて知った。


海の街で『D級』冒険者が多く見受けられたのも、必死になってクエストを受注する姿は戒めの意味もあったのだろう。

落ちぶれた『影爪団』の様にならないように…




「…」




沈黙が流れる中、ウォルターが口を開いた。




「それでも、盗みは許される事じゃない。誰もが苦しい中で生きている。お前たちだけが生きる為に。他人を犠牲にしていい訳じゃないだろう」




ボスはじっとウォルターを見つめ、やがてふっと笑った。




「…お前さん、真っ当な冒険者だな」




皮肉っぽい笑みを浮かべたまま、ボスは少し考える素振りを見せる。




「なぁ、こっちから提案があるんだが」




静かに放たれたその言葉に、ウォルターの眉が僅かに動く。




「提案?」

「そうだ」




ボスは頷き、ゆっくりと一本の指を立てた。





「俺たちが盗みをやめる代わりに、食料を確保する手段を用意してくれないか?」


「…何?」




ウォルターだけでなく、レン達も驚いた表情を浮かべる。




「簡単な話さ。盗みをやめろって言うなら、その代わりに生きる手段をくれ。もしお前達がそれを保証出来るなら、俺達は盗みをやめる」




レンが思わず口を開きかけるが、すぐに言葉を飲み込んだ。

今の彼らに、それができるかと問われれば、答えは『否』だった。


一同が沈黙する中、ボスはその反応を見て静かに溜息を吐く。




「…まぁ、無理だろうな。忘れてくれ」




ウォルターの表情が険しくなる。


確かに急にそんな事を言われても、どうしようもない。

しかし、ボスはそれを承知の上で言ったのだ。


結局のところ、彼らには盗みを働かないと生きる術がないのだろう。




「…」




重い空気が漂う中、ボスは話題を変えた。




「お前、俺達がこんな状況になった理由を知りたいか?」


「…聞かせてもらおう」




ウォルターが腕を組みながら促すと、ボスは少しだけ視線を落とし、ゆっくりと語り始めた。




「元々、俺達は盗賊団じゃなかった」

「…どういうことだ?」


「俺達の資金源は、ある『仕事』の報酬だった。以前は魔法王国から報酬を貰って、影爪団はそれなりに安定していたんだ」


「魔法王国からの報酬…?」




ウォルターが訝しげに聞き返す。

ボスは苦笑しながら頷いた。




「報酬が得られたのは、ある洞窟が魔物の巣窟になる前までの話さ。あの洞窟がまだ安全だった頃、俺達は定期的に王国へ向かっていた」


「…何の為に?」




レンが警戒しながら問う。

ボスは一瞬、答えを躊躇うような素振りを見せたが、やがて観念したように口を開いた。




「人間の輸送だよ。魔法王国への献上としてな」


「献上…?」




レン達は一瞬言葉の意味を理解出来ずにいた。

しかし、ボスの次の言葉が、その真意をはっきりと示した。




「身寄りのない子供から老人まで、何処の素性も知れない者を馬車に乗せ、魔法王国へ運ぶ。それが俺達の『仕事』だったんだ」


「…っ!」




リリィが息を呑み、ディーネは小さく震えた。




「つまり、お前達は人を攫って王国に売っていたって事か?」




ウォルターの声音が低くなる。




「…俺達はただ、運んでいただけだ。報酬を貰っていた事を考慮するならば――確かにそれは『売っていた』のだろうな」




ボスは淡々と話す。





「一人や二人といった人数じゃなさそうだな…」


「運ぶ為には馬車が必要だった。だから、俺達は馬車を襲った。馬車が壊れればまた新たに襲う。それだけの話だ」




言葉に感情はなかった。


ただ、事実を述べているだけ――そんな風に聞こえた。





「…だが、それも終わった」





ボスは静かに目を閉じる。





「洞窟が魔物の巣窟となってからは、冒険者も馬車も通れなくなった。魔法王国へ行く手段が断たれ、俺達は報酬を得る事が出来なくなったんだ」




図らずも、それが影爪団の食糧難の原因だった。




「…それが、お前達が盗みに走った理由か」




ウォルターの言葉に、ボスは静かに頷く。





「生きる為には、何かを奪うしかなかった。真っ当な職に就けるほど、俺達は血は強くはない。努力しても努力しても爪弾きにされる…それだけの事だ」





ボスの声は淡々としていたが、その奥にある深い闇は、レンにもはっきりと伝わった。




「…なるほどな。つまり、お前達は、魔法王国へ『人を送る』事で報酬を受け取っていた、と」




ウォルターは腕を組みながら、目の前の男を見つめた。

盗賊団―-影爪団のボスは、豪胆そうな見た目とは裏腹に、何処か焦燥感を滲ませた目をしていた。




「そうだ。俺達は、行き場のない奴らを拾ってやってたんだ。誰にも相手にされず、飢えて死ぬよりはマシだろう?」




ボスは苦い顔をしながら答えた。




「本当に、そう思っていたのか?」




ウォルターの問いに、ボスは言葉に詰まる。




「…そう思い込もうとしていた、が正しいな。だが、俺達が手を貸さなけりゃ、あいつらは野垂れ死にするしかなかったんだ。魔法王国からの報酬がなきゃ、俺達も食っていけなかったしな」


「その報酬ってのは、どのくらい貰えるんだ?」




フウマが横から尋ねた。




「一度に五人送れば金貨十枚。十人ならその倍ってところだ。俺達みたいなアウトローがこんな大金を手に出来る仕事なんて、そうそうあるもんじゃない」。


「アンタ達、ホントに何も知らずにやってたの?」


「ああ。俺たちはただ『人を送る』役目を果たすだけだった。だが…ある時から『足りない』と言われるようになった」

「足りない?」


「…ああ。俺達も最初は、路頭に迷ってる連中を集めりゃ、それで済むと思ってた。だがある日、引き取り人の男に言われたんだ。『お前達の中からも、数人出して貰えないか?』ってな」


「何故…?」




ディーネが小さく呟いた。




「さあな。ただ、報酬が減るのは困るし、向こうでそれなりに生きる事が保障されるなら、悪い話じゃないだろうと思ったんだ。兄弟分も『様子を見て来る』って、自ら志願して行ったんだ」


「それで?」

「…それきり、帰ってこない」




ボスの顔に陰りが差した。




「最初は何か事情があるのかと思った。けど、一週間経っても、二週間経っても、何の音沙汰もない。俺は引き取り人の男に問い詰めた。『あいつらは無事なのか』ってな」


「それで、何か答えは?」


「『彼らには大事な仕事を担ってもらっている』…ただ、それだけだった」




一同は沈黙した。




「何の仕事かは、言われなかったのか?」




ウォルターが重ねて訊いた。




「何度問い詰めても『安心しろ』の一点張りだったよ。…だが、これだけ帰って来ないとなると、安心なんか出来る訳がねぇ」


「…確かにな」




フウマが腕を組む。




「それで、お前は兄弟分を助けたいと?」

「ああ」




ボスは静かに頷いた。




「洞窟の魔物さえ片付けば、また魔法王国への道が開く。そうすりゃ俺達も動けるって訳だ」


「…でも」




レンは少し考え込む。




「それでまた人を送り出すつもりなの?」


「…そうなる、かもしれねぇが…それよりもまず、兄弟の安否を知りたい」




その言葉に、誰もすぐには返事を出来なかった。

もし本当に、魔法王国で『職を斡旋』されているのなら、彼らは何処かで働いているはずだ。



だが、もし――そうでなかったら?




「…なるほどな」




ウォルターはゆっくりと立ち上がる。




「お前の望みは解った」

「で、どうする?」




ボスが尋ねる。

ウォルターは仲間たちを見回した。




「…魔法王国に行く道が必要なのは、俺達も同じだ。洞窟の魔物を討伐し、道を開こう」


「ちょっろ、本気なの?」




リリィが驚いた声を上げた。




「あたし達、影爪団の為に動く訳?」

「そうじゃない」




ウォルターはきっぱりと言う。




「俺達はもともと魔法王国へ向かうつもりだった。洞窟の魔物を倒せば、その道が開かれる」


「それに、もし行方不明になっているのなら、それを確かめるのも悪くないよね」


「そもそも、魔法王国がどうして人を求めているのかも気になるな」




レンとフウマが顔を見合わせる。




「…ふむ」




ボスは市バラック考え込んだ後、低く笑った。




「あんたら、なかなか面白いな」

「褒め言葉として受け取っておくよ」




ウォルターが答える。




「行商人達に影爪団の襲撃がなくなるなら、街の連中も助かる。道を塞いでいる魔物が消えれば、より多くの人間が自由に動ける」


「それに…大切なご兄弟を見つける手伝いが出来るなら、それもいい事ですよね…!」





ディーネが優しい声で言った。


ボスは暫く沈黙した後、深い溜息を吐いた。





「…解ったぜ。じゃあ、洞窟の魔物を討伐しに行こうじゃねぇか」


「決まりだねっ!」




レンが勢いよく言うのに対し、リリィが不思議そうに言った。




「…でも、ひとつだけ気になることがあるのよね」

「何?」

「そもそも、何でそんなに人を欲しがる訳?」





その問いに、誰も即答する事が出来なかった。




「リリィにも解らないのか?」


「解る訳ないでしょ。そもそも魔法王国で人が集められてるのなんて、初めて聞いたもの」


「…それも、確かめる必要があるな」




ウォルターが静かに呟いた。




こうして、レン達の旅の目的に『影爪団の強打分の救出』と『魔法王国の人材供給の実態調査』が加わるっ事になった。








お読み頂きありがとうございました。

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