襲撃する盗賊達
新たに魔法使いのリリィを仲間に加えたレン達。
翌朝、ウォルターが事前に交渉をしていた行商人のもとを訪れた。
その行商人は馬車を所有しており、道中の護衛を引き受ける代わりに、魔法王国方面まで連れて行ってくれるという。
しかし、行けるのは途中までだった。
「悪いが、洞窟の先には進めない」
行商人はそう念を押す。
昨日、リリィが言っていた通り、何らかの影響で洞窟が魔物の巣窟となっているらしい。
「ああ。洞窟までで構わないさ」
ウォルターは即答し、渋る行商人にほんの少し金貨を上乗せした。
足元を見られている――そうとも思ったが、背に腹は代えられない。
険しい山道を越えなければならない以上、少しでも体力を温存しておきたかった。
「そんじゃ、さっさと乗ってくれ」
行商人は金貨を手にし、にこやかに出発の合図を出す。
「狙ってやったんじゃないの…?」
レンがぼそっと呟くと、隣のフウマが苦笑いする。
「行商人ってのはこういう取引が上手いんだよ。だからカモられんなよ?」
「うっ…気をつける…」
多分、自分一人なら、もっと余計に上乗せしてしまいそうだった。
行商人は馬車に乗り込むレン達を見て、人数を数える。
「乗客は…確かに4人以上だな。」
彼は頷きながら続けた。
「言ってた通り、魔法使いがいるのは本当に助かるぜ」
「え、あたし?」
リリィはきょとんとした顔をする。
ウォルターが馬車を手配したのは、リリィが仲間になる前の事だ。
本体であれば『魔法が使える冒険者』として交渉した際、念頭にあったのはディーネだ。
「すまないな、ディーネ。本当は君の事だったんだが…」
「いえ、大丈夫です」
ウォルターが申し訳なさそうに言うと、ディーネは小さく微笑んだ。
「4人以上と言うのは間違いありませんし、このまま話を通しましょう?」
「そうだな」
ウォルターは静かに頷く。
「実際、戦力が増えたのはありがたい」
こうして、一行は魔法王国へ向けて出発した。
魔法王国へ向かう道中、レン達は馬車に揺られながら進んでいた。
この地方では、『影爪団』と呼ばれる盗賊集団が、出没するという噂が絶えない。
彼らは行商人の荷を狙い、襲撃を繰り返しているらしい。
その為、行商人達は必ず護衛を雇いながら移動していた。
今回、レン達が馬車に乗れるのも、護衛を引き受けた事が理由の一つだった。
「影爪団か……物騒な連中だな」
ウォルターが低く呟く。
「盗賊って、そんなに頻繁に出るのですか?」
ディーネが心配そうに、行商人に尋ねた。
「最近は特に多いね。俺も何度か襲撃に遭ってるよ」
御者台の行商人が肩を竦める。
するとレンもまた、困った様子でフウマを見た。
「盗賊だってね」
「…だから、俺とそいつらを一緒にすんなっての」
フウマが嫌そうに眉を顰める、
同じ『盗賊』であっても、不本意なのは確からしい。
その時だった。
馬車の進行方向、森の中から何かが動いた気配がした。
「止まれぇぇえ!!」
怒号と共に、数人の男達が道を塞ぐように飛び出してきた。
全員が黒ずくめの軽装で、鋭い爪のような模様が入った布を巻いている――まさに『影爪団』の一味だ。
「やっぱり来やがったか…!」
「ゆっくりと馬車を止めてくれ」
ウォルターが剣を抜きつつ、業者の男に声を掛ける。
「下手に逃げるより、大人しく止まった方がいい」
「頼んだぜ。その為にあんたらを雇ったんだ」
「あぁ、任せろ」
馬車が停車すると、一番最初に降りたのはウォルター。
その次にフウマと続いて行く。
「お前達はそのままでいいぜ」
「だ、大丈夫ですか…?」
馬車から顔を覗かせたディーネが、心配そうな顔をする。
相手の数は4人と、此方の人数を合わせれば頭数は揃っていた。
「戦力は温存しておいて損はない」
ウォルターの言葉に、ディーネは頷いた。
特に彼女はパーティーにおいて、回復の要だ。
無理に前線に出る必要もなければ、僧侶の存在を奴らに知らせる事もない。
「へっへっへ、積み荷を全部置いていきな。抵抗すれば…痛い目見るぜ?」
盗賊のリーダーらしき男が、薄汚い笑みを浮かべる。
しかし、その言葉に返事をしたのはウォルターではなく、いつの間にか降りていたのか――リリィだった。
「悪いけど、それはお断りよっ!」
そう言うや否や、リリィは素早くスタッフを振り翳し、火の玉を盗賊達の足元に放った。
「なっ…!?」
火の玉が炸裂し、地面が爆ぜる。
怯んだ盗賊達の隙を突き、フウマが素早く影のように動いた。
「遅ぇんだよ!」
フウマは一瞬で敵の背後に回り込み、クナイの柄の部分で強かに叩く。
盗賊の一人が悲鳴を上げて倒れ込んだ。
「危ないから下がっててもいいんだぜ?」
「何言ってんのよ。こういう時こそ、あたしの出番じゃない!」
「あんた、意外と好戦的なんだな」
そう言いながらも、フウマの口元には笑みが浮かんでいた。
「こっちもいくぞ!」
ウォルターも剣を抜き、前線へ出る。
『ボクも行くー!』
「あっ。スライム!」
「じゃあオレもー!」
「マオちゃんは危ないから下がってて!」
そして相変わらず、レンはマオに対して過保護だった。
レンまでもが馬車から飛び出した事で、ディーネはオロオロとしながらも、ゆっくりと馬車から降りて行く。
「やれやれ。結局、全員で戦っているじゃないか…」
ウォルターが肩を竦めるものの、戦況は確実に此方の方が有利となっていた。
「こいつら、冒険者ってより傭兵みたいなもんじゃねぇか…!」
盗賊達は驚きつつも、武器を構えて応戦しようとした。
しかし、レンのダガーが閃き、ウォルターの一撃が次々と盗賊を無力化していく。
「あーもう! こんな連中に構ってる暇ないんだけどっ!」
リリィが苛立たしげに叫び、スタッフを振る。
「フレアランス!」
空中に火の槍が複数発生し、盗賊達の足元へ突き刺さった。
熱風と爆風が巻き起こり、影爪団の残党たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
『おねーちゃんすごーい!』
スライムの眼が、キラキラと尊敬の眼差しでリリィの魔法を見つめていた。
『ボクもー! ぷちっとふぁいあ!』
「やるわねスライム。でもあたしに比べたら、まだまだっ!」
「ひ、ひぃぃ! こんな奴ら相手にやってられるか!」
リーダーらしき男が捨て台詞を吐き、慌てて森の奥へ逃げていった。
「ふん、雑魚ね」
リリィは鼻を鳴らして、肩を竦めた。
「怪我をしている人が居たら、わたしに診せて下さいね!」
戦闘が終了すると、ディーネが心配そうに皆を見渡した。
怪我をするも何も、彼女がパーティー全体にバリアを張り巡らせてくれていたお陰で、大したダメージを受けていないのが現状だ。
それでも、誰かが傷を追ったりする姿を見過ごせないのだろう。
ほんのちょっとの傷でも、彼女はヒールですぐに直してくれた。
それも、過剰過ぎる手当だった。
「レンさん、眼は大丈夫ですか?」
「うんっ。オーラを見ても、そんなに辛くなかったよ!」
ジェリーのくれた『木細工のペンダント』に嵌められた魔石がキラリと光る。
これを装備する様になって弾見えての戦闘だったが、意識的に用賊達の『オーラ』を視認しても、特に頭痛や眩暈を食らう事はなかった。
それを彷徨すると、ディーネはほっと安心した様子で笑う。
「それはよかったです!」
魔石はまだ輝きを失っておらず、多少の戦闘を繰り返した所では力を失う事もないのかも知れない。
レンの『眼の力』に関しては、パーティー全員にも事情は離していた。
そして、ウォルターには『なぜ黙っていたんだ』と、軽くお叱りを受けた。
パーティーのコンディションを把握しておく事も、隊を率いる身としては理解しておくべきだとも、言われてしまった。
「これからは隠さずに話して欲しい。此方も皆の命を預かっているんだ」
「ご、ごめんなさい…っ」
それについては、ちょっとだけ反省すべきだと思った。
「…まあ、レンに明るさが戻ったのならよかったさ」
そしてウォルターは、飴と鞭をしっかりと使い分ける男だった。
「助かったよ…本当に、ありがとう。」
行商人は安堵の息を吐きながら、レン達を見た。
「奴ら、最近ますます大胆になってる気がする。普通、盗賊ってのは、あんな無鉄砲に襲って来たりはしないもんだが…」
「確かにな。あれじゃ、盗賊って言うよりもただの荒くれ者だぜ?」
ウォルターが腕を組んで考え込む。
「森の方に逃げて行ったよね、あいつら?」
「身を隠すならその方がいいのは確かだからな」
「じゃあ、独鈷から来るのかまでは解らないのかぁ…」
「馬車はまた動かせそうか?」
御者の男は、馬の調子を眺めて頷く。
「あぁ。ほんの少し吃驚しただけで、馬に外傷はない。罪にも無事だしな」
「それはよかった」
「けど、また現れないとも限らないわよね?」
「その時はまた追い返せばいいさ」
その為に、レン達は護衛役を引き受けているのだ。
再び馬車に乗り込んだレン達は、ゆっくりと動き出す馬車の荷台で暫しの休息をとる。
「全員が出てくる必要はなかったな」
「す、すみません。皆さんが行ってしまわれたので…」
「これだけ人数が居りゃ、パーティーを二つに分ける事も出来そうだな」
「そうだな」
たった一度の戦闘で、ウォルターとフウマは、盗賊達の力量はそれなりに解ったらしい。
基本的に前線に立つのはウォルターとフウマで、後方支援はディーネとりりィだ。
そして、レンはスライムと共に、前衛と後衛のサポートに回るのが丁度いい陣形だった。
「あたしとこの子が居れば、どんな敵でも燃やし尽くせるわよっ」
リリィが視線を向けたのは、マオだった。
彼女はマオが『とんでもない魔力』の持ち主だと理解している為、十分な戦力になると踏んでの発言なのだろう。
しかし――それにはちょっとした誤算があった。
「あれ。マオちゃんは戦わないよ?」
「えっ!?」
「オレはいつも見てるだけだっ!」
「こんなに強いのに…!」
「この身体は、まだまだ燃費が悪いからなっ」
にこにこと笑うマオは、レンのランクが『C』に上がっても、その魔力はまだまだ全盛期に達していないと言う。
仕える魔法も『転移移動』や『ちょっとした魔法』に加え、何かが使えるようになったと言う話はまだ聞かない。
それを言えば、スライムも『C級』に上がった事で、何かスキルに変化が出たりしたのだろうか。
昨日の今日で、レンの周りはバタバタしていたので、未だゆっくりと『ステータス』を覗き見る余裕がなかった。
「本当は、誰かが本格的に懲らしめてくれたらいいんだがなぁ…」
ぼやく様に、御者の男がそんな事を口にする。
「冒険者ギルドには、影爪団討伐のクエストは出てないのか?」
「あるにはある」
ウォルターが尋ねると、行商人は答えた。
「だが、今はそれどころじゃないみたいでね。冒険者達は、洞窟の魔物討伐に精を出してる。だから影爪団をどうにかしてくれる奴がいないんだよ」
「ふーん…そうなんだ」
レンが呟くと、ウォルターはじっと遠くを見つめた。
「ウォルター、どうする?」
「…何がだ?」
「影爪団を放っておくか、それとも…懲らしめるか」
「えっ!? ちょっと、あたし魔法王国に行く為に、あんた達について行くんだけど!?」
リリィが驚きの声を上げる。
しかし、マオが笑いながら口を挟んだ。
「ま、盗賊退治なんて簡単だろ? それに、道中で何度も襲われるのは面倒だしなっ!」
「いっその事、懲らしめちまった方が、後々の動きも楽になるんじゃねぇか?」
「…まあ、それもそうだな」
「ね。それに、困ってる人が居るのに放っておけないよ」
レンは軽く剣を回しながら、考え込んだ。
通常なら、このまま洞窟へ向かう筈だった。
だが、影爪団が今後も行商人を襲うなら、放っておくのも気が引ける。
「し、仕方ないわねっ。師匠に遭うのが先延ばしになっちゃうけど、困ってる人は放っておけない者ッ!」
「あんたは師匠に会いたくないだけだろ?」
「カゲ! 人の心を読まないでくれるっ!?」
「顔が嬉しそうなんだよ、あんたは」
確かに言われてみれば、リリィの表情はにま~っとしている。
どれほどその『師匠』とやらに会いたくないんだろうか…
お読み頂きありがとうございました。
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