F級テイマー、パーティを組む②
「居たぞ」
小高い丘に近付くとすぐに、先頭を歩くウォルターが片手を上げた。
制止する様に促されたレンは頷くと、その場でピタリと足を止める。
彼が凝視する先には、大小沢山のすっぴんボアの群れが居た。
「見ろ。すっぴんボアだ」
「多っ…」
「やはり群れで行動していたな」
遠目から見るすっぴんボアは、ブモブモと鼻を鳴らしている。
本来なら大人しい生き物で、特に危害を加えたりしない限りは襲ってくる事はない。
しかしレンは以前にも、すっぴんボアに襲われた経験と恐怖がある。
【■すっぴんボア(F) Lv,3】
すっぴんボアのステータスが、前回と違い、見えるようになっている。
レンに戦った実績があるからだろう。
暫く様子を見て観察していたが、一頭のすっぴんボアの眼が、ぐりんと此方を向いたーー気がする。
「…何か、こっちを見てるような?」
「奴らは遠くでも鼻が利く」
「あー、なるほど…えっ」
「気付かれた様だな。下がってろ」
そんな冷静な!
そんなツッコミを入れる間もなく、ウォルターは一瞬で背中の剣を抜き、突進して来たすっぴんボアを一閃する。
ーーザシュッ!!
『ブギャッ…!?』
僅かな悲鳴を上げるすっぴんボア。
その華麗な剣捌きに、私はつい見惚れてしまいそうになった。
「す、凄い…っ! 一瞬で倒すなんて!」
しかし、よく考えて見れなウォルターは『C級』の冒険者だ
そんな彼には大した敵ではないのかも。
しかし油断は禁物だ。
仲間をやられた事で、残りのすっぴんボアは興奮しているように見えた。
あの時と同じで、標的は此方に向けられている。
「安心しろ、俺が盾になる」
「ウォルターさん…」
「レンは出来るだけ離れるな。無理に戦う必要はない」
「は、はいっ」
護られている事に安心感はあった。
スライムはぷるぷるとまた腕の中で震えている。
彼一人で片をつけられるなら…と、余計な手出しはしないように、すっぴんボア達が斬り伏せられていく姿をじっと見ていた。
…でも、このままでいいとも思えなかった
「…囲まれたな」
「えっ!?」
ぽつりと、ウォルターが呟いた。
気が付くと、周囲にはすっぴんボアが1,2,3…10体もいる。
先程の群れが全部と言う訳ではないらしい。
何処からか、仲間の危機を察知して集まって来たのだろう。
今までは、彼が前方からの敵を引き受けてくれていた。
しかし今度は、どのすっぴんボアが行動を起こすかは、判断に難しい。
「ど、どうしましょう?」
「手がない事はない。だが…」
その時、ちらっとウォルターは私を見た。
彼一人ならいざ知らず、自分が居てはウォルターも、満足に実力を発揮出来ない部分もあるのではと…
レンはそう思った。
「…レン」
「は、はいっ!?」
「戦わなくていいと言った手前、協力してくれると助かるが…」
「や、やりますっ」
ついて行くと言ったのは自分だ。
その時点でお荷物位確定だと解っているが、戦わないと言う選択肢はなかった。
震えるスライムをそっと撫でる。
「怖いけど。一緒に頑張ろう…っ」
『う、うんっ』
「無理はするなよ」
改めて思う。
此処は、私の居た世界じゃないんだ、と――
【■すっぴんボア(F) Lv,3 との戦闘を開始します。▼】
『たぁー!』
ぷるるんっと大きく跳躍したスライムが、すっぴんボア目掛けてアタックする。
スライムの攻撃は飛び上がりもそうだが、全体的に隙が大きい。
行動と動線が読めてしまえば避ける事は可能。
そしてすっぴんボアは、本能でそれで避けていた。
『あいたっ!』
空振りをしたスライムは地面に転々と跳ねて行く。
その行き着く先には、今度は別のすっぴんボアが待ち構えていた。
「ブモーッ!」
『あわわわっ!』
「スライム!」
スライムがやられる。
駄目だ、護らなきゃ!
危険を目の前にして、私はスライムの傍に駆け寄る。
勢いをつけたその行動は、抱き締めたと同時に、地面に投げ出されるようにして、倒れ込んでしまった。
「レンッ!」
――ザシュッ!!
『ブギャァ!!!』
もう少しですっぴんボアの牙が届くや否や、ウォルターさんの太刀筋が、すっぴんボアを見事に斬り裂く。
また一匹、彼の手で切り伏せられたすっぴんボアは、赤い血だまりの中で、ぴくぴく痙攣――その命を終えようとしていた。
「立てるか?」
「は、はいっ」
声に、慌てて立ち上がる。
「どうしてスライムを護った」
「ど、どうしてって…」
「スライムを護るだけが、お前の役割なのか」
やらなければやられる。
戦わなければ強くなれない。
戦いとはそう言うものだ。
戦争なんかない、平和な国に生まれた。
人が人を殺すのは、良くない事だと教えられて育った。
でも大きくなると見えてくる、世界の現状。
日本とは違う、外国の現状。
常に何処かで争いが起き、搾取され、誰かが嘆き、誰かが悲しんでいる――
「スライム共に戦え。それではいつか、死ぬぞ」
「――っ!」
戦わなければ、何も護れない。
何も救えない。
それをウォルターは身をもって知っている。
だからそれを、私に教えようとしているんだ。
「…すみません。目が覚めました。一体でも倒して見せます」
「あぁ。だが…」
「何ですか?」
「通常のすっぴんボアよりも、強くなっているような気がしてな…」
すっぴんボアが、強くなっている?
興奮状態にあるのであれば、強くなるバフ何かが掛かっていてもおかしくはないと思うが…
【■すっぴんボア(F) Lv.10】
――Lv.10…!?
先程までは確かに『Lv.3』と表示されていた筈が、今や全てのすっぴんボアが『Lv.10』になっている。
後から湧いて出たにしても、一体としてそんなものは居なかった、断言したっていい。
「まさか進化したのか。この一瞬で…? ありえない」
ウォルターさんの声色だけで、それがどんなに異常事態なのかと言う事が理解出来る。
何か、不可思議な事が起こっている…?
そう、認識していいのだろう。
「気をつけろ。君やスライムは、今此処で攻撃を受ければ…危険だ」
ただでさえあったレベル差が、今また開いてしまった。
それが10匹も取り囲んでいるなんて…!
「でもウォルターさんなら、一人でも切り抜けられますよね? スライムを連れて」
「君はどうするんだ」
「…」
「俺は君を見捨てない。護って見せる」
タンクだからな――と笑う彼の背中は、とても大きく見えた。
「どうにかしてこの状況を打破しよう」
「…はいっ」
『レンを護らなきゃっ』
ぴょんっと腕の中からスライムが飛び出す。
そうだ。
スライムを護るだけじゃない。
護る為に、戦わないと――!
「スキル:分裂!」
【■『分裂』を使用します。スライムが最大数まで分裂します。▼】
最大数――50匹までに増えたスライム達が、キッと凛々しい顔つきで、すっぴんボアの群れに対抗していた。
すっぴんボア1頭につき、その数――5匹!
数で勝っていても、能力的に言えば、すっぴんボアの方が強い…と言うのは、ウォルターも、そしてレンも解っていた。
【■『おくちてっぽう』に『小石』が付与されます。▼】
「おくちてっぽう!」
「「ぷぷぷぷぷぷぷー!!!!」」
以前は、スライム一匹ですっぴんボアを一頭倒す事が出来た。
今回はその10倍の敵を、50匹のスライム達が一斉に『おくちてっぽう』を放射する。
脳天にビシビシと炸裂する小石のオンパレードに、すっぴんボア達は目を回した。
分裂したら威力は落ちる。
しかし、攻撃にふらつき、弱った身体のすっぴんボア達の隙を、ウォルターは決して逃しはしなかった。
【■ウォルター達は すっぴんボアを全滅させた!▼】
「あれー、壊れたか?」
遠くを眺める様にして、彼はその戦いの全てを『見ていた』
『ニンゲン』で『テイマー』って言うから見にに来たけど――
…何か面白いじゃん?
◇◆◇
「パーティ、ありがとうございました!」
『ましたー!』
「あぁ」
『ラ・マーレ』の街へ戻って来たところで、ウォルターとはパーティを解散する運びとなった。
クエストに付き合って貰ったお礼と、護って貰ったお礼を兼ね揃え、深々と頭を下げる。
スライムもまた、元気よくレンの肩の上で頭(?)を下げている。
「…その、無理に戦わせてすまなかった。少しきつく言い過ぎた所もある」
「いいえっ。あの状況ですし!」
「しかし、脳天を狙ったのはよかったぞ。よく弱点だと気付いたな」
「えっ、そうなんですか?」
「えっ」
すっぴんボアは、頭が弱点なのか…覚えておこう!
「あー。恐かっただろう?」
「少しは。でも、ウォルターさんのお陰で、戦わなくちゃいけないって解りましたから」
平和でぬくぬくと過ごした時代に生きていても、争いとは無縁とは言い切れない。
そして此処は、戦場だ。
この世界を生きて行く為に、とても大切な事である。
「…」
「ウォルターさん?」
「ウォルターでいい。敬語も要らない」
「えっ?」
「もうパーティを組んだ仲なんだ。これからは同じ冒険者としてよろしく頼む」
そう言って、彼は私に手を差し伸べた。
この世界で、彼は初めてできた『友人』になるのだろうか。
そう思うと、何だか嬉しい。
「そう言う事なら…宜しく、ウォルター」
私は差し出されたその手を強く握り返した。
「何かあれば、うちのギルドを頼るといい。これを渡しておこう」
「これは?」
渡されたのは、一枚のカードだった。
冒険者証と同じくらいの手のひらサイズだが、見た事がない。
表面には『クロス・クラウン』と書かれている。
それは確か、ウォルターが所属するギルドの名前だ。
「『ギルドカード』だ。これがあれば『ギルド』へ招待される事が出来る」
【■ギルド『クロス・クラウン』への招待状を入手しました!▼】
なるほど、招待状なのか。
「ギルドでは俺の名前を出すといいだろう。メンバーが力になってくれる」
「ありがとう!」
「じゃあ、俺はこれで」
「うんっ。またね!」
『ばいばーい!』
ブンブンと手を振るテイマーと、そのスライム。
「あれが、テイマーか…」
F級で、あの威力…しかもスライムが?
テイマーが強いのか。
それとも、スライムが強いのか?
最後に一度振り返り、手を挙げた所で『通信機』に連絡が入った。
「もしもし」
『――何度も電話したんだけどっ!?』
…開口一番に、盛大な文句を言われた。
聞こえて来たのは、甲高い女の叫ぶ声――いつものあいつだ。
『――あんた一体何処ほっつき歩いてる訳っ!?』
「…? 街の周辺で、すっぴんボアを退治していただけだが」
『――ずっと通信機が通じないなんて、おかしいでしょうが!』
「は?」
通信機がおかしくなるなんて事、電波障害でもない限りあり得ない。
ダンジョンの中でもそれは代わらないし、ましてや今まで居た場所は草原――フィールドだった。
『――もういいわっ。其処にあの『テイマー』も居たんでしょっ。報告書はまだなの!!』
「今別れたばかりなんだ。そう急かすな」
とりあえず、マスターからはずっと『報告を!』とせっつかれている。
それも煩いくらいに。
『彼女』の機嫌がこれ以上悪くなる前に、早々にギルドに戻るとしよう…
『――ちょっと聞いてるのっ!? ウォルター!』
「あぁ、直ぐに戻ろう」
――初めてパーティを組んだクエスト
彼は戦闘のイロハだけでなく、心構えを教えてくれた
大きな剣と大きな背中
私にとって、本当に頼もしい姿だったよ…
お読み頂きありがとうございました。




