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ジェリーのお届け物


嫉妬の悪魔・ジェリー。


彼はゆるりとローブについた土や埃を払いながら、何事もなかったかのように立ち上がる。




「ジェリー!?」




戸津是倣われたその姿に、レンが驚いた声を上げた。




「こんにちは、レン。注文の品を届けに来たよ」


「ちゅ、注文…?」




レンが戸惑っていると、傍に居たマオがぱあっと顔を輝かせて、ジェリーに駆け寄る。




「ジェリー!」

「やあ、小さな魔王様。元気そうで何より」




何処か嬉しそうなジェリーの声に、マオは満面の笑みを浮かべる。




「ゆっくり話したいところなんだけど…何だか、忙しそうだね?」


「まあな。絶体絶命って奴だ」


「ふーん…?」




そして、レン達の目の前にいる巨大な魔物に視線を向ける。

森の番人は、圧倒的な威圧感を持って彼を見下ろしていた。





ゴゴゴゴゴ…



低い唸り声が響き渡る。魔物の赤い瞳がぎらつくように光る。

しかし、ジェリーは驚くどころか、魔物の存在自体を気にも留めていないようだった。




「何なのこいつ?」




ジェリーがレン達に問いかける。




「君達のお客さん?」

「そ、そんな筈ないだろっ!?」




フウマが思わず叫ぶ。




「そうだよねぇ…どう考えても招かれざる客だ。こんな所にこんな魔物が居ていい筈がないんだもの」




ジェリーは淡々と語る。


その間も、魔物の唸り声は止まらない。

レン達を睨みつけるように、殺意を剥き出しにしていた。


そして――その矛先はジェリーにも。




「…はぐれ者かな?」




ジェリーがぽつりと呟く。




「群れから離れすぎて、人間界に来ちゃったんだろうね。可哀想に…」


「人間達の行いで、森が怒ってるんだ」

「なるほどねぇ…」




ジェリーはマオから話を聞き、ゆっくりと頷いた。




「それは人間が悪いね。自業自得じゃないか。死んで当然だよ」




彼が余りにあっさりと言い放ったものだから、魔法使いは思わず反論する。




「そ、そんな…! あいつらは確かに酷い事をしたけど、でもあたしは――」

「君だって、同罪だよ?」




ジェリーは魔法使いをまっすぐ見つめる。




「…!」




魔法使いの口が、ぴたりと止まった。




「人間って本当に身勝手だよね。『クエストだったんだ』って言えば、それで罪が消えるとでも思ってる?」


「で、でも…っ!」


「そんな身勝手の所為で、『僕達』がどれほど迷惑を被ってると思ってるのかな…あぁ、『今の』人間達はそれを知らないか」




ジェリーの冷たく響く声に、彼女は何も言えなくなった。




「…ジェリー」




マオが、彼を窘めるように呼ぶ。




「はいはい…」




面倒臭そうにジェリーは肩を竦め、それ以上は何も言わなかった。



そして、森の番人をじっと見つめる。




「今回ばかりは、人間が悪いよね」




番人は静かに頷いた。




「でもね…ボクの大切なお客さんを、ここで死なせる訳にはいかないんだ」




そう言って、ちらりとレンの方を見た。




「君には悪いけどね…」


「…ニンゲンの味方ヲ…スルノカ?」




番人の声が、低く響く。




その瞬間――




バンッ!


ババンッ!!






突如響いた轟音――





息を呑むよりも早く、闇の中に潜んでいたブラックウルフ達が、次々と撃ち抜かれる。


影と同化していた筈の彼らが、銃弾を受けた瞬間、

断末魔を上げる間もなく、一瞬で闇に溶け、消え去っていった。


それはまるで、影が太陽に焼かれて消えるように。


ジェリーはローブの裾を払うようにして、一歩前へ出る。


いつの間にか、ジェリーは銃を手にしていた。

彼の手元はローブに隠れていて、見えなかった。




「…っ!?」




レンは驚いた。


ジェリーの右手に携えた銃が、またしても轟音と共に火を噴いた。


鋭い閃光が暗闇を切り裂き、銃弾が放たれる。

目前まで迫っていたブラックウルフが、弾丸に貫かれた瞬間、霧のように掻き消えた。


レンは思わず胸を押さえる。




「…僕は、小さな魔王様だけの味方だよ」




彼の言葉は、酷く軽やかだった。

まるでこの惨劇の中でも、何の感情も抱いていないかのように。


しかし、その眼だけは、じっとりと冷たい光を宿していた。



ジェリーはレン達を振り返った。




「これ、どうするの?」

「どうするって…」




レンは言葉に詰まる。


この魔物を倒せるのか?

そもそも戦うべきなのか?


魔物自体が怒り狂い、最早話を受け入れてくれない事は確かだ。

ジェリーは、そんなレン達の迷いを見透かしたかのように微笑んだ。




「決めるのは君達だよ。僕は何でも構わないけどね」

「わ、私達は戦うつもりはないのっ! 何とか怒りを収めて貰えればそれで…!」

「そう…じゃあ、黙らせるだけでいいね」

「えっ…?」




そう言って彼は地面にトランクケースを置いた。

蓋を開いても、何もない空っぽ。


しかしジェリーは、徐にその中に手を突っ込んだ。

ズブズブと吸い込まれて行く彼の手は、やがて一丁の招集を握り締めていた。




「…せっかくだし、性能を試すには丁度いいかな…」




楽しそうにその小銃を撫でる。

その瞬間、ジェリーの表情が、ほんの僅かに獰猛なものへと変わった。




ジェリーの指が引き金を引く度、試作品と称した銃が火を噴き、弾丸が暗闇を裂いた。

狙いは正確無比――


ブラックウルフ達は、影のように素早く動いていたが、ジェリーの弾から逃れる事は出来ない。




「うーん、命中精度は悪くないけど…まだ反動が強すぎるな」




ジェリーは片手で銃を回しながら、軽く肩を竦めた。

その間、もう片方の手には別の銃が握られており、連続で引き金を引く。




ドン! ドン! ドン!




発砲の音と共に、次々と撃ち抜かれるブラックウルフ達。

だが、ある個体が急接近し、ジェリーの射線を回避するように、斜めに飛び込んできた。




「へえ、賢いね。でも――」




ジェリーは迷う事なく、懐から短剣を抜き放つ。



金属の刃が暗闇に閃いた。




――シュンッ!




「うん、切れ味はまあまあ。でも、重みのバランスはちょっと悪いかな?」




振り抜いた短剣は、ブラックウルフの首元を切り裂き、影のように掻き消えた。

ジェリーはすぐさま短剣をクルリと回し、再び懐に収める。




「次は――これにしよう」




そう言って彼がトランクから取り出したのは、一見すると普通の盾。

だが、ブラックウルフの群れが一斉に襲いかかるのを見計らい、彼はその盾を前に突き出した。



カチッ




――ゴォン!!



瞬間、盾がまるで鉄壁のように輝き、強烈な衝撃波を放った。

ブラックウルフ達はその力に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。




「へえ、面白いじゃないか。けど、ちょっと魔力消費が激しすぎるね。改良の余地あり、と…」




ジェリーはまたも肩を竦めると、新たな武器を取り出す。

彼の周囲には、すでに消え去ったブラックウルフたちの残骸すら残っていなかった。




「さて、次はどの試作品を試そうか…?」




彼は愉快そうに笑いながら、トランクの中を漁り始めた。



バンッ!



そして、まるで実験でもするかのように次々とブラックウルフを倒していった。




「お、こっちはちょっとブレがあるな。改良が必要かも」




ドォン!!




「この盾、悪くないね。でももう少し軽くしたいな……」




ジェリーは一つ一つの武器に対し、感想を述べながら次々と、試作品の武器や盾を試していく。

淡々と武器を試し続ける達に、影の狼たちは次々と撃ち抜かれ、切り裂かれ、吹き飛ばされていった。気がつけば、周囲は静寂に包まれていた。


それはまるで、暗闇に潜む脅威が、一つずつ丁寧に取り除かれていくかのようだった。



そして、ついに戦場に残ったのは、森の番人ただ一人。

森の番人は、唸る事すら忘れたように、ジェリーをじっと見つめていた。




「……」




彼の前には、闇に溶けるように消え去った同胞達の残骸すら、残っていない。

まるで最初から存在していなかったかのように、森は不気味な静けさを取り戻していた。


ジェリーは、パチンと指を鳴らしながら、トランクの中の武器を覗き込んだ。




「ふむ、次はどれを試そうか…」


『…モウヨイ」


「あ、そう? 君がそう言うならやめるよ…」




気まぐれに呟きながら、彼は試作品の銃をクルクルと回し、ローブの中にしまう。

その余裕が、圧倒的な力の差を物語っていた。


番人はジェリーを睨みつけながらも、静かに姿勢も低く頭を垂れた。。




――解っていた。



相手は、ただの人間ではない。


この男は悪魔。

ただの『森の番人』である自分とは、決定的に存在する次元が違う。


そしてその違いが、戦闘の流れを決定づけてしまっていた。




「…これ以上やっても、君の大切な同胞が消えるだけだ」




ジェリーが静かな口調で言った。

だが、それは間違いなく本質を突いた言葉だった。


ブラックウルフ達は、ジェリーの前では殆ど抵抗する事すら出来ず、ただ消えていった。

これ以上戦いを続ければ、ますます疲弊し、森に犠牲が増えるだけ――

それは、森の番人自身が一番よく理解していた。


森の番人の怒りは、確かに強かった。

だが、同時に彼は森の守護者でもある。


これ以上、意味のない戦いを続けるべきではないと、本能が告げていた。




「この人間達を見逃し知恵はくれないかな? 森を荒らした人間は、もう居ないからさ…」




ジェリーの言葉が、まるで冷たい風のように響く。




『――…即刻コノ森カラ出テ行ケ』




そう悟った番人は、ゆっくりと身を翻し、森の奥へと歩みを進めた。


森の怒りが、少しずつ鎮まっていくのを感じながら。




森の奥へと還っていく番人の巨大な背中を、レンたちは暫く見送っていた。

ついさっきまで、世界を破壊するかのような怒りに満ちていたのに、今はただ静かに消えていく。




そして――




「…ふぅ」




ジェリーが大げさに溜息を吐いた。




「真面目すぎるよね、彼…」




まるで緊張感のかけらもないジェリーの言葉に、レンは慌てて番人が消えた方を振り返る。




「ちょ、ちょっと! 聞かれたらどうするの…っ」

「大丈夫だよ…彼はちゃんと解ってくれた」

「それならいいけど…」




確かに、何処を見ても番人が戻ってくる気配はない。


ホッと息を吐くレン。



「あ、ありがとうございます…!」

「はぁ…マジで助かった…」

「魔法使いさん、大丈夫?」

「え、えぇ…」




魔法使いは無事の様だし、フウマもディーネもちゃんと居る。

全員が、ジェリーのお陰で今を生きている事に、強く感謝した。


すると、ジェリーが気怠げに肩を竦めながら言った。




「やれやれ…ただ届け物に来ただけなのに、まさか戦う羽目になるなんてね…」




そういえば、ジェリーはその為に此処へ来たのだった。


しかし――レンはジェリーに何かを頼んだ覚えはない。

首を傾げるレンに、ジェリーはふと何かを思い出したように、マオへと目を向けた。




「…あぁそうか。僕からよりも、君からの方がいいね」




そう言って、ジェリーは再び銀のトランクを開いた。

中身はやっぱりからっぽで、それでもジェリーの手はずぶずぶと飲み込まれて行く。


さっきの戦闘でも、彼は次々と試作品の武器を取り出していた。

無限に物が入る空間――考えるだけ無駄だと分かっていても、やはり気になってしまう。


ジェリーがトランクの奥から取り出したのは、一つの装飾品だった。




「出来たのかっ!?」




目を輝かせるマオ。




「お望み通りのものは出来たと思うよ」

「さんきゅー、ジェリー!」




満面の笑みを浮かべたマオが、それを受け取る。



そして――




「レン! プレゼントだ!」




勢いよく駆け寄ってきたマオが、レンの前に差し出したのは、寄木細工のペンダント。

その中央には、透き通るように美しい魔石が嵌め込まれている。




「ど、どうしたの、これ?」




驚きに目を丸くするレン。




「ジェリーに作って貰ったんだぞっ! 着けてみろっ!」


「着けてみろって…」




こんな状況でプレゼントなんて――と、レンはますます混乱する。

すると、ディーネが『あっ』と気づいたように声を上げた。




「それ…カタログで選んだ奴ですか?」

「おう!」




マオが胸を張る。

ジェリーは、ふっと笑って言った。




「それを着けたら、君の悩みも吹っ飛ぶと思うよ…」

「…え?」




半信半疑ながらも、レンはゆっくりとペンダントを首に掛けた。



すると――魔石が、小さく光を放つ。


次の瞬間、レンの身体に変化が起こった。



魔石の輝きは穏やかで、何処か暖かみがあった。

レンは暫くその光を見つめていたが、ふと気づく。


――身体が、軽い。


さっきまで感じていた頭痛も、眩暈も、まるで嘘みたいに消えていた。

目の奥を刺すような痛みもなく、視界もクリアだ。




「…凄い。治った!?!」




驚きの声を上げるレン。

しかし、ジェリーは首を横に振る。




「治った訳じゃないよ」

「え? でも…全然痛くなくなったよ?」




レンはますます首を傾げる。




「いくら僕でも『魔王様の施し』の状態異常を、完全に相殺で出来る訳じゃない」




ジェリーは淡々と言いながら、トランクをパタンと閉じた。




「これはあくまで、君の身体の回復を手助けしているだけ。魔石は君の中の悪い物を吸い取ってるんだ」




そう言いながら、彼はレンの首にかかったペンダントを指差した。




「ほら、よく見てごらん」




レンが目を落とすと、魔石の端がほんの少し、色を失い始めている。




「…えっ、これって…?」


「ペンダントが吸収した悪い物が溜まっていくと、魔石は徐々に光を失っていく。それがこのアイテムの仕組みさ」




ジェリーは何処か投げやりに、手をひらひらと振った。




「ま、その辺の処理は、僧侶の子にやって貰いなよ。せっかく『浄化』が使えるんだからさ。君のペンダントのメンテナンスも、彼女の仕事って事で…」




ディーネが『えぇっ!?』と驚いたように声を上げるが、ジェリーはまるで気にしていない。


レンはもう一度、自分の身体の変化を確かめる。

魔石の光が少しずつ弱まっているのを見て、確かにジェリーの言う通りだと納得した。




「何か…そう言う事みたい。ごめんねディーネ」

「い、いえっ。ちょっと吃驚しただけですが、そう言う事なら喜んで!」




レンは改めてディーネの方を見た。

彼女も何処か誇らしげに頷く。




「僧侶が居てくれてよかったね」




ジェリーはチラリとディーネを見る。




「…一番は、君が『眼』の力に頼らずに戦うのがベスト。もしくは、敢えてその力を使って、身体が慣れるしかない…慣れるかどうかなんて、僕には知らないけどね…」


「う、うん…」

「いいな、いいな…」




そんな光景を見つめながら、ジェリーは最後に呟いた。




「そんな装備をお願いしてくれた、小さな魔王様がいてさ……」




それでも、このペンダントのおかげで、戦闘中に頭痛や眩暈に苦しめられる事はなくなる。

それだけでも、物凄く有り難い。。


レンは満面の笑みを浮かべて、ジェリーの方を向いた。




「ありがとう、ジェリー!」




しかし、ジェリーは『やれやれ』と言わんばかりに肩を竦めると、視線を隣のマオへと向けた。




「選んだのは小さな魔王様だよ。お礼を言うなら、彼に言うべきじゃない…?」




レンがマオを振り返ると、彼は得意げに胸を張っていた。




「えっ…マオちゃんが?」




レンは、思わず目を瞬かせた。

驚きと共に、胸の奥がじんわりと温かくなる。




「おうっ! レンが最近調子悪そうだったからな! だから、ジェリーに頼んで作って貰ったんだぞ!」




マオは胸を張って誇らしげに言うと、ニッと無邪気な笑顔を見せた。



ペンダントをそっと握りしめる。

まるで彼の温もりを宿しているかのように、何処か優しい感触がした。


レンは、マオがどんな気持ちで、このペンダントを用意してくれたのかを考える。

自分の事を心配し、どうにかして助けようとした。



それが…ただただ嬉しくてたまらなかった。




「…ありがとう、マオちゃんっ」




レンは、込み上げてくる想いのままに、強くマオを抱きしめた。




マオは得意げに笑うものの、抱きしめられた瞬間、ぴくっと肩を震わせた。


不意打ちのハグに驚いたのか、それとも少し照れているのか――

それでも、レンの腕を振り払うことなく、そのまま受け止めていた。




「ふふんっ! もっと感謝しろよな!」




このペンダントがあるおかげで、レンはこれからの戦いへの不安から解放される。


もう戦闘中に苦しむこともない。

恐れる事なく、全力で戦える。


それは、何よりも嬉しいことだった。



そんな二人のやり取りを見ていたジェリーは、大げさな溜息を吐いた。




「いいないいな…僕も魔王様をぎゅっとしたいよ…」




彼は何処か遠い目をしながら、しみじみと呟いていた。








「それで…どう出口を探そう?」




森の奥へと帰って行った番人の姿を見送ったあと、レンはふと辺りを見回した。

戦いが終わり、重苦しい空気も漸く晴れたと言うのに――


彼らはまだ、森の何処にいるのかすら解っていなかった。




「無暗に歩いたところで、また迷うだけだろうな」




フウマが腕を組みながら、低く呟く。


この森はただの森ではない。

木々は何処までも生い茂り、道など最初から存在しないかのように見える。




「出入り口は。何処に在るんでしょうか?」




ディーネが、不安げな面持ちで問い掛ける。

まるで、意志を持ったかのように人を閉じ込めるこの場所に、出口があるのかどうかも怪しかった。


だが――




「…後ろ、見てみなよ」




突如としてジェリーが口を開き、スッと指を指した。

レンは思わず、視線を其方に向ける。




「…え?」




其処には、先程まで存在しなかった筈の、ぽっかりと開けた空間があった。

木々が揺れ、まるで幻が晴れたように、はっきりとした道が広がっている。




「ちゃんと其処にあるじゃないか」

「いつのまに…!?」




ディーネが驚きの声を上げる。




「さっさと出て行って欲しいんだろうね」




ジェリーは肩をすくめながら、何処か飄々とした表情で言った。


森全体は、森の番人の意志で動いている。

木々の位置を変えたり、幻覚を見せたり――そういった事も容易いのだろう。


何にしても、此処から出られるのなら御の字だった。

レン達はホッとした表情を浮かべ、足早に出口へと向かおうとする。


だが――




「…ちょっと待って」




その場に足を止めたのは、魔法使いだった。




「どうしたの?」




レンが振り返ると、彼女は俯きがちに森の奥を見つめていた。




「…あんなでも、少しの間旅をした仲間だったんだ。せめて僧侶だけでも…」




彼女の視線の先には、倒れたままの仲間の遺体。

リーダーの冒険者も、ナイトも――その姿は見るも無惨だった。

しかし、僧侶だけはまだ損傷が少ない。


せめて彼の為に墓を作ってやりたい。


そう、魔法使いは言った。



しかし――




「やめたほうがいいよ」




ジェリーの低い声が響く。




「せっかく生きて此処から出られるんだ。もう一度戻れば、君はもう森から出られないよ」




彼の言葉に、魔法使いはギュッと唇を噛みしめた。

まるで、それが確定事項であるかのように。


もし彼女がこのまま森へ戻れば、その時こそ彼女の命はない。

森は絶対に彼女を逃がさないだろう。


ジェリーはそれを確信していた。




「…冒険者ギルドに報告すれば、手厚く葬ってくれるかも知れないぜ」




フウマが静かに言った。

その言葉に、魔法使いは黙って頷く。


そうするしかない。

それが、生き残った者の責務だと理解したのだろう。




出口を抜けた瞬間、ひんやりとした夜の空気が肌を撫でた。


森の中よりもずっと開けた空――

あの鬱蒼とした森の中では見えなかった、美しくも静かな夜空。


漸く、閉ざされた世界から解放されたのだと実感する。




「…意外と近かったんだな」




フウマがぼやくように呟いた。


長い間、あの森の中を彷徨っていたように感じたが、こうしてみると、出口は存外すぐ傍だったのかも知れない。

ただし、それも森の番人の気まぐれ次第だったのだろう。




「とんでもなく疲れた…」




フウマがげんなりとした表情で歩く。


彼だけではない。

レンも、ディーネも、魔法使いも――皆、酷く疲れた様子を隠しきれていなかった。


身体だけではない。

心も、深く消耗していた。


命の危機を幾度となく乗り越え、そして、失われた命を目の当たりにした。

それは、ただ戦い抜くだけでは得られない。

重く苦しい疲労を伴うものだった。





「…はぁ」




レンは夜空を見上げ、静かに息を吐いた。


戦いは終わった。

だが、その余韻は、まだ胸の奥で燻り続けている。




「まぁ、無事に戻ってこられただけでも良しとしようぜ」




フウマが肩を竦めながら言う。



誰もが、無言でその言葉に同意した。



生きて、戻ってこられた。

それだけで、十分すぎるほどの成果だった。




「戻ったか…!」




そんな彼らを待ち構えていたのは、何とウォルターだった。


夜になっても戻らないレン達を心配し、様子を見に来たらしい。

だが、彼の目に映ったのは、酷く疲れ切った表情のレン達と――見知らぬ魔法使いの姿。




「…無事だと思っていいのか?」




何があったのか。

彼は一瞬でそれを察したようだった。




「俺たちはな…」




フウマの言葉に、ウォルターは苦悶の表情を浮かべる。

言葉にはせずとも、理解してしまったのだろう。




「とりあえず、街に戻ろう」




ウォルターの言葉に、レン達は無言で頷いた。

これ以上、この場に留まる理由はない。



ふと、レンは周囲を見回した。




「…あれ?」




気付けば、ジェリーの姿がなかった。




「ジェリー?」




彼の名を呼ぶが、返事はない。

一緒に森の外へ出た筈なのに、彼は忽然と姿を消していた。


不思議に思いながらマオを見やると――




「帰ったぞ?」




そう、にこやかに教えてくれた。




「…いつの間に」




本当に、何処kまでも気まぐれな悪魔だった。



どれほど飄々としていても、ジェリーが助けてくれた事に変わりはない。

レンはそっと、胸元のペンダントを握りしめた。



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