森の怒り、森の裁き
ーー森の出入り口は、一向に見つからない。
どれだけ歩いても、森が開ける様子が全然感じられなかった。
出入り口に辿り付かなくても、何とか守りの外に出られれば、その周辺をぐるっと回れば辿る着く事を期待していたのだが…
フウマが木に登って街の明かりを確認し、其方へ向かうも、同じ場所をぐるぐると回っている事に気づく。
「…マジかよ。閉じ込められてるな、これ」
フウマがクナイで木の幹に印をつけていたが、暫く歩いた後、同じ印を見つけた。
「…森そのものが、俺達を逃がさないようにしてるみたいだな」
「どうしましょう…?」
「この分だぞ、あんたの仲間も同じ状況なんじゃないか?」
「あり得るわね。あいつらの事だから、もうブラックウルフを狩り終えていてもいいくらいだもの」
そんな矢先――戦闘音が響いた。
「…!」
駆け寄ると、其処には魔法使いが所属していた冒険者達の姿があった。
しかし、彼らが戦っていたのはブラックウルフではなかった。
「何だ、あれ…?」
レン達が追いついた時、冒険者達は戦っていた。
だが、相手はただの魔物ではない。
「…森の番人だ」
マオが小さく呟く。
「知ってるの?」
「…」
巨大な狼の魔物──森の番人。
本来ならば森の奥深くに棲み、人の前に余り現れる事のない巨大な魔物だった。
『オオオオオ…!』
森全体が、まるで生きているかのように唸りを上げていた。
その怒声のような音が、辺り一帯に響き渡る。
低く響くその声が、大気を震わせた。
「何て防御力だ! 攻撃が全く通らねえ!」
その身体は、まるで石のように硬く、刃すら通らない。
冒険者たちは必死に攻撃するが、傷一つ付けられず、焦燥に駆られていた。
「もっと深く踏み込めよっ!」
「やってるさ!!」
盾を構えた冒険者が叫び、リーダーの冒険者が何度も斬りつける。
しかし、番人の肌に傷一つ残らない。
「これが…森の怒りだ」
マオが冷静に呟く。
「相当な事をしない限り、番人が此処まで怒る事はないんだけどな…本当は、森が好きで、仲間想いのいい奴なんだよ」
彼の言葉に、一瞬レンの胸がざわついた。
ならば、何故――?
レンは周囲を見回した。
冒険者達の足元には、ブラックウルフの残骸が転がっていた。
だが、それはただ討伐されたものではない。
牙、爪、毛皮…全てが剥ぎ取られている。
それは、売れば金になるからだ。
必要な分だけ狩るのではなく、価値のある部位だけを切り取る行為。
「…っ!」
乱獲―-それ以上に、ただの破壊だった。
「最低…! あいつら、なんて事を…!」
魔法使いが小さく呟き、拳を震わせる。
彼女自身も戦った。
だが、こんな事はしていない。
こんな残酷な事までは…!
「これだけ狩れば、暫くまた金には困らないだろ!」
「…最低」
魔法使いは、忌々しげに冒険者達を見やる。
「普段はこんな事、歯牙にもかけないくせに…どうせ、此処から出られないイライラを、魔物にぶつけたんでしょ?」
その言葉に、フウマの手が僅かに震えた。
「お前ら……まさか、森を荒らしたのか?」
怒りと戸惑いが入り混じった声だった。
冒険者達は、出口が見つからない苛立ちから、より多くの魔物を討伐し始めたのだ。
その結果、森の怒りを買い、番人が目覚めてしまった。
冒険者たちは答えない。
だが、その沈黙こそが答えだった。
『タチサレ…ココカラ…タチサレ…』
ーー森の番人の瞳が、更に紅く燃え上がる。
次の瞬間、森が揺れた。
「『また』来るぞ…っ!!」
番人が、再び咆哮を上げた。
その音と共に、影が地を這い、ブラックウルフの形を成していく。
ブラックウルフは、森の番人が生み出していた。
しかし今、それらは数多く、冒険者達に牙を向いている。
彼らは、完全に包囲されていた。
番人が再び咆哮を上げると、闇が渦巻くように地を這い、無数の影が形を成していく。
それは次々と具現化し、ブラックウルフの姿となった。
ーーまるで、夜の闇そのものが牙を持ち、狩りを始めたかのようだった。
そして今度は、冒険者達が標的になる番なのだろう。
「倒してもキリがねぇっ!」
「く、くそっ! なんなんだよ、こいつらは…!」
ナイトが剣を振るうが、手応えがない。
それもその筈。
ブラックウルフたちは影のように森の闇と同化し、姿がはっきりと捉えられなかった。
「何処だ…何処から来る!?」
焦りに満ちた叫びが響く。
―ー次の瞬間。
「ぎゃっ…!?」
鋭い爪が、彼の頬を引き裂いた。
顔に深い傷が走り、血が飛び散る。
「う、うわぁぁぁっ!」
リーダーの冒険者が、足元から突如現れたブラックウルフに足を噛み砕かれる。
鋼鉄の装甲ですら簡単に噛み砕き、そこから骨の砕ける音が響き、彼は地面に崩れ落ちた。
「ひっ、ひぃ…!」
次々と襲いかかる影の狼たち。
それは、まるで漆黒の波となって冒険者たちを呑み込んでいく。
「か、回復を! ポーションをくれぇっ!」
「あるわけねぇだろ、そんなもん!!」
回復しようにも、ポーションは既に底を尽きていた。
その事実に気づいた魔法使いが、声を震わせながら叫ぶ。
「僧侶は!? 僧侶は何処!?」
しかし、返事はない。
魔法使いは必死に周囲を見回した。
リーダーの冒険者が、血の気の引いた顔で静かに指を指す。
ーー地面に転がる影を見つけた。
「僧侶、其処なのっ!?」
怪我をしているのだろうかっ!?
呼び掛けても、彼が返事をする様子がない。
少しなら自分もポーションがある。
せめてそれを僧侶に――!
そう思い、彼女はその場所に駆け寄った。
「…そんな、嘘でしょ…?」
魔法使いが見たのは――僧侶の無残な姿だった。
白い法衣は血に染まり、無数の爪痕が刻まれている。
恐怖に満ちた顔で、目を見開いたまま動かない。
僧侶は、既にこと切れているのが明白だった。
「俺が見つけた時にはもう…」
「…馬鹿じゃないの…っ!」
魔法使いが、掠れた声で呟いた。
「僧侶なんか、真っ先にやられるに決まってるじゃない!」
涙混じりの叫びだった。
遊び感覚で戦いに挑んだ事が仇になった。
仲間をないがしろにした結果だった。
「くそっ……くそっ!」
だが、後悔に浸る暇すらない。
ブラックウルフ達は、徐々にその距離を詰めていく。
闇に紛れ、何処から襲ってくるのかも解らない。
彼らの狼狽する姿が、余計にその冷静な判断を鈍らせていた。
バキィィィンッ!!!
甲高い音と共に、『盾』は砕け散った。
破片が四方に飛び、男の手元には、もはや盾の持ち手――残骸が残っている。
「…嘘、だろ…?」
男の震える声が、森の闇に虚しく響く。
彼の誇りであったはずの盾は、見るも無惨な姿だった。
ナイトの手が、空を切るように震える。
最初は僅かなひび割れに過ぎなかった。
だが、それは戦闘を重ねるごとに少しずつ広がり、今―-決定的な瞬間が訪れた。
「くっ……!!!」
其処へ、まるで待っていたかのようにブラックウルフが飛びかかる。
影のような牙が、迷いのある男の腕に食い込んだ。
腕にある銀の装甲など、初めからなかったかのように。
「ぎゃあああぁぁ!!!」
肉が裂け、血が飛び散る。
「お、おいっ、大丈夫か!?」
仲間が駆け寄るが、彼の腕はもう使い物にならないほどの傷を負っていた。
ナイトとしての力を誇っていた男の腕が、今やただの負傷者としてぶらりと垂れ下がる。
「バ、バカな……! 俺の装備は最強の筈だ…!」
彼らの武器や防具はボロボロになっていた。
装備の性能に頼るばかりで、自分達の実力を磨いてこなかったのだ。
ナイトは呆然としながら、自分の盾を見つめた。
彼らの狼狽する姿を、ブラックウルフ達は冷徹な眼で見つめていた。
まるで、弱者が自滅していくのを確認するかのように。
そして―-
闇の中から、更なる影が動いた。
逃げ場など、もう何処にもなかった。
何とか剣を構えるナイト。
しかし、その耐久力は次第に削れて行く。
震える声が森の静寂に響く。
しかし、その言葉とは裏腹に、彼の盾は無惨にもひび割れ、剣の刃先は欠けていた。
防具に至っては、見るも無残にボロボロだ。
それもその筈だった。
彼らは装備の性能に頼りきり、己の技術を磨く事を怠ってきた。
防具を抜きにしてみれば、彼らの冒険者としての戦い方はレン達にも劣る。
「お、おいっ。こいつらをやってくれよ!」
「周り見えてんのかっ!? こっちも囲まれてんだ!!」
自分の事しか考えていない所で、最早コンビネーションどころではない。
その結果、戦場で真価を問われたとき、装備の限界と共に、彼らの未熟さが露呈したのだ。
マオは静かに呟く。
「だから言っただろう…もっと慎重になれ、と」
その声には、呆れと悲哀が混じっていた。
しかし、その言葉は怯えきった冒険者達の耳には届いていない。
彼らはただ、目の前の現実に恐怖し、震えているだけだった。
「お、おいっ、魔法使い…っ、た、助け――!」
そして――魔物は容赦なく、冒険者達を葬り去った。
「っ…!」
魔法使いは震えながら、その光景を見つめるしかなかった。
「…お前らが思ってるほど、装備の力ってのは万能じゃねぇんだよ。だから仲間が必要なんだ」
フウマが冷たく言い放つ。
だが、彼らがそれを耳にする事は、もう敵わなかった――…
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。




