馬車を求めて
旅の途中で手に入れた素材を換金する為に、街の冒険者ギルドへ向かった。
カウンターでは、このギルドの受付嬢が忙しそうに対応しており、奥の酒場スペースでは軽く食事を取る者もいる。
クエストボードの前には大勢の冒険者たちが群がり、掲示板に張り出された依頼書を争うように取っていた。
レン達は、まず換金の為にカウンターへ向かった。
「魔物の素材を換金したいんですけど」
「はい、いらっしゃいませ!」
レンが声をかけると、受付嬢はにこやかに対応してくれた。
魔物の皮や骨などをカウンターに置くと、手際よく査定が進み、提示された金額は予想以上に高かった。
「凄い!思ったよりもお金が貰えたね!」
「よかったですね!」
レンはご満悦の様子で、ディーネもホッとした表情を浮かべる。
「魔物の皮やら薬草やら、結構いい値がついたな」
フウマの目利きのおかげで、思った以上の金額になった。
「これで、マモンへの借金も少しは返せるな」
「そうだね」
レンは安堵するも、まだまだ道のりは長い。
全額返済出来る頃には、私もよぼよぼになっているんじゃなかろうか…
「ついでにクエストでも受けるか?」
フウマがクエストボードを眺める。
クエスト内容は討伐や採集、納品と言った様々なジャンルで構成され、冒険者達が集まる姿が見受けられる。
自主的に素材を集めて換金するのも悪くないが、クエストを経由すれば多少なりとも報酬は上がったりと、何かと受注への恩恵はあった。
「街が変われば、依頼の内容も結構変わるもんだな」
「本当に。討伐なんて、知らない魔物の名前が多いよ」
『小石は―?』
「うーん…小石を集めてる依頼人は居ないみたい」
やはり、ラ・マーレに持ち帰るのが一番の様だ。
「クエストも早い者勝ちって感じだな…」
レンとディーネは遠巻きに様子を見ていた。
フウマはボードに近づき、張り出された依頼をじっくりと眺める。
討伐、採集、納品―-ジャンルは多岐にわたるが、どの依頼にもランク制限が設けられていた。
「フリーランクのクエスト、少ないな」
フウマがぼやく。
「この辺りに来ると、D級でもすぐに取られちまうらしい」
なるほど、とレンは周りを見渡す。
掲示板の前で熱心に依頼を選んでいるのは、ほとんどがD級ランクの冒険者達だ。
張り出されたばかりのD級クエストはすぐに争奪戦となり、気がつけばC級やB級のクエストの方が余っているように見えた。
「こりゃ、早いとこC級になるべきかもな。街によっちゃ、クエストを請けられないなんて事もあるぞ」
フウマが腕を組みながら言うと、ディーネも小さく頷いた。
「そうですね。それに、ウォルターさんの足を引っ張らないようにしたいです…」
ウォルターはB級冒険者だ。
彼に見合ったクエストとなると、D級のレン達では到底太刀打ち出来ない。
同行する事は出来ても、足手まといになるのは目に見えている。
「お前らがC級になる気があるなら、俺も一緒に受けてやるよ。その方が安心だろ?」
フウマがそう言うと、ディーネは嬉しそうに笑った。
「えぇ、とっても!」
「寧ろ、フウマが先にC級に上がったりでもしたら、私達は泣くよ?」
「そう言うと思ったよ」
フウマは苦笑しながらも、何処か楽しそうだった。
◆◇◆
宿の手配を終えたウォルターは、魔法王国への道のりを確認すべく、馬車を出してくれる行商人を探しに街を歩いていた。
「さて…行商人がいればいいが」
彼は街の中心部へ向かいながら、商人らしき人物に視線を向ける。
港町という事もあり、海運業者や漁業関係の人々が多い。
しかし、陸路での交易も盛んであり、馬車で各地を回る行商人も少なくはなかった。
ウォルターは、港の近くにある『交易商館』と呼ばれる施設に向かった。
其処は行商人達が情報を交換し、取引を行う場所だった。
「へぇ、こんなところがあるとはな」
石造りの建物の中に入ると、賑やかな声が響く。
様々な商人が帳簿を広げたり、品物の取引をしていた。
中には酒を飲みながら談笑する者もいる。
ウォルターは目を凝らし、馬車を持っていそうな人物を探す。
すると、一人の男が地図を広げて何やら熱心に話し込んでいた。
男は中年の行商人で、馬車を使って各地を巡っているようだった。
「ちょっといいか?」
ウォルターが声をかけると、行商人は顔を上げた。
「あん? 何だ、お前も商売の話か?」
「いや、馬車を探してるんだ。魔法王国まで行く予定なんだが、同行させて貰えないと思ってな」
「…魔法王国、ねぇ」
行商人は少し考え込む。
「そっちの方面に行く予定があるかは、まあ場合によるが…お前さん、冒険者か?」
「まあな」
ウォルターが腕を組むと、彼はニヤリと笑った。
「だったら、悪くない話かもしれねぇな」
「どういう事だ?」
「実は、今度の荷運びで盗賊に襲われる可能性があるって話があってな。護衛を雇おうか考えてたところなんだよ」
「なるほどな」
ウォルターは顎に手を当て、少し考え込む。
「俺達は一行で旅をしてる。護衛が必要なら、まとめて雇われるのも悪くない」
「ほう? 何人いる?」
「4人以上はいる。うち一人は魔法も使える」
「魔法が使える奴がいるのか、それは心強いな」
行商人は腕を組み、暫く考えていたが、やがて頷いた。
「よし、考えさせてもらおう。お前達の腕前次第じゃ、護衛兼同行で雇ってやる」
「助かるぜ。決まり次第、知らせてくれ」
ウォルターはガルスと連絡を取る手筈を整えた。
馬車の手配に目処をつけたウォルター。
今度は魔法王国への道のりを、詳しく調べることにした。
交易商館には、行商人だけでなく情報屋のような者もいた。
ウォルターはその中の一人、年配の情報屋に話を聞く事にした。
その方が、若い情報やよりももっと、奥深い部分まで知る事が出来ると思ったからだ。
「魔法王国に行くつもりか?」
「そうだ。陸路で向かおうと思ってるが、道はどんな感じだ?」
情報やは地図を広げ、指でなぞりながら説明する。
「お前さん達が向かうのは、北東の方角だな。途中でいくつかの小さな村を通るが…問題は、この街から少し離れた山道だ」
「山道?」
「ああ。この辺りは盗賊が出る事がある。それに、最近は魔物の目撃情報も増えているらしい」
盗賊の話は、先程の行商人からも出て来ていた。
どうやら街の周辺はともかく、離れるにつれて余り治安はよろしくないらしい。
「面倒だな…」
「特に『影爪団』って言う盗賊の連中が、最近活動を活発にしてるらしい。やつらはただの山賊じゃなく、手練れの盗賊だ。行商人の馬車や積み荷を襲うって話だぜ」
ウォルターは腕を組み、考え込む。
「…それは、護衛なしで行くのは危険だな」
「だろう? だから、大抵の商人は大勢で固まって移動するか、護衛を雇ってる。あんたが雇っていた行商人もな、依然に何度か標的になってるんだ」
どうやら、この男は行商人とのやり取りを見ていたらしい。
抜け目のない男だ。
「ふむ。まあ俺達は。そこらの山賊くらいなら対処出来るが…助かった、情報料は?」
「酒代くらいでいいさ。ここの酒場で一杯奢ってくれりゃ、それで十分だ」
「上等だな」
ウォルターは軽く笑い、酒場で情報屋の男と軽く飲み交わした。
情報収集を終えたウォルターは、夕暮れの街を歩きながら宿へと戻った。
道すがら、ふと潮風が吹き抜ける。
「…久々にまともな街だ。ちょっとはゆっくり出来るといいがな」
宿に戻ると、ちょうどレン達も戻ってきたところだった。
「お、ウォルター。お帰り」
「そっちの収穫は?」
「まあまあだな。馬車の話も進めてるし、魔法王国までの道のりも調べた。ちょっと厄介な盗賊がいるらしいが…まあ、俺達なら何とかなるだろ」
「盗賊か…」
レンは少し考え込むが、ウォルターは肩を竦めた。
「まあ、すぐどうこうって話じゃない。とりあえず今夜はゆっくり休め」
「そうだね」
夜、宿の食堂は賑やかだった。
レン達は食事をしながら、C級昇格の為にクエストを受けた事をウォルターに報告する。
「C級昇格か。それはいい事だな」
ウォルターは頷きながら、酒を一口飲んだ。
「ランクが上がれば、より高いランクのクエストを請けられるし、報酬も増える。確かにD級のままじゃ、やれる事にも限界があるな」
「でしょ! だから頑張らなきゃって思ってるんだけど…」
レンは意気込んでいたが、ディーネは少し不安げだった。
「…でも、C級に上がる為のクエストって、どのくらいの難易度なんですか?」
「おっさんががC級に上がった時って、どんなクエストだったんだ?」
フウマの問いかけに、ウォルターは少し考え込む。
そして、懐かしそうに口を開いた。
「俺の時はな…森の奥にある遺跡の調査だった。遺跡の中に魔物が巣を作っててな、それを駆除しながら遺跡の構造を記録するっていうクエストだったよ」
「え、遺跡探索!?」
レンとディーネは目を丸くした。
「しかも、魔物が巣を作ってるって事は…戦闘もあったんですか?」
「当然だ。俺の時は毒蛇の魔物がいたな。動きが素早くて、毒持ちの厄介なやつだったよ」
ウォルターはさらりと言うが、レンとディーネにとっては恐ろしい話だった。
「無理無理無理! 絶対出来ないって!」
レンが頭を抱え、ディーネも小さく肩を落とす。
「私達のクエストも、そんなに大変なものなんでしょうか…?」
「大変って言ってもよ。小鬼と『鬼ごっこ』よりマシじゃねぇ?」
「あれはあれで、心臓に悪かったけどね…」
D級になる為、昇級クエストを請けた日がまだ鮮明に思い起こされる。
あの小高い山に住んでいる鬼の子どもは、今日も元気に走り回っているのだろうか。
「昇級クエストの内容は、街やギルドによって違うが、C級になる為には、それなりの実力を見せなきゃならない。少なくとも、単なる採集や護衛のクエストって事はないだろうな」
「うぅ…急にやる気がなくなってきた…」
「わ、わたしもです…」
レンとディーネはしょんぼりしながら、スプーンを動かす手が止まる。
そんな二人を見て、フウマが笑いながら肩を叩いた。
「ま、おっさんはバケモンだからな。俺達のクエストはもう少しマシな内容だろ」
「それを願いたい…」
レンはぐったりとしながら、スープをすするのだった。
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