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身体を蝕む侵食



修道院を後にし、レン達は次の街へと向かっていた。


海沿いの道は穏やかで、空には白い雲がゆったりと流れている。

涼やかな風が吹き抜け、肌を撫でていく心地よさに、ほんの少しだけ旅の疲れが和らぐ気がした。


しかし、その静けさは長くは続かなかった。




「――来るぞ!」




ウォルターの低い声と同時に、茂みの中から魔物が飛び出してきた。

黒い毛並みの獣型の魔物――牙を剥き、鋭い爪を振りかざして襲いかかってくる。




「ちっ、面倒な…!」




フウマが素早くクナイを構え、ウォルターの援護に出る。

ディーネが呪文を唱え、防護魔法を展開。


レンもダガーを構え、戦闘態勢を取る――はずだった。




「…っ」




だが、思うように身体が動かない。


一瞬にして、目の前がぼやける。

頭がズキズキと痛む。




…視界が、歪んでる…



動きが鈍る。

攻撃を仕掛けようとしても、精彩を欠いていた。




「レン!? 何してんだ、気合い入れろよ!」




フウマの声が飛ぶ。


しかし、レン自身もどうしてこんな状態なのか解らなかった。



長旅の疲れ?

それとも、修道院での休養が足りなかったのか?




――違う。


この感じは、前にも――…




目の前で唸りを上げる魔物を凝視する。

全身を駆け巡る『赤』のオーラを、レンの眼は確かに視認していた。



まるで、怒り狂ったように激しく波打つそれは、一体のみならず他の魔物にさえも見えている。


常日頃、見続けていた『オーラ』は、戦闘中でも変わりはしなかった。

寧ろより一層、それを眼にする頻度が上がっている。


戦闘をする度に、レンの眼は確実にオーラを捉え、その度に目の奥が梁で突き刺すように痛んだ。




何…?


何で、こんな…?




目の前が一瞬真っ白になり、膝が崩れそうになるのを何とか堪える。


魔物はまだ倒れない。

目をギラつかせ、再び襲いかかってくる。




「レン、下がってろ!」




ウォルターが剣を振るい、魔物の進行を食い止める。




私は…戦える。


戦わなきゃ…!




必死にダガーを握り直す。

だが、どうしても身体の反応が鈍い。




「…レンっ!」




レンが隙を見せた瞬間、マオが素早く詠唱を完了させ、魔法を炸裂させた。

魔物は爆発するように吹き飛び、動かなくなる。


戦闘は、終わった。




「…レン、無事か?」




ウォルターが険しい顔でレンを見つめる。




「おい、大丈夫かよ?」




フウマも訝しげに眉を顰めた。




「…ごめん。ちょっとヘマしちゃった」

「大丈夫ですか? 怪我をしているならわたしが治しますっ」


「ううん、それは大丈夫。マオちゃんがやっつけてくれたから…ありがとうマオちゃん」




マオは、静かにレンを見つめていた。


普段は戦いに参加せず、あくまで傍観しているだけだった彼にまで、戦わせる事になってしまった。

マオちゃんは子どもの姿だから、危ない事はさせられない。



私が護らないと。


マオちゃんを、ちゃんと護ってあげないと――




「…っ」




そう考えながら、レンは額を押さえる。


頭痛は酷くなる一方で、なかなか収まってはくれなかった。

街に着いたら、何処かで薬でも売ってたら嬉しいんだけどな…



周囲の輪郭は歪み、まだオーラの残滓が目に焼き付いている。

敵の気配を感じ取る為に、またもや『魔王様の施し』による眼の力に頼ってしまった。


頭の奥で鈍い痛みが響き、足元がふらついた。




一歩踏み出した瞬間、軽く膝が揺らぐ。




「…おい」




レンの肩を支えたのは、フウマだった。




「あぁ…ごめんね」




すぐに笑って誤魔化したが、それを見逃すフウマではなかった。




「さっきの戦闘、本当にどうしたんだ。オレを戦ったあの時のお前は、なんだったんだよ…?」




軽口を叩くフウマの顔には、微かな心配が滲んでいた。

レンは、一瞬だけ戸惑った表情を見せたが、すぐに曖昧に笑ってみせる。




「ごめん。まだ本調子じゃないのかも」

「…とにかく、街に着いたら休もう」




ウォルターが優しく言う。




「ごめん…」




自分の所為で、皆に迷惑を掛けている事は明らかだった。




「そうですよ。無理しないで下さいね、レンさん」

「…うん」




レンは微笑んでみせる。


だが、胸の奥に広がる違和感は、拭えないままだった。




私、本当にどうしちゃったんだろう――…









海の見える修道院を後にし、レン達は北の大きな街へ向かった。




『この辺りでは一番大きな街ですよ』




そうシスターに教えられていた通り、街並みは発展しており、近づくほどに賑やかな人の声が聞こえてくる。

街道には行商人や冒険者の姿も多く見られ、久々に活気のある場所に辿り着いたレン達は、自然と笑顔になった。




「うおっ、本当に栄えてるな!」

「漸くまともに、人と会えた気がするな…」




ウォルターがしみじみと呟く。


港街だけあって市場には新鮮な海産物が並び、潮風が心地よく吹き抜ける。

遠くにはいくつもの船の姿も見えた。




「暫く此処に滞在するのも悪くないかもな」




街の賑わいを見ながら、レン達はこの街で装備を整え、情報を集める事を決めた。




「その前に、今夜の宿を押さえておこう」

「部屋が空いているといいですね」




街は賑わい、冒険者達の姿が多く見られる。

この街には宿屋が多数点在しているようで、部屋のグレードを気にしなければ、格安のお値段で宿泊する事も可能だった。




「いらっしゃいませ。旅人の宿屋にようこそ」

「部屋を取りたいのだが、個室は空いているか?」

「申し訳ありません。只今、二人部屋のみの宿泊が可能でございます」

「そうか。ではそれで頼む」




レンとフウマは、宿屋の主人の穏やかな対応に、何処か落ち着かない気持ちを覚えていた。


街の賑わい、行き交う冒険者たちの姿、人々の活気――。

それらが『普通』である事に、かえって違和感を感じてしまう。




本当に、普通の街なんだろうか…?



レンは無意識に指先を組みながら、宿屋の主人の顔をじっと見つめる。

夜の村での経験が、まだ頭の片隅にこびりついていた。


昨日まで賑わっていた筈の村が、翌朝にはまるごと消え去る。

村人達は、まるで壊れた人形のように、同じセリフを繰り返すばかりだった。


そんな悪夢のような出来事を思い出しながら、レンは少し息を詰める。



フウマもまた、腕を組みながら宿屋の主人を観察していた。

試すように、何気ない世間話を振る。




「なぁ。明日の天気って解るか?」




もし、この宿屋の主人が『偽物』なら――


あるいは夜の村のように『作られた存在』なら――



この質問に対して、同じ言葉を繰り返すかもしれない。


しかし、宿屋の主人は少し驚いた顔をして、首を傾げた。




「明日は晴れみたいですよ。海は穏やかですから、沖合漁業の船も大量でしょうね」




そう言いながら、カウンターの奥のテレビを指さした。



画面には天気予報が映し出され、『明日は快晴』とキャスターが告げている。





「普通の街…だね?」

「んで、普通の人だな…)




不安を抱えていたレンとフウマだったが、この瞬間、少しだけ肩の力が抜ける。


そんな二人の様子に気づいたウォルターは、苦笑しながら宿の主人に向き直った。




「あぁ、気にしないでくれ。疲れているんだろう」

「長旅ご苦労様です。此方がお部屋の鍵になります。お帰りの際、フロントへお返し下さい」


「ありがとう」




主人は不思議そうな顔をしながらも、特に深くは追及せず優しく微笑む。




「どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さい」




普通の宿、普通の主人、普通の街――



それでもなお、レンとフウマの心の奥には、夜の村で味わった"異常"の記憶がこびりついて離れなかった。





宿の部屋は、何処か懐かしい温かみのある雰囲気だった。


木造の床は歩く度にぎしっとわずかに軋み、壁には素朴な花の絵が飾られている。


ベッドは二つ。

ふかふかの白いシーツがかけられ、枕も程よく柔らかそうだった。


窓は大きく開かれており、そこから吹き込む潮風が、薄いカーテンをはらり、はらりと揺らしている。


レンは窓辺に立ち、外の景色を眺めた。




「何だかラ・マーレの街に似てるね?」


「あ、わたしもそう思いました。海が見えなければ、本当に街の雰囲気がそっくりで…」




視界には、整然と並んだ街並みと、青く広がる海。

日差しが波に反射して、きらきらと輝いている。


鼻を掠める潮の香りは、少ししょっぱいような気もするが、不快ではなかった。

寧ろ、何処か心を落ち着かせるような香りだ。


ラ・マーレは森や草木の香りが特徴的な町だった。




「この街にも、美味しそうな物が沢山あるといいね」


「えぇ、そうですね」

「街に行って、いろいろ散策してみようか?」




レンが振り返ってそう口にすると、ディーネが少し困ったような顔をした。




「休まなくていいんですか?」




心配そうなその声に、レンは苦笑しながら首を横に振る。




「うん。もうすっかりよくなったみたい」




ーー嘘だ。


本当は、まだ頭が痛い。




でも、ディーネを包む青色のオーラが、先程からずっと乱れているのを、レンは知っていた。


ずっと、ずっと。

彼女は自分を心配した目で見つめていた事を、解っていた。




「ほ、本当ですか?」

「うん。今はもう何ともないよ」

「よかった…!」




ディーネに心配かけないようにするためにも、レンは笑うしかなかった。




「やっぱり、適度の休息は取らないと駄目だね」

「長旅でしたからね」




部屋に荷物を置き、一息吐いた。

すると、コンコンと扉をノックする音が響いた。


レンが顔を上げると、扉の向こうから聞き慣れた声がする。




「俺。フウマ」




レンが扉を開けると、フウマが立っていた。




「換金に行こうと思うんだけど」




フウマはそう言って、部屋の中を見渡した。




「換金?」

「魔物の皮とか牙とかの素材な」

「じゃあ、冒険者ギルドに行くんだね」

「あぁ。でも、よく考えたらお前、まだ本調子じゃなかったな…」

「ううん。今は大丈夫。私も行くよ」

「本当か?」




何故かフウマは、レンではなく部屋の奥に居るディーネを見た。


…何だか信用されてないと思うのは、私だけだろうか?




「えぇ。先程よりも元気みたいで…」

「そっか。それならいいけど…」

「わたしも一緒に行っていいですか?」

「おう。この街は初めてだからな。お前ら、迷子になるんじゃねぇぞ?」




フウマは軽口を叩きながら、口の端を上げて笑う。

レンはクスリと笑った。




「よろしく頼むよ」




素材の買取は、大体どの街でも冒険者ギルドが対応してくれる。

勿論、道具屋でも同じように買い取ってくれるのだが、初めての街で探すのは少々面倒だ。

時に、看板もない店だって存在する。


その点、冒険者ギルドなら其処に流れて行く人も多く、人に聞けばすぐに見つかる事だろう。




「ウォルターにも声を掛けておく?」




すると、フウマがふと思い出したように付け加えた。




「そういや、おっさんは情報収集に行くって言ってたぜ。地図と、あとは馬車の手配も出来たらとか言ってたな」


「馬車!?」




レンは思わず目を見開く。


旅をする上で馬車があれば移動がぐっと楽になる。

徒歩に比べて移動速度が速くなるのは勿論、宿代わりにもなるし、何より体力の消耗を抑えられる。




「それは嬉しい話だね」




レンが感心したように呟くと、フウマは肩を竦める。




「まあ、確保出来るかは別だけどな。馬車は人気だし、御者によっては吹っ掛けられる事もあるし…第一、うちのパーティーの金が足りる稼働っか」


「うっ…」




ぐうの音も出なかった。


パーティーのお金がジリ貧なのは、ほぼレンの借金の所為である。

貧乏神でもついてるんじゃないの、私?





「とにかく、俺達はギルドに向かうとしようぜ。そんで少しでも金に換えて足しにしよう」


「さ、賛成…っ!」


「スライム、マオちゃん。行くよー」


『はーい!』




部屋の隅に座っていたマオは、じっとレンを見つめていた。

その瞳には、言葉に出来ないような複雑な感情が浮かんでいる。




「どうしたのマモちゃん。疲れちゃった? 部屋で休んでる?」

「…ん。行く」




レンの回復を喜ぶべきなのか、それとも別の何かを警戒すべきなのか——


マオは、まるで違和感を探るように、じっとレンを見つめ続けていた。





こうして、レン、ディーネ、フウマの三人は冒険者ギルドへ向かう事になった。





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