海の見える修道院
寄せては引いて、引いては寄せて。
繰り返される波の音が、何とも来k血良い。
潮の香り、波の音、ひんやりとした風。
肌を撫でる空気が塩っぽいような、肌にべたつく感触を残している。
「う、ん…」
レンはゆっくりと目を開けた。
目の前には、白い天井。
「此処は…?」
寝台の上に横たわる自分。
気が付いたら知らない天井だなんて、これで何度目だろう?
『あっ! レン、起きたーっ!』
ぱぁっと弾けるような声を上げるスライム。
その声に、レンは頭を押さえながら起き上がる。
自分の直ぐ隣には、透き通った青色のスライムがぷるんと震えていた。
これもまた、何度目の光景なのか。
「スライム…?」
『うんっ! よかった、レン、ずーっと眠ってたんだよ!』
スライムが飛びつくように寄ってくる。
その感触に安心しつつも、レンは違和感を覚えた。
何で私…此処にいるんだっけ?
思い出そうとするが、頭がぼんやりしていてうまくまとまらない。
ーーただ、全身がずっしりと重く、服が湿って肌に張り付いているのが解る。
「何で、こんなに濡れてるんだろう…」
『あのねー、落ちたのっ』
「…落ちた?」
そう呟いた」時、扉が開く音がした。
「お目覚めですね」
静かで落ち着いた声が響く。
扉の向こうから現れたのは、白い修道服を纏った女性だった。
彼女はそっと微笑みながら、レンの額に手を当てる。
「熱は…もう大丈夫のようですね」
「…貴女は?」
「この修道院で神に仕える者です。貴女方は、海辺で倒れているところを発見されました」
「海辺?」
レンは驚いたように呟く。
「そうです。まるで、波にさらわれるようにして」
女性の言葉に、頭が一気に覚醒する。
「私達…流れ着いたの?」
レンは慌てて周囲を見渡した。
部屋の隅には、ウォルターの大剣が壁に立てかけられ、ディーネのロッドがそっと置かれている。
「じゃあ、ウォルター達も?」
「えぇ。お連れの片達は、、少し前に目覚めた所です」
少し離れた場所では、マオがちんまりと座り込み、修道女にパンを貰っていた。
「美味いぞ、レン!」
「…よかった。皆、無事だったんだ」
もぐもぐと頬張るマオの姿に、少しだけ安堵する。
「見つけた時は本当に驚きました。何処からか流れ着いたのですか?」
…どうしてこんな事になったのか?
レンは、こめかみに手を当てながら考えた。
それは、今よりも少しだけ時間を遡る――
「おっ、景色が開けてきたな」
ウォルターが先を見ながら、ふと呟く。
長い山道を抜け、平坦な道へ出ると、遠くに青く広がる海が見え始めていた。
「今どの辺?」
「まだまだ魔法王国には程遠いな」
ウォルターの言葉に、レンは思わず溜息を吐く。
「一体何処まで歩けばいいのよ、魔法王国…!」
徒歩での旅は、いい加減疲れてきた。
しかし、この世界での移動手段は徒歩か馬車。
しかも、この道は人っ子一人歩いておらず、馬車の姿すらない。
「戦闘がなくてよかったですね」
ディーネが安堵したように微笑む。
「確かにな。あの村から連日、ろくに休めてなかったしなー」
フウマが、気軽に夜の村の話を持ち出す。
村の事はもう考えないようにしていたのに。
レンは彼の言葉に『馬鹿』と呟いた。
「聞こえてるぞ、レン」
「はぁ…せめて空を飛んだりとか、一瞬で移動できたりとか、そういう便利アイテムないのかな…」
レンがふと妄想を呟く。
「ゲームだったら、テレポートとかファストトラベルとか、あるじゃん?」
「何を言ってるんだ、お前は…」
ウォルターが呆れたような声を出すが、レンは続けた。
「一瞬で移動するあのシステムって、実際どうなってるんだろうね? あんな一瞬で人ッと美だなんて、便利すぎるよ」
「俺はお前の言っている事が、全く理解出来んのだが…」
彼の反応に、やはりレンの知る世界の知識は通用しないらしい。
「『空間転移』だってさ、マオちゃん達だけが使えるなんてずるいよ」
「あれも不思議ですよね。一体どう言う原理なのでしょうか?」
「さあ? 原理とかそう言うの、よく解んねぇ!」
明るくそう答えるマオ。
その様子だと、本当に彼も理解していないらしい。
「気になるなら、飛ばしてやろうか?」
にやりと笑ったマオが、レンの手を取る。
「飛ばす?」
「おう!」
笑うマオの手が、小さく光を帯びる。
その瞬間―-ぐにゃりと辺りがの景色が歪む。
「…あれ?」
景色が一瞬にして変わった。
「わぁ…っ! レンさんがいつの間に…!?」
遠くから、ディーネの驚く声が聞こえる。
…え、何でそんなに遠くから聞こえるの!?
次の瞬間、レンは自分の立ち位置に気づいた。
「あれ…?」
いつの間にか、数メートル先の岩の上に立っていた。
「え、なに、私、瞬間移動した!?」
「ふふん、これくらい朝飯前だぞ!」
レンの傍では、誇らしげに胸を張るマオがいた。
「今の、マオちゃんの『空間転移』…」
「おうっ!」
「チビ、そんな事も出来るのかよ…」
フウマが驚いた顔をする。
そんな会話をしていると、ウォルター達が追い付いて来ていた。
「オレは魔王だからな! そろそろ信じてもいいんじゃないか?」
「はいはい、ちゃんと信じてるっての」
「す、凄いですねっ!?」
「何度見ても、驚きしかないな…」
『空間転移』と言うのは、ウォルターですら数えるほどしか観た事がないと言う。
原理は少々異なるが、冒険者の中にも職業によっては、任意の場所へ移動できる空きウがあるらしい。
しかしそれは、本当に数メートル離れた距離の移動である。
マオがラ・マーレや剣の王国で見せたような、長距離の移動までとはいかなかった。
「魔族の力も、案外便利な所があるもんだ」
『まおー様っ! ボクも! ボクもびゅんってやってー!』
「おう、いいぞ!」
続いて、スライムに向けて手を翳したマオ。
するとスライムは、次の瞬間にはパッと消え去ってしまった。
「一体何処に――?」
『レンー!』
「え…わああああああっ!?」
辺りを見渡しているレンの頭上へ、消えた筈のスライムが降って来た。
『えへへー! ナイスキャッチー!』
「心臓に悪い…!」
慌ててスライムを抱きとめる。
無邪気に笑う姿は可愛かったが、本当に…心臓に悪かった。
その後、マオは調子に乗って皆を次々と空間転移させた。
時に岩の上、時に木の上。
崖の先端……様々な場所へ、面白おかしく飛ばす姿に、ほぼほぼ悪戯っ子が垣間見えている。
「これ、本当に便利な能力じゃね!?」
「凄いです、マオさんっ!」
「そうだろう、そうだろうっ!?」
気をよくしたマオは、次から次へとレン達を移動させて行く。
いつもの様に歩くだけでは、短時間でこんなに移動する事は出来なかったと、レンは今来た道を不r帰る。
『夜の村』があった場所が、もう随分と遠くに見えていた。
「マオ、もっと安全な所に着地してくれないか?」
「そんな事言われてもなー。とんだ先が崖だったんだから、しょうがないだろ」
「わざとにしか思えん…」
「で。でも、これなら歩くよりも随分早いです」
「チビ、もっと遠くに飛ばしてくれよ!」
「おうっ。任せとけ!」
そして、記憶に残る最後の着地地点が――海だった。
「…海?」
レンが目をぱちくりとさせる。
「海だな」
ウォルターが、何処か達観した様子で答えた。
「えっ、えっ!?」
慌てふためくディーネの足元には、何処までも広がる青い海。
風が吹き抜け、遥か下には波が穏やかに揺れている。
「…おい、チビ?」
フウマが低い声で隣を見る。
マオは、目を丸くした後…
「あ、間違えた」
と、小さく声を漏らした。
――瞬間、重力がレン達の身体を掴む。
「ぎゃあああああああ!!??」
「うわっ!? ま、待て、俺は泳げ――」
「チビ、お前ええええ!!!」
どぼーーんっ!!!
レン達は空間転移したまま、見事に海へダイブした。
泡が舞い、四方八方から冷たい水が押し寄せる。
レンはパニックになりながらも、何とか水面へと顔を出す。
「げほっ、げほっ……! な、何なの!? 何なの海なの!?」
「悪い。間違えた!」
マオがぷかぷか浮かびながら、にぱっと笑った。
「「間違いで済むかああああ!!!」」
レンとフウマの怒声が、海の上に響き渡ったのだった――。
…あぁ、そうだ。
そんな『災難』があったんだっけ…
もう随分と昔の様な気もしなくはないが、服の濡れ具合からしてそう時間は経っていない様だ。
シスターは、ずぶ濡れのレン達を勝手に着替えさせるのもどうかと思い、申し訳なさそうに室内を暖かな温度でするくらいしか出来ないと言っていた。
助けてくれただけでも有り難い事なので、其処までお世話になる訳には行かないと、レンは曖昧に笑う。
「目を覚ました方々はお庭で荷物を乾かされています。よければ貴女もご自由にお使いください。外はとてもいい天気ですから」
「あ、はい。ありがとうございます」
レンはスライムを見る。
自分の手荷物の殆どは、スライムの『異空間収納』で賄っていた。
ともすれば、レンがするべき事は自分の着ている服を乾かす事に尽きる。
シスターは優しく微笑む。
「この辺りの海流は激しく、打ち上げられても助かる事は稀です。ですが…皆さんは、奇跡的に無事でした」
神の加護がおありなんですね―ー
そう言われたが、レンは苦笑する。
加護があるのは、魔王になんですがね…?
そう思うものの、口には出せなかった。
「とりあえず、着替えたいかな」
「では、その間にお食事の準備をしておきましょう」
「何から何まで…あrがとうございます!」
目を覚ました時、其処は海の見える修道院だった。
海に飛ばされた時はどうなるかと思ったが、何とか無事にこの修道院に流れ着いたのは、本当に軌跡だったと言える。
あれから皆、懸命に溺れないようにと必死だった。
フウマが『遠くに建物の様な物が見える』と気付かなければ、海中へと沈んでいたかも知れない。
特に重い鎧を着ているウォルターが、一番深刻だった。
何か重大な事を言っていた様な気もしなくはないが、あの混乱の中では何と言ってたか…
程よく暖められた室内は、簡素な印象だった。
整えられたベッドとサイドテーブルと言う、本当に必要最低限の家具しか置かれていない。
シスターが居て、此処が修道院と言うのならば、そうお高い物も置けないのかな…
そんな事を思いつつ、レンは濡れた服を着替えた。
庭先では、洗濯物が風に揺れていた。
布がふわりと舞い、太陽の光を浴びて白く輝く。
その間を歩いているのは、ウォルターとフウマだった。
「…やっぱり、全部濡れちゃったんだ?」
「見ての通りさ」
ウォルターは黙々と洗濯物を整えながら、苦笑いを浮かべた。
「でも、意外だなぁ。ウォルターがこういう家事をする姿って、なんか珍しい気がする」
「フィオナの奴が、こう言う事に関しては堕落的でな」
「女なのに?」
フウマがぽつりと呟く。
「あ。それ、男女差別って言うんだよ?」
レンがすかさず指摘すると、フウマはむっとした表情になる。
「いや、別にそういうつもりじゃねぇけどよ。普通、女の方が料理とか得意なイメージあるだろ?」
「そういう固定観念がダメなんだよ~」
レンが軽く頬を膨らませる。
「まあ実際、フィオナは何もしないんだけどな」
ウォルターが肩を竦めると、フウマは興味深そうに腕を組んだ。
「フィオナってあれだろ? あんたんとこのギルドマスターだっけ」
「あぁ」
「フィオナさん…何でもそつなく出来そうな、バリバリのキャリアウーマンな感じなのに」
「…まず、自炊は一切しない。食事は誰かが用意するものだと思ってる。掃除は整頓も苦手で掃除はギルドメンバーが交代でやっている。洗濯もそうだな。気がついたら俺の部屋に洗濯物の山が出来ていて、俺が洗わなければずっとそのままだった」
「うわぁ…」
レンが絶句する。
「というか、片付けるという概念がないらしくてな。あいつの部屋は基本的に足の踏み場がない」
「…それで、お前が世話してるのか?」
「結果的にな。放っておくと部屋がゴミ屋敷になりかねんし、俺がやった方が早かった」
「何でそんなのと一緒にいたんだよ?」
フウマが呆れたように言うと、ウォルターは少しだけ視線を逸らした。
「あいつの幼馴染になった結果だ」
レンとフウマは顔を見合わせる。
「えっ、もしかして世話焼き属性…?」
「おっさん、まさかの尽くし系男子…?」
「馬鹿を言うな」
ウォルターは辞め粋を吐きながら、薪を最後の一本まで積み終えた。
「俺は家庭的でも何でもないんだがな…」
ぶつぶつ文句を言いながら、彼はロープにかかった布をぴんと張る。
その様子を見て、レンはくすりと笑った。
「でもさ、こういうのってちょっと落ち着かない? 何だか『普通の生活』って感じがして」
「旅ばっかりだからな…まぁ、たまにはこういうのも悪くないかもしれん」
ウォルターは、ロープの上で風に揺れる布を見ながら静かに呟いた。
潮の香りが漂う庭で、乾いた布が緩やかに波打っていた。
「ふぅ…ふぅ…これでお洗濯物は全部洗えました…って。レンさん!」
「ディーネも手伝ってたんだね」
「えぇ。着替えも殆どが塩にやられてしまって、落とすのが大変でした」
「この修道院、洗濯機がないんだぜ? 吃驚するよな」
ディーネは大きめの洗濯籠を、まるで引きずるようにして庭先に持って来た。
大小様々な洗濯物が重なり、水分を含んでとても重そうだ。
「おいおい。だから俺が持ってやるって言ったんだ」
「え、えぇ…ですが、シスターの達から預かったシーツもありますし…わたしのも、少し混じってますので」
「別に洗うって言ってる訳じゃねぇのにな?」
「お、お気持ちだけありがたく…!」
彼女にしてみれば、男であるフウマに見られたくないものだってある。
それを理解してか、フウマもその先を言う事はなかった。
「そうそう。シスターが『洗濯を終えたら、是非薪割りを』と仰ってました。お二人にお願い出来ますか?」
「薪割りぃ?」
はい、とディーネが笑顔で頷く。
「薪ストーブもですが、お料理を作るのにも、此処では薪を使用しているんですよ。それにお風呂を沸かすにだって薪が必要なんです」
文明の利器に慣れた自分からしたら、それは過酷過ぎる重労働である。
一日の終わりを野宿で過ごすと言うのも不慣れだと言うのに、それに加えて薪割りだの火起こしだの―ー旅を続けている今でも、不慣れな事には変わりない。
「はぁ…しょうがねぇな」
「確か、薪置き場は建物の裏手だったな」
「えぇ。わたしはこのお洗濯物を干してから、シスター達のお手伝いに戻りますね」
「そう言えば、食事を用意してくれるみたいだよ」
レンの言葉に、フウマはやる気を出すように肩を回す。
「そんじゃ、食事を楽しみに頑張るとしますかねぇ」
「ディーネ。私も洗濯物を干すの手伝うよ」
「ありがとうございます、レンさん!」
薪置き場は、修道院の裏手 にある。
建物の影になっている所為か、そこだけひんやりと涼しい空気が漂っていた。
「おい、これ結構あるな…」
積まれた薪の山を見て、フウマが眉を顰める。
乾燥した丸太がずらりと並び、薪割り用の木台がぽつんと置かれていた。
「まあ、やるしかないだろう」
ウォルターは無駄な言葉を挟まず、斧を手に取った。
柄を握り、慎重に重みを確かめる。
彼の動きには無駄がなく、まるで戦場で武器を扱うかのようだった。
「へぇ。伊達に野宿慣れしてる訳じゃないな?」
「基本的な技術さえあれば、誰でも出来る」
ウォルターはそう言って、丸太を木台に乗せると、無駄なく斧を振り下ろした。
パカン! と乾いた音が響き、薪が二つに割れる。
「お、綺麗に割れたな」
「コツさえ掴めば簡単だ。やってみるか?」
「へっ、やってやろうじゃねぇか! 昔は毎日のようにやってたから、薪割りくらい楽勝だぜ」
フウマも斧を手に取ると、意気込んで丸太に向き合った。
慎重に構え、力いっぱい振り下ろす――
ゴンッ!!
「いってぇぇ!!」
斧は丸太にめり込んだものの、完全には割れず、フウマの腕に鈍い衝撃が走った。
「…お前、力任せに振りすぎだ」
「何でだよ。いつもだったらスコーン!とだなぁ…」
「刃を入れる角度が甘い」
「うるせぇ! 次こそは!」
フウマは悔しそうにしながらも、何度も挑戦し続けた。
―ー暫くすると、レンが洗濯物を干し終えて様子を見に来た。
「二人とも、ちゃんと薪割れてる?」
「俺はな」
ウォルターは既に綺麗に割られた薪を、数十本ほど積み上げていた。
一方、フウマの周りには、半端に割れた薪や、斧が抜けずに刺さったままの丸太がいくつか転がっている。
「…あれ?」
レンは目を瞬かせた後、くすっと笑った。
「フウマ、頑張れ~!」
「ぐっ、なんかムカつく…!」
結局、薪割りはウォルターの手際の良さもあって、何とか無事に終わった。
「やれやれ……これで、飯にありつけるってワケか」
「皆を呼んでくるようにって、シスターが言ってたよ」
「…それは朗報だな」
フウマは腕を回しながら、満足げに息を吐いた。
薪を割った後の心地よい疲労感と共に、彼らは修道院の方へと歩き出した。
シスターが用意してくれた食事は、冷えた身体を芯から温めてくれるような優しい味だった。
湯気の立つスープに、たっぷりの野菜を使った煮込み料理。
主食には、素朴な味わいのパンや米が添えられている。
「これ、肉っぽいのに…違うのか?」
フウマが疑わしげにフォークで、ハンバーグらしきものをつつく。
「それは大豆を使用したものです。肉は使われていません」
シスターが穏やかに微笑む。
「えっ!? でも普通に旨いぞっ!」
「
マオ大口を開けてバクバクと食べている。
「うむ、確かに味がいい」
「私たちの教えでは、動物を殺める事を禁じております。その為、食事は野菜や穀物が中心なのです」
「へぇ~、そうなんだ」
レンは感心しながらスープをすする。
あっさりした味だが、しっかりとした旨みがあり、身体に染み渡る。
「皆様もお手伝いをして下さったおかげで、私達も大変助かりました。どうしても女の手では難しいこともありますから…せめて感謝の気持ちを込めて、この食事を召し上がっていただければ――と」
シスターは丁寧に頭を下げる。
「いやいや、こっちこそお世話になった身ですから」
レンが慌てて手を振ると、シスターは少し申し訳なさそうな顔をした。
「ですが…当修道院の規則で、皆様にはご不便をおかけしてしまいました。本来であれば、一緒に食卓を囲むべきなのですが…中にはまだ、修道女になり盾の者もいますので」
「気にしないで下さい。俺達も、其処まで厚かましくはなれませんし」
「こうしてm俺やおっさんの食事を用意してくれただけでも十分だって」
「おい、フウマ…言い方ってもんがな…」
「…え? どうして二人が一緒に食べちゃダメなの?」
レンがそう言うと、シスターが少し困ったように微笑む。
するとフウマは、そんな彼女を見て溜息を吐いた。
「お前、本当に何も考えてねぇよな」
「な、何よ!」
「俺とおっさんは、本当なら中に入れないんだよ」
フウマがぼそりと呟く。
「え…?」
レンは思わず首を傾げる。
「だって、さっきもシスター達が助けてくれたし、食事だって用意してくれたし…」
「それとこれとは別の話だ」
ウォルターが静かに言う。
「此処は修道院だ。修道女達が神に仕える場所でもある。その規律の一つとして、基本的に男の出入りは禁止されている」
「でも、助けてくれたよね?」
「困ってる人を見捨てるのは、神の教えに反します」
シスターが淡々と言う。
「それでも、男がうろつくのはよろしくない。だから俺達は庭で大人しくしてるって訳だ」
「なるほど……」
頷いたレンだったが、ふと気づく。
「あれ? じゃあマオちゃんは?」
「んぁ?」
「マオちゃんは大丈夫なの? 男…の子だよ?」
言葉を選ぶようにして、レンがそう言った。
「当たり前だろ? オレは子どもだからな!」
得意げに胸を張るマオに、フウマは思わず毒づく。
「こういう時だけ、子どもの特権をフル活用しやがって…」
「何処をどう見ても、愛らしいお子様じゃないかっ」
そんなマオの態度に呆れながらも、ウォルターは静かにレンに告げる。
「…ともかく、修道院の中に長くいるのはよろしくない。だから、俺達は出来るだけ修道女達の眼に留まらないよう、目立たないようにしてるんだ」
「そ、そうだね」
「だから俺達、庭先で待機してただろ?」
待機と言うか、単なる洗濯をしている姿にしか見えなかったが?」
「まぁ、シスターたちが特別に許可してくれたから、俺達も敷地内になら入れるんだ」
ウォルターが冷静に補足する。
「じゃあ…この食事も、本当なら…?」
「普通は男なんか入れないさ。でも、俺達が薪割りとかの仕事を手伝ったから、お礼としてこの場を設けてくれたんだろうよ」
「まぁ、悪い話じゃないだろ」
「レンやディーネと旅をしていると理解して貰い、特別に此処で過ごさせてもらっている。だが、あくまで修道院の規則では、男は中に入る事を許されていない」
「そ、そうだったんだ…」
レンは驚いたように視線を泳がせる。
「まあ、しゃーねぇよな。決まりは決まりだし。シスター達が親切にしてくれるだけでも有難いと思わなきゃな」
フウマは気にせず、パンをちぎって口に放り込む。
「そう。俺達が此処にいられるのも、シスターの厚意のおかげだ。変に迷惑をかけるくらいなら、ちゃんと線引きを守った方がいい」
ウォルターも淡々と続けるが、その表情は何処か居心地の悪そうなものだった。
「…ウォルターって、女性苦手?」
レンがぽつりと聞くと、ウォルターは一瞬ぎくりとした。
「な、何故そう思う?」
「さっきも、女性に囲まれるよりは別室の方がいいって言ってたし。何となく、避けてる感じがする」
「…気のせいだろ」
ウォルターはそっぽを向いた。
「いや、図星だろ」
フウマがニヤニヤしながら口を挟む。
「別に女性が苦手って訳じゃない。ただ、あまり得意ではないだけだ」
「それって苦手って事じゃ…?」
レンが苦笑すると、ウォルターは深くため息をついた。
「フィオナを見てたら解るだろ…」
「へぇ~?」
レンとフウマが興味津々な顔をすると、ウォルターはそれ以上何も言わず、黙ってスープを口にした。
それ以上は聞かない方がいいかもしれない――
そう直感したレンは、それ以上追及するのをやめて、黙々と食事を続けた。
「此処に長居するつもりはないし、食えるうちに食っとくのが一番だ」
「明日には洗濯物も乾いている頃だろう。そしたら此処を発とう」
「そうだね」
レンも静かに頷きながら、スープの最後の一口を飲み干した。
「また『空間転移』してやろうか?」
「もういいよ…また海にでも飛ばされたらかなわないし」
「あれはちょっとだえ座標を失敗しただけだ。もうちょっと遠くに飛ばせばよかったかもなっ」
「…って、そういうノリで飛ばすから、こうなったんだよ!!!」
レンは頭を抱えながら、
「いやー、悪かった悪かった!」
マオが悪びれもせず笑っている。
「お前、絶対わざとだろ…!」
フウマが睨むが、マオはそっぽを向いて口笛を吹いた。
「とんだ先が海だったんだから、しょうがないだろ。いや、この場合は助かったと言うべきなんじゃないか? おかげで此処に来れた!」
「…それ、絶対わざとだよね?」
「違う違う、ホント偶然! いやー、オレの転移魔法、まだまだ練習が足りないな~! この身体だとまだまだ満足に扱えないみたいだっ」
「もうそんなにやらなくていいからね…」
「レン。早くSSSになってくれよ」
「いや、Cにもまだなってないんだからね???」
レンは怒鳴りながら、まだ濡れた髪を手でぐしゃぐしゃと掻き回した。
ウォルターは、そんな二人を見ながら溜め息を吐く。
「まぁ…全員無事だったのが、何よりだな」
「でも、これからどうします?」
ディーネが不安そうに尋ねる。
「魔法王国に向かう筈が、こんな所に流れ着いてしまいましたし…」
「確かに…また一から道を探さないと…」
「魔法王国へ向かわれるのですか?」
ふと、シスターが口を挟む。
「えぇ。旅の途中でして」
「それならば…此処から北へ行くと港町があります。この辺りでは一番大きな街と言えるでしょう。其処へ行かれるのも宜しいかと」
「街か、それは有り難い。地図は海に落ちて使い物にならないからな」
街があるのなら、其処で情報収集が出来るかも知れない。
それに大きな街なら、素材を換金してお金にして貰わないと、またマモンへの返済が滞ってしまう。
「では、今日は此方で、お休みになられてはいかがですか?」
「えっ…?」
「皆さんはまだお疲れでしょう? 此処で英気を養われるのも悪くはありません」
レン達は顔を見合わせた。
シスターの申し出は、非常に有り難かった。
しかし、此処には『規則』が…
「その…よろしいのですか?」
「えぇ。修道女達には、ちゃんとお話を通しておきますから」
「何から何まですみません」
「まぁ…そうだな。せっかくの機会だし…」
「たまにはゆっくりするのも、いいかもしれませんね!」
ディーネの言葉に、レンも静かに頷いた。
海の見える修道院―-
少しの間だが、此処で過ごすのも悪くないかも知れない。
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。




