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F級テイマー、パーティを組む①



準備する事と言えば、魔物に会わないよう祈りを捧げる事くらいだった。

それで魔物と遭遇しないのであれば、喜んで祈るのだが。




「今日も小石拾いか? 頑張るねぇ」




門番の前を通るのも、もう当たり前の日課になっていた。

昼夜問わず、いつも此処に立っているけれど、彼は一体いつ休んでいるんだろうか。


不思議に思って聞いてみたら『休んでるぞ!』と元気よく返って来た。

いつも立っているし、いつも元気だなこの人。




「早いな」

「あっ。ウォルターさん」




其処へ少ししてウォルターが姿を現す。




「準備に時間が掛かると思ったんだが、待たせたか?」

「いえ。全然! 準備って言っても特にありませんし」

「…女は支度に時間が掛かると煩い奴もいるからな」




なるほど、そっちの意味での準備だったのか。

生憎すっぴんだし、メイクをするにも化粧道具はない。

若返ってラッキーと思ったのは、スキンケアだけでお肌ぷるんぷるんな所だった。




「ウォルターじゃないか! お前もクエストか?」

「あぁ、彼女と一緒にな」

「えっ、彼女って――このテイマーと?」




レンとウォルターを交互に見やる門番。

まさか、と言う言葉がぴったりの表情だ。




「…小石集めだぞ?」

「あぁ、そうだ」

「あんたが一緒なら、まあ安心だろうなぁ」




地味なクエストでも、レンにとっては貴重な収入源だ。

コツコツお金を貯めれば当面の宿代は確保出来る。

一人と一匹で、一日50G。

食事代込みとは言え、他にも日用品だとか雑貨だとか必要な物はある。

他にも別途で取られる洗濯代なんかも必要で、とにかくお金は稼いでいて困る事はない。




「ウォルターは凄腕の大剣使いだからな。いろいろと教えて貰うといい」

「買い被り過ぎだ」

「この前のクエストだって、殆どあんたのお陰で成功したようなもんだって噂だぞ?」

「噂は噂だ。皆で力を合わせた結果だ」

「か~。相変わらずお堅いねぇ!」




彼がどんなに凄い人なのかレンには解らないけれど、こうして人に一目置かれてるくらいに強いんだろう。




「では行こうか」

「はい」




街を一歩出ると、其処はもう魔物が現れるフィールドに出る。

レンはまだこの周辺しか移動した事がなかった。


自分達と同じように、門を出た人が皆、思い思いの方角へと進んで行く。


あの山の向こうには、何があるんだろう。

あの森の向こうには、何があるんだろう。


レベルを上げて強くなれば、私ももうちょっと遠くまで行く事が出来るだろうか。


そう思うと、未だ見ぬ景色に胸を高鳴らせる。




「何処まで行くんだ?」

「いつも此処からスタートですね」

「…本当に街の直ぐ側だな」

「あはは…でも最近じゃ拾い過ぎたのか、ちょっと先まで歩いたりします」




スライムが先頭に、レンとウォルターが続いて行く。

魔物さえ出なければ、本当に穏やかに時間だけが過ぎて行った。




「妙だな…こんなにも魔物が出ないものか」

「いつもこんな感じなんですが…違うんですか?」

「魔物はあちこちと普通に生息しているんだが…それにしては気配がしない」

「気配なんて解るんだ…」




それはもう達人の域じゃないか?




「獣臭がなければ、捕食した形跡もないしな。足跡はある様だが…」

「捕食…」

「人間と一緒で、奴らも狩りをする事があれば、腹だって減るさ」






街から少し離れたところで、草原ばかりの景色にちょっとした変化が現れた。

道端に落ちている小石が、いい感じの大きさだった。




「あ、ここら辺から一杯落ちてますね」

「よし、拾うか」

「そうですね。じゃあスライム。お願いしていい?」


『わかったー!』



『■スキル;分裂を使用します。▼』




ぽよんっと軽快なお音を立てて、スライムが2匹に分裂した。

更にそこから4匹、8匹…と、スキルを使う度にスライムが増えて行く。

使えば使うほど増えるが、【分裂】に関しては『最大数に制限』があるくらいで、MP消費される事はないらしい。


スライムのHPもそうだが、MPも決して多いとは言えなかったので、其処は有り難いと思った。

そう言うところも、PPパラメーター・ポイントで調整出来る。

前回レベルアップでPPとSP、どちらにもポイントが加算されたが、慎重になりすぎてまだ消費していない。

よく考えてから振り分ける事にしよう。




「分裂するのか、スライムは…」

「凄いですよね」




あっという間に私達の前に勢揃いスライム達に、ウォルターも吃驚だ。




「本当に凄い数だな。何匹居るんだ?」

「えぇと、何匹かな」


『じゅーがごー!』


「…50?」

「多すぎだろう」




10までしか数えられないのか、スライム。

数字の読み方も、今度教えてあげよう。


分裂に分裂を繰り返して小さくなった50匹のスライム達。

今はこれが最大数の様だ。

でもこれなら、一匹につき20個の辺りで1000個は軽く集められる。


…が、スライム同士の争奪戦にならないよう、注意を怠ってはならない。




『ボクのー!』

『ちがうー! ボクの―!』

『ボーク―のー!!』


「喧嘩してるようだが…?」

「はい。ストップストップ!」




自分と喧嘩してどうするんだっ!

テイマーは現場監督なのかな?




スライムが分離し、また集まって融合する姿を繰り返し見ていると、ふと思った事がある。


…落ちゲーによくあるアレだ。



分離して、一定数で融合したら、軽快な音と共に消えるって言う、アレ。

連鎖をする事で、相手にダメージを与えるって言う…


いやいや。


いくら此処がファンタジーな異世界でも、ないないそれはない。



プルプルしている所が似ているだけだ。


そう、似ているだけだ。




「…ファイヤー」


『?』

『なーにー?』


「あぁ、うん。何でもないよ」




ぼそっと言うけれど…うん、何も起こらない。

いろいろとややこしくなるし、心の中に留めて置くぐらいにしておこう、うん。







◇◆◇




――この分だと、早く終わってしまいそうだな…




分裂したスライムがあちこちに散らばる様子を眺めて、ウォルターはそんな事を思った。

冒険者になりたての、まだレベルの低いテイマーが心配でこうして着いて来たが、小石集めのクエストを熱心にこなしている。

F級ならば、最初の内はいい小遣い稼ぎになるだろう。


其処から徐々に色んなクエストを受注すればいいのだが、どう言う訳か彼女はまだ、その一つしかやった事がない。

戦闘もすっぴんボアに遭遇した一度だけで、それ以降は運がいいのか、まともに戦闘すらした事がないそうだ。




『つめたーい!』


「其処のスライム―! 川の向こうまでは行っちゃ駄目―!」


『はぁい』




現場監督宜しく、周囲に散らばるスライムの動きに反応して、彼女は制止の声を呼び掛けていた。

本当に熱心だ、彼女も、スライムも。


C級になった今、そう言ったランクの低い仕事(と言えば聞こえは悪いが)を、請け負う機会も少なくなっていた。

最近は魔物討伐や希少なアイテム収集なんかが主で、こんな風にのんびりとしている暇がなかった。

何せ次から次へとクエストを受注するからな、うちのマスターは…


そんな考え事をしていると、レンが気付いた様に此方を振り返った




「なんかすみません。せっかくついて来て貰ったのに、退屈じゃないですか?」


「いや、いい気分転換になる。普段は魔物を討伐してばかりだからな」

「そう言うの、怖くないんですか?」

「怖いさ。明日は我が身だと思って生きている」




目の前で命を落とした奴も居れば、昨日まで仲良く飯を食ってた奴も、今日になって魔物の餌になっている――そんなのはザラだ。


それを口にしないのは、彼女が女性であり、まだ冒険者になりたての『F級』だからである。

無暗やたらな事を言って、怖がらせてしまうのは可哀想だ。




「この世界も弱肉強食なんですね」

「この世界も?」

「えぇと。何処でもそうなんだなぁって」


「そうだな。人の生き死にだけじゃない。強い者がのし上がり、弱い者は淘汰される。冒険者もそれは例外じゃないさ。だから必死でランクを上げようと努力する」




そして、どんなに頑張っても、努力が報われない奴だって居る――




「どんなランクのクエストだろうがダンジョンだろうが、常に危険と隣り合わせ。それは覚えておくといい」

「はいっ。…って、ダンジョンなんかあるんですね」

「こう言った草原や森は『フィールド』だな。洞窟や遺跡なんかだと、『ダンジョン』だ」

「あぁ、よく聞きますね」




ウォルターの話を聞き、レンは頷いて見せる。


RPGではお馴染みの場所だ。

洞窟の奥にはドラゴンが居たり、その奥ではお姫様が勇者が助けに来るのを、今か今かと待ち望んでいるのかな。


…ところで、この世界に勇者は居るんだろうか?




「いつか君も、ダンジョンに挑む事があるだろう」

「えぇ…あるのかなぁ。まだF級になったばかりだし…あっ、でもこれであいつに言い返してやれる!」

「あいつ?」

「『海月亭』で私に突っかかってきた、あのヤジ男ですよっ。今度会ったら、堂々と冒険者証を突き付けてやるんだっ」




しかし、ランクはまだまだ『F』である。

せめて『E』になってから…いや、『D』かな?




「あぁ…そうか。君は知らなかったな」




そう言葉を区切り、彼は言う。




「あいつは、死んだよ」

「…えっ」




死んだ? あの男が?


自分の眼が、大きく見開いたのが解った。

ひゅっと息を呑んで、一度は冷静になろうとするも、心臓は酷く高鳴る。




「死んだって…え?」

「…」

「でも、活躍したってさっき――」


「退けた時には…もう遅かった」




苦虫をかみつぶすように目を閉じれば、今でもその事は鮮明に思い出せた。


クエストのランクは『E』

推進レベルに全員が到達し、装備にも無理はなかった。


唯一『E』だったあいつの為に、俺達はパーティを組んだ。

あいつ以外が『C』、または『D』 に達する実力を持っていた。




『今回もサクッとクリアしようぜ。これで俺も次はD級だっ』




そんな風に意気込んで挑んだダンジョンの最深部。

あいつは報酬のお宝に目を奪われて、周囲が全く見えていなかった。

そのダンジョンにはまだ先にボスが居て、倒したと思っていたのはただの前座。

そうとは知らず、報酬の宝箱すらも罠だったと気付いたのは、あいつの身体が一瞬にして血に塗れた後だった。


前座とは言え、その魔物も十分に強かった




『…っ。皆っ、行くぞ!!』




茫然としていた仲間達に強く号令を掛け、我先にと敵へ斬り掛かる

自分がタンク職だからと、率先して敵の攻撃を引き受けた


どんな状況でも、決して油断はしないように

そんな気の緩みが、命取りになり、パーティを壊滅に至る道を作る



血に染まったあいつはもうピクリとも動かなくて、息もしていなかった――






◇◆◇






知らなかったとは言え、私はとんでもない事を口にしてしまった事を、酷く後悔した。




「…ごめんなさい」

「どうして君が謝る?」

「思い出させてごめんなさい。辛かったでしょう」




そんな言葉を口にしても、この人の気持ちを完全に理解してあげられる事は出来ないのに…


それでも言わずにはいられなかった。



門番の人や街の人は、彼の偉業だけを讃えていた。

其処までの過程を知らないんだ。


知っているのは、一緒に居た人達だけ――




「元はと言えば、油断していた俺達が悪い。それにあいつもだ」

「…っ」

「…暗い話になってしまったな。悪かった」




ウォルターが謝る理由なんて、何処にもない。

悲しそうに、それでも笑うこの人は、他にもどれだけの死を見て来たんだろうか。




「それと、スライムが心配そうにしてるぞ」

「…あ」


『レンー?』

『なんでかなしいの―?』

『そのニンゲンに酷い事されたのー?』


『あぁぁあ…これは何でもなくて…』




慌てたように、手で眼に溜まっていた涙を拭い取る。

話を聞いて、胸の中は悲しい気持ちでいっぱいになっていた。




『いっぱいあつめたよー』

『じゅーがにー!』

『ボクも―!』


「1000個、集め終わったみたいです」




話している間に、スライム達が頑張ってくれた。

それからスライム達が一匹に融合すると、ウォルターは本当に不思議だな…と感心した様子を見せた。


分裂もだが、本当に助かるのは『異空間収納』だ。

これなら、毎日頑張ったご褒美に金平糖をあげるのを考えてもいいかもしれない。




『あっちにねー。またボアが居たよー』

「ボアって、すっぴんボア?」

『うんー。いっぱいいたー』




スライムが示すのは少し小高い丘だった。

此処から肉眼では見えないが、居ると言う報告があった以上、ウォルターには伝えておくべきだろう、




「何。ボアの群れだと?」

「スライムが言うには、そうらしいです」

「なるほど…おそらく群れで行動しているのだろうな。この周辺一帯に現れないのも、そう言う理由なのかも知れん。いい情報だ、スライム」


『えへへー』




腕を組みそう考えるウォルターは、スライムの発見を褒めてくれた、




「さっきの分裂を上手く使って情報を集めれば、スライムも偵察が出来るかも知れんぞ」

「偵察?」

「何の魔物が何匹、何処に居るかをあらかじめ解っていれば、襲われても十分対処出来る」




なるほど。

分裂で採取だけでなく、そう言った応用方法もあるのか…!




「討伐の依頼はなかったと思うが…念の為狩っておくか」

「え、狩るんですか?」

「腹を空かせたすっぴんボアが、街に押し寄せて来る事もある。早い内に対処しておくのがいい」




街への危険性を配慮すれば、それは当然の事だった。

例えクエストに討伐依頼が無くても、冒険者は日常的に狩りをする事だってあるそうだ。




「でも、やっぱり狩るのは…」

「…お前は優しいな。だがそれが命取りになる事もあると言うのは、解って欲しい。戦いとはそういうものだ」




聖人君子の様に誰も殺さない、奪わないなんて事は、あり得ない。


生きる為に、その命を頂く事だってあるんだ。

牛も豚も鶏も、誰かがそうしたから、日常的に食べられているだけ。


だからこそ、命に感謝して手を合わせ『頂きます』と唱えるんだ。




「先に街に戻っていても構わない」

「いえ、お供します」

「…そうか」








ーーあの時のウォルターは、何処か困った顔をしていた




多分、私が気が進まないと見越していたんだろうな。



お読み頂きありがとうございました。

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