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明日になったら



村人達は楽しげに宴を開き、村中が『冒険者』の話でもちきりだった。




「昨日、あの勇者様が魔物を退治してくれたんだ! おかげでこの村は助かった!」

「そうさ、あの魔法剣士の青年はすごかったな。あの僧侶の力も素晴らしかった!」

「僕ね、僧侶のおねーちゃんに、苦しかったのを治して貰ったんだよ!」




村の人は、冒険者が『昨日』、この村を救ったと言っている。

しかし、その内容の断片を、レンは宿屋の主人からも耳にしていた。

彼らの話す内容に違和感を覚えたのは、ウォルター達も一緒だった。


全員で宿の一室に会し、それぞれが知り得た情報を共有する。




「…やっぱりおかしいよね、この村」




レンが小さな声で呟いた。




「えぇ…皆さん、朝になったら村が消えてる事を、知らないみたいでした」

「そうだな。そして最悪な事に、彼らはそれを『異常』だとは思ってない」




ウォルターが、酒を口にしながら低く言う。




「飯もそうだが、この酒も味がしないんだ。不思議だと思わないか?」

「おっさんのの味覚がおかしくなったとかは?」

「だとしても、スライムやマオも同じように感じるなんて事あるか?」

「だよな。言ってみただけだ」




この村は何処かおかしい――


全員がそう感じているのは、確かだった。




「朝になれば、またこの村は消えてしまっているのでしょうか…」

「そりゃ、朝になったら解るんじゃねぇの?」

「…ちょっと怖いですね。この村って」

「ちょっと所じゃないよ。不思議村だよ…っ」


『不思議村! 不思議村ー!』




スライムが何故か嬉しそうに、ベッドの上をぴょんぴょん跳ねる。

今はふかふかのベッドも、ディーネの言う通り、朝になればまた粗末な寝台に早変わりしてしまうのだろうか。


…今夜は、しっかり服を着て寝るとしよう。




「朝になったとして、その後はどうすんだ?」

「…この村で知りたい情報は、大凡聞く事が出来たからな」




ウォルターは腕を組み、唸るように低く言った。


この村が気になったのは、村を救ったと言う『冒険者』の話を詳しく聞く為だ。

仲間に居たと言う大剣使いの男。

その人物は、ウォルターと全く同じ大剣を持っていた。


この世に二本とないこの剣を――



けれど、その冒険者は『昨日』この村を救ったと言う。

もしそれが本当ならば、大剣使いの男が此処に居られる筈がないのだ。


大剣の本来の持ち主は――ウォルターの父は、既に死んでいるのだから。




「んじゃ、この村を出るのか?」




フウマは、あくまで現実的な判断を口にする。

この村は確かに異様だが、今の目的は魔法王国への到達。

これ以上関わったところで、得られるものはあるのか?



「……」


ウォルターはすぐには答えなかった。


確かに、すぐにでも出発すべきだろう。

この村の事情に深入りする義理はない。

何より、今は魔法王国へ向かう事が最優先だ。


それなのに——




「どうしてこんな事になったんだろうね」




ぽつりと、レンが呟いた。




「どうしてって?」




フウマが首を傾げる。




「この村は確かに不気味。普通に生活しているように見えるのに、朝になると村ごと消えてしまう…どうして、こんな事が起こるんだろう」




レンは、酒場での光景を思い返していた。


笑い合い、祝いの席に酔いしれ、昨日の出来事を語る村人たち。

誰も彼もがこの村は救われたと、嬉しそうに語る一方で、朝になったらその姿は村ごと忽然と消えてしまう。



考えてみれば、確かに奇妙な話だ。




「村の人の話が『昨日』と同じって、変じゃない? この村が冒険者に救われた話を聞いたの、私達は『昨日』だよ?」


「…まあな」




フウマは頭をかきながら、レンの言葉を飲み込んだ。

彼にも 『何かが歪んでいる』と言う感覚は、理解出来た。




「この村について、調べてみない?」




レンの言葉に、一同の視線が彼女に向けられた。




「…は?」




フウマが露骨に顔を顰める。




「おいおい…冗談だろ? こんな妙な村、さっさと出ちまった方がいいに決まってんじゃねぇか」


「でも、気にならない?」

「面倒事に首突っ込むのは御免だぜ。」

「確かに、この村の異変は不気味ですね…」




ディーネは少し怯えた様子で、レンの顔を見る。

ウォルターは黙って皆のやり取りを聞いていたが、ふと口を開いた。




「…確かに、不可解な村だ。特に村の中で、唯一あの青年だけが他の村人とは違う…と俺は思う」


「気になるなら、調べてみるのも悪くないよね?」


「ああ…俺も、この村の『異変』の正体を知りたくなった」




それは、レンのような単なる興味ではなく。

自分の父が訪れた村だからこそ、真実を知りたかった。




「…また夜まで待つか」




ウォルターのその言葉に、レンは顔を輝かせた。




「夜になれば、また何か解るかもね!」




そして、フウマは呆れたように肩を竦めた。




「ったく…結局こうなるんだよな、このパーティはよ」

「文句言いつつも、付き合ってくれるんでしょ?」

「…ま、仕方ねぇな」




村の謎を調査する方向へと舵を切る。

その為に、彼らは再び『夜』の訪れを待つ事にした。













「…また来てくれたんですね」




レン達の前に現れたのは、村を案内してくれた青年。

彼だけは、昨日と違う反応を見せていた。




「貴方は、私達の事を覚えてるんですね?」




レンが聞き返す。




「えぇ…三夜続けて、同じ人がこの村に訪れるなんて、本当に物好きな人達だ」


「そりゃあ、気になる事ばっかりだったからな」




フウマが腕を組んでそう言えば、青年は少しだけ微笑んだ。




「この村は、どうなっているのですか? 昨日も一昨日も、この皆さん同じ事ばかりを繰り返していますよね…?」


「そして、何故かお前だけは、その流れから逸脱している――」


「気付いてくれましたか…」




何処か寂しそうな顔で、青年は頷いた。




「その通りです。この村はずっと昔から『昨日』を繰り返しているんですよ」


「繰り返してる?」




レンは目を見開いた。




「はい。この村は――夜になると姿を現し、朝になると消える。それは皆さんもきっとご存じの事でしょう」


「…何故、そんな事に?」




すると青年は、静かに語り始めた。




「昨日―-と言っても、皆さんにとっては随分と昔の話になりますが…僕達はとある冒険者に助けられました」

「昔?」


「ええ。でもそれは、この村の人にとって、何度も繰り返されている『昨日』なんです」


「昨日が…繰り返されている?」




ディーネが震える声で聞くと、青年はゆっくりと頷いた。




「この村の『昨日』は、ずっと続く昨日なんです。 そして、僕は何の偶然か、それに気づいてしまった」


「何か兆候でも?」


「…いいえ、何も。そして村人達はその事を知りません。彼らは、冒険者に救われた幸福な『昨日』を生き続けている」

「どうして…」


「その方が幸せだからです。本当は…冒険者に救われた筈のこの村は魔物に襲われ、一夜にして焼き払われました」




その発言に、レンははっと息を呑む。




「どうして、そんな事に…」




青年は、静かにレンたちを見渡した。


村を灯す焚火が彼の横顔を照らし、微かな影を生む。

その影は、炎の揺らめきに合わせて、不安定に形を変えていた。




「魔物に怯え、飢えと病に悩まされながら、村人達は苦しみ続ければよかったのか?」




彼の言葉に、誰もすぐには答えられなかった。




「…」


「そうすれば、村も村人も死んでいた。だが、冒険者が村を救い、人々の病を癒やしてくれた」




青年の声は淡々としていた。

まるで、それが紛れもない事実であることを、何度も自分に言い聞かせてきたかのように。




「けれど…それも束の間の幸せだったんです」

「幸せ…?」



その言葉に、レンは思わず喉を鳴らす。




「冒険者が魔物を倒した事で、魔物の復讐を招いた。村は焼かれ、人々は皆、死んだ」




夜風が吹き抜ける。

焚火の火が揺らぎ、パチッと乾いた音を立てた。




「冒険者は確かにこの村を救った。でも、その所為でこの村は滅んでしまった」

「その言い方はないだろう。冒険者も…その後の事までは予想していなかった」

「えぇ、そうですね。でも、どちらを選んでも、村や人々が苦しみ、命を落とした事に変わりないんですよ…」




青年は両手を広げ、虚空を仰ぐように言った。




「それなら――」




彼はゆっくりと目を閉じ、微笑んだ。




「苦しんで死ぬよりは、幸せな夢をずっと見続ける方がいい…例え、明日が来ずとも」


「…」




レンは言葉を失った。

フウマは目を細め、深く息を吐く。

ウォルターは腕を組み、何かを思案するように黙り込んでいた。




「そんな長い長い夢を、この村は見続けているんです。ずっとね」




青年はそう言って、穏やかに微笑んだ。

その笑顔は、何処までも…何処までも、悲しかった。


――彼にとって、この村が永遠に続く事が、唯一の救いだったのだから。




「じゃあ…今見えているこの村は…?」


「幻のようなものです。魔物の仕業か、それとも何者かが意図的に作り出したものか…解りません。でも、少なくとも僕だけは、このループから外れてしまったんです」




レンたちは、青年の話を食い入るように聞いていた。




「僕は死んだ筈でした。でも、気づいたらまた夜を迎えていた。そして村人達は、まるで何事もなかったかのように、昨日と同じ一日を繰り返していたんです」


「それって…」


「最初は戸惑いました。でも、村の皆は幸せそうでした」




青年の目が、何処か遠くを見つめる。




「…生きていれば、また魔物に苦しめられたでしょう。食べる物も少なく、病で倒れる人もいました。でも、冒険者達が村を救ってくれたおかげで、寝たきりの老人は笑顔を取り戻し、子供達は元気に走り回る事が出来た」




青年は静かに微笑んだ。




「もし、昨日が繰り返されるのなら、皆が幸せなままでいられるのなら、それも悪くないと思ったんです」


「それが…貴方の選択だったの?」




レンの声が震える。




「はい」

「でも、それでいいの?」

「…解りません」




青年はそう言った。




「今日を死ぬか、それとも生きるか」


「え……?」


「僕は死ぬ事を選ぶのではなく、生きる事を選んだ。 その方が、少しだけ幸せだったから」




その言葉に、レンは言葉を失った。

ウォルターが低い声で問う。




「…その選択は、本当に正しいのか?」


「この村で生きる事は、僕達にとっての『幸せ』なんです」




青年は、微笑みながらそう語った。

どこまでも晴れやかで、純粋な笑みだった。


「幸せ……?」


レンは思わず聞き返した。





「だって、考えてみてください。僕達はずっと、楽しかったあの時間を送る事が出来るんですよ?」


「…」


「魔物に襲われる事もなく、飢える事もない。この村は、『最高の日』をずっと繰り返しているんです」




それが正しいかどうかなんて、誰にも解らない。

でも、彼はそれを選んだ。


この村の人々と共に、幸せな『今日』を繰り返す為に。




「…でも、それって『本当の幸せ』なんでしょうか…」




ディーネが、小さな声でそう口にした。。

すると青年は、怪訝そうに彼女を見つめる。




「どういう意味ですか?」

「だって…貴方達は、『明日』を生きていない」

「明日…?」


「貴方達は『今』しか知らない。『明日』がないんです」

「…」




青年は、一瞬だけ表情を曇らせた。

しかし、すぐにまた、にこやかな笑顔に戻る。




「それの何が問題なんですか?」

「え?」


「『明日』来なければ、絶望する事もない。僕達は、幸せな時の中で『生き続ける』事が出来るんですよ」

「…」


「これが、村にとっての『幸せ』なんです。だから…もうこの村の事は忘れて下さい」





レン達は、青年の話を聞き終えた後、夜の村を見渡した。

篝火の明かりに照らされた家々、楽しそうに酒を酌み交わす村人達、元気に駆け回る子供。


この村は、ループしている。

住人たちは『明日』を知らず、『今日』を繰り返している。


それを、本当に『幸せ』と言えるのか?




誰に向けた言葉なのか、自分でもよく分からなかった。


村の異変は知った。

青年の想いも聞いた。


それでも――本当にこのまま、何もせずに立ち去っていいのだろうか?


沈黙が流れる。




「…このまま、この村を去るの?」




レンがぽつりと呟いた。




「俺達に、何か出来る事はあるのか?」




ウォルターが問う。

何処か詰めたようなその言い方に、レンはぎゅっと胸の前で拳を握る。




「…解らないけどさ」




この村を、この青年を、このままにしておくべきなのか。

それとも、何かを変える事が出来るのか…


ウォルターが静かに息を吐き、炎の灯りに照らされた表情を動かす。




「…レン。旅をする上で教えておこう」

「え?」




レンが顔を上げると、ウォルターはゆっくりとした口調で続けた。




「人の悩みや争いの全てを、丸く収められるとは思わないほうがいい」




その言葉に、レンは一瞬息を飲んだ。




「…え」


「時に、自分の力が及ばない事だって、起こり得るんだ…今回のようにな」

「そんな…」

「いちいち振り返るなって事だろ、おっさん?」

「…言い方は悪いが、そういうことだ」




ウォルターは、視線をフウマからレンへ戻す。




「お前がこの村を救いたいと思うのは悪い事じゃない。だが、考えてみろ。この村が『こうなった』のは、今すぐには解明出来ないでい事だ。誰かが悪意を持って仕掛けたものだとしたら、魔物なのか、人なのか…あるいは、もっと別の何かかも知れない」


「…」


「今のお前に、それを全て解決出来る力があるか?」




ウォルターの問いに、レンは答えられなかった。




悔しかった。

何も出来ない事が。


それでも。




「…じゃあ、どうすればいいの?」




レンは唇を噛みしめながら、小さな声で問うた。

ウォルターは静かに答えた。




「今は進め。お前の力が及ぶ時が来たら、その時にまた考えればいい」




レンは、ぐっと拳を握った。




「ま、そういう事だ。レン」

「レンさん。わたしも悔しいですが、今は――確かに何も出来ないのが現状です」

「ディーネ…」




ディーネは不安げな顔をしながらも、そっとレンの手を握ってくれた。




「だから…もしも『その時』が来ても、何とか出来る様に頑張りましょう…!」


「…そうだね」





夜の帳が降りる中、レン達は村を後にする事を決めた。

それぞれの想いを抱えたまま、彼らの旅は続いていく――






◆◇◆





レン達が村を後にしようとしていた頃、マオは一人、酒場へと足を運んだ。


夜の村は相変わらず賑やかで、酔っ払いが肩を組んで歌を歌い、酒場の中はどんちゃん騒ぎ。

しかし、マオはまるで其処にいる人間たちが見えていないかのように、じっと酒場のテーブルを見つめていた。


目の前の風景が、ゆっくりと歪んでいく。


そして、其処に映し出されたのは――




『んまっ! んまっ!』

『相変わらず肉ファーストなのね、君…』




マオの視界の中に、別の冒険者達の姿があった。




『だってさ、こんな美味そうな匂いなのに、お預けなんてありえないだろっ?」


『お預けじゃないわよ。野菜から食べなさいって言ってるの。べジファーストよ」


『べジ…?』


『もうっ! …あっ! スライムもちゃんと野菜からを食べなさいっ」


『だってさ、このはっぱ、苦いんだ!』


『好き嫌いは駄目よっ。そのドレッシング掛けたら美味しいわよ、きっと。この村の特産品を使ってるんですって』




マオは、その光景をじっと見つめていた。


見た事がない筈なのに、何処か懐かしく、心が温かくなるような気がした。



しかし、それは自分の記憶ではない。





「…何だ、これ?」




呟いても、誰も答えない。

ただ、酒場の喧騒が響いている。




その日の夜。


レン達は焚火を囲みながら夕食をとっていた。

ディーネが、以前マオがずっと食べたいと言っていた、ディーネのハンバーグを作ってくれた。

何でも、ルーナ直伝の特別な農耕ソースがウリなんだとか!




「さあ、マオちゃん! お肉たっぷりのハンバーグだよ!」




当然、マオは真っ先にハンバーグを平らげる筈だった。


しかし――マオの眼は、じっとサラダボウルを見つめていた。




「どうしたのマオちゃん。食べないの?」




そして、徐にフォークを手に取ると、一番最初にそれを口に運んだ。




「…えっ?」




その場にいたレン、ウォルター、フウマ、ディーネ、そしてスライムが、一斉に彼を見た。




「えっ…マオちゃんが、野菜から食べた…!?」




カラン。


レンは衝撃のあまり、フォークを手から取り落とした。




「え、ちょ、えっ!? 何があったの!? あのマオちゃんが、肉より野菜を先に食べるなんて…っ!」

「わたしが知ってるマオさんじゃないです…」




ディーネは、目をぱちくりさせる。

スライムも、ぷるぷると震えながらマオを見つめた。




『まおー様も、きっと葉っぱの方が美味しいって思ったんだよー!』


「へへっ」




マオは、にっと笑った。




「べジファーストだぞ、レンっ!」

「…はい?」




レンは、驚いたままマオを見つめる。




「…何で、その言葉をマオちゃんが知ってるの?」


「ん? どうだっていいだろ」




マオははぐらかすように、ハンバーグにフォークを突き刺し、大きく頬張った。




「んまっ! んまっ! ディーネ、ハンバーグおかわり!」


「は、はいっ!」

「早っ…!?」




酒場の光景が、何だかとても懐かしい気がした。





お読み頂きありがとうございました。

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