人違い?
剣の王国を出発した冒険者一行は、通常の冒険者が通らないルートを選択した。
それは険しい山岳地帯を抜ける過酷な道であり、普通ならば馬車や騎乗動物を使う旅も、徒歩で進むしかない状況だった。
「関所が通れればよかったのにな」
フウマがぼやきながら、倒木を乗り越える。
レンも額の汗を拭いながら、苦笑いを浮かべた。
「仕方ないよ。まだ魔法王国からは封鎖されてて、結局通れないみたいだし」
「こっちのルートなら、遠回りにはなるが魔法王国へ向かう事が出来るんだ」
「それは地図を見たら解るけどさ…」
彼の嘆きはもっともだった。
このルートは危険が多く、疲労の蓄積が激しい。
先頭を進むウォルターが、地図を片手に皆の道案内をしてくれている。
険しい浜道をグングン登って行くけれど、未だに頂上には到達できていないらしい。
自分が今何処に居るかも解らず、彼の背中だけが皆の頼りだった。
「魔物、前方から三体!」
ウォルターが前衛に立ち、剣を構える。
既にこの旅路で、何度目の戦闘か解らないほど、魔物との遭遇が続いていた。
「もう…休む暇もないですね…!」
ディーネが息を切らしながらも、バリアの魔法を展開する。
登山に加え、魔物との戦闘が続いていた彼女のロッドが、自重を支える様に地面を突く。
「ディーネっ!?」
「だ、大丈夫です。すみません…っ」
『おくちてっぽうー!』
スライムがぷるぷると震えながら、小石を連続噴射する。
既に『ぷちっとふぁいあ』を発動する『MP』は、損なわれていた。
レン達の体力は、確実に削られていた。
「はぁ…はぁ…」
レンは大きく息を吐き、しゃがみ込んだ。
足が鉛のように重く、もう何時間も歩き続けている所為で、ふくらはぎが悲鳴を上げている。
「レン、大丈夫か?」
ウォルターが心配そうに声をかける。
彼も疲れているはずなのに、決して弱音を吐かない。
「…うん。ちょっと、休めば…」
「いや、此処で長く立ち止まるのは危険だ。先を急ごう」
「…わ、解った」
レンは立ち上がろうとするが、足がもつれそうになる。
そんな彼女を、フウマが横目で見てぼそりと呟く。
「おいおい、足が動かなくなってんじゃねぇのか?」
「…煩いなぁ」
フウマの軽口に、少しだけレンの表情が和らぐ。
「よし、この辺で少し休もう」
ウォルターの判断で、一同は岩陰に身を寄せて休息を取る事になった。
ディーネがレンの傷の回復を行いながら、その隣ではスライムが、小さな水稲でごくごくと水分を補給している。
マオは相変わらず飄々としておりが、レンの足の上にちょこんと座りながら言った。
「オレ、こんなに歩いたの、生まれて初めてかもしれねぇ!」
「その割には元気だね、マオちゃん…」
「これくらい楽勝だぞ? 寧ろお前ら方が体力なさすぎだ」
「脆弱人間なんだから当然でしょ…」
「本当に。人間って弱いなっ!」
マオはニッと笑う。
フウマは、目の前で無邪気に笑う『子ども』を見つめた。
ただの子どもではない事は、薄々気付いていた事。
そして、その子どもが『魔王』だと言う事が、未だに信じられなかった。
「…お前、本当に魔王なのか?」
フウマは漸く声を振り絞るようにして、言葉を発した。
マオは軽く肩を竦めた。
「何遍言わすんだよ?」
「魔王がそんなちんちくりんなジャージ姿なんて、不釣り合い」
「ふふんっ。魔王ってのはもっと大袈裟な格好をしていると思ってたか? オレはこれが一番動きやすいんだ!」
「…ガキの頃から聞いていたイメージと、全然違うんだよなぁ」
フウマはそのギャップに戸惑いながらも、彼が本物の魔王である事を悟る。
その存在だけで。押し潰されそうな力を持つ子ども――それがマオ。
軽口を叩きながらも、こうして会話をしていると、疲労が少し和らぐ気がした。
「…さて、行くか」
ウォルターが立ち上がると、全員が疲れた身体を引きずるようにして動き出した。
「まだ歩くんだ…」
レンはぼやきながらも、ちゃんと足を前に出している。
「こんなところで立ち止まってたら、また魔物に襲われるからな」
「分かってるけど…もうちょっと楽な道はないの? この山身を進まなきゃ駄目?」
「駄目」
「ぐぬぬ…っ」
即答するうぉrた―に、レンは肩を落とした。
「が、頑張りましょうっ、レンさんっ!」
「ディーネの方が頑張ってるじゃねぇか。情けねぇぞ?」
「うう…」
こうして、レン達の過酷な山登りは続く。
戦闘の連続。
足を引きずるような疲労感。
それでも、私達は進まなければならない。
一行は、幾日かの旅を経て山道を踏破。
其処からは下り坂の道なりを、ゆっくりと突き進んだ。
その頃には周囲の景色も少しずつ変わってきており、ゴツゴツとした山肌が開けて、少しずつだが緑が広がって行く。
森と呼べるほどではないものの、青々とした木々がぽつんぽつんと生えている。
緑が広がり、空気が新鮮で、穏やかな風が吹いている。
久しく見ていないその色合いに、何処か心安らぐ瞬間だった。
しかし、その景色をゆっくりと堪能している時間はない。
太陽は静かに沈んで行き、間もなく夜を迎えようとしている。
また、今夜も野宿になりそうだな――
そんな事を考えながら、ウォルターは仲間達を振り返った。
誰も彼もが疲れた顔をしている。
せめて村でもあれば、今夜だけでもゆっくりと休んで欲しいものだが…
「お? あそこに灯りが見えるぞっ!」
「何?」
マオが指差す先に、ぼんやりとだが確かに、何かの灯りの様なものが見える。
虫の発光にしては少し強めで、近付く度にそれらは次々と増えて行く――そんな風に思えた。
明らかな人工物だ。
「誰か居るのかもなっ」
「こんな場所に…?」
しかし、地図を見る限り、この辺りに村があると言う記載はない。
ひとえに『隠された村』と言うべきなのだろうか。
「…あれ、見慣れない顔だね。旅の者かな?」
「貴方は…?」
「僕はこの村の住人だよ。君達は? 何処から来たの?」
「ウォルターだ。ラ・マーレの街からやって来た」
「ラ・マーレ? 随分と遠くから来てくれたんだね。どうぞゆっくりして行ってくれ。村は静かでいいところだよ」
青年は微笑み、歓迎する。
気さくに話しかけてきた事もあり、ウォルターはほっとした様子で頭を下げた。
閉鎖的な村ではなさそうだ。
「お言葉に甘えて、今夜はこの村に泊まらせて貰うとしよう」
「賛成…っ!」
「もう、足が棒の様です…!」
ウォルター達が立ち寄った村は、静かで穏やかな雰囲気だった。
そして、夜にもかかわらず、村人の姿がちらほらと見られる。
長い時間をお喋りをするご婦人達。
大酒をかっ喰らう男の声。
更には、活発に走り回る子供と犬。
賑やかな光景には、本当に違いなかった。
「こんなに夜遅いのに、村人がまだ活動してるんだね…?」
レンは不思議そうに辺りを見回した。
「夜型なのかな?」
「ええ、夜に仕事をする人が多いんですよ。あそこに見えるのが、宿屋です」
案内してくれた青年がそう答えた。
『夜に仕事をする村』
珍しいな、とは思ったが、疲れていたレンは深く考えず、一晩を宿屋で過ごさせてもらう事にした。
「いらっしゃい! 此処は宿屋だよ!」
宿屋の主人は、にこにこと笑顔でレン達を迎え入れた。
「おおっ! 昨日に引き続き、旅のお客さんとは珍しい! ささ、部屋は好きに使ってくれ! どうせ客は君達だけなんだ!」
「やった! それなら一人一部屋!」
「食事は出ないけど、遅い時間だから仕方ないね」
「朝食を楽しみにしようぜ!」
レンはスライムとマオにそう言いながら、部屋へと向かった。
マオは渋々ながらも、それを受け入れる。
「む…? あんた、今日も泊まって行くのかい?」
ふと、宿の主人がウォルターを見つめた。
「今日も?」
「今朝、仲間と一緒に旅立って行ったばかりだろう? 今度は別のパーティで、護衛でもしているのかな?」
「…??」
「冒険者ってのは、タフなんだなぁ…ヒック」
何の事だ――と問い掛けようにも、宿屋の主人は一人で話を完結させてしまっている。
カウンターの奥からは、恰幅の良い女性が怒った様子で顔を覗かせた。
「あんたっ! いくら祝杯だからって飲み過ぎるんじゃないよっ!」
「わ、悪かったよ、母ちゃん…! もう空けねぇって!」
よく見ると、その男からは酒の香りがぷんぷんと漂って来る。
なるほど、酔っ払いの戯言か…
「おや、あんた!」
「…な、何か?」
ウォルターが訝しげに眉を顰めると、その女性はゆっくりと首を振りながら言った。
「いや、似ているんだよ。昨日、この村を救ってくれた冒険者一行…タンクの男に」
「タンクの男…?」
「あぁ、あんたの様にでっかい剣を背負っていたよ。よく見ると、何だか顔も似ている気もするねぇ」
「な? 母ちゃんもそう思うだろ~?」
懐かしむようにそう口にする二人。
しかし『昨日』と言うのであれば、人違いだろう。
自分は今日、此処に来たばかりだし、これと同じ大剣を使っていた父は――もうこの世には居ない。
「ウォルターさん」
不意に声を掛けられ、ウォルターは振り向く。
其処には、此処まで案内してくれた青年の姿があった。
「あぁ、今日は本当に助かったよ。野宿をせずに済む」
「いいえ。お役に立てたのならよかった」
青年は笑顔を見せてそう答える。
「いらっしゃい! 此処は宿屋だよ!」
「ん?」
「いらっしゃい! 此処は宿屋だよ!」
「…何だ?」
同じ言葉を繰り返す宿屋の主人。
その顔は何処までもにこにこと笑顔だった――気味の悪い程に。
「気にしないで下さい。いつもの事なんです」
「いつも…?」
「えぇ。よくある事なので」
「いらっしゃい! 此処は宿屋だよ!」
…まるで壊れた人形のようだ。
此処まで野宿続くで、ちゃんと休めたためしがない。
きっと俺は、疲れてるのかも知れないな。
そうウォルターは思う事にした。
寝酒を煽るのも悪くないが、生憎持ち物にはそれがないのが残念だ。
「…今夜はゆっくり休むとするか」
「それがいいです。では…ごゆっくりお休み下さい」
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