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眠れない夜、聞きたいのは



夜も更けた時間。

静まり返った部屋の中で、ソファで眠るフィオナの姿があった。


だが――


その表情は安らかなものではなく、苦しげに眉を寄せている。




「う…!」




彼女は夢を見ていた。


それは、幼い頃の記憶――





『村が…っ!』




幼いフィオナは、燃え盛る村の中で、何度も何度も振り返った。


背後には、全てを飲み込もうとする赤黒い炎。

空は煙で覆われ、人々の叫びと悲鳴が響き渡る。




『フィオナ! 前を見ろ! 走るんだ!!』




彼女の手を強く握り締める、自分よりもちょっとだけ大きな手。

その手の温もりだけが、恐怖と絶望に支配されるフィオナの唯一の拠り所だった。




彼女は何度も振り返る。




『…お父さん…っ!』




村に残った『父』の姿が、遠くに小さく映る。


父は、炎の向こうで剣を構えていた。

その先には、村を襲った何者かの影があった。




『お父さん…お父さん!!』




涙が頬を伝う。

だが、彼女の小さな脚は、強く引かれるままに進むしかなかった。



次第に煙が視界を塞ぎ、炎が村を包み込んでいく。



父の姿が、炎の向こうに消えていく。




『お父さあああああああん!!』




その叫びが届く事はなかった。












「…っ!」




フィオナは息を荒げながら目を覚ました。


暗闇の中、ぼんやりと灯るデスクのランプ。

自分がソファに寝ていた事に気づき、ゆっくりと息を整える。


夢の余韻で、心臓がまだ早鐘のように打っている。

額には、じんわりと嫌な汗が滲んでいた。




「…嫌な夢だな。」




ぽつりと呟く。


何年も見ていなかった夢。

だが、一度たりともあの日の光景を忘れた事はなかった。




あの日、自分は故郷を失い――そして、大切な『父』を亡くしたのだから。




「…?」




何処かで機械音が鳴り響いている事に、漸くフィオナは気付いた。


フィオナはゆっくりとソファから起き上がり、デスクへと向かう。

そこには、震え続ける通信機。


画面には、『ウォルター』と表示されていた。


彼の顔を思い浮かべながら、フィオナは深く息を吐き、ボタンを押した。




「…もしもし」


『―-フィオナ。俺だ』




懐かしい声が耳に届いた。

『夢』の中で聞いた声とは、また違いう。


夢で聞いたのは、幼い頃に必死に導いてくれた、あの頃の彼の声だった。

だが、今聞こえるのは、大人になったウォルターの声。


随分と図体がデカくなってしまったものだ。




『―-報告だ。魔法王国へ進行を再開した』


「…随分と時間が掛かったのだな」




フィオナは、少し冗談めかしてそう言った。


ウォルターは、剣の王国を出て魔法王国へ向かう迂回ルートを進んでいると報告してきた。




『--進展があったら連絡するようにって、そう言ったのはお前だろう? 此方もいろいろあったんだ』


「その『いろいろ』を聞きたい所だが――生憎此方も忙しくてな」




フィオナはデスクの上の書類を眺めながら、少し肩を竦める。




「お前が戻ったらまた、詳しく聞く事にするさ」




フィオナは軽く溜息を吐く。


確かにそうだった。

ギルドの仕事が忙しく、進展のない報告に無駄な時間を取られるのは。好きではなかった。


すると、通信の向こうでウォルターが少し間を置き、静かに問うた。




『――其方は大丈夫か?』


「何。メイジ・キャットの手も借りたいくらいさ」


「――そうか。なかなか帰れずにすまない」




だが――



この通信がなかったら、


自分はまだ夢の余韻に囚われ、胸の奥の痛みと戦っていたかも知れない。




『―-フィオナ?』


「…あぁ。聞いてるよ」


『―-お前、本当に大丈夫か?』





相変わらず、妙な所で勘が鋭い奴だ。

その鋭さを、もっと活かしてくれれば私も楽だと言うのにな…




「心配は無用だ」




ウォルターの声を聞いた事で、少しだけ、現実に引き戻された気がした。




「少しだけ『あの日』を思い出していただけだ。父が死んだ時のな…」




フィオナは、微かkに瞳を伏せる。

通信機の向こうで、少しの沈黙が流れた。




「あの時…もっと別に選択をしていれば。何かが違っていたのかもしれない、とな」


『…解るよ』




もっと強ければ、何かが違ったのか?

そんな問いを、フィオナも、ウォルターも、何度も心の中で繰り返していた。




あの時。


村が燃えたあの日



彼女を導いたのは他でもない。

ウォルター自身だったのだから。



フィオナの手が、無意識に強く通信機を握りしめる。




「…本当に。お前が居ないとアタシも困るんだ」


『――…?』


「アタシの手伝いが出来る奴など、そう居ないからな。タフなお前がやはり適任だ」




通信の向こうで、一瞬だけウォルターの息が止まった気がした。




『――あ、あぁ…そういう事か…』


「何だ。お前が居なくて寂しい、とでも言って欲しかったか? 残念だったな!」


『――はいはい…それだけ元気そうなら、良かったよ』


「とにかくっ! 引き続き調査を続行する様に! あと! 魔法王国でついでに土産も買って来い!」




せっかく魔法王国まで出向いているのだ。

長期間ギルドを空けているのだから、それくらいの詫びはあっていいと思う。


まぁ、命令したのはフィオナだから、詫びも何もないけれど。




『―-土産か。何がいいんだ?』


「何でもいい! 珍しくて、美味しいものだ! あぁ、経費で落とそうだなんて考えるなよ?


『―-マジか…注文が多いな。分かった、考えとく』


「頼んだぞ、ウォルター」




フィオナはふと時計を見た。




「もう夜も遅い。お前も休めよ」


『――お前もな』




フィオナは苦笑した。




「お前に言われるまでもない」




通信が切れると、フィオナはもう一度、机の上に広げた書類に目を落とした。



夢の余韻はまだ残っていた。

だが、それでも、彼女は前を向く。


過去に囚われながらも、それでも進み続ける為に――。




お読み頂きありがとうございました。

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