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影は思い悩む




「フウマ! フウマってば!」




焚き火がぱちぱちと音を立てる中、レンの声が響く。

黒い忍び装束に身を包み、顔の半分を覆った男――カゲは、無意識に反応しかけて、ぐっと堪えた。




「…カゲと呼べ」




自分はもう『フウマ』ではない。

『カゲ』として生きると決めたのだ。


しかし、その言葉を無視するかのように、レンは首を傾げながら呟いた。




「えー…何か、呼びにくい」

「…は?」


「『カゲ』って、誰だか解らなくなるんだよね」




…絶対にこいつ、覚える気ないだろ…!!」



心の中で絶叫するフウマ。

そんな彼をよそに、ディーネがにこやかに声をかける。




「あ、フウマさん。すみませんが、ウォルターさんに『お食事が出来ました』と伝えて下さいな」

「了解…あ」




無意識に返事をしてしまい、フウマはハッとした。

逃げるようにその場を離れるものの、何処か含み笑いをするレンの顔にちょっとした苛立ちを覚える。


そのままディーネの指示通り、焚き火の傍に腰掛けていたウォルターの元へ、歩いていった。




「飯の時間だそうだ」

「飯か。わざわざすまないな、フウマ」

「…」




『カゲ』ではなく『フウマ』


皆、自然にその名を呼ぶ。

違和感すら感じていない様子で。





「…」





心の奥に、妙な気持ちが広がる。


このメンバーでパーティを組んで、まだ二日目。


誰一人として、自分『カゲ』と呼ぼうとしない。




これでいいのか?

いい訳がない。




「…この流れに乗せられそうになる」




カゲは慌てて、意識を引き締めた。




「フウマおにーちゃん!」

「ぐっ…!」




しかし、スライムまでもが無邪気にそんな事を言う。


まるで当然のように。



焚き火の前で、スライムが嬉しそうに跳ね回っていた。

そのぷるんぷるんの体が、興奮しているせいかいつもより弾んでいるように見える。




『見てみてっ! 前におにーちゃんが教えてくれた食べられる野草! ボクとまおー様で、たっくさん採って来たんだよー!』




スライムは自信満々に、そこら中の草を吐き出した。

青々とした葉や、細長い茎の植物が辺りに広がる。


しかし、それを見たフウマ――いや、フウマは、訝しげに目を細めた。




「…そんな事を教えた覚えはない。とんだ人違いだ」


『えぇー!?』




まるで世界が崩れたかのような大げさなリアクションに、マオが口元を緩める。




「ああ言ってるけど、冗談だって。それよりこのキノコ、美味そうだぞっ。焼いて食おう!」




その瞬間、カゲはぎょっとした。

マオが手にしていたのは、紫と黄色の美しい模様のキノコだった。




『わぁー! 綺麗な模様だねっ!』



スライムの目がキラキラと輝く。


いや、輝いてる場合じゃない――



それはどう見ても毒キノコだ!!




「待て! それは食うなと言った筈だっ!!」




咄嗟に声を上げるが――マオは既にキノコを魔法で焼きあげ、口に運ぼうとしていた。




「え、そうだっけ?」

「そうだっけ? じゃねぇ!!」




慌ててキノコを取り上げようとするフウマ。

しかし、マオはするりと身をかわし、口を開けたまま後ろへひょいっと飛びのく。




「毒だったら、食ったら分かるんじゃね?」

「分かってからじゃ遅ぇんだよ!!」

「まぁまぁ。ほらスライム、お前も食うか?」


『えぇー!? 食べていいのー!?』


「ダメに決まってんだろうがあああ!!」




焚き火の周りで繰り広げられる、毒キノコ争奪戦。

しかし、毒であるにも関わらず、マオはケロリとした様子でそれを頬張っていた。


対してスライムは、ニガさに顔をしわくちゃにして、ぺっぺっと吐き出している。



こいつら、毒耐性ありすぎだろ…




「もう食うなっ」

「あー!」

「腹でも壊したらどうすんだ。チビは大人しく飯でも食ってろっ!」




フウマは必死にマオの手からキノコを取り上げ、溜息を吐いた。




「…ったく、お前らは…」




毒キノコを遠くに投げ捨て、ようやく一息。


すると、マオがにやりと笑った。




「でもさお前。『それは食うな』って言っただろ?」

「…言ったが?」

「俺はカゲに『食うな』と教えられた覚え、ねぇけどな?」

「…」




フウマはマオの言葉にぎくりとした。




「『チビ』だなんて、まるでお前、フウマみたいだなっ!」


「まおー様。フウマおにーちゃんは、さっきからずっとフウマおにーちゃんだよー?」




スライムもぴょんっと跳ねながら、嬉しそうにそう言った。




「…ったく」




フウマは深々と溜息をついた。



…こいつら、本当に、俺を『カゲ』とは思ってねぇんだな。



あくまで『フウマ』と呼び、そう接してくる。

何の躊躇いもなく、依然と同じように。


そう思うと、不思議と悪い気はしなかった。



そんな彼を他所に、マオはケタケタと笑う。




「じゃあ、改めて食べられる草をもっと教えてくれよ?」

「誰が教えるか!」


『えぇー!? 教えてよぉー!!』


「何騒いでるのー? ご飯冷めちゃうよー!」

「どうしたんですかフウマさん。お疲れみたいですが…」





本当に。


こいつらと居るだけで疲れるのは、何でだろうな?








その夜――


見張りの時間になり、カゲは夜の闇へと足を踏み入れた。

昼間とは異なり、静寂が支配する山の中。

小さな虫の音と風の囁きだけが耳に届く。




「…異常なし」




岩陰に身を隠しながら、カゲは辺りを見渡した。

以前のように『暗殺者』としてではなく、『影』しての仕事を果たす。


闇に紛れるのは造作もない事だ。





暫くして、見張りを交代する為に戻ると、焚き火の傍にはまたウォルターがいた。




「戻ったか」

「…ああ」




すると、ウォルターが差し出してきたのは、湯気の立つカップだった。




「…コーヒー?」

「冷えるだろう。砂糖とミルクは大目に入れておいたぞ」




カゲは一瞬、戸惑った。


なかなか受け取らない彼に、ウォルターは不思議そうに首を傾げる。




「入れすぎたか? 城で飲んだ量が、確かこれくらいだったと思ったんだが――」


「…いや。頂こう」




カップを受け取り、恐る恐る一口。

甘味が口いっぱいに広がり、コーヒー特有の苦みは何処にもない。


『初めて』コーヒーを淹れて貰った時は、苦いと思っていたコーヒー。

飲む回数を重ねる毎に、自分の味を見つけ出した舌は、今やこの味に慣れてしまった。



『フウマ』だった頃の記憶。


それを懐かしむように、コーヒーをまた一口すする。




「お前のおかげで、夜の見張りがより楽になってる。助かるよフウマ。」

「…」




また、『フウマ』だ…




「…お前ら、わざとやってんのか?」




カゲが睨むように聞くと、ウォルターは笑って答えた。




「さあな?」




確信犯だった。



カゲは――いやフウマは、溜息を吐くしかなかった。



レンとディーネは、既にテントの中で休んでいる。

焚き火を挟んで、ウォルターとフウマだけが残っていた。


ふと、フウマはぽつりとこぼす。




「…『カゲ』って名前になったのに、あいつら、全然変わらない」

「だろうな」




ウォルターは穏やかに笑う。




「名前を変えたところで、その人の生き方はすぐには変えられないものさ」




フウマはじっと焚き火を見つめた。




「…生き方、ね」


「お前が『カゲ』になろうと、俺達はお前を『フウマ』として見てる。それが、俺達の答えだ」


「…名前が変わっても、俺は俺…?」




その言葉を噛みしめるように、フウマは静かにコーヒーを飲んだ。



夜の山岳地帯は、ひんやりとした風が吹き抜ける。

焚火の炎がゆらゆらと揺れ、赤々と燃え続ける。




「…カゲか、フウマか」




ウォルターがぼそりと呟いた。


フウマは手元のカップをいじりながら、チラリと彼を見る。




「お前、それでずっと悩んでるんだろ?」

「…そんな訳ねぇよ」

「嘘だな」




焚火の光が、ウォルターの金色の瞳をぼんやりと照らしている。

彼の声は、何処か穏やかだった。




「悩んでなければ、こうして俺と火を囲んで語り合う事なんてないさ」




フウマは視線を逸らし、無言で焚火を見つめる。



自分は迷っているのだろうか。




「自分にどんな生き方があるのか。お前、それを考えた事はあるか?」


「…さぁな」


「『あの時、こうしていればよかった』『こうしていれば、違う道があったかも知れない』―-そういう選択肢を積み重ねて、人生と言うのは出来ている」




フウマは焚火の炎を見つめたまま、静かに聞いていた。




「幾つもの選択が、幾つもの人生を生むようにな。まあ、世界を生むなんて、大それた話をする気はないが――」




ウォルターは少し笑った。




「少なくとも、俺はこの道を選んで、今此処にいる。お前だってそうだろう? 選んだから『カゲ』になった」

「…そう、かもな」


「かと言って、フウマとして生きた自分を無くす必要はない。全てひっくるめて、お前なんだから」




フウマは焚火の炎を見つめながら、静かに考え込んだ。


『カゲ』という名前を与えられた。

だから、『フウマ』としての過去を捨てるべきだと、そう思った。




「フウマ、お前が悩むのも分かる。俺も同じだからな。」

「…あんたも、後悔した事とかあるのか?」

「あるさ」




フウマが少し驚いたように。ウォルターを見る。




「何度もある。…それこそ、酷い後悔をした事もな」




ウォルターは焚火の炎をじっと見つめ、静かに言った。




「…俺は、『守るべきもの』を守れなかった事がある。 それを後悔し続けてる」




フウマは、じっと彼の横顔を見つめた。




「…それで、今はどうしてんだ?」


「今度こそ、後悔しない為に生きてる…と言いたい所なんだがな」




ウォルターの声には、苦い感情が滲んでいた。




「『後悔しない生き方』なんてものは、誰にも難しいものだ」




焚火の炎が、ぱちっと音を立てる。




「でも…『もう、誰かを守れなかった自分には、戻りたくない』と、それだけは思っている」




フウマは、炎のゆらめきを見つめながら、小さく息を吐いた。




「…何を後悔したんだ?」

「それはもう…昨日見かけた銘酒を、諦めずに飲んでおけばよかった、とかな」

「なあ。俺は真剣に聞いているつもりなんだけど?」

「ははっ、まあ…それは、今は話さないでおくよ」

「何だそれ…」




フウマは眉を顰めたが、それ以上は何も言わなかった。




「いろんなモンを見て来たんだな、あんた」




木の枝で薪をつつきながら、ウォルターふっと笑う。




「伊達に年を食ってる訳じゃないからな」

「へぇ」


「長く生きてりゃ、それなりに考える事も増えるもんだ」


「…しかしおっさん。今夜はやけに饒舌だな?」

「おっさんは余計だ」




ウォルターは、軽く笑いながら言い返す。



焚火の灯りが、静かに二人を照らしていた。





ーーウォルターの言葉を聞いて、少しだけ思った。




『フウマとしての選択肢』を捨てる必要なんて、本当にあるのか――?











次の日。


レンが何気なく声をかけた。




「フウマっ! 魔物っ! 何か出た!!! お手伝いお願い!」


「…ああ」




フウマは、ごく自然に返事をしていた。

素早い動きでクナイを取り出し、スライムに襲い掛かる前に仕留める。


そんな彼を、ディーネが驚いたように顔を上げた。




「…え?」




ウォルターも口元に笑みを浮かべる。




「漸く『フウマ』でいいと思ったか?」


「…別に。『カゲ』にこだわってた訳じゃねぇし」


「よく言うよ」




フウマはそっぽを向きながら言った。



そんな中、レンとディーネは、顔を見合わせてぱあっと嬉しそうに笑った。


まるで、漸く『フウマ』が戻ってきたかのように。




「お帰り、フウマ!」

「お帰りなさい、フウマさんっ!」

「…ただいま」




そんな彼らの反応に、フウマは僅かに顔を背けた。




『フウマおにーちゃん。お顔がまっかっかー!』


「リンゴみたいだなー!」

「しっ。そう言うのは、黙っておいてあげよう??」


「余計な気遣いありがとうなっ!!!!!」




焚き火の残り香が。



ほんの少しだけ暖かく感じられた。



お読み頂きありがとうございました。

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