表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/146

旅立ちを前に



フウマの処刑執行は、レン達の心に暗い影を差していた。


それでも、私達は前に進まなくてはならない。

彼の分まで――




城を発つ前に旅支度を整えようと、レン、マオ、スライム、ディーネ、ウォルターの一行は街へと繰り出した。


市場には活気が溢れ、色とりどりの野菜や果物が並ぶ屋台、武具や魔道具を扱う店、人々の声が飛び交う賑やかな場所だった。




「まずは必需品を買おう」




そう言いながら、ウォルターが革袋を確認する。




「ん? …何でこんなに少ないんだ?」


「ぎくり」




明らかに様子のおかしいレンだった。

確かに彼女は『滞納金』をこの革袋から頂戴したが、それを差し引いてもまだ、中身には余裕がある――ウォルターはそう思っていた。


しかしながら、彼の手に在るのは、ほんの少しの金貨のみ。




「…レンさん。黙ってちゃ駄目ですよ、やっぱり…」




ディーネが、同時にぼそっと呟く。




「…ディーネもか? 何に使ったんだ?」




そんなレンを見ると、彼女は気まずそうにそっぽを向いた。




「いや、その…滞納金に上乗せで、先々の借金の返済に少々…」

「わ、私は…美味しそうなシュークリームが、その…!」

「オレは知らないぞ」

「ちょっとマオちゃん! 何で他人事みたいに言うのっ!? ハンバーグ食べたでしょっ!」

「あのねあのねっ! ボク、おっきいビンに入ったこんぺいとーを買って貰ったのっ!」

「…よく解った」




ウォルターが、額を押さえながら頷く。

要するに、好き勝手使った結果が、この軽さと言う事らしい。


何て事だ…大事な軍資金が!




「…無駄だと思うが、一応フィオナに金を送って貰えるか聞いておく」




そんなやり取りをしながら、一行は必要最低限の買い物を始める。

と言っても、金欠過ぎる冒険者一行が買える物は、本当に限られていた。


アイテムなんて二の次だ。

まずは、この先の食糧を確保しなければ。


冒険用の食糧を買おうとしたレンだったが、予想以上に物価が高く、思わず声を上げた。




「えっ!?この干し肉、一袋で銀貨3枚!? んなに高かったっけ!?」

「へっへっへ、お嬢ちゃん、最近物価が上がってんのさ。これでも安い方だぜ?」

「うぅ…でも旅には食糧が必須だし…」




すると、ディーネが困った様子で、商人に問い掛けた。




「すみません…この干し肉、もう少しお安くなりませんか…?」




その今にも泣きそうな表情に、一瞬商人が戸惑った。




「お、おう…まぁ、ちょっとくらいなら…」


「なら、銀貨1枚でお願いします…お金が、なくて…」


「おいおい…こんなに可愛い女の子にひもじい思いなんて、させらんねぇよ…っ! いいぜっ! 持って行きな!


「ありがとうございます♪」




え、私は?


可愛くないってか???




ディーネがにこにこと言うと、商人は涙ぐみながら、困ったように苦笑した。




「お優しい方でよかったですね、レンさん!」

「そ、そうだね…」




レンが感動した目でディーネを見つめた。

マオはそんな様子を見ながら、ぼそっと呟く。


「オレもディーネに頼めば、もっと肉が買えたんじゃ…」


「もう十分買ったと思うんだけどね???」




一行が次に向かったのは、パン屋だった。

焼きたてのパンの香ばしい匂いに、スライムがふるふると震える。




『おいしそー…』




スライムがじーっとパンを見つめている。

じゅるりとおくちから垂れる涎をひっこめるを、何度見た事だろう――と、店主がニコニコしながらパンを差し出した。




「おや、小さなお客さんだねぇ。よかったら試食していくかい?」


『食べる!!』




スライムはパンをぱくっと口に入れると、ふるふると震えて歓喜の声を上げた。




『おいしーい!』


「そうか、美味いか! うんうんっ。うちのパンは最高なんだ!」





そして――




『もっと食べたい!』




そう言って、店主のトレーにあるパンに飛びついた。




「ちょ、スライム!?」

「お、おい! それは試食じゃねぇ!」


『もぐもぐもぐ…わーい!』




スライムがぱくぱくとパンを食べ始め、慌てるレン達。

先程まで優しかった筈の店主が、スライムの頭をむんずと掴んだ瞬間、『ぴゃっ!?』と情けなあい声が漏れ出た。




『うわぁ~ん! レン、助けてぇええっ』


「オイ、ちゃんと金払えよ?」

「すみません、すみません…!!!」



結局、またしても軍資金が減る事となった。







「本当に、酷い目に遭った…」




ただ食料を買い揃えているだけなのに、酷い疲労感だ。


ウォルターやディーネは、それぞれが必要な物を買い揃えに出ており、レンはスライムとマオのお守り役になっていた。


正直、街のあちこちに眼を引かれる物があって、行く先々でトラブルを起こしてしまうので、眼が離せない。

市場の喧騒の中、マオは適当にぶらぶらと歩き回り、スライムはレンの隣をぴょんぴょんと跳ねている。




「おーい、マオちゃん。あんまり遠くに行かないでよ!」




レンが軽く呼びかけると、マオは振り返り、腕を組んでふんっと鼻を鳴らす。




「解ってるって。子ども扱いすんなよな」




レンは苦笑する。


見た目がね。

もう完全にちびっこだからね…




「でもマオちゃん…どうして元の姿に戻ったの?」

「ん?」

「継承式の日、元の姿に戻ってた…よね?」




あの時、疲労困憊だったが…確かに私は目にした。

マオちゃんは、確かに『魔王』の姿を取り戻していた。


前を歩く彼は、二っと笑って振り返る。




「そうみたいだな」

「ど、どうして?」

「オレは満月の夜になると、どうやら一時的に元の姿に戻れるらしい」




意外な事実だった。


「でも…それだけだ。長い時間そのままで居られる訳じゃない」

「そうなんだ…」




小さいままで忘れていた。

彼は確かに『魔王』だったのだ。


その強大な力を間近で感じて、複雑な心境だった。



嬉しいような…怖いような。

言いようのない気持ち。




「久々に元の身体に戻れたのは、気持ちよかったけどな!」




満月の夜のなれば。


また、魔王の姿に戻るのだろうか。




『あっ!』




その時、スライムがふと思い出したように声を上げる。




「どうしたの、スライム?」


『あのねっ。レンにプレゼントがあるんだっ!』


「プレゼント?」


『うんっ!』




元気よく返事をするスライム。

そのおくちが突如大きく開かれたかと思うと――




ゴロゴロゴロ…!


次の瞬間、スライムのおくちから、どんどん小石が吐き出されていった!




「…えっ?!」




レンは思わず目を丸くする。


市場の石畳の上に、小石がコロコロと転がる。

手のひらサイズ、大小様々だ。




「スライム!? どうしたの、急にそんなにいっぱい…!」




レンが驚きながら問いかけると、スライムはにこにこしながらぴょんと跳ねた。




「レンの為に、小石を集めてたの!」




レンは一瞬、きょとんとした。




「小石を…集めてた?」




スライムは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、更に説明する。




「うん! だってレンが言ってたでしょ? 小石を集めたら、ぴかぴかが貰えるって!」




確かに、前に『ラ・マーレ』の街で、小石を換金する依頼があった。

冒険者になりたてで、一番簡単なクエストだったからだ。


スライムはその時の事を覚えていて、レンの為にずっと小石を集めていたのだ。




「ぴかぴかがあれば、『シャッキン』って言うをマモン様に渡せるんでしょ? レン、凄く困ってたから!』


「…スライム…」



だから、戻って来るのが遅かったのか…


レンはじんわりと感動した。




「私の為に、ずっと集めてくれてたの?」




スライムは『えへへー』と嬉しそうに笑いながら、ぷるぷると揺れる。




「うん! レンが喜ぶと思ったの!」




スライム、健気過ぎる。


レンはぎゅっとスライムを抱きしめた。




「ありがとね。でも、この街じゃ依頼はないみたいだから、ラ・マーレの街に戻ったら、またあのおじいさんに渡そうね」


『うん―!』




スライムは元気よく頷く。


この小さな体で、一体どれだけ頑張ってくれたんだろう。



この小さな体の…何処に?


レンはふと、ある疑問を抱いた。




「…で、いつも思うんだけどさ。」




スライムを抱いたまま、その体をじーっと見つめる。




「こんな大量の小石が入ってるのに、体は重くないの?」




スライムの体はゼリーの様にぷるぷるとしており、、内部に何かが詰まっている様子はない。


それなのに、何故あんなにも大量の小石を収納出来るのか――




『せーんぜん!』


「そっか、そうだよね」




『異空間収納』のスキルがそれを可能にしているのだが、それが何処に収納されているかまではレンも、そしてスライムにも解明出来ていない。

便利は便利なのだが、やはり気になるところだ。


スライムが今、何を所持しているかはレンも『インベントリ』で確認出来るのだが、たまに誤って虫なんかがまざあっ手居た日には、慌てて吐き出させたものだ。



虫、ダメ、ゼッタイ…!





「ねぇスライム。あとどれくらい入るの? 上限ってあるの?」


『うーんとねぇ…』




スライムは考えるそぶりを見せ、小さく唸った後――




「たくさん!!」




と、満面の笑顔で答えた。




「そ、そう…」




やはり、スライムの持つ『異空間収納』は謎が多い。

小石の他にも、水や炎、盾まで吐き出せるし、もしかするともっと大きな物も収納出来るのかも知れない。



おくちいっぱいにほおばるスライムの姿。


…ちょっと見てみたいけどなんか怖い。





レンはスライムの能力について、もっと詳しく調べてみるべきかも知れないと思った。





「スライムに驚いてるけど、お前も似たようなもんだぞ?」

「な、何が?」




マオがふっと笑いながら、ててて…と傍に寄って来る。

レンの顔をじっと見つめ、ニヤリと彼は笑う。




「『何処からそんな食欲が湧いてくるのか』って、ウォルターが言ってたぞ?」

「ちょっと!? 私はスライムじゃないし!! しかもそれ、全然褒めてないじゃん!」




美味しい物には目がない。

ただ、人よりちょっとだけ食欲が旺盛なくらいだ。

でもディーネの方が少食だし、何ならフーディーには絶対に負けるよ!


まぁ…そんなディーネとは、痕で甘味処に行くんだけども…!

甘い物は別腹なんだっ。




マオはクスクスと笑い、スライムも『えへへー』と楽しそうに揺れていた。


こうして、レンとスライム、マオのほのぼのとした時間は続いていくのだった――。





お読み頂きありがとうございました。

ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ