旅立ちを前に
フウマの処刑執行は、レン達の心に暗い影を差していた。
それでも、私達は前に進まなくてはならない。
彼の分まで――
城を発つ前に旅支度を整えようと、レン、マオ、スライム、ディーネ、ウォルターの一行は街へと繰り出した。
市場には活気が溢れ、色とりどりの野菜や果物が並ぶ屋台、武具や魔道具を扱う店、人々の声が飛び交う賑やかな場所だった。
「まずは必需品を買おう」
そう言いながら、ウォルターが革袋を確認する。
「ん? …何でこんなに少ないんだ?」
「ぎくり」
明らかに様子のおかしいレンだった。
確かに彼女は『滞納金』をこの革袋から頂戴したが、それを差し引いてもまだ、中身には余裕がある――ウォルターはそう思っていた。
しかしながら、彼の手に在るのは、ほんの少しの金貨のみ。
「…レンさん。黙ってちゃ駄目ですよ、やっぱり…」
ディーネが、同時にぼそっと呟く。
「…ディーネもか? 何に使ったんだ?」
そんなレンを見ると、彼女は気まずそうにそっぽを向いた。
「いや、その…滞納金に上乗せで、先々の借金の返済に少々…」
「わ、私は…美味しそうなシュークリームが、その…!」
「オレは知らないぞ」
「ちょっとマオちゃん! 何で他人事みたいに言うのっ!? ハンバーグ食べたでしょっ!」
「あのねあのねっ! ボク、おっきいビンに入ったこんぺいとーを買って貰ったのっ!」
「…よく解った」
ウォルターが、額を押さえながら頷く。
要するに、好き勝手使った結果が、この軽さと言う事らしい。
何て事だ…大事な軍資金が!
「…無駄だと思うが、一応フィオナに金を送って貰えるか聞いておく」
そんなやり取りをしながら、一行は必要最低限の買い物を始める。
と言っても、金欠過ぎる冒険者一行が買える物は、本当に限られていた。
アイテムなんて二の次だ。
まずは、この先の食糧を確保しなければ。
冒険用の食糧を買おうとしたレンだったが、予想以上に物価が高く、思わず声を上げた。
「えっ!?この干し肉、一袋で銀貨3枚!? んなに高かったっけ!?」
「へっへっへ、お嬢ちゃん、最近物価が上がってんのさ。これでも安い方だぜ?」
「うぅ…でも旅には食糧が必須だし…」
すると、ディーネが困った様子で、商人に問い掛けた。
「すみません…この干し肉、もう少しお安くなりませんか…?」
その今にも泣きそうな表情に、一瞬商人が戸惑った。
「お、おう…まぁ、ちょっとくらいなら…」
「なら、銀貨1枚でお願いします…お金が、なくて…」
「おいおい…こんなに可愛い女の子にひもじい思いなんて、させらんねぇよ…っ! いいぜっ! 持って行きな!
「ありがとうございます♪」
え、私は?
可愛くないってか???
ディーネがにこにこと言うと、商人は涙ぐみながら、困ったように苦笑した。
「お優しい方でよかったですね、レンさん!」
「そ、そうだね…」
レンが感動した目でディーネを見つめた。
マオはそんな様子を見ながら、ぼそっと呟く。
「オレもディーネに頼めば、もっと肉が買えたんじゃ…」
「もう十分買ったと思うんだけどね???」
一行が次に向かったのは、パン屋だった。
焼きたてのパンの香ばしい匂いに、スライムがふるふると震える。
『おいしそー…』
スライムがじーっとパンを見つめている。
じゅるりとおくちから垂れる涎をひっこめるを、何度見た事だろう――と、店主がニコニコしながらパンを差し出した。
「おや、小さなお客さんだねぇ。よかったら試食していくかい?」
『食べる!!』
スライムはパンをぱくっと口に入れると、ふるふると震えて歓喜の声を上げた。
『おいしーい!』
「そうか、美味いか! うんうんっ。うちのパンは最高なんだ!」
そして――
『もっと食べたい!』
そう言って、店主のトレーにあるパンに飛びついた。
「ちょ、スライム!?」
「お、おい! それは試食じゃねぇ!」
『もぐもぐもぐ…わーい!』
スライムがぱくぱくとパンを食べ始め、慌てるレン達。
先程まで優しかった筈の店主が、スライムの頭をむんずと掴んだ瞬間、『ぴゃっ!?』と情けなあい声が漏れ出た。
『うわぁ~ん! レン、助けてぇええっ』
「オイ、ちゃんと金払えよ?」
「すみません、すみません…!!!」
結局、またしても軍資金が減る事となった。
「本当に、酷い目に遭った…」
ただ食料を買い揃えているだけなのに、酷い疲労感だ。
ウォルターやディーネは、それぞれが必要な物を買い揃えに出ており、レンはスライムとマオのお守り役になっていた。
正直、街のあちこちに眼を引かれる物があって、行く先々でトラブルを起こしてしまうので、眼が離せない。
市場の喧騒の中、マオは適当にぶらぶらと歩き回り、スライムはレンの隣をぴょんぴょんと跳ねている。
「おーい、マオちゃん。あんまり遠くに行かないでよ!」
レンが軽く呼びかけると、マオは振り返り、腕を組んでふんっと鼻を鳴らす。
「解ってるって。子ども扱いすんなよな」
レンは苦笑する。
見た目がね。
もう完全にちびっこだからね…
「でもマオちゃん…どうして元の姿に戻ったの?」
「ん?」
「継承式の日、元の姿に戻ってた…よね?」
あの時、疲労困憊だったが…確かに私は目にした。
マオちゃんは、確かに『魔王』の姿を取り戻していた。
前を歩く彼は、二っと笑って振り返る。
「そうみたいだな」
「ど、どうして?」
「オレは満月の夜になると、どうやら一時的に元の姿に戻れるらしい」
意外な事実だった。
「でも…それだけだ。長い時間そのままで居られる訳じゃない」
「そうなんだ…」
小さいままで忘れていた。
彼は確かに『魔王』だったのだ。
その強大な力を間近で感じて、複雑な心境だった。
嬉しいような…怖いような。
言いようのない気持ち。
「久々に元の身体に戻れたのは、気持ちよかったけどな!」
満月の夜のなれば。
また、魔王の姿に戻るのだろうか。
『あっ!』
その時、スライムがふと思い出したように声を上げる。
「どうしたの、スライム?」
『あのねっ。レンにプレゼントがあるんだっ!』
「プレゼント?」
『うんっ!』
元気よく返事をするスライム。
そのおくちが突如大きく開かれたかと思うと――
ゴロゴロゴロ…!
次の瞬間、スライムのおくちから、どんどん小石が吐き出されていった!
「…えっ?!」
レンは思わず目を丸くする。
市場の石畳の上に、小石がコロコロと転がる。
手のひらサイズ、大小様々だ。
「スライム!? どうしたの、急にそんなにいっぱい…!」
レンが驚きながら問いかけると、スライムはにこにこしながらぴょんと跳ねた。
「レンの為に、小石を集めてたの!」
レンは一瞬、きょとんとした。
「小石を…集めてた?」
スライムは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、更に説明する。
「うん! だってレンが言ってたでしょ? 小石を集めたら、ぴかぴかが貰えるって!」
確かに、前に『ラ・マーレ』の街で、小石を換金する依頼があった。
冒険者になりたてで、一番簡単なクエストだったからだ。
スライムはその時の事を覚えていて、レンの為にずっと小石を集めていたのだ。
「ぴかぴかがあれば、『シャッキン』って言うをマモン様に渡せるんでしょ? レン、凄く困ってたから!』
「…スライム…」
だから、戻って来るのが遅かったのか…
レンはじんわりと感動した。
「私の為に、ずっと集めてくれてたの?」
スライムは『えへへー』と嬉しそうに笑いながら、ぷるぷると揺れる。
「うん! レンが喜ぶと思ったの!」
スライム、健気過ぎる。
レンはぎゅっとスライムを抱きしめた。
「ありがとね。でも、この街じゃ依頼はないみたいだから、ラ・マーレの街に戻ったら、またあのおじいさんに渡そうね」
『うん―!』
スライムは元気よく頷く。
この小さな体で、一体どれだけ頑張ってくれたんだろう。
この小さな体の…何処に?
レンはふと、ある疑問を抱いた。
「…で、いつも思うんだけどさ。」
スライムを抱いたまま、その体をじーっと見つめる。
「こんな大量の小石が入ってるのに、体は重くないの?」
スライムの体はゼリーの様にぷるぷるとしており、、内部に何かが詰まっている様子はない。
それなのに、何故あんなにも大量の小石を収納出来るのか――
『せーんぜん!』
「そっか、そうだよね」
『異空間収納』のスキルがそれを可能にしているのだが、それが何処に収納されているかまではレンも、そしてスライムにも解明出来ていない。
便利は便利なのだが、やはり気になるところだ。
スライムが今、何を所持しているかはレンも『インベントリ』で確認出来るのだが、たまに誤って虫なんかがまざあっ手居た日には、慌てて吐き出させたものだ。
虫、ダメ、ゼッタイ…!
「ねぇスライム。あとどれくらい入るの? 上限ってあるの?」
『うーんとねぇ…』
スライムは考えるそぶりを見せ、小さく唸った後――
「たくさん!!」
と、満面の笑顔で答えた。
「そ、そう…」
やはり、スライムの持つ『異空間収納』は謎が多い。
小石の他にも、水や炎、盾まで吐き出せるし、もしかするともっと大きな物も収納出来るのかも知れない。
おくちいっぱいにほおばるスライムの姿。
…ちょっと見てみたいけどなんか怖い。
レンはスライムの能力について、もっと詳しく調べてみるべきかも知れないと思った。
「スライムに驚いてるけど、お前も似たようなもんだぞ?」
「な、何が?」
マオがふっと笑いながら、ててて…と傍に寄って来る。
レンの顔をじっと見つめ、ニヤリと彼は笑う。
「『何処からそんな食欲が湧いてくるのか』って、ウォルターが言ってたぞ?」
「ちょっと!? 私はスライムじゃないし!! しかもそれ、全然褒めてないじゃん!」
美味しい物には目がない。
ただ、人よりちょっとだけ食欲が旺盛なくらいだ。
でもディーネの方が少食だし、何ならフーディーには絶対に負けるよ!
まぁ…そんなディーネとは、痕で甘味処に行くんだけども…!
甘い物は別腹なんだっ。
マオはクスクスと笑い、スライムも『えへへー』と楽しそうに揺れていた。
こうして、レンとスライム、マオのほのぼのとした時間は続いていくのだった――。
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