死刑、執行
扉がバタン!と勢いよく開かれた。
今日は千客万来だな――そんな事を思いながら、レンは其方を見る。
部屋に飛び込んできたのは、スライムだった。
ぷるぷると体を震わせ、息を切らせながら、部屋の中を必死に見渡している。
「スライム!? どうしたの、そんなに慌てて…?」
『レ、レン…!』
スライムは、ゼリーのような体を激しく揺らしながら、何かを訴えようとしていた。
その様子を見て、エルヴィンがスライムの体の動きを観察する。
「落ち着いて。君が言いたい事を、一つずつ整理して話してくれる?」
『う、うん…っ』
スライムはぶるぶると震えながらも、漸く言葉を発した。
「フウマおにーちゃん…! フウマおにーちゃんが…ボクを助けてくれた…!!」
「え? フウマが?」
スライムは必死に言葉を繋げる。
「ボク、街の外に出てて、魔物に襲われたの。そしたらフウマおにーちゃんが助けてくれた…! それで…それで…!」
「待ってスライム。街の外に勝手に出たの? 駄目だよ!」
『ご、ごめんね…っ。でも、ボク…レンの為に…』
入って来た瞬間から泣きべそを掻いていた、小さなスライム。
レンのお叱りに、ぷるぷるとその体を震わせた。
「レンさん、今はスライムの話を聞くとしましょう」
「…お前は、フウマを見たのか?」
アルデールの鋭い眼光が、まるで射抜く様にスライムを見据えていた。
スライムは一瞬委縮するものの、こくこくと小さく頷いている。
『見てないけど…でも『コレ』はフウマおにーちゃんのだもん!』
スライムのお口から、何かが吐き出される。
見覚えのある計上に、レン達は目を見張った。
「クナイ…!」
『これが飛んできて、ボクを助けてくれたんだ! フウマおにーちゃん? 此処に居るの?』
必死にフウマの事を探すように、部屋の中を見回すスライム。
しかし、この部屋にフウマの姿はない。
「スライム、フウマなら今…」
一瞬、言葉が詰まる。
フウマは地下牢にいる筈。
スライムもそれを知っている筈なのに、どうしてこの部屋を探しているのか?
「まるで、フウマさんが此処に居ると思ってるみたい…?」
「いや、しかしそれは…」
レン達は、スライムの言葉の意味をじっくり考える。
ちらりと、ウォルターがアルデールを盗み見た。
アルデールとエルヴィンの表情が、変わったのは確かだった。
部屋中を、思い空気が張り詰める。
アルデールは暫し沈黙した後、静かに口を開く。
「…フウマは、近日中に処刑される」
その言葉が、レン達の耳に届いた瞬間、空気が凍りついた。
「――え?」
「そんな…嘘ですよね…?」
ディーネが息を呑み、ウォルターの眉根が顰められる。
「…陛下、それは本当なのですか?」
アルデールは目を伏せ、静かに頷いた。
「フウマは剣の王国の法に従い、罪人として処刑される。昨夜、正式な密命を王宮内に伝えたばかりだ」
「…っ」
レンは息を詰まらせる。
処刑――
フウマが居なくなると言う現実が、鋭い刃のように胸を抉る。
『処刑…? レン、それってなあに?』
「えっ…」
『それをしたら、フウマは助かるの??』
「スライム…フウマは、もう…」
言葉が詰まり、喉が焼けるように痛む。
フウマは処刑される。
確かにフウマは過ちを犯した。
それが現実だと頭では分かっている。
だが、それでも彼は仲間だった。
レン達にとっては、共に旅をして、笑い合い、危険を乗り越えてきた仲間の一人なのだ。
「フウマは…死んじゃうんだ…」
『そんなのおかしいよ…! フウマおにーちゃん、だって…だって…ボクを助けてくれたのに…!』
スライムの体が、震えている。
それは恐怖か、悲しみか、あるいは現実を受け入れられない叫びなのか――
『レンっ。レンっ。フウマおにーちゃんを助けようよっ。処刑なんて駄目だよっ』
「スライム…」
『おじちゃん! ディーネちゃんもっ…! 何とか言ってよぉ…っ!』
レンは、フウマが処刑されると言う事実を受け止めきれないまま、スライムを抱きしめる。
ウォルターは、沈黙しながらアルデールを見つめた。
ディーネは涙を流しながら、胸を押さえて震えていた。
現実が、ゆっくりと彼らの心に染み込んでいく。
レン達は、それぞれの想いを抱えながら、この喪失をどう受け止めるべきかを考え始めるのだった。
『やだよぉ…!』
スライムは、レンの腕の中で震えながら、酷く泣くばかりだった。
何とか。
何とかフウマが処刑されない方法はないのか。
「…フウマが処刑されないと言う道は、ないんですか?」
「温情で国は救えない」
「それは解ってます…っ。フウマがやった事も、許される事ではありません。でも…っ!!」
アルデールはあくまで冷静な表情を崩さず、更に言葉を続ける。
「…お前は、フウマの所業を許せるのか? 彼を再び仲間として迎えるとでも?」
その問いに、レンたちは一瞬だけ言葉を失った。
だが――
「…そんなの、決まってる」
彼女の瞳には、強い決意が宿っていた。
「フウマは…仲間だよ」
「…お前達は?」
「はい…私も、そう思います…!」
「俺も、フウマを仲間だと思っている。」
レン達の表情には、迷いはなかった。
悲しみと苦しみを滲ませながらも、確固たる意思がそこにあった。
その瞬間――
アルデールは静かに目を伏せ、僅かに微笑んだような気がした。
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