F級テイマー、道具屋へ行く
「次は道具屋に行くよ」
『うんー!』
肩に乗るスライムを除けば、レンももう、通りを行き交う冒険者の内の一人と差異はなかった。
やっぱり服装って大事だな。
改めて自分が着ている装備を見下ろす。
新しい服、新しい靴。
それだけでテンションが上がってしまう。
教えて貰った隣の道具屋で、300Gの布袋を買った。
スライムのおくちから、ジャラジャラと硬貨が出て来るのを見て、道具屋の店主は目を見張った。
「どうかそれで、犯罪なんて起こさないくれよ?」
…なんて、本気とも冗談とも取れない言い方をされた。
犯罪をする気はないし、スライムにもさせる気はない。
道具屋には布袋以外にも薬や本と言った雑貨が、所狭しと陳列してある。
一応、一通り見て回ったが特にめぼしい物はなかった。
もうちょっと知識をつけて、必要になったら買いに来るとしよう。
『レンー』
「うん?」
『これなーに? キラキラ―!』
「キラキラ…?」
スライムが興味を示したのは、コルクで蓋をした小さなガラス瓶。
中に何かが入っているらしく、よう見るとそれはピンク、白、黄色と言った色とりどりの粒々したモノ。
一見すれば金平糖の様に見えるそれは、ログウィンドウの説明を見ると、本当に『金平糖』と記されていた。
「これは金平糖だね。砂糖を小さく固めた甘味菓子みたいな」
『こんぺいとー!』
スライムの眼は、金平糖に釘付けだった。
まるでおもちゃを見つけた、小さな子供の要に輝いている。
『キラキラー。おほしさまー!』
「星…あぁ、たしかにそうだね。似てるかも」
粒々した形は、お星さまの様だ。
キラキラしているのは、砂糖の溶け具合なのか、小瓶が証明に照らされているからなのか。
とにかく、スライムにとってはそれがお星さまに見えるらしい。
金平糖は、そんなにも興味が轢かれるのモノなのだろうか…
値段は…100G
多分買えない事もない。
「買おうか?」
『いいのっ?』
「うん。スライムの装備を買ってあげられなかったし」
『やったー!』
ぴょんぴょんと嬉しさのあまり、スライムは飛び跳ねる。
突然の事に、道具屋の店主はぎょっとした様子で此方を見ていた。
金平糖の小瓶一つで、こんなにも喜んでもらえるとは…
買い物を終えると、広場のベンチで休憩する事にした。
大きな噴水が印象的の広場は、待ち合わせや露天商が活用する事が多い。
こうして座っているだけでも、目の前を何人もの冒険者や商人が通り過ぎて行く。
彼方には、道行く冒険に声を掛け、怪しげなアクセサリーを売ろうとする露天商。
不気味な形のネックレスやまがまがしい水晶玉なんて、誰が買うんだろう。
あ、冒険者が逃げた…
此方には、世間話に興じた井戸端会議をする奥様方。
最近の物価高いだの、家事代行のクエストの依頼をしようかしらだの、日々のお悩みが絶えないご様子。
あそこにいる別の冒険者は、パーティメンバーが遅刻している事に、腹を立てているようだった。
あの人達は、これからクエストに行くんだろうか。
皆、何処から来て何処に行くんだろうな。
リーマンウォッチングならぬ、冒険者ウォッチングをしていると、隣ではスライムが美味しそうに金平糖を頬張っている。
「んまっ。んまっ」
葉っぱだけでなく、次回から金平糖もスライムのお気に入りになりそうだ。
ただ食べ過ぎに注意しないと、虫歯が恐い。
空を見上げれば、今日も気持ちがいい程の晴天に恵まれている。
「…ふぁあ」
気を抜くと、欠伸が出てしまうほどだ。
のんびりと、ゆったりした日常を過ごしているなんて、社畜時代には考えられない事だった。
異世界に来て5日ほどたったが、元の世界はやっぱり恋しいと思った。
ガスや電気があれば石炭や灯油を使うところもある、文明がごちゃごちゃしている。
車やバイクが走ってないので排気ガスに困る事はないが、自転車もない。
移動は殆どが徒歩だ。
不便な部分はあるし、もっといいやり方があるんじゃないかって思う事もある。
この世界に来た時からスマホの充電は切れているし、これももう必要ないんじゃないか。
しかし、現代社会においてスマホはとても重要な役割を果たしている。
本当に元の世界に戻った時の事を考えると、これを捨てるなんてとんでもない!
「装備を揃えたはいいけど、本当にこれからどうしよう」
そもそも、元の世界に帰りたいと、本当に思っているのか?
戻ればまた、ズタボロの雑巾の如くこき使われる社畜に逆戻り。
仕事ばかりの疲れた日々よりも、こうして空を眺めたりスライムに癒されたりする方が、何倍もマシな気がする。
例え魔物が出る危ない世界だとしても、『危険』と言う意味合いは元の世界と然程変わらない。
今日、大地震が来るかも知れない。
明日、大災害が来るかも知れない。
明後日、いきなり命を落とすかも知れない。
元の世界だろうが、異世界だろうが、死ぬ時は死ぬんだ。
…それなら、社畜としての日々よりもこの世界を行きたい。
誰かと一緒に、パーティを組んで旅に出るのもいいだろう。
ソロだって構わない。
私にはスライムが居るから、道中も楽しく旅が出来そうだ。
戦闘は…まだちょっと怖いけど。
せっかくの異世界転生だ。
私は、この世界でめいっぱい冒険してみたい。
「…この前のテイマーか?」
そうして再会したのは、いつぞやの大剣使いの男だった。
「冒険者になったんだな。一瞬、誰か解らなかった」
彼の眼から見ても、私はそう見えているのか。
『冒険者』と言われて、何だかこそばゆい。
「さっき、装備を新調したんです。宿屋のパジャマじゃ危ないみたいで…」
「まぁ、そうだろうな」
大剣使いの男は、背中に大きな剣を背負い、全身を鎧で覆っている。
鎧を着ても平然としているのは、凄いと思った。
「どうだ、冒険者になって。何かクエストは受けたか?」
「小石集めぐらいでですかね」
「小石…あぁ、あれか」
彼にもそれは覚えがある様で、なるほど…と頷いた。
門番の男と違って驚きはしなかった。
「あとは、すっぴんボアを倒したくらい?」
「もうボアを倒したのか!? 凄いな…」
「えぇと…驚く事、ですかね?」
「いや、冒険者になりたてらしいから、少し…心配していたんだ」
「それはどうも…?」
こんな弱小な冒険者を気に掛けて下さって、有り難い。
きっとあの時私がヤジ男に絡まれていたから、それで心配しての事だろう。
今日はヤジ男を連れていないようだが、先日は確か、何処かにクエストへ行くと言っていた。
帰って来てるのかどうか、別に興味はないんだけど。
「隣、座っても?」
「どうぞ」
ベンチに腰掛ける私、スライム、そして大剣の男――
適当に挨拶をして去って行くのかと思えば、まさか座るとは思わなかった。
知り合いと言うほどまだ親しくはないけど、話しかけてくれたんだし、色々と聞いてみるのもありなんだろうか。
『んまっ、んまっ』
そんな考えを他所に、スライムは金平糖をぱくぱく食べて続けている。
そんな折、座るのに背中の剣が邪魔だったのか、彼がパチンと留め具を外している姿に気付いた。
「大きな剣ですね。大剣使いって剣士と同じですか?」
「ん? あぁ…大剣使いはタンク職だな。剣士とはまた違うロールだ」
「タンクって事は、盾役みたいな?」
「そうだ。パーティーでは皆を守る為に前に出る」
盾ではなく、こんな大きな大剣なら、安心感があるだろうな。
振り回すのも一苦労そうだけど。
その為に鍛え上げているだろう筋肉が、鎧に見え隠れしていると思うと、凄いと言う感想しか出なかった。
この人は歴戦の猛者なのかな。
「そう言えば、自己紹介をしてなかったな。俺はウォルターと言う」
「あっ、そうでした。私はレンです!」
互いに自己紹介をすると、その大剣使いーーウォルターは、小さなカードの様なものを見せた。
それは、先日レンが発行したのと同じ『冒険者証」
しかし自分の持っている物とは色味もだが、記されている内容が事細かい。
「私のと色が違いますね」
「あぁ、俺は『C級』だからな」
「なるほど。ランクによって色が違うんですね」
運転免許証でも優良運転者の期間によって、その色が異なったりする。
きっとこれも同じシステムなのだろう。
記されているのは名前や性別、年齢と、大まかな部分は同じだが、その他は違う。
「何か『サブマスター』って書いてる気がするんですが?」
「これはギルドでの俺の肩書だ。余り気にしないでくれていい」
「ギルドーー冒険者ギルドですか?」
「いや、そうではない。ギルド・チームの話だ」
「はぁ、チーム…ですか」
また知らない知識が出て来たな。
そこら辺の事はまた、マニュアルで検索を掛けてみる事にするか。
「…冒険者になりたてと言うのは、本当だったんだな」
「はい。右も左も解らないです」
「遠くから来たのか?」
「そんなところです」
異世界から、何て言える訳がなかった。
「冒険者になったのは初めてで、一応マニュアルで『テイマー』について検索したんですけど、よく解らなくて」
「まあ、テイマーは珍しいしな」
誰に聞いても、テイマーは『珍しい』『初めて会った』を繰り返す。
他人が知らない事を、自分自身も知らないとなると、本末転倒だ。
テイマーについては冒険者ギルドでも教えて貰ったが、大抵がマニュアルに書かれた事をなぞって説明された。
それが一般的に知られている情報だった。
やはり不明な点は、自分で開拓する他ない。
【■テイマーについては随時更新中だよ! 発見があったら教えてね!▼】
そんなログウィンドウを目にした時には、『マニュアルが教えろおおお!!!』って叫んだよ?
「レン、歳は?」
「35歳」
「は?」
「あっ。じゅ、18歳ですぅ」
年齢を詐称する尾は心苦しいが、ステータスや冒険者証ははっきりと『18歳』と記されているし、しょうがない。
しょうがないよねっ。
システムがそう言ってるんだもんねっ。
「繰り返すが、テイマーは未知な部分が多い。だから、テイマーとしてのお前を良くも悪くも言う奴は居る。気にするな――なんてのは無理だと思うが」
この人は、心配してくれてるんだろうか。
私を気に掛けてくれるんだろうか。
初めて会った時もそうだが、やっぱり優しい人だ。
上司にしたいな、こう言う人。
「何にしても、女一人でうろつくのは余りお勧めしないな。F級になったのなら、何処か『ギルド・チーム』に入るのもいいかも知れない」
「ギルド?」
そう言えば、さっきも彼はそんな事を言っていた。
それは、少人数から大多数の組織で構成された集団組織。
人によって所属する理由は様々だが、ソロで活動するよりはチームに属していた方が、何かと恩恵は受けられる。
サブマスターと言うからには、ウォルターはギルド・チームの中でもそれなりに高い地位に居るのだろう。
「人脈が出来れば、パーティを組むのにも困らないだろう」
「パーティ、ですか」
「テイマーで、しかも女なら…まぁ、引く手数多とは思うが…」
しかし、入るとしても何処がいいのかさっぱりわからない。
それこそ人脈があれば人伝で紹介して貰ったり出来るのだろうが、一から探すとなると骨が折れる。
暫くはソロで居てもいい…とは思うけれど、お友達を作ると言う意味では何かと心強い。
「ウォルターさんは、何処かのギルドのサブマスターさんなんですよね?」
「あぁ」
「何と言うギルドですか?」
「…『クロス・クラウン』だ」
「そうなんですね。また調べてみます」
そう告げると、ウォルターは何故かぽかんとした。
何か、変な事を言っただろうか。
「あの?」
「あ、あぁ…名前を聞いてこうも反応が薄いのは、珍しいと思ってな」
「私が無知って言いたいんですね。解ります」
「いや…無理にギルドに入れとは言わないさ。レンにはレンの目的があって、冒険者になったんだろう」
調べればもっと別の反応が出来たのかも知れないが、今の私は本当に無知だ。
ギルドの事ももっと詳しく調べなきゃいけないし、やる事が山積みである。
『おなかいーっぱい!』
そう言ったスライムの傍には、空になった小瓶が置かれている。
いつの間にか、全ての金平糖を食べ切ってしまったようだ。
『もうないー?』
「また今度ね」
『今度っていつー? 明日―?』
「滅茶苦茶気に入ったんだね、金平糖」
「…魔物の言葉が解るのは、凄いな」
ふと見れば、ウォルターさんが不思議そうにスライムを見ている。
そうか、テイマーじゃない人には聞こえないんだっけ。
つい普通に話してしまいがちだが、知らない人から見れば、私は独り言を言うただの怪しい女だ。
人と喋る時と言えば、宿屋か冒険者ギルド、あとは買い物に出た時くらいなもの。
『レン、小石は拾わないのー?』
「あぁ、そうだった」
そう言えば、今日は小石拾いのクエストもまだやってなかったな。
「陽が暮れる前に、今日のクエストを終わらせなきゃ」
「デイリーか?」
「小石集めを日課にしてるんです」
「毎日やってたのか…」
一回で300Gが貰える小石拾いのクエストが、次の日も、そのまた次の日も依頼されていたなんて、此方もびっくりだ。
しかも依頼主は同じ人みたいだし、よっぽどの小石マニアなのだろう。
お陰でいい小遣い稼ぎになっている。
「いつもどれくらい集めてるんだ?」
「1000個ですね」
「1000!? 集めるのも持って帰るのも大変だな…」
「それが、スライムのお陰で楽なんですよ」
スライムの『異空間収納』は本当に優秀で、小石をどんどんと飲み込んでくれる。
インベントリでも何を所持しているのか、確認が出来て非常に便利なのだが、たまに虫が入っていたりすると困る。
それからなるべく、スライムが口にする物には気を配る様になった。
虫、駄目、絶対!
「すっぴんボアはまだ怖いですけどね。この前襲われたし」
「しかし、倒したんだろう?」
「まぐれみたいなもので…それにあれから遭遇してないから、戦闘も不慣れで」
「そうか、まだLv.1なのだな」
戦闘をすれば経験値が入り、レベルも上がる。
前回はスライムだけがレベルアップを果たした
レンはと言えば経験値こそ入れど、レベルアップの域には到達していない。
小石収集で頑張ってるのはスライムだ。
あれ、私は怠けてるんだろうか…
「それだと、すっぴんボアには苦戦しただろうな」
「えぇ、本当に。長い間追いかけ回されました。その時は、今みたいに装備が整ってなかったので」
いや、装備があっても逃げ回っていたかも知れないな!
「ふむ…」
するとウォルターは、顎に手を当てて何やら考え込んでいる。
余りにも不甲斐ない自分に、何かアドバイスでもくれるのだろうか。
レンは冒険者になりたて。
テイマーとしてはまだまだ見習いみたいな感じだろう。
戦闘においても、スライムの活躍だけが頼りだ。
もしまたすっぴんボアが現れたとしても、今のレベル差は1だ。
多分、きっと、おそらく、ちょっとは戦える筈!
「そのクエスト。よければ俺も行こう」
「えっ」
「ついでだ。パーティの組み方なども教えようじゃないか」
まさかの申し出だった。
パーティなんて組んだ事がないので勝手が解らなかったが、こうして 教えてくれる人が居るのは有り難い。
「いいんですか、忙しいんじゃ?」
「別に、何て事はない」
「ありがとうございます!」
「では、準備をしてから街の入り口でまた会おう」
「はい!」
準備って何をしたらいいんだろう?
【■金平糖 あま~い砂糖菓子。お星さまみたいにキラキラ。MPがほんのり回復する。▼】
――お星さまの様にキラキラする。
可愛い小さな金平糖。
小さなスライムは、ちっちゃな子供の様に無邪気だった。
君が笑顔なら、私も笑顔になるんだよ…
お読み頂きありがとうございました。




