敵は魔物か。それとも人間か??
アルデールは迷いなく剣を抜き、その刃をマモンへと向ける。
エルヴィンも、指先に魔力を宿し、いつでも詠唱を発動出来る状態を整えた。
「何の目的で此処に現れた?」
「…いきなりなご挨拶ですねぇ」
マモンは、まるでつまらなそうに肩を竦める。
「アルデール! エルヴィン! 久しぶりだなっ!」
ベッドの上で、マオがぶんぶんと手を振っている。
彼の余りに無邪気な声が部屋に響いた。
「お前…っ」
「マオさんっ!?」
「俺は魔王様を送り届けたまで。目的など、当に果たしていますよ」
「魔王、だと…?」
ウォルターとディーネは困惑しながら、アルデールとエルヴィンの反応を見つめる。
確かに、彼らは以前の継承式の際に、『魔王』の姿を目撃していた。
だが――今、目の前にいるのは、あの恐るべき『魔王』とは思えない。
「マオさん…君が魔王と言うのは、本当なのですか?」
エルヴィンの言葉に、マオはきょとんとした顔をする。
「そうだぞ?」
「…この姿が…魔王…?」
エルヴィンも動揺を隠せない様子で、マオの小さすぎる姿をまじまじと見つめる。
アルデールは、信じられないように眉を顰めた。
「では、お前は――」
「『強欲の悪魔』と申し上げておきましょう。人間相手に名乗る名は、持ち合わせておりませんので…」
「マモンだぞっ!」
「はぁ…魔王様…」
「冗談を言うな。魔王とは、恐ろしく残忍で強大な力を持ち、世界を脅かす存在の筈だ…!」
マオはふんっと鼻を鳴らし、腕を組む。
「いや、オレって昔からそんなもんだぞ? 何か誤解してねぇか?」
「誤解…?」
「オレは世界なんてどうでもいいし、人間を滅ぼしてやろうとか、そんな馬鹿みたいな考えは持っちゃいない。それはお前達の勝手なイメージだろ?」
「俺としては、是非ともそうして貰いたいのですがね?」
「マモン」
「失礼致しました」
「…納得出来る訳がない」
アルデールの剣先は、まだマモンの方向を向いたままだ。
その手に込められた力は強く、簡単には剣を下ろすつもりがない事を示していた。
「魔王が、こうして俺達の前に堂々と現れ、何事もないように振る舞うなど…認められる訳がない」
「えぇ、本当に。私もほとほと困っているのですよ。魔王様の怠惰にはね…」
「兄上…でも…彼が本当に魔王なのだとしたら、強い魔力にも納得がいきます。彼は――子どもにしては危険すぎるほどの力を持っています」
そして、それだけではない。
レンをはじめとする彼女の仲間達が、魔王や悪魔と関わりを持っている事を、二人は知ってしまった。
「そしてお前達は、それを知っていたと言う事か」
「…っ!」
その言葉に、向けけられる鋭い視線に、レンは息を呑む。
しかし、どう説明すればいいのか、すぐには言葉が出てこなかった。
「あ、あのっ。魔王様…マオちゃんは、その…!」
「余り不用意な事を、口にしないで貰いたい」
その紅い瞳は鋭く、冷たく光っていた。
「これ以上、魔王様の状況を知られれば、お前達『人間』が何をするか、分かったものではない」
明らかに、マモンは『人間』を強く警戒していた。
「マモン、そんなこと言うなよ。人間はそんなことしねーって」
「…ほう?」
マモンは嘲るように鼻で笑う。
「では、お聞きましょうか魔王様。人間は、本当にそんな事をしないと?」
「ああ」
マモンは腕を組み、ゆっくりとアルデールとエルヴィンを見る。
「お前達はどうだ?」
「…」
アルデールは沈黙。
エルヴィンもまた、口を引き結んでいる。
「仮に今…魔王が弱体化している。魔王の座が空いている。魔界の秩序が乱れている――そんな情報を知ったら、人間達はどう動く?」
アルデールは、剣を構えたまま、歯を食いしばる。
「…もし、それが事実ならば」
彼の瞳に宿るのは、王族としての責務と国を守る者としての決意。
「…この機を逃さず、魔界を攻め込むべきだと考える者は、多くいるだろう」
その言葉に、マモンは皮肉げに笑う。
「ほらご覧なさい。だから俺は、人間を信用しないのですよ」
「…アルデール、お前…」
アルデールは迷いなく、剣を構え直した。
「俺は王だ。国を守らなければならない」
エルヴィンはそんな兄を見ながら、苦しげに目を伏せた。
「…兄上の言う通り、魔王の座が空いたと知れば、各国は間違いなく動くでしょう…だけど、それが正しいとは限らない」
アルデールはそんな弟を一瞥し、強く言った。
「エルヴィン、甘いぞ」
「…そういう事です、魔王様。これが『人間』なのですよ」
マモンは静かに肩を竦めた。
「…でも!」
マオは、マモンの袖を掴む。
「違うんだ! オレ達は…敵じゃない!」
しかし、マモンはその愛しい姿を、冷たく見下ろした。
「人間風情に、これ以上魔王様の情報を与える必要はありません…テイマー」
「…えっ?」
「お前は、『魔王様が弱体化している』という情報が、どれほど危険なものか、解っていない」
彼は、改めてアルデールとエルヴィンを見据えた。
「貴様らが何を選ぼうが、どうでもいい。だがな――」
彼の紅い瞳が、静かに光を宿す。
「俺は、人間を信じるつもりなど微塵もない。」
そう言い切る彼の声は、まるで氷の刃のように冷たかった。
マモンは人間を見限ったような目をしている。
レンは、言葉を紡げないまま。
ウォルターとディーネは、複雑な表情でそれを見守っていた。
そして――
マオだけが、ふっと笑った。
「…まぁ、いいさ」
アルデールとエルヴィンは、驚いたように彼を見る。
「俺はお前らの事、信じてるからな」
彼の瞳は、まっすぐだった。
「それが間違いだったかどうかは…いずれ分かるさ」
「…魔王様は甘すぎますよ」
マモンは小さく舌打ちする。
「まぁ、無理もねぇよな。ずーっと長い間『魔王』ってのは、人間にとって『悪』でしかなかったんだから」
その言葉に、アルデールの目が鋭く光る。
「違うというのか?」
マオはニヤリと笑う。
「『違う』とは言わねぇよ。でもな、お前らの知ってる魔王と俺は、多分ちょっと違う」
その時、マモンが冷ややかな声で口を開く。
「寧ろ、人間の方が『悪』ではないのでしょうか」
「何…?」
マモンは無表情のまま、アルデールを見やる。
「『魔王が悪だから、魔物が悪だから』…そう言えば、恨むのも殺すのも楽でしょう?」
「…!」
「ですが、人間は自分達の問題を見ようとしない。魔王がいなければ、お前達は全て上手くいくとでも?」
アルデールの剣が僅かに揺れる。
「それは…」
「どうでもいい話だ。俺は人間なんかに歩み寄る気もないし、お前らがどう考えようが勝手にすればいい」
沈黙が落ちる。
誰も、何も言えないのが現状だった。
「さて魔王様。俺は帰ります。これ以上、無駄な時間を過ごすつもりはないので」
「おー。皆によろしくな」
「一日でもお早いお帰りを、お待ちしております」
「それはない」
「…やれやれ」
アルデールはふと、疑問を口にした。
「最後に――聞かせろ。何故助けた?」
「…はい?」
継承式の時、マモン達は魔王の配下でありながら、結果的に彼らの国を助ける行動を取った。
あれは何だったのか?
「悪魔が人間を嫌っているのなら、何故、俺達を――この国を救った?」
マモンは、呆れたように肩を竦めた。
「さあ…何処ぞの食い倒れ娘のやった事です。俺には解りかねますね」
「…娘?」
「彼女は、この国の食事が大好きですから」
エルヴィンもアルデールも、思わず沈黙した。
国の為ではない。
正義の為でもない。
ただ――フーディーが、この国の料理を気に入っていたから。
「…なんだ、それは。」
「そんな理由で……僕達は、救われたのか」
『そんな理由』で、王国は滅びを免れたのだ。
マモンはニヤリと笑い、最後に一言。
「理由なんて、そんなものですよ。それでも彼女にとっては、とても大切な事―-なのかも知れませんが」
彼はそれ以上は語らず、静かにその場を去った。
アルデールとエルヴィンは、マモンの言葉に愕然とする。
残されたのは、人間達の揺れる想いだけだった。
マモンの言葉が、二人の心に強く残っていた――
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