表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/146

君が傍に居るだけで



マオは、周囲を見回しながら不思議そうに首を傾げる。




「…なぁ。この部屋、何でこんなに暗いんだ?」




レンは、マオの問いに少しだけ表情を曇らせる。




「…どういう訳か、光に弱くなっちゃってね。今は、日中でもカーテンを閉めてないと眼が開けられないの」

「眼?」




マオは一瞬驚いたように目を瞬かせた。

じっとレンの顔を見つめていたかと思えば、やがて彼は、納得したように頷いた。




「あー…もう、そんな事ない筈だぞ?」

「え?」




その言葉の意味を考える間もなく、マオはふっと立ち上がると窓へと歩いていく。




そして――迷いなくカーテンに手を掛けた。




「マオさん、待って下さい! まだ――!」




だが、ディーネが制止するよりも早く、カーテンは勢いよく開かれた。

瞬間、部屋の中に強烈な光が差し込む。




「っ…!!」




レンは思わず顔を背け、ぎゅっと目を瞑る。




「おい、レン。目、開けてみろ」

「む、無理無理っ!!」

「大丈夫だ。オレを信じろ」




レンの耳に届いたのは、マオの優しい声。


いつもならこの瞬間、視界が痛みで焼けるように感じる筈だった。



しかし――





「…え?」




マオの言葉を信じて、レンは恐る恐るゆっくりと目を開けた。





――眩しい





けれど――


前ほど、目を開けられない訳ではない。




「な、何で……?」

「だ、大丈夫なんですか、レンさん!?」

「う、うん…ちょっとでも光が入ると痛かったのに…?」」




戸惑うレンの前で、マオはニッと得意げに笑った。




「オレが居るからな!」




マオの端的すぎる言葉に、レンはぽかんとする。

ウォルターは腕を組み、ディーネは小首を傾げていた。




「どういう理屈だ?」

「え? え?」




すると、ずっと傍観していたマモンが、静かに口を開く。




「…おそらく、テイマーの眼が光に過敏になっていたのは、魔王様が魔界に帰還していた為でしょう」

「え…?」

「つまり?」




マモンは静かにレンとマオを交互に見つめ、表情を僅かに強張らせた。




「魔王様の力が人間界に存在しない間、テイマーの『魔王様の施し』は制御を失い、過剰な感覚強化が進んでしまったのでしょう。目だけでなく、耳にも異常があったのではないですか」


「う、うん。いつもより声や音がはっきり聞こえるな――とは思ってたけど…」

「呑気なものですね。それが長く続けば、耳が聞こえなくなるなんて事も、ありうると言うのに」

「えっ!?」




聞き捨てならない言葉だ。




「今更だけど…もしかしてこの感覚って、使うとヤバいんじゃ??」

「たかが人間風情が、ぶっとんだ五感を支配出来るとでも?」

「うぅ…」

「…まあ、今は魔王様が此処に居る事で、その力が抑止力となっていますがね」

「つ、つまり、マオちゃんが私の傍にいる限りは、大丈夫って事?」




マモンは、ゆっくりと頷く。




「…そういう事です」




マモンの説明を聞いて、レンはゆっくりとマオを見た。



小さな身体、金色の髪、そして紅い瞳――


そんな彼は、相変わらずののほほんとした笑みを浮かべている。




「…凄いね。私が無事なのは、マオちゃんのお陰なんだね」

「だろ? オレが居る限り、お前は大丈夫なんだよ!」




そう誇らしげに胸を張るマオを見て、レンはふっと笑った。


彼がいてくれるだけで、自分の視界が戻る――


そんな不思議な現象よりも、マオが戻ってきてくれた事が、何よりも嬉しかった。











「―ー魔王様のお陰、と言うのは…間違っていませんがね」





ぽつりと呟いた言葉。




喜びに満ち溢れるこの女には。




聞こえていないのだろうな…








レンとマオを見つめるマモンの表情は、いつもの余裕に満ちた笑みではなかった。

彼の紅い瞳には、微かな苦々しさが滲んでいる。


耳だけでなく、眼にまで影響を及ぼすほどに、レンと魔王様の絆は確かに結びついている。

それは、魔王様が人間に心を許してしまっているという証。



――マモンにとって、それは受け入れがたい現実だった。





…人間にほだされるような魔王様など、見たくない。



しかし、それを言葉にする事はなかった。


彼はただ、冷静な表情を装ったまま、じっと二人を見つめ続けていた。

レンの眼が光に弱くなっていた現象は、マオが傍に戻って来た事で、僅かに和らいだ。

むしろ、マオが魔界に行っていたせいでレンの身に異常が生じていた。




…いっそのこと、そのままでいてくれたら、よかったのですが。





「じゃあ、離れなきゃいい話だな!」




そう言って、無邪気に笑う魔王様。


しかし、それを聞いたマモンは、不機嫌そうに溜息を吐いた。




「…魔王様には、さっさと魔界に戻って頂きたいのですが」




マモンの言葉には刺々しい。

本来ならば、この方がそのトップに立つべき存在なのだ。

それが予期せぬ事に、小さな子どもになった。


強打な魔力は著しく制限され、魔界では、早くも次期魔王の座を巡っての争いが続いていた。



どうしてこんなにも人間に執着するのか。



どうして、こんなにも『彼女』にこだわるのか。




自分のそんな苛立ちを、魔王はまるで気にする事なく、にぱっと笑顔を見せて答える。




「レンはオレのテイマーだからなっ!」




何の疑いもなく、まっすぐなその言葉に、マモンはぐっと言葉を詰まらせる。







…それが、そんなに大切な事なのですか?







マモンは目を細めながら、ちらりとレンの方を見やった。




マオが戻って来たことで、レンは漸く陽の光の中を歩く事が出来そうだった。

しかし、それでも以前と全く同じように――と言う訳ではない。


彼女の眼には、端的に言うと『オーラ』が見えるようになっていた。



それは、以前から微かに感じていたもの。

フウマとの戦闘を機に、今は、はっきりと『人や物に宿るオーラ』が視界に映るようになっていた。



それらは色となって波打つように対象を包んでおり、対象の感情の変化と共に、色や流れが変化していく。




例えば――


ウォルターの周囲に漂うオーラは、まるで大地そのものだった。

深く、どっしりとした安定感があり、彼がそこに立つだけで地盤が固まるような錯覚を覚える。

薄茶色や琥珀色の光が彼の体を包み込み、それはまるで陽の光を浴びた岩肌のような温もりを帯びている。

時折、そのオーラが荒々しく揺れると、大地が地響きを立てるかのような威圧感を放つ。

静かなる大地が、踏み込む敵を飲み込むかのように――



ディーネの周囲には、まるで澄みきった湖のような静けさが漂っていた。

そのオーラは青で、柔らかな光を帯び、彼女の動きに合わせてゆらりと揺れる。

まるで水面に浮かぶ陽光のように、優しく、穏やかに周囲を包み込んでいた。

彼女の近くにいるだけで、不思議と心が落ち着く。

実際、療養中は彼女が傍に居るだけで、安心感があった。

ふとした瞬間、彼女の背後見えるのは――多分、水の神殿で見た精霊・ウンディーネなのだろう。




他にもアルデールやエルヴィンなど、オーラを纏う姿は何人も視認出来た。




…何、これ…


ディーネに『肩に何かついてるよ』なんて言ってみたりしたけれど、彼女の動きに流れるオーラは、自分にしか見えていないようだった。

ウォルターにも聞いてみた。




『強くなったら、身体に流れるは気みたいなものが見えたりするのかな?』


『其処まで行ったら、もう達人の域だな』




そんな風に、ちょっとだけ笑われた。



…やっぱり。普通じゃないんだな、これ。




レンは、この『力』をウォルターやディーネには隠していた。

『変な物が見える』なんて口にした日には、変人扱いされるのがオチである。




「――隠してるつもりなんでしょうが」




マモンが、呆れたようにレンを見つめる。




「貴女も、そんなに『人間』ってものを信じられないんですね?」

「…え」



図星を突かれ、レンは言葉を詰まらせた。


マモンの言葉には、冷たい皮肉と、何処か『観察者』のような余裕がある。




「隠そうとしても無駄ですよ。そういう『変化』というものは、いつか必ず表に出るものですから」


「…」


「楽しみですね。貴女もいつから『化け物』になるかと思うと…」




マモンはそう言い残し、ふっと視線を逸らした。


レンは、胸の奥がザワつくのを感じながら、そっと拳を握り締める。







化け物…?




…私は。




この『力』を、どうすればいいんだろう――





この新たな異変が、これからの旅にどんな影響を与えるのか――

レン自身、まだ分からなかった。




「レン」




マオはにっこりと笑いながら、レンの傍に寄る。




そして――






ぽんっと頭を優しく撫でた。




「大丈夫だ」





マオちゃんには、私の不安が手に取るように解ってしまうのだろうか――






ーーバタバタバタ…!!




レンの病室に、息を切らせながら駆け込んできた二人の影。

アルデールとエルヴィンだ。


彼らは明らかに慌てた様子で、ただ事ではない雰囲気を纏っていた。

その険しい表情に、ウォルターは眼を丸くする。




「お二人共、どうされたのですか…!?」

「…嫌な気配を感じた。」




アルデールは、鋭い眼光で部屋を見渡しながら、そう口にする。

エルヴィンも、僅かに肩を震わせながら頷いた。




「この感覚、間違いない…継承式の時に見た、あの嫌な気配です」




二人の視線の先に立つのは――マモンだった。

そんな彼の紅い瞳は、不機嫌そうに細められていた。





お読み頂きありがとうございました。

ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ