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D級魔王、帰還する



結局、スライムはお昼を過ぎても帰っては来なかった。




「ホントに、何処に行っているんだろう」

「心配ですね…」




先頃、ステータスにはスライムが『戦闘中』と表示されて、それはもう焦ったものだ。

また何処かで危険な目にあっているのかと、ベッドから飛び出したはいいが、ディーネに止められてしまった。


だが、ステータスウィンドウは当事者にしか見えない。

何とか事情を説明するにも、レンは気が焦ってしまっており、言う事は支離滅裂だった。

ディーネも何とかレンの言う事を理解しようと、二度、三度と押し問答を繰り返す。


その間に、どう言う訳かスライムの方は無事に戦闘が終了した様子だった。

HPやMPが消耗しているものの、何とか自然に回復して行く様子に、レンは心なしかほっと安堵する。




「ス、スライムの方は、大丈夫みたい…」

「それはよかったです…!」




スライムが危険な目に遭っていると言うのに、テイマーたる自分の不甲斐なさは何たる事か。




「あの子は、一人じゃ何も出来ないのに…」




そんな彼女の様子に、ディーネの胸中は複雑だった。




ーーコンコン




扉を叩く音が聞こえ、はっと顔を上げる.

現れたのは、ウォルターだった。




「ん、どうした?」

「ウォルターさん、お帰りなさい」

「…スライムかと思った」

「スライム? それならさっき、訓練場で会ったが…」




ウォルターが言うには、いつの間にか何処かへ行ってしまったらしい。




「あぁ、今から飯だったんだな。出直そう」

「ううん、此処に居ていいよ。何か用があったんじゃ?」

「エルヴィン様から例の報酬を頂いたんでな。直ぐにレンに渡した方がいいと思って、持って来たんだ」

「お金…!」




ウォルターの手には革袋が握られており、少し揺らしただけでジャラリと金属の擦れる音がした。

一体あの中には、いくら入っているんだろうか。


我ながら現金な奴だと思う反面、完全に自己中な考えに、レンは深々と頭を下げる。




「ウォルター、ディーネ…ごめんなさい。本当は旅の資金に充てるべきなのに、こんな事に使って」


「構わないさ。ディーネも俺も、事情は理解している」

「そうですよ! これでマオさんが帰って来るんです。もっと喜びましょう?」

「中身はまだ確認していないが、期待していいとは思うぞ」

「ありがとう、ありがとう…もう二度と滞納はしないと誓いますっ!」




今回は、レンが目覚めない日が数日続いたのが原因だった。

今後の事を考えると、返済方法を少し考えるべきかと思う。

一日でも早く借金を返済したい気持ちはあるが、計画性が伴ってないと本末転倒だ。


本当に、あの契約書をもっとしっかり読み込んでおくべきだったと、今更ながらに後悔する。




「ほら。受け取れ」

「おぉ…ずっしり…!」




レンがウォルターから受け取った革袋は、予想以上に重たい物だった。

中を開けると、金色に光る硬貨が一、二、三…とにかく沢山ある。


レンはサイドボードに置いてあった通信機を手にすると、早速マモン宛てに滞納分の返済を行う事にした。




「レンさん、その後はお食事にしましょう?」

「でも、スライムが…」

「きっとスライムさんも、もうすぐ戻って来ると思います」

「…うん、そうだね」

「とても美味しそうですよっ。さ、温かい内にどうぞ!」




部屋には、レンとディーネ、そしてスライムの分の食事が運び込まれていた。

ディーネは、レンが食べるまで自分の食事には、一切手を付けなかった。



自分が酷く心配性なのは、目に見えていた。


お陰で自分よりも年下の女の子に、こんなに心配をかけてしまって、本当に申し訳なく思う。

スライムの事は心配だが、彼女の言う通りもうすぐ戻って来るだろう。




「ホントだ。美味しそうだね…頂きます」

「頂きます」

「ウォルターさんはもう召し上がったのですか?」

「あぁ。訓練の後で、シリウスや騎士達とな」




レンはベッドの上に横長のテーブルを差し込まれ、その上で食事をとっていた。

入院時によくあるような、簡易的な作りの食事台だ。


治癒院でもこんな感じだったな。

此処では、消毒液の匂いがしないだけマシだった。



視力の問題で部屋のカーテンは閉め切られ、室内は薄暗い。

けれど、ディーネがベッドの隣に座り、レンと共に食事をしてくれた。


一人より二人の方が美味しい――だそうだ。

それは確かに…!




「食欲は大丈夫ですか?」

「うん、ありがと。やっぱり食べないと身体がもたないしね」




ウォルターも、部屋の隅で腕を組みながら立っていた。

彼はレンの食べる様子をじっと見つめながら、時折『ちゃんと食べろよ』と軽く声をかける。



静かな昼下がり。


レン、ディーネは穏やかな食事を楽しんでいた。

テーブルの上には温かいスープと焼きたてのパン。

レンはフォークを手に取り、ディーネと他愛のない会話を交わしながら、スープを一口啜る。


そんな和やかな空気を、突如として不可思議な現象が切り裂いた。




「何でしょう、あれ…?」

「え?」




レンがスプーンを持ったまま顔を上げると、そこにはくるくると回る黒い魔法陣が展開されていた。

魔法陣は、まるで頭上に標準を合わせるように、自分の真上に固定されている。


不可思議な現象に、レンばのんびりと首を傾げる。




「…何これ?」

「…魔法陣、ですね?」

「え、魔法陣?」




魔法関係には疎いレン。

小さく頷くディーネは、持っていたスプーンを静かに置いた。

やがてディーネは、何かを思い出したようにぽんっと手を叩いた。




「あっ、そういえば…あの魔法陣、以前マモンさんが空間転移する時に見ました」

「マモンさんの空間転移魔法…?」




それを聞いた途端、レンは食事どころではなくなり、椅子を引いて慌てて立ち上がる。




「ちょ、ちょっと待って!? 何これ!? 何が起こるの!? 何か出て来るくるの!??」

「魔法陣がマモンさんの者であれば、出て来るのはマモンさんかと…?」

「いやいやっ、冷静に言わないでっ!? 何でまたこんな変な場所に!!」




慌てふためくレンの頭上で、魔法陣が一際強く光った。




「来るぞ!」




その瞬間、レンの視界に緑色の何かが映った。



重力に逆らわず、滑るように落ちてくる。







「…尻、だな」

「お尻…」

「何だお尻か――お尻…!?」





それは――




緑色の小さなお尻。





「え、ええぇぇっっ!?!?」




ずるずるとゆっくり落ちてきた緑色の『お尻』が、レンの顔面に直撃する。




「もがっ!!??」

「お?」




衝撃と共に、視界が緑一色に染まる。




「レン、大丈夫か!?」

「あっ!? そのお尻、マオさんです!」

「マ、マオちゃん…!?」




レンの上に落ちてきたのは、小さな魔王様・マオちゃんだった。

彼の小さなお尻がレンの顔面にめり込み、そのまま頭の上にちょこんと乗る。




「レン。何でオレの尻の下にいるんだ?」




レンの頭に乗ったまま、のほほんとした声が響く。




「…逆ッッ!! 逆だから!! 何でマオちゃんが私の上にいるの!!?」




必死に振り払おうとするが、マオはレンの頭に器用に乗ったまま動かない。

その様子を見て、ウォルターは溜め息をつき、ディーネは微笑ましそうに眺めていた。




「っしゃー! やっと! 戻って来れたぞ!」




拳を天高く掲げる小さなマオの姿だった。




「…マオ、ちゃん?」




その名前を口にした瞬間、レンの目からぶわっと涙が溢れた。




「…マオちゃん!!」




自分の頭の上でのほほんと座っている小さな魔王様を、レンは思い切りぎゅっと抱きしめた。




「…会いたかった…!! すっごく、すっごく、会いたかったんだから!!」




声を震わせながら、レンは小さな魔王様を腕に抱きしめる。


マオが魔界へと戻ってしまってから、レンは自分の心にぽっかりと穴が開いたような寂しさを感じていた。


それが今、こうしてまた目の前にいる。

腕の中に、確かに存在している。


その事実が、ただただ嬉しくて、涙が止まらなかった。




「…お、おう?」



ぎゅっと抱きしめられたまま、マオはきょとんとしていた。


普段のレンとは違い、今の彼女は泣きながら本気で抱きしめている。

その温かさと懐かしさに、マオの胸の中にも、ほっこりとした気持ちが芽生えた。


ゆっくりと、マオはふふっと笑みを浮かべる。




「なんだよ、オレがいなくて寂しかったか?」

「当たり前だよっ!!」




その言葉に、マオは一瞬驚いたように目を瞬かせる。

しかしすぐに、にぱっと満足げに笑った。




「そうか、そうか! まったく、お前はしょうがねえなぁ!」




そう言いながら、マオはレンの頭をぽんぽんと優しく撫でる。

レンは再び涙ぐみながら、マオを抱きしめる腕に力を込めた。


部屋の隅でその様子を眺めていたウォルターは、呆れたように溜め息をつく。




「…ったく。漸く戻って来たか」

「レンさん、とても嬉しそうですね」




ディーネが涙ぐんでそう口にする。

その言葉に、ウォルターも苦笑を浮かべた。




「まぁ…レンが元気になりそうでよかった」

「何が『よかった』のやら」

「お前…っ」




優雅に黒いスーツを纏った男――マモン。

彼は感動の再会と呼ぶその二人のやり取りを見ながら、いつもの冷静な表情を崩さず、部屋の隅で静かに腕を組んでいた。

彼の気配に、ウォルターは全く気付けなかった。




「マモン! お前のお陰で直ぐにレンに会えたぞっ」

「えぇ。見事なヒップアタックでした」

「マモンさんの所為っ!?」

「失礼。座標を間違えたようで」




マモンは微笑みながら、しれっと部屋に降り立つ。



ーー絶対にわざとだ…!!



そう確信して、レンは頭上を指差した。




「嘘つけぇぇぇぇ!! 絶対わざとでしょ!? 何でマオちゃんを私の頭に落とすのよ!!」

「おや、偶然とは恐ろしいものですね」




マモンは口元に手を当てながら、愉快そうにそう言った。




「…お前、本当に座標を間違えたのか?」

「ええ、誤差の範囲内です」




その言葉と共に、ニヤリとした笑みを浮かべるマモン。

明らかに故意の仕業である。




「やっぱり絶対わざとぉぉぉ!!」



レンが叫ぶ中、目の前でマオがのんびりと彼女の髪を触る。




「まぁまぁ、こうしてまた人間界に戻れたんだから、いいじゃねえか」

「マオちゃん呑気過ぎるよっ!?」


「冗談はさておき―ー滞納分、確かに確認致しました」




マモンは腕を組みながら、ふっと表情を引き締める。




「マオちゃん…本当に戻って来たの?」

「おうっ!」

「そっか、ちゃんと足りたんだ…!」

「えぇ。十分過ぎるほどに」

「十分過ぎるほどに…?」




ふと、ウォルターが呟く。


するとレンは、何処か慌てた様子でマモンを見た。




「じゃ、じゃあっ。マオちゃんとまた一緒に居られるんだね!?」

「えぇ…仕方がありませんが」

「そっか、良かったあ…!」





再びマオと共に居られる事を、レンは心の底から安堵する。

マオはにっこりと笑い、レンの頭を優しく撫でた。




「いやぁ~、長かったな! お前、借金滞納しすぎ!」

「うっ…」


「でも、もう帰ってこれたし、問題ないよな!」


「…まぁ、滞納分はちゃんと支払われましたからね」

「そ、それは…本当にすみませんでした…」




深々と頭を下げるレン。


今日一日で、私はどれだけ頭を下げた事だろうか。




「本来でしたら、契約書には『一切認めず』と記載されてた筈ですがね」

「そ、そうだっけ?」

「…まあ、今回だけ大目に見てやります。少しでも魔王様との時間が得られましたから」

「どう言う風の吹き回し…!?」

「魔王様、帰りましょうか」

「嘘だって! ごめんなさい、マモンさんっ!!」




またも深々と頭を下げるレン。

マモンには、本当に感謝しかない。




「なあマモン。借金は毎日返済しないと駄目なのか?」

「当然です」

「でもよ。今回みたいに、また何日も目が覚めないなんて事になったら困るだろ?」

「困るのは其処のテイマーの方ですがね。俺は飛んで逃がすつもりはありません」

「せめて週に一回の返済とかにしたらどうだ?」

「そう! それがいい!」




マオちゃん、ナイスアシスト!

彼の言葉なら、マモンも首を縦に振らない訳にいかないだろう!



だが――




「それは現状でも変わりないでしょう、固定給を持つ人間ならともかく、収入の安定しない冒険者がどう払うと?」

「ぐうの音も出ません!」




会社勤めだった頃は、毎月が固定給で安定した生活を送っていた。

今や自分は冒険者で、今日一日の宿ですら満足にとれるかも怪しい賃金である。

城勤めや街での労働が約束されている訳ではないので、その日暮らしの路銀しかない。


大体、他の冒険者だって冒険者ギルドに所属していたり、流れ者だったりと様々だ。

私の様に、その日暮らしの冒険者だって少なくはない筈!




「そこらの冒険者でも、もっと多く稼ぎいでいますよ、普通は」

「エスパー!?」

「顔に書いてあるんですよ、貴女―-まあ、その件に関しては、考えて置く事にします。また同じように滞納されてもいいのですがね」


「何卒! お願いします、マモン様!」




嫌々、渋々。


そんな言葉が、今のマモンにはぴったりだった。




「でも、これでやっと飯が食える! ハンバーグを食いに行こう!」

「お前、それが目的かよ…」

「当たり前だろ! 人間界の飯の方が、美味いんだから! でも、これはあんまり美味くないな!」

「薄味だよね」

「病人食ですからね…」





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