ボクを助けてくれたのは?
ずっと心配していた。
ずっと傍にいた。
何日も、何日も、ずっと見守っていた。
だから、目の前でレンが目を開けた瞬間、嬉しさが溢れて止まらなかった。
よかった…! レン、目が覚めた!
だけど――
レンは笑っていたけど、その笑顔は何処かぎこちなかった。
レン、なんか苦しそう…どうしたのかな?
一度は目が覚めてくれたレンも、少ししてまた眠ってしまった。
おめめが痛いんだって。
凄く、凄く痛いんだって。
スライムはふるふると震えながら、ディーネの顔を見上げた。
『ねぇ、ディーネちゃん。レン、なんか変だよ?』
「…どうしたんでしょうね」
ディーネは微笑みながらそう言ったけれど、スライムはすぐに分かった。
『(ディーネちゃん、何か知ってるのに教えてくれない…)』
おじちゃんにも聞いてみたけど、彼もまた『大丈夫さ』と言って誤魔化した。
『(ボク、蚊帳の外だ…)』
ぷくーっと膨れたけど、怒るよりもしょんぼりする気持ちの方が強かった。
レン、僕に頼ってくれないのかな…
それとも、まおー様も居ないから、元気がないのかな。
…ううんっ。ボクが落ち込んでどうするんだ!
こんな時こそ、美味しい物をいっぱい食べて、レンに元気になって貰わなきゃっ。
まおー様がいない今、ボクがレンを元気づけてあげないと!
「あら…? スライムさん、何処に行くんですか?」
『ちょっとお出掛けしてくる―!』
「お出掛けですか。もうすぐお昼なので、それまでには戻って来て下さいね」
『うんー!』
しょんぼりしている場合じゃない。
そう決意したスライムは、ちょこちょこと場内を探索する事にした。
お城の何処かから、美味しそうなニオイがしてくる。
『厨房』って言う所に行けば、ご飯が貰える事をスライムは知っていた。
何度も、何度も、このお城の中で過ごしたから。
城の中は、継承式や戴冠式の騒ぎも収まり、少し落ち着いてきた雰囲気だった。
騎士達が忙しそうにしているのは変わらないけど、以前よりもぴりぴりとした空気は薄れている。
スライムはいつものようにぴょんぴょんと飛び跳ねながら、城の中を散策した。
まず向かったのは厨房。
美味しいニオイに誘われての事だったけど、厨房のシェフ達はスライムを見てニコニコと微笑んだ。
「お、スライムか。相変わらず元気だな」
「いつもいっぱい食べてくれるから、あんたは厨房の人気者だよ」
『えへへ…♪』
スライムはちょっと誇らしい気持ちになった。
レンが傍に居ないからか、人間の声は届かないけれど、ボクの嬉しそうなお顔で察してくれる。
ニコニコとして、ボクまで嬉しくなるんだ。
「一緒に居たボウズも、いい食べっぷりだったなぁ」
「本当に。暫く姿を見ていないけれど、元気にしてるかい?」
「…あれれ? どうしたんだ?」
でも、まおー様の事を思い出すと、ちょっと寂しくなる。
まおー様、早く帰ってこないかな…
マモン様、何で魔界に連れて帰っちゃったんだろう…
そう思いながら、スライムは厨房を後にした。
次に向かったのは、城の大広間。
継承式の日は、沢山の人で賑わっていた場だが、今日は閑散としている。
しかし、警備に立つ騎士達は、今日もお互魚雰囲気で佇んでいた。
視線の先には、この国を背負う二人の王族に注がれている。
そこでは、エルヴィンとアルデールが話をしていた。
二人はもう『おーじ』と呼ぶ立場じゃないんだぞ、とおじちゃんは言っていたけど、新しい呼び方は何だか難しい。
それに、アルデールおーじ様の事は、ちょっと苦手だった。
初めて会った時、剣を向けられたことがあるから。
今でもそのことを思い出すと、ちょっと怖い。
でも、エルヴィンおにーちゃんは優しいから大丈夫。
いっつもニコニコしてて、護衛の時はたまにこっそりお菓子をくれたりしたんだ。
『内緒だよ』って笑う顔が、子どもみたいだねって言ったら、何だか笑われちゃったけど。
スライムは、ひっそりと隠れながら、アルデールとエルヴィンの会話に耳を傾けていた。
「…まだまだ国は豊かとは言えないな」
アルデールの低く落ち着いた声が響く。
「父上の時代から、貧困層の問題は常にあった。だが、やはりそちらまで手が回らなかったのが現実だ」
「王国の財政は、一度根本から見直す必要がありますね」
エルヴィンが手元の書類を捲りながら、冷静に言った。
「僕も前々から調査を進めていたけど、案の定、目に見えないお金の流れが幾つもある。特に、母上を操っていた魔物の影響で、秘密裏に商人や民間の一部に資金が流れていた形跡がありました」
「…横流しか」
アルデールの声が僅かに低くなる。
「ええ。冒険者ギルドの帳簿を洗ったところ、不自然な取引がいくつも見つかりました。民間の富裕層にも、どうやら『見えないお金』が流れていたようです」
スライムは、アルデールの眉間にしわが寄るのを見て、小さく震えた。
「つまり、国民が本来使うべき財源が、一部の者の私腹を肥やす民に使われていたと言う訳か」
「そういう事です。もしかすると、まだまだ出てくるかもしれません」
「…一度、全ての資金の流れを精査しなければならんな」
アルデールは腕を組み、深く息を吐いた。
「財源の使い方を根本的に変える。民衆が本当に必要としているところに、お金が行き渡るようにな」
「僕も同意見です。だからこそ、既に一部の資金の流れを見直す為の改革を進めています」
「…やはり、お前は有能だな」
珍しく、アルデールが素直に弟を称賛した。
エルヴィンは微笑む。
「兄上にそう言われると、少し照れますね」
「フッ…」
アルデールが少しだけ微笑んだのを見て、スライムはこっそりほっとした。
前みたいに、二人の仲が『悪い』と言う風には見えなかったからだ。
そのお陰か、最近のアルデールの表情は何処か柔らかく感じると言う声もある。
でも――
お金がなくて困っている人が、まだいっぱい…
フウマおにーちゃんも、いっぱいいっぱいお金が必要だって言ってた。
とっても、苦しそうだったな…
『フウマおにーちゃん…』
彼の事を思うと、スライムの小さな胸がきゅっと痛んだ。
二人の会話をもっと聞こうとしたけれど、難しい言葉がいっぱいでよく分からない。
スライムは寂しそうな顔で、こっそりとその場を離れた。
『んー、やっぱり難しい話は苦手だなぁ』
「…ん?」
「どうしました、兄上?」
「いや…スライムの声が聞こえたと思ったんだ――ぷるぷると…」
「ぷるぷる、ですか…?」
スライムは城の中をぴょんぴょんと跳ねながら進み、訓練場の方から聞こえてくる剣戟の音に耳を傾けた。
興味を引かれ、音のする方へ向かうと、そこでは多くの騎士達が訓練をしていた。
「はっ!」
「そらっ!」
掛け声と共にに木剣がぶつかり合う。
スライムはその様子をじっと見つめていたが、ふと、一際目立つ姿を見つけた。
「ウォルターのおじちゃん!」
そう、ウォルターが騎士達に混じって訓練を受けていたのだ。
その視線の先にはシリウス団長の姿もあった。
シリウスは腕を組み、満足げにウォルターの動きを見つめている。
「いい動きだな、ウォルター。以前撃ち合った時より、寧ろ更に研ぎ澄まされているじゃないか」
「そりゃあな。冒険者ってのは、常に実戦の中で鍛えられるものだ」
ウォルターは木剣を構え、正面の騎士と軽く打ち合う。
その顔には、楽しげな笑みが浮かんでいた。
スライムは不思議そうに小さく首を傾げる。
『おじちゃん、楽しそう…!』
訓練と言えば、騎士団に所属する者達が真剣に取り組むものであり、厳しいものだとスライムは思っていた。
しかし、ウォルターの表情はまるで昔に戻ったかのような、何処か懐かしさを感じるものだった。
剣の撃ち合いもそこそこにウォルターが、額に流れる汗を拭う。
その傍を、見知った姿を見つけたスライムが嬉しそうに飛び跳ねた。
『おじちゃんー!』
「スライム?」
不思議そうな顔で、ウォルターがスライムを見る。
それから辺りを見渡して、誰かを探している素振りを見せた。
「レンも一緒なのか?」
『レンはお部屋で寝てるよー。おめめがまだイタイって…』
「…そうか」
レンの事を想ってか、ウォルターの表情は少し曇った。
『あれれ…? おじちゃん、もしかしてボクの言葉、解るの?』
「ん?『言語共有』とやらで、俺にも聞こえる様になったんだろう?」
『お部屋では、レンが傍に居たからディーネちゃんとはお話し出来たけど、お城の人はボクの言葉、解んないみたい』
「なるほど…? しかし俺にはお前の言葉がしっかりと解る」
『ホントぉ? わーい!』
嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねるスライム。
突然の事に、ウォルターもだが、シリウスもまた驚いた様子で見ていた。
「な、何だ? このスライムはどうしたんだ?」
「あー…なんだ。途轍もなく喜んでいる、とだけ言っておく」
「それは見たら解る」
全身で喜びを表現するスライムに、騎士達もまた吃驚しているらしい。
段々と注目が集まりつつあるものの、各々が訓練へと戻って行く。
『おじちゃんは、此処で何してるの―?』
「あぁ。少し身体を動かそうと思ってな。そしたらシリウスがな…」
「ウォルターはこの国にまだ居るんだから、体を鈍らせるよりは訓練した方がいいと思ってな。半ば強引に引きずり込んでやったんだ」
シリウスがフッと笑いながら、スライムの方を見て言った。
ちなみに、シリウスにはスライムの言葉は解らないそうだ。
『ええー!? ウォルターおじちゃん、むりやりだったの!?』
スライムが驚くと、ウォルターは苦笑いを浮かべた。
『でも…物凄く楽しそうだったね?』
「まあ、身体を動かす事は嫌いではないからな。確かに身体が鈍るのも困るし、何より…こうやって騎士達と剣を交えるのも悪くない」
ウォルターは木剣を軽く振ると、目の前の騎士と再び構え合う。
シリウスが腕を組みながら、何処か懐かしそうに呟いた。
「昔はよくこうして競い合ったものだな」
「そうだったな。…お前と戦うのも、少しは楽しそうだが」
「ほう? なら、俺が相手をしようか?」
シリウスが楽しげに剣を構えると、騎士たちがざわめく。
スライムも期待に満ちた瞳で二人を見つめた。
「ウォルターおじちゃん、シリウスおじちゃんと戦うの!? 見たい見たい!」
ウォルターは呆れたように笑いながら、木剣を軽く肩に担ぐ。
「…まあ、いいか。俺も少しは手合わせしたかったしな」
こうして、騎士たちの訓練場では、旧友同士の一戦が始まろうとしていた――
『ちょっとだけ、街に出てみようかな…』
ウォルターとシリウスは、互いの動きに集中していてスライムの動きには気付いていない。
声を掛ける事すら憚られるくらいだ。
ちょっとだけなら…いいよね?
スライムは城門の隙間から、こっそりと外へぴょんっと飛び出した。
小さなスライムの姿は、門番の衛兵にも城のツアーガイドさんにも見つかる事はなかった。
本当は、お城を出ちゃダメだって言われてる。
お城の中とは違って、ボクを『大丈夫』なスライムだと知らないニンゲンが多いから。
こっそりと人の目を盗んで、スライムは城の門をぴょんぴょんと飛び越えて外へ出た。
『わぁ…街の中も、美味しいニオイがいっぱい!』
屋台から漂う焼きたてのパンの香り、甘い果物の香り。
お肉が焼けるジューシーな匂い。
見ているだけでふぅぐぅとお腹が音を鳴らすのが解る。
『レンが元気になったら、また一緒に此処を歩きたいなぁ』
そんな事を口にしながら、スライムは街の中をちょこちょこと移動した。
ニンゲンが吃驚しないように、なるべく通りの端っこを進んで行く。
ラ・マーレの街でも同じように彷徨って、迷子になったのをまおー様が探してくれたっけ…
でも、今日は迷子にならないようにしなきゃ。
普段ならレンと一緒に歩く城下町。
しかし、今日は一人ぼっち。
こうして一人で外に出るのは久しぶりだった。
『何だか、森にいた頃を思い出すなぁ…』
森の中で仲間のスライム達と過ごしていた記憶が蘇る。
あの頃は、毎日ただ跳ねて、転がって、食べて、遊んで、それだけで幸せだった。
でも、ある日レンと出会い、一緒に旅をするようになった。
ダンジョンに潜ったり、美味しい物を食べたり、強い敵と戦ったり――
どれくらい前の事だったかな?
数か月って、どれくらい…?
ボクには、それがどれくらい長いのか、よく解らないや。
スライムの小さな体には、沢山の思い出が詰まっている。
そして、小さくもあり大きな『夢』を抱いている。
…ボクは、いつになったら『伝説のスライム』になれるのかなぁ。
『まおー様みたいに、ボクももっと強くなりたいな…』
スライムはころんと転がりながら、ふとレンの言葉を思い出す。
「お金が必要なんだ…そうしないとマオちゃん、帰って来れなくて」
まおー様が居ない理由を、レンはそう答えた。
マモン様に返さなきゃいけない、と、なんだかとても大変そうだった。
おっきいお家に住むようになってから、『借金』って言うのに追われてるんだって。
スライムは、頑張っているレンを見てきた。
傷ついたレンも、沢山見てきた。
それなら――
『ボクも、ぴかぴかを集めるぞ!』
ぴかぴかとは、お金のこと。
スライムはそう認識している。
でも、お金の稼ぎ方なんて、スライムは知らない。
知っているのは『クエストをすれば、ぴかぴかが貰える』 と言う事。
だから、スライムは一生懸命考えた。
『クエスト…ボクに出来るクエスト…そうだ!』
スライムが知っているピカピカの集め方。
それは――小石集め!
『沢山小石を集めたら、レンも喜んでくれる筈!』
そう決めたスライムは、ぴょんぴょんと跳ねながら、街の外へと向かった。
小さな体は、門番たちの目をすり抜け、誰にも気づかれる事なく外の世界へ。
ぴょん、ぴょん、と飛び跳ねながら、スライムの小さな冒険が始まる――
剣の王国の城下町を出ると、そこには広大な大地が広がっていた。
空は相変わらずどんよりとしていて、今にも雨が降りそうだ。
しかし、この天気模様は剣の王国特融で、今となってはもう見慣れた光景である。
更には見渡す限りの草原と、遠くにはこんもりとした森が見えた。
『此処なら、ぴかぴかがいっぱい見つかるよね!』
そう意気込んだスライムは、早速地面にぺたんとへばりつき、小さな体を揺らしながら小石を探し始めた。
いっぱい集めれば、きっとレンが喜んでくれる。
そう信じて、一生懸命に小石を拾い集めた。
しかし――。
この辺りは、ラ・マーレの街の外とは違う。
景色は元より、湿気が空気も何処か重く感じた。
一歩、一歩を跳ねて行く度に、泥や水溜りが飛び散って体を汚して行く。
数分後には、スライムの小さな空度すっかり泥んこになってしまった。
ぷるぷると体を震わせても、べたッと気持ち悪い感じは消えてくれない。
『うう…でも、頑張らないと…っ』
汚れたらお風呂に入ればいい。
お部屋を汚さないようにしないと、レンが後で怒るから気を付けなきゃ。
グルルル…ッ
ふとすれば、何処からか獣の様な鳴き声が聞こえて来る。
気づけば、スライムの周囲には見た事もない恐ろしい魔物達が、じりじりと迫っていた。
大きな牙を剥いた獣型の魔物。
体の半分が骨のようにむき出しのアンデッド系の魔物。
そして、禍々しい翼を広げた鳥型の魔物。
「…ひゃっ!?」
初めて見る知らない魔物の存在に、小さなスライムはぴくりと体を震わせた。
生息する魔物の種類も異なり、強さも段違いだった。
太刀打ち出来る筈がない。
スライムが使えるスキルは――
『おくちてっぽう』(水や小石を口から吐き出して攻撃)
『ぷちっとふぁいあ』(口から炎を噴射する)
『ぷちっとしーるど』(口から小さな盾を取り出して身を守る)
ーーただ、それだけ。
『~~っ! ぷ、ぷちっとふぁいあ!』
スライムはおくちを開き、必死に『ぷちっとふぁいあ』で応戦しようとした。
小さな火の玉が、牙を剥いた獣型の魔物の鼻先をかすめる。
――怖い。
そう思った瞬間、スライムの体が無意識に後ずさる。
レンの指示なしでも戦う事は出来たが、テイマーが居るのと居ないのとでは、そのスキルも威力が異なる事も問題だった。
レンと喧嘩した時もそうだった。
ひとりぼっちで仲間を護る為に戦っても、レンが居ないとボクは何も出来ないただのスライム。
そんな自分を変えたくて、ボクは強くなりたいと願ったのに――…
「がうっ!!」
獣型の魔物はまるで怯むことなく、その鋭い爪をスライムに向けて振り下ろした。
逃げなきゃ…!
そう思い、跳ねて距離を取ろうとしたその瞬間――。
『――頑張れ、負けるな! お前は一匹じゃないぞ!』
頭の中で、声が響いた。
スライムははっとする。
それは、かつて自分と同調し、一体化した『夢見るスライム』の声だった。
『―-だって、おれがついてるんだからなっ! あんな奴、やっつけてやろうぜっ』
スライムの体が、ほんのりと光を帯びた。
体の奥底から、力が湧き上がってくる。
『勇気』だって沸いてくる。
『―-いつまでもレンに頼ってばかりじゃいられない、だろ?』
『うん…っ!』
スライムは自分に言い聞かせた。
「…ボクは、強くなるって決めたんだ!!」
スライムは勢いよく跳ね上がると、魔物達に立ち向かう。
まずは、目の前の獣型の魔物に向けて――。
『――ぷちっとふぁいあ!!!』
先程よりも強い炎が、スライムのおくちから放たれた。
魔物の体に直撃し、焼け焦げた臭いが広がる。
しかし、それだけでは終わらない。
スライムは更に『おくちてっぽう』で水を噴射し、魔物の視界を遮る。
その隙を突いて、跳ねる勢いを利用し、魔物の頭に体当たりをかます。
『えいっ!!』
獣型の魔物は、怯んだ様子を見せた。
(いける!)
スライムはまだ戦える。
レンがいなくても、ボクは強くなれる。
心の奥底で響く『夢見るスライム』の声が、優しくスライムを包んでいた。
スライムの小さな体が、ぽよんと跳ねた。
しかし目の前には、まだ数匹の魔物が残っている。
最悪な事に、魔物は遠吠えをし『仲間』を呼び始めていた。
『――仲間を呼ぶつもりだぞっ』
『え、えええっ…!』
ただでさえ複数体と数が多いのに、これ以上増えると言うのか。
囲まれでもしたら一巻の終わりである。
此処は自分も『増殖』して戦うべきか?
それとも逃げるべきなのか?
まだまだ戦闘に不慣れなスライムは、その判断がつかないでいた。
もう駄目だ――そう思ったその時だった。
シュッ――!
風を切る鋭い音が響き、一閃の獲物が獣型の魔物の首元を貫いた。
遠吠えをする魔物を仕留めた何者かの攻撃だ。
『えっ…?』
スライムは目を瞬かせた。
倒れ込む魔物。
だが、その獲物―-クナイを投げた人物の姿は、何処にも見えない。
でも、スライムには解る。
この形――
このニオイ――
『フウマ…おにーちゃん…?』
返事はなかった。
けれど――スライムの小さな心には、ほんの少しだけ安心感が芽生えていた。
スライムは、ぴょんっと跳ねながら辺りを見渡した。
しかし、フウマの姿は何処にもない。
でも、確かに感じる。
近くにいる――
『地下牢』ってとこに居たんじゃないの?
もう出られたの?
レン達に教えてあげなきゃ!
色んな考えがぐるぐると巡って行く。
でも、目の前にはまだ数体の魔物が居る。
『小石を拾って、早く帰らなきゃ…!』
スライムは決意と共に、そう呟いた。
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。




