D級テイマー、希望は前に進むと知る
レンは、数日間を城の中の一室で過ごしていた。
眼が痛く、開けていると光を取り込んでしまう事すら酷い痛みに襲われた。
眼が覚めた時、目の前が真っ暗になっていた時は、心底驚いた。
それはただ、灯りを点ければいいだけの話だったのだが。
しかし、心身に異常をきたしているのは間違いない。
視力の過敏さが増し、日中は眩しすぎるほどの視界に覆われてしまう為、室内ではカーテンが全て閉め切られ、薄暗かった。
ベッドに横たわりながら、レンは滞納している借金の返済方法について、頭を悩ませていた。
「ああああ…っ。マジでどうしよう…!」
ベッド上では、のたうち回るレンの姿があった。
頭の中には『借金』の言葉が堂々巡りし、ネガティブな感情しか生まれない。
「50000Gなんて大金、何処から出したらいいんだろ…」
「レンさん…」
レンは城にある客室を与えられ、其処で数日を過ごした。
アルデール皇子の計らいだった。
「アルデール様がその様子をご覧になられたら、また大騒ぎになっちゃいますよ」
彼は、レンが目覚めたとの報告を受けて様子を見に来てくれたが、何故かうんうん唸る彼女の姿に首を傾げた。
原因不明の病にでもかかったのかと慌てて癒師を寄越したが、誰も彼もが首を横に振る始末。
「うん、うん…解ってるんだけどね、でもね、何もしないでいるだけで借、金ってのは膨れて行くものなんだよ」
「怖いです、借金…!」
このままなのかと不安がるのはレンも、そしてディーネも同じだった。
窓からは、明るい陽射しと、城の庭に咲く青い薔薇が見える。
何処かで騎士達が訓練する掛け声が聞こえ、平和な城の風景が広がっていた。
「ほ、ほら、こんなにいい天気です。落ち込んでばかりじゃ、勿体ないですよ?」
「ディーネ、まだ眩しいんだよ、私」
「ああああっ、そうでしたっ! すみませんすみませんっ!」
ぺこぺこと頭を下げ、ディーネは慌ててカーテンで遮光する。
外の光を直視しなければ、レンの眼も痛みがひどくなる事はなかった。
だが、いつまでもこのままなのかと言う不安は残る。
このまま、外に出られない状態が続くのだろうか。
目を護る為にサングラスでもかけたらいいのか?
日常生活にまで支障が出るのは少々困る。
「癒師様は『一時的なものなのか、そうでないのかはまだ判断が下せない』と仰っていましたね…」
「一時的な物であるといいんだけどなぁ」
「き、きっと直ぐに良くなりますよっ!」
ディーネは優しくレンの手を握る。
その温かさに、レンの心が少しだけ軽くなるのを感じた。
「そうだね……ありがとう、ディーネ」
治るかも知れないし、治らないかも知れない。
それは誰に解った事でもなかった。
それでも、精一杯自分を現木津dけてくれようする彼女歩気持ちが、凄く有り難い。
一人で居ると、どうにも嫌な考えばっかりが浮かんでしまうものだから。
暗い話題はまだ解決していない。
フウマの運命も、この先どうなるのか分からない。
それでも――今だけは、この明るい陽射しのように、希望を持っていたいと思った。
「もうすぐお昼かな」
「えぇ。そのお時間かと」
「スライム、今日のご飯はなんだろうねーー…って、あれ?」
気付けば、いつも傍に居る小さなスライムの姿が何処にもなかった。
レンが目覚めてからも、あの子は片時も自分の傍を離れる事はなく、常に心配し続けてくれていた存在だ。
「スライムさんは、少し前に『お出掛けする』と言って何処かへ行きましたよ」
「え。そうなんだ」
マオちゃんに引き続き、スライムも魔界とやらに帰ってしまったのかと、一瞬不安になる。
しかし、あの子の帰る場所は生まれ育ったであろうスライムの森か、レンの傍だ。
今まで傍に居た存在が級に居なくなってしまっただけで、言いようのない不安に駆られてしまう。
そんな自分の胸中に、レンは少し戸惑いを感じた。
「…何処に行ったんだろう」
まるで、ズシンと心に重しが乗った様に苦しい。
「あの子に『通信機』を持たせてたら、連絡が取れるんだろうけど、そんな物ないし…」
「テイマーのスキルで、スライムさんに呼び掛けたりは出来ないんですか?」
「そんなテレパシーみたいな事、出来ないよ…」
少なくとも、今の冒険者ランクでは実行は不可能である。
せいぜい、分身同士での会話が精いっぱいだ。
せめて、スライムが此処に己の分身を残してくれていたら、何処で何をしているかが解ったかも知れないが――今度、傍を離れる時はそうする様に伝えてみよう。
そんな唸り声が、何度も室内からは聞こえてくる。
それに合わせて、廊下を歩く使用人や侍女、騎士達がひそひそと噂を交わしているのも、レンにはしっかり聞こえていた。
「また唸り声が…」
「一体、どなたがそんなに苦しんでいるのかしら?」
「継承式が終わっても、まだ城は落ち着かないわね」
そんな声が病室の外から漏れ聞こえてくるが、レンはそれを気にしている余裕がなかった。
彼女にとっての一番の問題は、マモンから借りた借金の滞納分が膨れ上がっている事。
何とかしてお金を作らなければならないのに、良い方法が思いつかない。
「このままだと、返済が遅れる度に借金が増えていく一方だよ…」
レンは頭を抱える。
そんな彼女の様子を見て、ディーネが困ったように微笑んだ。
ディーネは、ベッドの傍らの椅子にちょこんと座り、レンの顔を覗き込んだ。
「レンさん。そんなに悩んでいると、知恵熱が上がってしまいますよ?」
「だってさ…このままじゃ借金が膨れ上がるだけじゃん…! 何とかしてお金を作らないと…!」
「それはそうですけれど、まずは落ち着いて…」
そう言いながら、ディーネはレンを宥める。
彼女が再び目覚めてからは、こうしてうんうんと唸る時間が多かった。
考えすぎた所為で知恵熱が上がり、ちょっとだけ頭が熱を持っていると、いち早く気付いたのはディーネだった。
今は彼女が用意してくれた、冷えタオルのお陰でひんやりとした感触が気持ちがいい。
レンは少しだけ溜息を吐く。
「…ありがとう、ディーネ。でも、本当にどうしよう…」
「返せる当てがないと解っているのですから、一度相談してみてはいかがでしょう?」
「マモンさんに相談しても『早く返せ』って言われるのがオチだよぅ…。それに、何でか知らないけど、あの人、滞納する度に利子をちょっとずつ上げてきてるんだよ…!」
マジで意味が解らない――と、レンはまた深く溜息を吐いた。
これが秒単位で膨れ上がらないだけ、まだマシなのかも知れない。
あの『強欲』の悪魔ならやりかねない…!
レンの言葉に、ディーネは眉根を顰めた。
「マモンさんは…そういうところ、徹底されていますよね」
「徹底しすぎなんだよ…! 基本的には悪魔なんだから…!」
「一応、この街にはお金を借り入れられる場があると、ウォルターさんが言っていましたが?」
「あぁ…それは駄目。前も言ったけど、借金に借金を重ねるような大人にはなっちゃ駄目なんだよ、ディーネ」
どの口がほざいているのかと言いたいが、それだけは絶対にやってはならない事である。
すると、ディーネは少し考えた後、努めて明るい声で提案した。
「で、では! 頑張ってお金を用立てしましょう!」
「うん…」
「お金を稼ぐには、持っているアイテムや素材を換金するといいですっ」
「アイテム…何かあったかな」
剣の王国に来る道中、魔物との戦闘ではある程度の素材やアイテムを、レンはドロップしていた。
『ステータス』画面から『インベントリ』を表示させる。
やはり今、レンが所持しているのはそう言った素材ばかりだった。
何に使うか解らない革や骨、石と言った粗末な物。
売れば確かにお金にはなるだろうが、それでも膨れ上がる滞納金に充てるには微々たるものだ。
レンは少し考えた。
「うーん…特に役に立てるおは思えないや」
「そうしたら、冒険者ギルドはどうでしょう。何かクエストがあるかも知れません」
それなら――と、次に考えたのは『クエスト』報酬だった。
確かに、討伐や収集など、依頼はギルドに多く寄せられる。
クエストなら、物によっては得られる報酬の量も違うだろう。
何とか日雇いの様に、直ぐ達成出来る様なクエストがあればいい。
しかし、その為にレンは『冒険者ギルド』へと赴く必要がある。
視力の問題がある為、陽の光が眼に痛いくらいの今では、この部屋から出る事すら適わなかった。
まともに活動出来るかどうかも、まだ不安である。
「今すぐには行けないけど…」
「冒険者ギルドへは、陽が落ちてからの方がよさそうですね」
「そうだね。それまでは…此処で待機かぁ」
今の私は、日中の光に弱すぎる。
カーテンを開けただけで、眩しくて目が開けられないのは、もう本当に『異常』だった。
どうしてこんな事になったのか――
考えられるのは、フウマとの戦いで見せた、あの不可思議な『オーラ』である。
身体中を包み込むようにそのオーラは視覚的に、はっきりと見えていた。
彼の負の感情の色を伴って。
「もうすぐお昼ですが…スライムさん、帰って来ませんねぇ」
「そうだね、お散歩って、何処まで行ってるんだろ」
スライムが今何処に居るのか、レンにはそれが解らなかった。
以前は、戦闘中だったのっか、スライムの身に危険が迫っているとステータス・ウィンドウが教えてくれた。
そのウィンドウが強制的に発動しない限りは、スライムが今危ない状況に在る訳ではなさそうだ。
城内か、それとも街に出ているのか。
街の外は危険だから行かないようにと言い聞かせているので、スライムがレンの言いつけを無視しない限りは、遠くへ行かないだろう。
何より、あの子は恐がりだから。
「夜になったら、冒険者ギルドへ一緒に行きましょうね」
「ありがとうディーネ。こんなじゃなかったら直ぐにでも行けたんだけどね」
「きっとまだ疲れてるんです。まずはお身体をしっかり休めてから、ですよ?」
「はぁい」
彼女には、何から何までお世話になりっぱなしだ。
ディーネは、いつもの様に優しく微笑んでいる。
そんな彼女を包み込む『オーラ』は、穏やかに流れる『水』のような青色だった。
ーーコンコン
その時、静かに扉が叩かれる。
来訪者を知らせるその音に、レンとディーネは揃って顔を見合わせた。
「どなたでしょう?」
「ウォルターかな?」
見てきます、と席を立ったディーネが扉に近付いてく。
すると、彼女が少し慌てた様子で深々と頭を下げる姿が見えた。
「っ!アルデール陛下!」
「彼女が目覚めたと聞いてな」
「少しでも光が入ると辛いんですよね? ごめんなさい、暗くしておきますね」
エルヴィンはそう言うと、カーテンが完全に閉まっているのを確認し、ホッとしたように息を吐く。
やって来たのは、アルデールエルヴィンだった。
二人が室内に入ると、その後ろからウォルターも姿を現した。
「ウォルターさん」
「途中でお二人にお会いしてな」
「そうなのですね」
「レンの様子は?」
「それが――…」
ちらっとディーネの眼がレンに向けられる。
ベッドに沈んでいた彼女は、アルデールとエルヴィンの姿に体を起こそうとしたが、やんわりと制止された。
「そのままでいい。報告を受けて様子を見に来たのだが…大丈夫か?」」
「全然、大丈夫じゃないです…」
「何?」
「借金が…滞納金が…」
「「?」」
「ああ…何でもないのです。彼女の事情と言いますか…とにかくお気になさらず」
ウォルターが少しばかり、顔を引きつらせる。
ディーネもまた、曖昧に笑顔を振り撒くしかない。
「調子はどうだ?」
「身体の傷なんかはある程度治ってるんですけどね。何故か光に弱いみたいで…」
「なるほど」
「それはお辛いですね…」
エルヴィンが心配する様に呟く。
「癒師では治せなかったのか?」
「原因不明で、お手上げ上体みたいです」
「そうか…力に慣れなくてすまない」
「い、いえ。お気になさらず…あっ、新国王おめでとうございます。エルヴィン皇子も――って、もう皇子じゃないんですっけ」
「あ、あぁ…」
この状況で祝辞を述べるレンに、アルデールは面を食らう。
「レン。相手は国王と丞相だ。言葉には気を付けた方が…」
「いいえ」
対してエルヴィンの方は、くすりと笑みを見せた。
「お好きに呼んで下さって結構ですよ。何なら名前でも」
「では、エルヴィン様で」
「ありがとうございます。レンさんがお元気そうでよかった」
「元気は元気なんです。でもちょっと面倒事が…げふんげふん。とりあえず、陽が落ちるまでは動けないんです、すみません」
アルデールは静かに首を振り、手近な椅子を引いて座る。
「いや、謝る事はない。状態が良くなるまでは、自由に過ごしてくれ」
レンの様子をじっと見つめる表情は、以前と比べて柔らかい印象を与えていた。
継承式を終えてからも、忙しい日々を送っているとはディーネから聞いていた。
しかし、以前の様にひりついた空気は、然程感じられない。
それはアルデールの身体が纏うオーラが、静かに流れている事からも解る。
彼のオーラは、まるで『紫色』をしており、何処かパチパチと弾けるような『雷』にも似ていると思った。
良かった、とレンはほっと安堵の息を漏らす。
継承式が終われば、護衛としての立場はお役御免だと思っていた。
やはりアルデールは『優しい人』なのだと、改めて再確認する。
「兄上。どうにかして、レンさんの眼が良くなる方法を、探さないといけませんね」
「そうだな」
「いや、其処までしてもらう必要は――…」
「だが、このままでは先々の旅に支障が出るだろう?」
「まあ、それは…そうなんですけど」
しかし、目の病気と言うのは怖い。
一度発症すると、治らない場合だってある。
この光の強弱も、一時的なのか永久的なのか、レンには判断が付かなかった。
日中が光に弱い状態が続くのであれば、確かにこの先の旅だって出来るかどうかも怪しい。
何とか眼を防護するサングラスでもあれば、少しは変わるのだろうか。
アルデールは簡単に現状を確認すると、続けてこう言った。
「先の継承式で、お前達が王国の為に尽力した事を改めて労いたい。報酬を授けようと思うが、望みはあるか?」
「…報酬?」
レンはピクリと反応する。
「そうだ。元々お前達は、剣の王国から魔法王国へ向かう予定だったのだろう? その為の通行許可証を与えるのもいいが――それだけではな」
「そ、それは…その、お金とか…?」
「勿論。少しばかりの金銭を授ける事も可能だ。旅の資金にするといい」
「…!!」
レンは縋るようにウォルターを見つめた。
――お金! 借金の返済に使える!
完全に私利私欲に走っているレン。
王族からの報酬なんて、きっと莫大な金額に違いない!と、勝手な妄想をしている様だ。
そんな彼女に、ディーネも賛同する様に頷いている。
二人の気持ちはたがわず一緒の様だ。
ーー仕方ないな…
ウォルターは苦笑しながら、アルデールに頭を下げる。
「…陛下、それでは旅の資金として、ありがたく頂戴したい」
アルデールは『そうか』と頷き、報酬を用意させるようエルヴィンに指示を出した。
「はい。では、後でウォルター殿にお渡し致しますね」
「えぇ。ありがとうございます」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「…い、いえ」
余りにも必死なレンの様子に、エルヴィンは苦笑いを浮かべた。
お読み頂きありがとうございました。
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