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D級テイマー、絶望する



薄暗い部屋に光が差し込む中、レンはゆっくりと目を開けた。

心地よい布団の温もりに包まれている。

どうやら眠っていたらしい。


長い眠りの後、視界はぼんやりとしていたが、徐々に焦点が合い始めた。


此処は、一体何処だろうか。




「う…」




喉が張り付いた様な気持ち悪さがあり、思うように声が出せない。

しかし、その僅かな声を聞き届けたのか、ぷるんっと自分の顔のすぐ横で動いた気がした。




『レン! 起きたんだね!』




スライムだ。


目覚めてすぐに水色のぷるんとした存在が、視界一杯を覆い尽くしている。

肌に吸い付くような気持ちよさだが、同時にスライムが咽び泣く姿に、レンはちょっと困惑した。





「スライム…?」




レンがそう呼びかけた途端、その水色の塊はぶるぶると震え、大粒の涙を零しながら勢いよく飛びついてきた。




『レ、レン~っ!!うわぁぁぁぁん!!!』


「うわっ!? ちょ、ちょっと、スライム!?」




スライムはレンの顔にぴとっと張り付き、ぼたぼたと涙を流しながらしゃくりあげる。




『良かった…良かったよぉ…! もうずっと起きないかと思ったぁぁ…!』




スライムの泣きじゃくる声が、耳元で響く。




「そんなに…私、寝てたの?」


『うん……! ずっと!! ずっと寝てた!! ずっと心配してた!!』




スライムのの泣き声が部屋に響き、スライムが小刻みに震える。

その小さな眼からはドバドバと涙が流れていたが、それを拭ってあげられるくらいの動きは出来そうだった。


レンはぼんやりと微笑みを浮かべながら、小さな声で答えた。




「…おはよう、スライム。此処は何処なの?」

『お城の中だよー! レンはずぅっと寝てたんだ!」

「ずっと…?」




どうして自分がベッドに寝かされているのか、瞬時には理解出来なかった。


覚えているのは継承式の日。



突然現れた暗殺者。



それはフウマで――…




「…!」




レンの意識が一気に冴え渡った。




「フウマ…!」




がばっと身体を起こそうとした途端、ズキンと全身に痛みが走った。



「うぐっ…!」


『レ、レン!? だ、大丈夫!? いきなり動いたらダメだよ!」




スライムが慌ててレンの胸の上に転がりながら、心配そうに揺れる。


よく見ると、腕や足、身体のあちこちにガーゼや包帯が巻いてある。

痛みは其処ら来ているのだと理解したが、そんなものは二の次だった。




「フウマ…フウマは!? 何処!?」




レンは痛みをこらえながら、スライムに問いかけた。





『フウマおにーちゃん? 此処には居ないよ…?』


「じゃあ何処に!?」




スライムは首を傾げる。




『う、うーん…分かんない…ディーネちゃんとかウォルターのおじちゃんが、難しそうな話をしてたけど…』


「ディーネとウォルターが…?」




レンはスライムの言葉に、はっとする。

二人が、何か知ってるのかも知れない。


そう思った。



しかし、室内に二人の姿は何処にもない。




「スライム…二人を呼んで来てくれる?」

「うん! じゃあ、呼んでくるね!」




スライムはころころと転がりながら、嬉しそうに部屋を飛び出していった。


それを見届けた後で、レンはゆっくりと身体をベッドに沈める。

たったそれだけの動きでも、身体はズキズキと痛みを伴っていた。


身体のあちこちが、筋肉痛で苦しめられているのを感じる。

無我夢中で戦っていた。


フウマから漂う悲壮感が、酷く感じられた。

人の感情があれほどまで視覚として捉えたのは、初めてだった。


同時に感じたのは、死への恐怖。

向けられたクナイの刃が、襲い掛かって来る恐怖は、思い出すだけでも身震いする。




一歩間違えれば、死んでいただろう。


いや、もしかしたら死んでいるのかも知れない?

でも、この体で感じる痛みは本物か…


よく、生きていたな…私。




ぼんやりと天井を見上げながら、ゆっくりと深呼吸した。





――フウマは…無事なんだろうか?




心臓が高鳴る。


不安と焦燥に駆られる中、ほどなくして、軽く扉を叩く音が聞こえた。




「レン、起きたのか?」




ウォルターの声だった。




「レンさん。大丈夫ですかっ?」




続いて、ディーネの心配そうな声も聞こえる。




「…うん。ごめん、心配かけて」

「本当にっ。どれだけ心配したか…!」




ディーネがほっと胸を撫で下ろす。




「…それより、フウマは?」




レンが静かに問いかけると、ディーネとウォルターは一瞬、視線を交わした。




「…レン。落ち着いて聞け」




ウォルターがゆっくりと口を開いた。




「フウマは…今、地下牢にいる」

「…地下牢?」

「継承式の件で…暗殺者として、捕らえられているんです…」




ディーネが言葉を補足する。




「そんな…!」




レンは目を見開く。




「でも…でも、フウマは…!」




あの日の戦いを思い出す。

苦しそうに泣いていたフウマの姿が、瞼の裏に焼き付いていた。


言葉の節々から弟子下垂足は出来ないが、彼は孤児院の為に動いていたんだ。




「フウマは、太后に利用されただけ…! 彼は、仕方なく…!」

「分かってる」




ウォルターがレンの言葉を遮るように、静かに言った。




「分かってるさ。でもな、フウマは王族を暗殺しようとしたんだ…普通なら、処刑は免れない」それが事実だ」

「でも…!」

「処遇は、アルデール様に委ねられています…」




ディーネの声が震える。




「…処刑、なの?」





レンの問いかけに、沈黙が降りた。


ウォルターは目を伏せ、ディーネも答えに詰まる。

その場の雰囲気を悟ったのか、スライムが心配そうにレンの腕にぴとっとくっついた。


誰もが無言のまま、口を開く事はなかった。




それが――『答え』だった。




室内はカーテンが閉められ、話題性もあってか、室内の空気は重く沈んでいる。


そんな中、ウォルターが静かに口を開く。




「…ディーネ、カーテンを開けてくれないか」




ディーネは少し驚いたように顔を上げた。


今、この状況で、カーテンを?




「え、ええ…」




僅かに戸惑いながらも、ディーネはゆっくりと立ち上がる。

その背中を見つめながら、レンはウォルターの言葉の意図を考えていた。




――この沈んだ空気を、少しでも変えようとしてくれているのか。




「ついでに、少し空気を入れ替えましょうか」




ディーネもまた、それに気付いたのか、小さく頷くと窓辺へと向かう。

大きなカーテンをそっと引くと、閉ざされていた外の光が一気に流れ込んだ。




「…っ!!」




だがその瞬間、レンは顔を歪め、眼を押さえる。

まるで目そのものが炎に焼かれるような感覚だった。

眼を開ければ、光が痛みに変わり、視界はぼんやりと滲む。




「レン!?」

「ま、眩しくて…眼が痛い…」

「眩しい…?」




ウォルターが訝しげにレンを見る。





「ご、ごめんなさい!」




ディーネが慌ててカーテンを半分閉じた。




「まるで、光に過敏に反応してるみたいだな…そんな症状、前からあったか?」

「ううん、こんなの初めて…」




その不可思議な症状は、レン自身も戸惑っていた。

額に手を当て、ゆっくりと深呼吸する。




「まだ痛むか?」

「うん…ちょっと、痛い…でも、大丈夫…」




痛みが収まるのを待ちながら、レンはカーテン越しの光をぼんやりと眺めた。

薄暗い部屋に閉じこもっていたせいか、朝の光はやけに眩しくて、遠い世界のものに感じた。


窓の外では、城下町の喧騒が『はっきり』と聞こえて来る。

耳に入る音や声は、日常の一部として漸く慣れて来た。


だけど、この『眼』の変化はいつもと違う。


まるで『血分け』をした後のような――…




「…ごめんなさい、少しでも気分を変えたくて」

「いや、俺が余計な気を揉んだ所為だ」




二人が申し訳なさそうに呟く。




「ううん…ありがとう、二人共」




レンは微笑みながら言った。




「マオさんなら、何か知ってるのでしょうか」

「え?」




ぽつりと呟いたディーネの言葉に、レンはハッとした。




「…そういえば、マオちゃんが居ない」




レンは周囲を見回す。

けれど、その小さな姿は何処にもなかった。

普段なら、枕元でスライムと一緒に寝ていたり、ベッドの端でちょこんと座っていたりする筈なのに。


そう気づいた途端、レンの胸に不安が広がっていく。




「マオちゃん、何処に行ったの?」




声に焦りが滲んだ。


ウォルターとディーネが再び視線を交わし、何とも言えない表情を浮かべた。




「マオは、マモンに連れて行かれた」

「え、マモンさん?」

「お身体が酷く消耗していた事もあるのでしょうが…その…」

「?」




何処か言いにくそうに口籠ったディーネに、レンは首を傾げる。


そう言えば――…と、あの夜に見せた彼の姿が思い起こされる。

久しく見ていない、本来の魔王の姿が其処に在った様な…




「…レン、お前、マモンに借金をしていたな?」

「へ?」




不意に起こったウォルターの問いに、レンはぽかんとした。




「借金? 確かにマモンさんから、お金を借りてるけども…」

「通信機を見てみるといい」

「えぇと…私の通信機、何処にやったっけ」


『ボクが持ってるー!」




『んべー』とスライムのおくちから『通信機』は吐き出される。

普段は自分が肌身離さず持っていたが、スライムが保管してくれていたらしい。

最早見慣れたその光景に驚く事はなかったものの、レンが通信機に目を移した数秒後、その表情は一変する。


レンが画面を覗き込むと、そこには無機質な通知が表示されていた。




《至急》


『未納分の返済を確認出来ない為、対象者(魔王様)の人間界への渡航を一時的に停止致しました。

返済が確認されるまで、契約者レン・アマガミは対象者との接触が制限されます。

現在の滞納金額:50,000G(※日毎に増額中)』




「…は?」




固まるレン。




「えっ!? ちょっ……ええええ!? なんで!?!?」

「ど、どうした?」


「未納分を知柄わない限り、マオちゃんがこっちに戻さないって…しかも50,000Gだって…」


「ご、50,000G…?」




暴利だ、ぼったくりだ!


そう訴えてやりたいが、そう言われれば自分が眠っている間は送金をする事が出来なかった。

いや、理由が理由だし仕方がない…と声を出して言いたいが、あの『強欲』の悪魔にそんな言い訳が通用する筈もない。


せめて一言、返済が遅れる旨をお知らせするべきではあった。

あったけど…まさかフウマと戦って数日眠るとは思わないじゃない?




『その板、ずぅっとボクの中でぷるぷる震えてたよー!』


「そ、そうなんだ…」




無邪気に笑い、報告をくれるスライム。

きっと、この子には事の重大さが解っていないんだろうな、なんて空笑い冴え生まれた。




「ど、どうしてこんな事に…」

「お金って、怖いですね…」

「ディーネは、借金をするような大人になるんじゃないぞ」

「は、はいっ」




借金に借金を重ねるなんて、あってはならない事だ。

せっかく懸命に支払って来たと言うのに、また増えてしまった。

これでは減るどころか溜まる一方である.




「お前、ちゃんと契約書読んだか?」

「…えっ?」

「マモンとの契約書だよ。お前、目を通さずにサインしたんじゃないだろうな?」

「そ、そんな事ないよっ。契約書はちゃんと読んだよっ。読んだけど…」

「けど?」

「…文字が細かすぎて、数行で諦めました」

「馬鹿なのか?」




呆れた様子のウォルターに言われ、レンは青ざめる。

確かに、ハウス購入の際に色々書類にサインをしたが…細かい規約なんて全く読んでいなかった。


契約書の類と言うものには、必ず原本に加えてコピーが存在する。

そしてその原本はマモンが持っており、コピーはレンが所持ししていた。

コピー自体は持ち歩く必要がない為、現在はレンの部屋に置いてある。


…あれ、何処にやったっけ、コピー。




「…まさか、あれに…?」


「多分、そこにちゃんと書いてあったんだろう。日々の利息があるとか、未納分が発生するとマオが人間界に来られなくなるとか」




契約書の文言を覚えている訳でもなかった。

あんな長ったらしい文章、覚えるのも億劫だ。


そんな私は、きっと契約するのも向いてなかったんだと思う。




「そ、そんな……!」

「で、この利息だろうな。借金ってのは、放っておくとどんどん増えるもんだ」


「嘘でしょ…いや、これもう詐欺でしょ!?」

「まぁ…悪魔だろうが、契約は絶対だからな」

「そ、そんな……このままだと、マオちゃんに会えない…!」




レンは絶望に打ちひしがれる他になかった。


この世界に『金貸し』と言う概念はあるのだろうか。



いや、それをしてしまえば、借金に借金を重ねるだけだ…!

流石にそれは、ヤバい。




「わ、わたしっ。3000G出しますよっ」

「ディーネ…!」

「おばあちゃんから仕送りして貰ったら、きっと…!」

「いや、それはやめよう、うん」




日を追う毎に借金は上乗せされ、どんどん増えて行くだろう。


いったいどうしたらいいのか――




レンを始め、ウォルターもディーネも頭を悩ませるのだった。





お読み頂きありがとうございました。

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