青い薔薇の伝説
柔らかな陽光が降り注ぐ庭園。
静寂の中に、小鳥たちの囀りと風にそよぐ草木の音が響いている。
その庭園の片隅に、一見何の変哲もない花壇がある。
レンは夢の中で、その場に立っている自分の感覚を感じ取っていた。
しかし、それが夢だという認識はぼんやりとしている。
彼女の目の前には、見覚えのある冒険者達の姿があった。
『この薔薇、本当に青く咲くのかしら?』
優しい声で微笑みながら、小さな苗をそっと土に植え込む。
『ああ、きっと咲くさ。お前が育てるんだ、きっとどんな花よりも綺麗になる』
青年は少し照れくさそうに目をそらしながらも、隣に寄り添い、苗を優しく見つめている。
そんな二人に、ディーネに似た僧侶の女性が、微笑んだ様子で頷いた。
『でも青い薔薇って、栽培がとても難しいんでしょう? 特に雨量の多い土壌じゃ…』
『其処はスライム様が、一発でどうにかしてくれるだろ?』
ウォルターに似た大剣使いの男が、冗談めかして言う――が、表情は何処か優しい。
『オイラの魔法で育てたんじゃ意味がないよ。これはニンゲンの手で育てるから、価値があるんだ」
『えぇ、そうね』
その声には真剣な響きがあり、テイマーの女性に向ける眼差しは温かかった。
夢の中でレンは、彼らの姿を眺めながら、不思議と懐かしさと切なさが入り混じった感情に包まれる。
特に、テイマーの女性と青年の親密そうなやり取りを目の当たりにすると、その胸にぽっかりと空いたような気持ちが湧き上がってきた。
この感覚…なんだろう。
私がこの場にいる気がする。
でも、私は知らないはず…
夢の中での自分の姿を見つめるように感じながら、彼女はその不思議な感覚に戸惑い、そして懐かしさを覚える。
『この薔薇が、ずっと未来にまで咲き続けるといいな。誰かが見て、少しでも幸せな気持ちになれるように…』
『きっとそうなる。この庭園がどうなっていくか…未来の誰かが、ここで笑顔になれるなら、それで十分だ』
青年の魔王の声には、何処か切なさが滲んでいた。
それを感じ取ったテイマーが、そっと彼の腕を掴み、優しく微笑む。
『そんな顔をしないで。未来はきっと明るいわ。…ねえ、信じて?』
その声に青年は僅かに笑みを浮かべ、静かに頷いた。
その色鮮やかな花は、ただ美しさを持つだけでなく、かつて冒険者達が植えた象徴であり、国を救った記憶を刻む証でもあった。
現代において、青い薔薇が剣の王国の庭園で咲き誇っている光景は、時代の流れを感じさせるもの。
今やその薔薇は、世代を超えて広がり、庭園を一層華やかに彩る存在となっていた。
冒険者達の名前は、ここでは語られることは少ないが、その存在は確かに歴史の一部として根付いていた。
彼らがかつて行った数々の冒険や戦い、そしてその苦難が、この青い薔薇と共に記憶されていることを、かつてを知る者達だけが感じ取っていた。
『この薔薇が咲き誇る姿を、今度は皆で見られるといいわね…』
その薔薇が見守る庭園には、時折風が吹き、花びらが舞い散る様子が見られる。
物語を知る者たちは、風に乗って過去を振り返り、そこに潜む冒険者達の勇気と犠牲を思い起こすことだろう。
そして、青い薔薇が咲く度に、その記憶もまた、少しずつ色褪せることなく、誰かの心に生き続ける。
その道程を象徴する青い薔薇は、今も確かに存在している。
それは、彼らの偉業がどんな形であれ、王国の歴史の中に残る事を意味していた。
『その為には、もう此処を発たないとだな。とてもいい国だったけど…』
名残惜しそうに青年が言う。
そんな彼に、テイマーの女性はふふっと笑った。
『美味しい物が食べられなくて、残念なだけでしょう?』
『だって! 剣の王国を離れたらまた野宿だろ? …そうなると、やっぱり今の内に食い治めておかないとっ』
『おいおい…そんな時間も金もないぞ』
『貴方の飲み代の所為でもあるんですけどね、ディオ?』
『そう言うな、ルーナ…』
ディオ。
そしてルーナ。
初めて知る大剣使いと僧侶の名だが、レンは不思議とそれを受け入れていた。
まるでそれが『当たり前』のように。
…何だか懐かしい夢。
どうしてだろう…
自分の知らない筈の光景なのに、何処か自分と深く繋がっているように感じる。
『魔法王国に行けば、また美味い飯にありつけるさ。きっとな』
『さようなら美味い飯。こんにちは不味い飯…』
『りょ、料理の腕がある冒険者でも、雇えたらいいですね…っ』
『誰一人として、料理の腕を磨こうと言う気にならないのが、俺達らしいと言うか、何と言うか…』
冒険者達は再び立ち上がり、新たな旅路へと出発する準備をしていた。
『次は、魔法王国だな。あの国の歴史も面白そうだし、どうやらまた何かが起こりそうだ』
ルーナが頷きながら、ロッドを軽く握る。
『魔法王国…今度はどんな冒険が待っているのかしら。あの王国には、私達がまだ知らない歴史がたくさんある気がするわ』
『次の冒険も楽しみね?』
『うん。何が待っていようと、俺には心強い仲間がいるから、どんな困難も乗り越えられるさ』
小さく揺れる薔薇の苗は、そんな彼らの決意をしっかりと見届けていた――
「…」
カミサマは静かに目を閉じ、深く息を吸った。
まるで何かに呼びかけるように、その『記憶』を辿り始めた。
何もない真っ白な空間の中に、淡い光が広がり、時折、青い薔薇の花が舞うように現れる。
それは、『彼』の過去から流れ出てきた思い出の欠片のようだった。
仲間と共に過ごした日々、困難を乗り越えてきた冒険者たちとの絆。
特に、彼ら冒険者達の笑顔を思い浮かべると、懐かしさが込み上げてくる気がした。
まるで其処に自分が居るかのような、錯覚冴えすら覚えてしまう。
「…無事に咲いたんだね」
カミサマはぼそりと呟いた。
その言葉に応えるかのように、青い薔薇が空間の中に現れ、その花びらがしなやかに揺れ動いた。
花の色は、記憶の中の彼の冒険の日々を象徴しているかのように、鮮やかに光っていた。
「これが、君の遺した証か…」
何処か懐かしく、少し寂しそうに微笑むその表情。
それは、過去と現在との間に、確かな繋がりが存在している事を実感していた。
その瞬間、青い薔薇はさらに輝き、その光がカミサマの周りを包み込む。
まるで過去と現在が一つになったかのような、心地よい温かさを感じる。
けど同時に、心の中にはまだ、ぽっかりとした『穴』が空いている事を実感した。
「ねぇ君。この世界はもう一度、進む事が出来るんだろうか…」
カミサマは『彼女』の姿を思い描いて呟く。
かつて、この世界を愛し。
この世界を仲間と共に生きた君へ。
願うならば、もう一度。
僕は――…
第3章『光と影』 ~完~
この度は『〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~』をお読み頂きありがとうございます。
今回を持ちまして、第3章 光と影 篇 が完結致しました。
読者の皆様、そして執筆を支えてくれた方々には、心から感謝しています。
第3章は、剣の王国における『王位継承問題』。それに巻き込まれて行く冒険者達を描きました。
争い良くない、ダメ、ゼッタイ。ミンナ,ナカヨシ!
…まあ、それが出来たら苦労はしないのですが。
どの世界にも時代にも、こう言った争いがあるものです。
『護りたい物の為にどれだけ自分を犠牲に出来るか?』を論点に描くと、完全ご都合主義の世界観が出来上がる訳ですね。
大好きです、ご都合主義。
出来る事なら、何かしらの救いは欲しいので…
剣の王国を出ると、漸く魔法王国への旅路を再開します。
『何の為に此処に居るんだっけ?』と考えていましたが、まだまだ旅の途中なんですね、しかもまだ隣街と来た。
今後も引き続き物語は進みますので、どうぞ応援のほどよろしくお願い致します。
このお話を読んだ感想もお待ちしております。
第4章も是非、お楽しみ下さい!
紫燐




