F級テイマー、装備を整える
昨日は初めて尽くしの一日だった。
初めてのクエスト、そして初めての戦闘、初めて勝利――
すっぴんボアを倒し、何を思ったのか。
正直、色んな想いがあった。
宿でじっとしていても頭の中がぐるぐるだ。
考えすぎて深みに嵌るのはよくない。
そんな折、街へ散歩でもと宿を出ようとするレンに、宿屋の看板嬢が言った。
「装備を買いましょう!」
「装備?」
「はいっ!」
「いや。この服、結構動きやすいんで…」
連日宿に泊まらせて貰い、こうして『宿屋のパジャマ』と『宿屋のサンダル』を着させてもらっている。
何処に行くにもこの格好だ。
そんなレンを見かね、お世話になって五日目の朝。
彼女がついに、思いの丈を口にしてしまった。
「や、宿屋のパジャマは戦闘用じゃないので、その恰好でクエストに出かけるのはちょっと…!」
「…はい」
ごもっともな意見だった。
あれから何度か小石拾いのクエストを受けたのだが、幸いにもすっぴんボアに遭遇する事はなく。
かと言って他の魔物に出会うのかと思えば、何の戦闘もなかった。
しかし他の冒険者の話を盗み聞くと、魔物に襲われたりすることはよくある話で、ちょっと外に出るだけでもこの世界は命懸けの様だ。
「装備もですが道具だって必要です。それに野宿をする事だってあるかも知れませんから、テントなんかもあった方がいいです」
「なるほど…」
そう聞くと、いろいろと買うべきだと思った。
お金の使い方は、冒険者ギルドの受付嬢――今喋っている彼女の姉に教えて貰った。
紙のお札が10000G
金貨1枚で1000G
銀貨1枚で500G
それ以外は、硬貨によって100G、10G、1Gと刻印されている。
元の世界とはちょっと見た目が違うだけで、基本的な単位みたいなのは似ているようだった。
使い方さえ解れば、後は何とかなりそうである。
「じゃあ買いに行ってきます」
「はいっ。行ってらっしゃいませ!」
『なにかうのー?』
「とりあえず服かな」
ここ数日、洗濯をしているとは言え、下着は着ているこれ一枚。
この世界に来た際に来ていたスーツやブラウスは、宿屋のクリーニングみたいなサービスで綺麗になって返って来た。(有料)
スーツやブラウスを来て外に出てもいいのだが、それだと私はスライムを連れている上に、やはり何かと目立ってしまうらしい。
それに、折れたハイヒールは修理に出すか買い替えるしかなく、持っていても仕方がないと破棄してしまった。
スーツを着るのは、元の世界の戻る事が出来たらでいいかな。
…戻れるのか解らないけど。
それに装備があれば、少しは自分も冒険者らしく見られるんじゃないか。
更には、街周辺でのクエストもやりやすくなるんじゃないだろうか。
そう思うと、レンの足取りは軽かった。
確かここら辺に、武器・防具が売っている店があるって聞いたんだけど――
◇◆◇
「いらっしゃい」
お目当ての武器・防具屋を見つけて中に入ると、想像していたよりも中は綺麗だった。
壁に飾られた剣や槍、ナイフと言った武器や、盾や鎧がきちんと整頓して飾られている。
冒険者の身を護る物なのだから、雑に扱う事はしないのだろう。
破損した物を送ろうものなら、それこそ命の危険があるからだ。
一体どれだけの装備が此処にはあるんだろう。
そして私は、何を買ったらいいんだ?
「冒険者かい?」
「は、はいっ。装備を買いに来ました」
お店のレジカウンターで、白い口髭を蓄えた初老の男が声を掛けて来た。
此処の店主だろうか。
他に従業員らしき姿は何処もない。
ついでに言うと、お客さんの姿もなかった。
…閑古鳥が鳴いているな。
「ワシがこんな事を言うのもなんだが、もっと他にいい店があるだろうに」
「冒険者ギルドで教えて貰ったんです」
「って事はお前さん、なりたてか?」
「はい」
「なるほどなぁ…」
そう言うなり、店主は顎をポリポリと掻いて宙を見つめた。
「そりゃあ悪かったな。大抵の冒険者は『強い装備が~』なんて言って他の店を選んで行く。なりたての奴でも、金さえあればそっちに流れちまう。手入れも使い方もなっちゃいねぇ」
他所のお店がどうなのかは知らないが、レンは金なし・知識なし・超がつくほどの新米冒険者だ。
剣や盾、鎧なんてものも装備した事がないし、扱えるのもせいぜい料理で使う包丁くらいか。
なんにしても、此処は色々と説明を受けて学びたい所である。
「よく見りゃ、お前さんは確かになりたての冒険者だ。まず装備がなっちゃいねぇ」
それは、この服の事を言っているんだろうか…
「装備の耐久にも気をつけろよ。新品だからと言って修理や手入れを怠るな」
「は、はぁ」
「宿屋のパジャマにサンダル? よくもまぁそんな装備で冒険者をやってるな」
「見ただけで解るんですね」
「んなもん、【鑑定】せんでも見ただけで解る」
【鑑定】と言うのは、スキルの一つなんだろうか。
ジロジロと見て来る店主の眼には、私の姿以外に何が見えているのか。
「職業は…んんっ?『テイマー』?」
「え、そんな事も解るんですね」
「よく見たら、そこに居るのはスライムじゃねぇか…」
店主の眼が、ぷるんっと私の肩に乗るスライムを目に留めた。
「こりゃあ珍しいっ!!」
「わぁっ!?」
「テイマーのお客さんなんざ、ワシの代でももう、現れないと思うとったが…」
『フンフンしてるー!』
鼻息が荒い店主にきゃっきゃと笑うスライム。
それだけこの人が興奮しているんだと思うけど、すっぴんボアの様に攻撃性はない。
「あぁ、すまんかった。装備を買いに来たんだったな。武器か? 防具か?」
「えぇと。とりあえず、冒険者らしく見える様なのを両方…ですかね。あと装備について全くの初心者なので、何がいいのか教えて頂けると有り難いです」
そう言うと、店主は傍に立てかけてあった杖を手に取り、よっこらせ…と椅子から立ち上がった。
どうやら案内してくれるらしい。
その時、カツン、と床を金属音が打ち鳴らす――片足は義足だった。
「そんじゃ、まずは武器からだな」
「あ、はいっ」
杖をついて歩く店主の後を、レンは追いかける。
「ウチにはテイマー専用の装備がない。だから基本的には他の職業でも使える、極一般的な初心者装備しか置いてない。ダンジョンに潜ればまた違うだろうがな」
「色々あるんですね」
「武器と言っても、剣や槍、斧やハンマー等、色々な種類がある。自分に合った武器を見つけるのがいいだろう」
「テイマーって、何を装備するんですかね」
「剣や斧と言った、重量のある装備はお勧めしないだろうな。実際、このロングソードなんかは装備出来ないだろう?」
店主が差し出したのは一本の剣。
ロングソードと呼ばれるそれを手に取ると、腕がずっしりと重くなった。
鉛のように重いそれは、持ち上げようにも1ミリも刃先が上がらなくて、腕がずっとプルプルしている。
レンが女だからと言うのもあるかも知れないが、それにしては両手で持っても上がらないのは辛い。
長年のデスクワークで、筋力まで落ちたんですかねっ!?
でも若返ってる筈なのにねぇぇぇ…!?
『あわわわ…っ』
腕がプルプルし過ぎて、スライムもあわあわと同じようにプルプルしてた。
剣ってこんなに重いの…!?
皆、こんなのを戦闘でブンブン振り回してるのっ!?
「…と、まあ試しに持たんでも、ステータスで確認出来るんだがな」
「何故持たせたし」
しかし、店主はそれをひょいッと持ち上げて、レンを地獄から解放してくれた。
私はそんなに非力なのかと、落ち込んでしまいたくなる。
「お前さんなら――ほれ、あっちのダガーくらいがええじゃろう」
「どれですか…?」
肩を落とし、別の武器が並んでいるコーナーへ案内された。
見ると、剣よりも刃渡りが短い『短刀』と呼ばれる部類の数々が並んでいる。
刃先がロングソードよりも短く、持っても重量がそれほどない。
しかも片手で楽勝だ!
これならまだ…うん、持てるな!
「せめてダガーくらいは持っておけ。テイムした魔物がやられた場合、お前さんが戦わにゃならんからな」
「えっ…」
「何だ。テイマーは魔物と共に戦うと思っていたが、お前さんは違うのか?」
「あ~、じゃあこれで。あんまり使わないとは思いますが…」
数ある武器の中で選んだのは、ダガーだった。
出来る事なら戦いたくはない、怖いし。
あくまで自衛のために持っているだけで、これを抜く事はないと祈りたい。
「お前さんが良いのなら構わんが…とても冒険者の言う台詞とは思えんな」
「はは…」
そんな風に言われ、レンはちょっとだけ困ったように笑った。
「武器を選んだら、次は防具だ」
「鎧とかないんですかねっ。ダメージを絶対に受けない奴!」
「そんな便利なもんがあったら、皆が装備してるぞ…そもそも剣も持てないモンが、鎧なんぞ着られる訳なかろう」
先程のロングソードの事を考えると、鎧を着る事は出来ない事は、想像に難かった。
鎧であれば、ある程度の攻撃は耐えられるだろうし、痛くなさそうだと思ったのにな。
テイマーは鎧や重い盾なんかが装備出来ない。
だから、昨日みたいに敵から逃げたりする時は、ガシャガシャと音を立てては聞こえてしまうし、何より逃走の効率が物凄く悪くなりそうだ。
逃げると何かに蹴躓いたり、失敗する事が多かった戦闘が思い出され、鎧の購入は断念せざるを得ない。
あちこち逃げ回るであろう戦闘を想像した時、軽装の方が動きやすいだろう。
今着ているような『宿屋のパジャマ』も着心地が良いのだが、やはり冒険者らしく自分を見せたい。
「冒険者になったなら『旅人の服』なんかいいだろうな。軽くて動き易いぞ」
「じゃあそれで」
「いいのか? 年頃の娘さんだろう。もっと可愛いのがいいとかあるんじゃないのか」
「はい、これで…可愛いとかホント、二の次なので」
今はとにかく『宿屋のパジャマ』から脱却する事が重要だ。
確かに服は可愛い方がいいが、見た目が18歳でも中身は35歳。
気が付けば、可愛いよりも発汗や通気性、動きやすさなど、機能性重視を選んで服を選んでいる。
平日も休日もスーツ姿だったし、お洒落には年々無頓着になっているのかも知れない。
此処は少しでも、失った青春を謳歌すべきなのか…!
他にもだんだん寒くなるだろうからと、防寒用に『マント』をお勧めされた。
地域によっては雪が降る場所もあるし、道中何があるか解らないと言う点では同感である。
それからブーツを購入したところで金額は合計で700G。
確か金貨一枚でおつりがくる筈だ。
後は下着が欲しい所だが――此処には売ってないのだろうか。
店主に聞くにしても、何となく…恥ずかしい。
35歳でも恥ずかしい!
「毎度あり。此処で装備していくかい?」
「おお…っ。ゲームで聞くセリフだ…っ」
「ん?」
「あ、いや。着ます!!」
猛烈に感激していると、店主からは怪訝そうな顔をされた。
お店の隅にはカーテンで仕切られた試着室がある。
せっかくだし、此処で着替えて行く事にしよう。
『おきがえー?』
「うん。ちょっと待っててね。勝手にお店の外に出ちゃ駄目だよ」
『わかったー!』
元気よくお返事をするスライム。
それを見て、店主は今日一日で何度驚かされた事だろう――と考えていた。
◇◆◇
「テイマーなぁ…本当に珍しい客が来たもんだ」
「なんだか賑やかだねぇ。あんた、試着室に誰か居るのかい?」
ぼそりと呟くと、店の奥からカミさんが姿を現した。
普段は閑古鳥の鳴くような店が、今日に限って言うと騒がしい。
そんな様子が気になって、顔を見せたのだろう。
「あぁ。冒険者なりたての娘さんだよ。テイマーなんだと」
「テイマー!? そりゃあ凄いじゃないかっ」
「本当になぁ…」
「よかったねぇ…あんたの夢が叶って…」
カミさんの涙ぐむ声に、此方まで涙が出そうになった。
それを見せないようにぐっと堪え、上を向く――が、意思に判して涙は零れそうだ。
『ニンゲン、泣いてるー? イタイイタイ?』
「何か言ってるみたいだけど、ごめんよ、あたしらには解らんでねぇ」
「テイマーなら言葉が解るんだろう。さっきも会話をしていた」
「それもまた凄いじゃないか。魔物と心を通わせるなんて。いい時代が来たもんさ…」
「す、すみませーん…」
そんな話をしていると、件の冒険者が試着室から顔だけを覗かせた。
「どうした?」
「あのっ。そちらの方は奥さんですかっ」
「あぁ、そうだよ?」
「ちょっと、あのっ、着方が解らなくて…!」
「あれまぁ。あんた、彼女も何を渡したんだい?」
「ただの旅人の服だが…」
旅人の服なんて、そうそう着方に迷う物じゃない。
ましてや、一人で着られない程複雑でもない。
何処かの金持ち令嬢なのかとも考えたが、そもそもが『宿屋のパジャマ』を着ていた娘さんだ。
その線は低いだろう。
「はいはい。すぐ行くよ」
「ありがとうございますっ。あと、あの…出来たら下着とか、あれば嬉しいんですが…」
「あぁ、それは悪かったねぇ。あたしが対応していたらよかったよ」
「?」
何の事か解らないが、あの冒険者の娘さんは、カミさんが居る事で大層ほっとした表情見せていた。
◇◆◇
「うん。似合うじゃないか」
「ありがとうございますっ。助かりました…!」
『レン、かっこいー!』
店主の奥さんのお陰で、私は装備と共に下着をゲットする事が出来た!
累計で1000Gとなり、金貨一枚をスライムのおくちから頂戴する。
「お、おぉ…凄い特技だな」
「お財布も買わなきゃなぁ。何処かに売ってますか?」
「財布? 金を入れる布袋なら、うちの隣にある道具屋だな」
武器・防具屋には、道具屋が隣接しているご近所さんで顔馴染らしい。
其処には薬草や度に必要な道具も売っているそうなので、ついでに覗いてみる事にしよう。
「スライムの装備もあればよかったんだけど…」
「魔物が装備出来ん事もないが、今んとこウチにはねぇな」
「そうですか」
「テイマーは珍しくてなぁ。品揃えが少ないってのもあるが、取り扱っている店も少ない」
「もっとテイマーが増えれば、需要はあるんだろうけどねぇ。何せ殆ど見た事ないから」
それほどテイマーと言う職業は希少なのか。
レン以外にも、あとどれくらいの人が居るんだろう。
「あんた、この街にどれくらいいるつもりだ? 何か目的があってこの街に来たのか?」
「えぇと。特に決めてないです、何も。来たばかりなので」
「そうか」
「でも、暫くは此処に居ると思います。何かやりたい事が見つかるまで…かな?」
冒険者になったところで、やっている事と言えば、その日の宿代を稼ぐ事くらいだ。
他の冒険者は、魔物討伐に心血を注いだり、研究に没頭したりと、自分のやりたい事を見つけていて、凄いと思う。
「…もしこの街で成り上がって行くなら、テイマー用の装備を取り揃えてやってもいい」
「えっ」
「あんた? 本当にやるつもりかい?」
「おう。久しぶりの客、しかもテイマーだ。冒険者の血が騒ぐぜっ」
「元・冒険者で今はただの店主でしょうが、この人は…」
職人かと思ったが、この店主も冒険者――だったらしい。
もしかしたら、足を怪我した事で戦線から退いたのかな…
「ごめんねぇ。そう言う訳だから、気が向いた時にでもウチに顔出しておくれ。その方がこの人も喜ぶから」
「あ、はいっ。ご贔屓にさせて貰いますっ」
「テイムしたスライムばかりに頼るなよ。お前さんも一緒に強くなれ。テイマーが強くなれば、きっとそいつも強く成長する」
テイマーに呼応して強くなる魔物。
じゃあ、私のレベルやランクでこの子も変わるのかな。
と言っても、テイマーのスキルは今のところテイムしかない。
早くレベルを上げて、新しいスキルを覚えたかった。
…覚えられるよね?
氏名:レン・アマガミ
性別;女
年齢:18歳
職業:テイマー(F級)Lv.1
スキル:テイム…魔物を手懐ける
パッシブ:なし
『装備』
武:なし→『ダガー』
服:宿屋のパジャマ→『旅人の服』
足:宿屋のサンダル→『ブーツ』
他:なし→『マント』
お読み頂きありがとうございました。




