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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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光と影



城の地下深く、湿気と冷気が漂う牢獄の一室。

薄暗い灯りに照らされた鉄格子の中で、フウマは椅子に座っていた。

無言のまま此方の背を向け、彼の視線は項垂れる様に足元を見据えている。


ーーと言うのが、彼を監視する門番の記録である。



彼は捕らえられた後も、一切の弁明をせず、声を発する事もなかった。

まだ幼さの残るあの少年が、どれほど追い詰められていたのかと思うと、胸が痛くなる。



そんな折、暗い牢の中、蝋燭の灯りが僅かに揺れる。

突然の来訪者に、門番は記録する手を止めて席を立ち、即座に敬意を示す礼をしてみせた。




「これは、アルデール様!」

「様子はどうだ」




その人物―-アルデールは静かに手を挙げる。




「はっ! 依然として沈黙を貫くばかりで…」

「…そうか。少し、彼と話がしたい」

「はい。此方です」




重い鉄格子越しに向き合うのは、王となったアルデールと、暗殺者として捕らえられたフウマだった。

アルデールは新しい王としての威厳を湛えた姿をしていたが、その目には冷たさだけでなく、何処か憂いが宿っている。

一方、フウマは鉄格子の中にあっても態度を崩さない。

強気な目線をアルデールに向け、背筋を伸ばして座っていた。




「随分と堂々としているな、暗殺者」




アルデールが静かに口を開くと、フウマは肩を竦めた。




「捕まって大人しく怯えていたら喜ぶか? 感情で流されるのを見て安心するか?」




その言葉には嘲笑の色が滲む。

アルデールはそれを聞いても表情を崩さず、ゆっくりと歩み寄る。

鉄格子の前で立ち止まり、低い声で問い掛けた。




「お前の腕を見たとき、正直なところ感心した。敵に回すには惜しい才能だ」




フウマは薄く笑いながら顔を上げた。




「それで、わざわざ牢にまで来て俺を褒めに来たって訳か? 流石皇子様、気が利いてるな。あぁ、もう王様になったんだっけ?」


「…お前が、どうしてこんな事をしたのか、理由は全て聞いている」




フウマの顔が一瞬だけ引き締まった。

だが、すぐに平然とした表情を作り直す。




「理由を知ってどうするつもりだ? 孤児院の為に暗殺者になった愚か者に、同情でもするのか?」




彼の声には冷たさが混じる。

アルデールは少しの間、目を閉じて考えるような仕草をした後、再びフウマを見据えた。




「お前が選んだ道を正当化するつもりはない。だが、俺には、お前の行動が理解出来ない訳ではない」

「理解、だと?」




フウマが苦笑を漏らす。




「笑わせるな。俺の苦労を理解するなんて無理な話だ」

「それでも言わせてくれ」




アルデールの声が少しだけ強くなる。




「お前の選択は間違っていた。だが、その選択をさせたのは、俺達が守るべきだったこの国の仕組みそのものかも知れない」




その言葉に、フウマの目が僅かに揺れた。

だが、口元は相変わらずの強がりを見せている。




「王様のくせに、妙にお優しい事で」

「俺は感情で動いている訳ではない。だが、感情を無視して王でいる事も出来ない」




アルデールの声は、深い決意を含んでいた。




「お前をどう裁くか、それは俺が決める。だが、それだけでは終わらない。この国を変えなければ、またお前のような者が生まれる。俺はそれを許さない」




フウマは沈黙した。

鉄格子越しに見えるアルデールの瞳が、まるで心の奥底を見透かしているかのように感じた。




「…随分とご立派な事だな、王様」




フウマは小さく呟いた。




「俺が何を考えて此処にいるのか、それでも分かっているつもりか?」




アルデールは何も答えず、静かにフウマを見つめ続けた。

その視線にフウマは耐えきれなくなったのか、視線を逸らす。

そして小さく笑いながら呟く。




「ま、せいぜい頑張れよ。お前のやり方で、この国を変えてみせるってんならな」




その言葉が、彼の心の何処まで本心を含んでいるのかは、アルデールにも分からなかった。

ただ一つ、フウマの声に宿る微かな諦めが、彼の胸を締めつけた。


牢を後にするアルデールは、小さな溜息を漏らす。

彼はこの短い会話で、フウマが抱える影の深さと、それが彼自身に問いかける課題の重さを感じ取っていた。




アルデール皇子が一人で牢を訪れた。

彼は静かに牢の前に立ち、フウマを見つめた。




「フウマ」




その声に、フウマは初めてゆっくりと顔を上げた。

彼の瞳には、疲れと達観が宿っていた。




「お前のやった事は、許されるものではない」




アルデールはそう告げた。

しかし、その目は冷たい怒りではなく、何処か哀しみを湛えていた。




「だが…俺にはお前を処刑する事も。正しいとは思えない」




その言葉には冷徹さがあり、誰もがフウマの処刑を確信するような内容だった。


フウマは微動だにせず、ただ彼の言葉を受け止めるように聞いていた。

そんな彼に、アルデールは更に続けた。




「太后を通じてお前に接触した商人は、既に捕らえた。己が欲の為、金の為にお前を利用した事も、既に認めている。お前が秘匿して来た『護りたかったもの』についても理解しているつもりだ」


「…」


「これ以上、お前が黙秘を続ける必要はない。…だから。これがお前に対する最後の選択だ」




アルデールはフウマに密かに告げた。




「俺が望むのは、お前が生きる事だ。罪を背負ってでも、自分自身と向き合い、未来を切り開くこと。それが本当の意味での償いだと俺は思う」




フウマの表情が一瞬険しくなる。

その反応を見て、アルデールはさらに言葉を重ねる。




「太后の駒になったのなら、俺の駒にもなってくれるだろう?」




フウマは目を見開き、一瞬息を呑んだが、すぐに小さく笑った。




「…冗談だろ?」




アルデールは真っ直ぐな視線をフウマに向けた。




「お前は何も分かっていないようだな。王というものは、『光』だけでなく『影』も必要とする。お前のように影を生きる者がいるからこそ、王は光を掲げられるんだ」




フウマは黙り込んだ。




「お前がこれまでの行いを償いたいと思うなら、俺の下で働け。俺の影として生きろ。お前の腕を使い、俺がこの国を守るための刃にする」

「…俺に与える新しい道が、それって訳か?」




アルデールは頷き、語気を強めた。




「そうだ。それが、お前が生きる為の道だ。そして、お前自身が選んだ罪を償う方法でもある」




フウマは再び笑ったが、今度はその笑みに何処か影が差していた。




「随分と皮肉な話だな。俺を駒扱いした太后と何が違うんだ?」




アルデールは少しの間、黙り込んだ。

そして、静かに答えた。




「違うのは、俺はお前を駒とは思っていないという事だ。お前が選び、信じるならば、俺はお前を配下として迎える」


「…お前、本気で言ってるのか?」




その言葉に、フウマの表情が僅かに揺らぐ。




「本気だ。そして、この国に必要な者として、お前を信じる覚悟もある」




フウマは深く息を吐き、長い沈黙の後に小さく頷いた。




「…俺が裏切らない保証は、何処にもないぜ?」

「その時は、この手でお前を討つ。それが俺の覚悟だ」




フウマは再び笑みを浮かべた。

その笑みには、今までの皮肉や嘲笑ではない。


新たな決意が宿っているようだった。




「本当に甘いな、お前。お前のその甘さが国を滅ぼすか、それとも救うか…見物だな」

「ならば、その未来を見届けるために生き延びろ。選択はお前の手に委ねられている」




フウマは少しの間、目を閉じて考え込んだ後、ゆっくりと答えた。




「…こんな俺でも、許されるのか?」

「今後のお前次第だ。…覚悟があるなら、俺がその道を整える。だが、二度とこの国を裏切るな」




フウマは苦笑しながら頷いた。




「そうだな…。次に会うときは、もうちょっとマシな人間になってるかも知れない」




その言葉の意味を悟ったアルデールは、微かに頷いただけだった。







◇◆◇







昼の光が広い食堂に差し込み、華やかな装飾に囲まれた長テーブルの中央で、アルデールが席に着いていた。

その少し後にエルヴィンが到着すると、彼は少し驚いた様子を見せた。




「おはようございます。兄上…お早いですね?」

「やる事が山積みでな。昨夜はろくに寝ていない」

「王になられて、ますますお忙しくなりましたからね…」

「あぁ…だが、お前とゆっくり会話するのも、こういった時間でしか出来ないからな」




その言葉に、エルヴィンはまたしても目を丸くする。



今までは、自分を避ける様に生活していたアルデール。


しかし、彼はまるで人が変わったかのように、こうして食事の席を共にしているなんて――…





「兄上…熱でもあるのですか?」

「くだらん事を言ってないで、さっさと食べろ」

「す、すみませんっ」




アルデールが食器を手にし、静かに切り分けた肉を口に運ぶ一方で、エルヴィンは目の前の料理には余り手を付けず、何処か落ち着かない様子で兄を見つめていた。

朝食の席は、いつもの緊張感とは裏腹だった。


料理がこんなに美味しいと感じたのは、いつぶりだろうか…



思いの丈を口にしたら、兄上の機嫌を損ねてしまうかも知れない。

そう思う一方で、エルヴィンの頬は次第に緩んで行くのを感じた。




「そう言えば兄上。昨日の件ですが…本気なのですか?」




暫くすると、エルヴィンが静かに口を開いた。

『昨日』と言う言葉に、アルデールは彼が何を言いたいのかを理解したように頷く。




「準備は整えている」


「本当に彼を逃がすつもりなのですね、兄上。臣下達は皆、処刑が適切だと口を揃えて言っていますが…」


「処刑するのが筋だろう。だが、あの男にはまだ使い道がある。過ちを犯した者だからこそ、この国の為に『影』として働ける」

「バレたら臣下達が黙ってませんよ」

「解ってるさ。だからこそ、お前に話したんだ」

「…はい」




エルヴィンは視線を下げたまま、短く言い切った。





「『影』…ですか。兄上らしい考え方です。その生き方に納得しているのなら、僕も異論はありません」




しかし――と、彼は紅茶を一口飲む。




「…バレれば兄上の立場が危うくなる。それに、計画が漏れれば、臣下や民の信頼を失う危険もあります」


「それも解っているさ。だが、俺にはフウマのような存在が必要だ。フウマの技術は、一度失うには惜しい。そして…彼自身もまた、この国で贖罪の機会を得るべきだ」


「…では。臣下達には『王命により、暗殺者フウマは処刑された』と伝えるだけで十分ですね。証拠もそれらしく整えます」


「感謝する、エルヴィン」




臣下達は、エルヴィンがこの計画に携わっているとは、夢にも思わないだろう。

しかしながら、これが彼にとって『丞相』の初仕事である。




「お前の立ち回りには感心するよ」


「フウマさんがこの国にとっての有益な影となる事を祈ります。ただし、影が王を裏切れば、王だけでなく、この国そのものが危機に陥る。…その時は、彼を斬る覚悟を持って下さい」




兄を鋭い目で見つめながら、エルヴィンは念を押す。




「俺は王だ。必要なら、彼を切る事を躊躇わない」




「…フウマさんの事を考えると、少し不思議な気分になりますね。彼の様に日々の生活に悩む者が居る事は、重々理解していますが」


「富裕層に比べ、貧困層が年々増えているのも、父が全て受け入れていたからだ。しかし、それだけでは何の解決のもならない」

「そうですね。彼と同じ道を歩ませない為にも、これからを考えなければなりません。この国を変えていく必要があります」

「それが、この国の新しい形なのかもしれない。誰もが役割を持ち、それを全うする世界…俺たちが目指すべき未来だ」




エルヴィンはアルデールの言葉を受け取り、深く頷いた。

その表情には、何処か誓いを立てるような決意の色が見えた。


やがて二人は黙々と朝食を続ける。

その場の空気は先ほどよりも和らぎ、温かなものが感じられるようだった。




「…お前は覚えているか、エルヴィン。俺の母上が亡くなった日の事を」



エルヴィンは少し驚いた顔をしたが、静かに頷く。




「あの日は…僕はまだ幼かったから、はっきりとは――でも、兄上が僕の手を引いて、王妃様の部屋から出たのは覚えています」


「母上が居なくなって、父上も、俺達に構う余裕はなかった。それを見た時、幼いながらにも悟ったんだ。『この城には、俺たち兄弟しかいない』って。頼れる者もいない、守ってくれる者もいない。ただ、俺が、お前を守らなくてはいけない…と」


「兄上…」




アルデールの口から語られる言葉は、静かに過去を掘り起こしていく。




「あの頃は、まだ俺たち二人とも何も知らなかった。ただ兄弟として、何処へ行くにも手を繋いでいたな。城を抜け出して街に行った事もあっただろう? お前が見つけた屋台の果物を、こっそり買って食べた事もあった」




エルヴィンは、はっと目を見開いた。




「あった…! あの時、兄上が店のおじさんに値切ろうとして、逆に倍の値段を払わされて…」


「そうだ。…それでも、お前が笑ってくれたから、それで良かったんだ」




懐かしさに表情を綻ばせるエルヴィン。

幼い頃、兄と過ごした大切なその想い出。

それを、彼もまた覚えてくれていた事に、エルヴィンは感動を覚えていた。


しかし――と、アルデールの顔は少し曇った




「けれど、成長するにつれて、見えてくるものがあった。国の内情、陰謀、そして――俺達兄弟に向けられる視線。それまで手を繋いでいればよかった関係は、そう簡単には続かなかった」




その頃から、既に『王位継承問題』について、話は持ち上がっていた。

当人達よりも周囲がそれを持ち上げ、次代への先行きを憂う者もいた。


兄が、自分を避けるようになったのも、丁度その頃からだっただろうか。




「…何故、兄上はあの頃から、僕を遠ざけるようになったんですか?」




アルデールの瞳が、真っ直ぐにエルヴィンを捉えた。




「それは、お前を護る為だ」

「僕を…護る?」


「…お前は魔法の才に恵まれ、誰よりも純粋だった。けれど、だからこそお前を守らなければならなかった。俺が剣の腕を磨き、強くなろうとしたのは、お前を守る盾になるためだ」




この国でアルデールとエルヴィンは、『皇子』という立場で見られ続ける。


剣の才に秀でた兄、魔法の才に秀でた弟

二人の皇子、どちらが次の王に相応しいのか?


成長するにつれて、周囲の目は変わって行くのは明らかだった。




「お前の才能が評価されればされるほど、お前は俺の『敵』にされかねなかった。だから、俺は――」

「僕を突き放したんですか…?」


「そうだ。お前を守る為に、俺はわざと距離を置いた。お前に嫌われようが、孤独になろうが、それでお前が安全でいられるなら、それでいいと思った」




その言葉に、エルヴィンの目から涙が零れ落ちた。




「兄上…どうしてそんな事を…そんなに一人で背負おうとしたんですか…!」


「それが俺の役目だと思ったんだ。…俺は兄だからな」




アルデールのその言葉に、エルヴィンは涙を拭い、兄を真っ直ぐに見つめた。




「もう一人で背負わないでください。今度は僕も、兄上を守ります。僕たち兄弟なら、どんな困難も乗り越えられる筈です!」




アルデールの目に、一瞬だけ驚きの色が浮かんだが、すぐに柔らかな笑みが広がった。




「…そうだな。俺達ならきっと乗り越えられる」




二人の間に、温かい空気が流れる。


兄弟として、何もかもを分かち合い、笑い合った日々。

それは城の者たちも、街の人々も知るほど、仲睦まじい兄弟の姿だった。





お読み頂きありがとうございました。

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