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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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魔王に従いし悪魔達



大広間では、騒ぎの余韻が未だに色濃く残っていた。

騎士達は床に散らばるガラスの破片や血痕を片付けながら、周囲を警戒している。

魔物の気配は消え去ったものの、誰もが完全に安心する事は出来なかった。


幸いにも、死者は居なかった。

しかし、負傷者の数は少なくなく、大広間全体が混乱の最中にあった。



襲撃の遭った大広間は、シリウスを初めとする騎士達が事態を収拾しようと、慌ただしく動き回っていた。




「負傷者はこっちに運べ! 神官達が治療を行う!」




シリウスが鋭い声を響かせ、指示を飛ばす。

彼の甲冑は所々に戦闘の痕跡を残しており、疲労の色は隠しきれなかったが、その眼差しには決意が宿っていた。




「はい! すぐに運びます!」




若い騎士が二人、負傷した仲間を抱えながら、足早に神官の元へ向かう。

その中にはディーネの姿もあり、彼女もまた懸命に回復魔法を施していた。




「軽傷の者は順番を待たせて、重傷者から治療していきます。癒しの魔法を節約する為、可能なら応急処置を優先して下さい!」


「う、うぅ…っ!」


「だ、大丈夫、もう大丈夫です。回復魔法をかけますから、少しだけじっとしていて下さい…!」




彼女の声は震えていた。


あちこちから痛みに呻く声や、混乱する現場。

ディーネ自身もその波に呑まれそうになっていたが、冷静を保とうと必死だった。




「癒しの光よ、この方を癒やして…!」




ディーネが唱える回復魔法の光が、負傷者の体を包み込む。

次第に彼の表情が和らいでいき、騎士の顔が安堵の息を吐くのを感じた。



広間の一角では、意識を取り戻した太后が椅子に座らされていた。

彼女の傍らには、数人の侍女と高位の神官が付き添っている。


太后は疲れ切った表情で、ゆっくりと呼吸を繰り返している。

かつて優雅で誇り高い王国の母だった彼女の姿は、何処か壊れてしまったようにも見えた。




「アルデール…エルヴィン…ごめんなさい…」




アルデールはエルヴィンと共に、太后の傍にそっと近づく。




「…太后」




アルデールの呟きに応えるように、太后の瞳が微かに開いた。

眼の焦点は定まらず、その声も掠れていたが、僅かに微笑む様子が見えた。




「…私はまだ、姉様の代わりには…なれないのね」




その言葉は震え、彼女の後悔と苦悩を物語っていた。




「あの頃、俺はまだ子供だった。母上を失った俺を守ろうと、必死になっていた太后の気持ちを、きっと俺は何も理解していなかったのだろう」




心の奥底に残るわだかまりを振り払いながらも、アルデールは彼女の想いに応えられなかった過去を、今でも少しだけ悔いていた。





「太后様、ご気分はいかがでしょうか?」




神官の一人が静かに問いかける。


周囲の騎士や宮廷の者達の目は怯えていた。

太后が今回の騒動の原因となった張本人である事は疑いようもなく、その責任をどうするかが議論の焦点になっていた。




「…頭がぼんやりとしているわ。ですが、自分が何をしていたのか、はっきりと覚えています…」




太后の声は弱々しく、かつての堂々とした威厳の影も見えなかった。

その表情は何処か幼さすら感じさせ、エルヴィン皇子が遠目からそれを見つめていた。




「母上…」




エルヴィンは一歩前に出ようとしたが、足が止まった。

かつての優しかった母の姿と、今回の騒動の元凶となった太后と言う現実が交錯し、心が揺れる。




「皇子殿下、少しお待ち下さい。彼女の状態を診てから…」




側にいた神官が控えめに声をかけるが、エルヴィンはそれに応えず、ただ太后をじっと見つめていた。



その時、ウォルターが大広間に戻ってきた。

彼の剣は未だ鞘に収められておらず、その表情には張り詰めた疲労感が滲んでいる。




「シリウス! 残党は全て片付けた!」




ウォルターが大きな声で報告すると、シリウスは短く頷いた。




「よくやった、ウォルター。此方も負傷者は運び終えた。あとは状況の確認だ」

「…太后の様子はどうだ?」




ウォルターが太后の方に目を向けると、シリウスが小さく首を横に振る。




「まだ分からない。彼女がどれほどご自分を取り戻したのか…だが、容体が安定したのは幸いだ」

「隊長! の周辺、まだ魔物の気配が微かに残っています!」




別の若い騎士が駆け寄り、シリウスに報告する。




「分かった、警戒を続けろ。城内の巡回を増やして、異常があればすぐに知らせるんだ」




シリウスは即座に指示を出し、全体を統括している。

その場にいる全員が、騒ぎを収めるために自分の役割を果たしていた。


広間全体が混乱の中にも一つの秩序を取り戻そうとしていたが、その空気の中に、静かに不安が漂っているのを誰もが感じ取っていた。



太后の容体の確認。

負傷者の治療。


そして魔物に荒らされた城内の復旧作業――


やるべき事は山積みで、誰もが真剣な面持ちで任務に取り組んでいた。




「ワシはいい。他の者を手当てしてやれ」

「か、畏まりました」




ディーネが一息吐いて声の方に視線を向けると、国王が厳しい表情で太后を見つめている姿が目に入った。




「国王様…」

「…太后の容体を最優先とする。それが整い次第、今後の処遇について話し合う」




国王の言葉に、その場の全員が一礼した。


ディーネはその光景を静かに見守りながら、心の中で複雑な感情が渦巻いていた。

太后がどれだけの責任を負うべきか、そして彼女自身の本心が何処にあるのか――その真実を知る者は誰もいないように思えた。




「母上…!」




エルヴィンは、太后が侍女達に付き添われ、運ばれて行く姿を見つめ続けていた。

傍目には冷静を装っているように見えるが、その心中は嵐のようだった。


かつての彼女は、彼にとって優しさと愛の象徴だった。

しかし、魔物に身体を乗っ取られていたとはいえ、今回の騒動で多くの人々を危険にさらした事は否定出来ない。




「兄上…母上は、どうなるのでしょう。魔物が操っていたのならば、母上に罪は――」

「…太后が戻ったとして、それが全て許される訳ではない」


「…父上の判断を待つしか、ないのですね」




そう自分に言い聞かせるように呟いたエルヴィンは、拳を握り締める。

その中には、愛憎入り混じる感情が渦巻いていた。



一方で、大広間にいる騎士達の間では、太后への警戒心がまだ消えていなかった。

魔物が完全にいなくなったと確認されたとはいえ、乗っ取られていた人物に対する恐れが簡単に消える訳ではない。




「太后様は、本当に正気を取り戻されたのだろうか。」




騎士の一人が小声で呟いた言葉に、隣の騎士が頷く。




「もし、また魔物に支配されたらどうする…?」




そんな声が聞こえる中、ディーネは治療を続けながら、その不安を拭い去る術を模索していた。




「どうしたらいいんでしょう…」




大広間に漂う緊張感を感じながらも、全てが落ち着くには、まだ時間が必要だった。







その喧騒の中で、全く異質な光景が一つだけあった。




「ん~~! この肉、ジューシーやな! うっま!!」




フーディーは大広間の一角で、騒ぎの中に残された料理を片っ端から平らげていた。

周囲の慌ただしさなど全く意に介さず、目の前の皿を一つ一つ空にしていく。


その横では、ジェリーが肩を竦めながら、深いた溜息を吐いていた。




「フーディー、もういいだろう? 帰ろうよ…」

「ちょぉ待ってや! まだあっちにケーキがあんねんて!」




フォークを手にしたままのフーディーが、目を輝かせてテーブルの奥を指差す。




「君の食欲は底なしなんだから、いつまで経っても帰れないじゃないか…」




呆れ顔でぼやくジェリー。

しかし、止める気力はなさそうだ。


その光景を遠巻きに見ていた騎士たちが顔を見合わせる。




「…あれ、誰だ?」

「さぁな。ただ者じゃない雰囲気はあるが…」




異様なまでの大食いを繰り広げるフーディーの姿と、それを黙って見守るジェリーの態度は、騒然とした場の空気の中でも一際目立っていた。




「見た目は普通の人間っぽいが…普通じゃないな、あれは」

「だが、何も言えん。下手に声をかけたら、何か面倒なことになりそうだ」




騎士たちは目を逸らし、再び自分達の仕事に戻る事を選んだ。




「見てみ!これ、デカいフルーツケーキや! めっちゃ美味そうやん!」




新たなターゲットを見つけたフーディーが歓声を上げる。

ジェリーは額に手を当て、頭を振った。




「もうどうにでもなれ…」




そんな二人の異彩は、大広間の慌ただしさの中で妙な存在感を放っていた。

フーディーの豪快な食事とジェリーの呆れた態度が、騒ぎの余韻に一抹の笑いをもたらしたとしても、誰一人として笑いに流れる余裕はなかった。




「やっぱり、国が無事で良かったなぁ。この美味しい料理がなくなるなんて、想像もしたくないわ~」


「君の楽しみが減ってしまうところだったね…『アレ』も気の毒に…」


「ホンマにな! 食べ物の恨みは怖いんやで? せやから、ウチが魔物を排除したんやし!」


「…君がそう言うと、冗談に聞こえないんだよね」


「半分本気、半分冗談ってところやな」




フーディーはそう言って、フルーツケーキを1カット分、まるまる一気にぺろりと平らげて見せた。

幸せそうな表情を見せる彼女に、ジェリーはまたしても溜息を吐く。



その時。




「…あ」




ピクリと何かに反応する様に、ぽつりと呟くジェリー。

その眼は、騒然とする大広間の渦中に向けられた。







大広間に突如現れた転移魔法の眩い光。

其処に居合わせた者達は一様に目を覆い、周囲に混乱のざわめきが広がった。




「何だ!? 敵襲か!?」




シリウスが剣を抜き、騎士達に警戒を促す。


大広間に突如として現れたまばゆい転移の光。

光が徐々に薄れ、一人の青年が姿を現した。

その表情は苦悶に歪み、額には汗が滲んでいる。




『レン、フウマおにーちゃん…っ!』




肩には一匹のスライムを乗せており、とても悲しそうな表情をしていた。

そして、その足元には――気を失ったレンとフウマが横たわっていた。




「レンさんと…フウマさん!?」




ディーネが驚きの声を上げ、駆け寄ろうとする。

だがそれを、シリウスが手で制止した。




「待て。…あの男、一体何者だ?」




シリウスの眼は、魔王に据えられていた。

彼の存在感は圧倒的で、冷徹で鋭い眼差しが部屋全体を射抜く。



周囲の騎士達も剣を構え、緊張が高まっていた。


だが、魔王は一歩も動かず、疲労の色を隠しながらも、冷静にその場を見渡した。




「お前は、何故…!?」

「マ、マオ、さん…っ!?」




そして、その眼がウォルターへと向けられる。




「…少し、疲れた…」




魔王は疲労困憊の様子で小さく息を吐くと、その場で膝をつき、力なく前のめりに倒れた。

その瞬間、彼の姿が黒い靄に包まれ、次第に小さくなっていく。




「後は任せた、ぞ…」




その言葉を最後に、ふらりと身体が前のめりに倒れる。









「――やれやれ…」




声と共に突如現れたのは、忠実なる配下――マモンだった。

彼は軽やかな身のこなしで魔王―-マオの小さな身体を抱きとめ、深々と溜息を吐く。




「無茶をしないようにと、何度も申し上げたと言うのに」




その言葉には、呆れと困惑が入り混じっていた。

大広間に居た騎士達は、マモンの突如の登場に驚きを隠せなかった。




「一体、誰だ?」




シリウスが剣を抜きかけながら、警戒の目を向ける。

マモンはちらりとその視線を向けたが、興味なさそうに肩を竦めるだけだった。




「マモンちゃんや!」




フーディーが嬉しそうに手を振り、大広間中に響く声で叫んだ。




「やっぱり来てくれたんやな!」

「…何をしているんですか、フーディー」


「このタイミングで現れるとは、流石マモンちゃんや! ホンマに助かるわ~」




マモンは、マオの顔を見下ろしながら言葉を続ける。




「遅いから様子を見に来ただけですよ。今夜が『満月』でなければ、忙しい合間を縫って来る事もなかったのですがね」


「お前達、何者なんだ…」




シリウスが再び問いかけるが、マモンは答える気配を見せない。

その代わり、ジェリーがフーディーの肩を叩きながら言った。




「さあ、これで帰る準備をしよう。魔王様を此処で休ませる訳にはいかないからね…」

「え~、せっかくの料理がまだ残ってんのに!」


「食べている間に何か問題が起これば、あなたが責任を取るのですか?」


「そ、それは…ええっと…」




フーディーが口ごもると、ジェリーが助け舟を出すように肩を叩いた。




「ほらフー。帰ろう」

「しゃあないなあ…」




フーディーは渋々料理を諦め、ジェリーと共にマモンの後に続いた。




「…そういえば」




マオを抱えたままのマモンの視線が、ふと気絶しているレンへと向けられた。

その鋭い瞳には、一瞬の冷たい光が宿る。




「何処ぞのテイマーが、何日も返済を停滞させているんでしたね」




その場に居合わせた騎士達は、突然の発言に眉を顰める。

『何の話だ』と小声で囁き合うが、当のマモンは気に留める様子もない。




「スライム。目が覚めたら伝えなさい」


『…え?』




スライムへ一瞥を送りながら、マモンは更に言葉を重ねた。




「延滞分を払い終えるまで、魔王様は渡しませんよ、とね――」




その言葉には、何処かぞっとするような響きがあり、周囲の空気が一瞬ひんやりと冷たくなったように感じられた。

マモンがマオを抱え、転移の準備を進める中、大広間には張り詰めた緊張感が漂っていた。




「ま、待て。お前達は一体…!」




シリウスが剣を握り締めながら前に出る。




「シリウス。いいんだ」




突然の制止にシリウスは驚き、振り向いた。




「ウォルター…?」




そこには、冷静な表情を浮かべたウォルターの姿があった。

彼はシリウスを静かに見つめ、言葉を続けた。




「彼らは敵ではない。…少なくとも、今はな」

「しかし…っ」

「シリウス。此処は見逃すのが得策だ。これ以上、無用な争いは必要ない」

「…解った。全員、剣を下ろせ」




シリウスの冷静な判断により、騎士達は次第に剣を収め始めた。

しかし、不安げな視線は依然として、マモン達に向けられている。




「理解のある方がいて助かりますよ」




マモンは微かに口角を上げた。




「賢明な判断ですね、大剣使い殿。私も、これ以上こんな場所で、余計な時間を割きたくはありません。ただでさえ面倒に面倒が重なって、頭痛がするのですから」


「ちゃーんとウチらで始末したから大丈夫やで!」

「…えぇ。この国の問題は、これで一段落したようですね」




マモンは魔王の小さな身体を優しく抱き直しながら、そう告げた。




「感謝するといいですよ。魔王様がこの場に居なければ、我々が此処に来る事もなかった。この国はもっと大きな被害を受けていたかも知れない」




言葉を切り、マモンは微笑む。




「人間は、我々に『貸し』を作った事をお忘れなく――…」




その言葉を最後に、転移の光が再び大広間を包み込む。

眩しい光が収まり、マモン達の姿は消えた。


部屋に静寂が訪れ、騎士たちはその不思議な出来事に言葉を失って立ち尽くしていた。






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