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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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とある暗殺者の暗躍⑤



剣の王国―-ビセクトブルク。


街は活気に溢れ、飲食店の建ち並ぶ通りでは、あちこちから香ばしい食べ物の匂いが漂っていた。

特に陽が落ちれば、一日の疲れを労う様に、居酒屋や大衆食堂に足を運ぶ者も多い。


中でも酒を取り扱う店ともなれば、ガヤガヤと賑わう声が絶えなかった。

店の中には個室があったが、閉ざされた扉の向こうからでも、その声が漏れ聞こえている。




「んまい! んまい!」

「マオちゃん。お口がベッタベタ…」




…まあ、騒がしいのはこっちも同じか。




「フウマ! これ凄く美味いぞ! 食ってみろよっ」




チビが手に持っていたのは、この店の名物である大きな串焼きだった。

鶏肉や野菜が豪快に刺さり、香辛料がたっぷりと振りかけられている。




「いや、俺は別に腹減ってないし…」

「そんな事言うなよ。ほら!」




フウマは少し戸惑いながらも、チビに差し出された串を受け取った。

押しに負け、一口だけ食べてみる。

すると、想像以上の美味しさが口いっぱいに広がった。




「…旨い」

「だろーっ!?」




俺の小さな感想に、チビがにぱっと嬉しそうに笑った。




『んまっ! んまっ!』




その隣では、スライムがチビの姿を真似て、小さな体で必死に食べている。

その姿に、フウマは思わず吹き出しそうになった。




「おい、スライムにそんなもの食わせていいのか?」

「スライム、前まではサラダしか食べなかったのに…」


『好き嫌いは駄目なんだって、まおー様が言うのー!』


「いっぱい食べないと大きくなれないぞ、スライムっ」


『うんっ!』


「…スライムって、案外何でも平気なんだね」




その言葉に、レンは笑いながら『そうみたい』と答えた。


確かスライムは、レンの荷物の殆どをその体内に収納する能力があった。

『異空間収納』と呼ばれる能力だが、本人(?)でさえも、その荷物が何処へ行っているのか解らないと、きょとんとしていた。


普段でも賑やかな光景は、食事の席でも変わらない。

その様子に、俺は少し呆れたように口を挟んだ。


楽しそうな空気に包まれたその場は、俺にとって何処か居心地の良いものだった。



相変わらず賑やかな奴らだ。

一緒に居ると、こっちまで自然と笑顔が出る。


その一瞬、不意に漏れた自分の自然な笑顔に気づき、フウマは小さく息を吐いた。




「俺…こんな風に笑う事あったんだな」




だが、その暖かな感情を振り払うように、フウマは頭を振った。




「どうかしたのか、フウマ殿?」




声を掛けていたのは、騎士団長のシリウスだった。

彼もまた、この『お祝い』に同席していた。



既に何杯目かのジョッキを空け、いつになく上機嫌である。


これが、王国騎士団のトップに立つ男の姿か…

国の『英雄』と呼ばれる凛々しい姿だけを見ていた部分もあり、実際に会話をするとそのイメージは、数時間もしない内に払拭される。


酒好きの、何処にでもいるおっさんだ。


だが――人を見る眼はしっかりしているらしい。

俺の様子を見て声を掛けて来たのが、そのいい例だった。




「いや、あんたが話してくれた、おっさんの昔話が面白くてな?」

「おお、そうかっ。まだまだあるぞ!」

「おいやめろ。酔い過ぎだ馬鹿」




酒の肴になる話は、いつまで経っても尽きない。

ウォルターのおっさんとシリウスは同郷の出で、昔馴染みだと言う事は聞いていた。


酔った勢いもあるのか、シリウスの語り口は何処か誇張した部分も見られたが、場を和まし、自然とまた笑顔になる。




「おっさんが『B級』になったんだ。これからは一緒に組む時が楽になるな!」

「だからと言ってサボるなよ、フウマ?」

「へいへい。新入りは身を粉にして働きますよっと」




護衛として、レン達と行動をするようになって数日。

二人の皇子の護衛役を仰せつかったまではよかった。

しかし、標的である第一皇子・アルデールは、予想以上に警戒心の強い男だった。


自分にも他人にも厳しい――特に弟のエルヴィンを、余り傍に置きたがらない傾向にある。

食事の時間はわざとずらしているし、偶然ばったり会っても素っ気ない態度。

会話も最小限に留めている。


傍目からすれば、何ともぎこちない兄弟か。

噂通り『王位継承問題』で、二人の仲は荒れている――最初は、そう思っていた。



でも違った。


あの皇子様は、エルヴィンを大事に思っているのだと、たった数日の観察だけでも十分解った。

こっそりとエルヴィンの魔法訓練の様子を眺めている顔なんか、間違いなく『お兄ちゃん』だ。



…不器用なのか、あの皇子様。




ウォルターが『B級』になったお祝いと称して集まったメンバーだが、その実態は気たる『継承式』に向けての情報交換の場と言っても差支えはない。

城の中では、誰が聞いて居るかも解らない話だ。


アルデール皇子暗殺未遂の犯人の件も踏まえ、彼らの話を聞いていたが――有り難い事に、侵入者の情報はまだ掴めていない。


そう簡単に尻尾を出すようなヘマをする訳がなかった。

いくら調べところで時間の無駄である。




「…どう考えても太后様が怪しい。最近の動きがどうもおかしいんだ」




シリウスの言葉に、フウマの注意が一気に引き寄せられる。




「前に怪しげな商人や貴族と繋がりがあるんじゃないか、と言っていたな」

「うむ。継承式が近づくにつれ、城には各国からの来賓や要人が招かれている。王族にご挨拶に来る姿も珍しくはないが…」


「勘か?」

「そうだな、勘だ」

「…お前の勘はよく当たるからな」




フウマはその会話を静かに聞きながら、頭の中で情報を整理していた。

彼にはまだ、商人の背後にいる依頼人が誰なのかは解っていない。


ただ、この『太后』という存在が王宮の問題に深く関わっている事は、間違いなかった。

太后は第二皇子・エルヴィンの実母。

彼女が自分の実子を王位に継がせたいと言う話は、聞きしに及んでいた。




「をの太后様ってのが、裏で実権を握ってるって事か?」

「余り大きな声では言えないがな…国王様も寄る年波には勝てないと言う事だろう」

「いい歳してるもんな」

「早い内に後継者を決めて、自身は隠居なさりたいとも零していた。国王もこの問題には頭を悩ませている」




王位継承ですら平等にだなんて、実に馬鹿らしい話だが、国王はそれだけ皇子二人を分け隔てなく接してる証拠なのだろう。

一番は、国王が直々に次の王を指名すれば済む話だが、それはそれで太后が黙っていない。


だからこそ、どちらにも納得がいく形にしたいと、国王は考えた結果だった。




「自分が蒔いた種だろ…」


「そうだな。まさにその言葉通りだ.だが――王妃様を失った悲しみを埋めて下さったのは太后様なのだ。国王様とアルデール皇子は、あの方のお陰で救われた部分もあるだろう」




シリウスはそう言って苦笑した。






◇◆◇






「何だ。俺の顔に何かついているか?」

「今日も不愛想な顔だなーって」

「…」

「失礼だぞ。フウマっ」




ウォルターのおっさんは、咎める様に俺を見た。

『口の利き方がなってない』と、暗に示されているのが、目を見れば明らかだ


悪いけど、ろくな教養がないもんでね。


半分冗談、半分本気である。




「今日もお前が護衛なのか…」

「そう邪険な顔すんなって。それに俺だけじゃないぜ、おっさんも一緒だ」

「だからおっさんと呼ぶんじゃない」




何度も聞いたその言葉に、俺はにやりと笑う。




「まあいい…ウォルター殿。剣を抜け。俺の相手をしろ」

「いえ、私の様な者が皇子の相手など、とても…」

「騎士達ではもう相手にならないと言われてな。B級になった貴方なら――と言われた」

「…念の為にお聞きしますが、誰にでしょう?」

「シリウスだが?」

「あいつ…っ」




悪態を吐きつつも、皇子様直々の指名ともあれば、断る事もっ出来ないのだろう。

溜息混じりに肩を竦めつつ背中の大剣を引き抜く。


次の瞬間、その顔つきは真剣なまなざしと共に、皇子を見据えていた。




「それでいい」




アルデールもまた、彼の姿に満足げに頷き、剣を構える。



彼が使う二刀流の剣技には、改めて見ると目を見張るものがあった。



アルデールは両手に長剣を携え、素早い動きで打ちあう姿は、まさに鋭い稲妻の如くだ。

それは皇子が使う剣技が『雷』になぞらえているからとも言える。


あの夜、機転を利かせて逃げ出せたのも、盗賊として、そして暗殺者として培った経験があったからこそである。

少しでも油断していれば深手を負っていたかも知れない。


『標的』の力量を間近で観察しながら、そんな事を思った。




「流石殿下。お強いですな…っ」




暫くその撃ち合いを眺めていたら、突如としておっさんの方が『負け』を宣言した。

ピタリと動作を止めたアルデールは、何処か残念そうに顔を顰める。




「世辞はいい。同郷の出と言うだけでなく、考えもシリウスと一緒だな」

「あー…そうでしょうか」

「次はもっと真剣にやって貰いたいものだ」

「…すみません」

「何だよ、手を抜いてたのか?」

「せめて手加減と言ってくれないか…」




相手が皇子と言う事もあり、おっさんも思うところがあるのだろう。

アルデールもそれが解っているからか、それ以上は何も言わなかった。




「…ん?」




ふとフウマは、見覚えのある商人の姿を遠くに見つけた。

城の廊下を歩く商人は、相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべ、時にすれ違う人に軽く会釈をしている。



どうして、あいつが此処に…?




「どうした?」

「いや…」




思わずその姿を目で追うと、アルデールもそれに気付き、『あぁ…』とぽつり呟く。




「あの商人か…」

「知ってるのか?」

「よくこの城に来ているのを見かける。太后が抱える行商人の一人だろう」

「なるほど。太后様ですか」

「…あの女の周りは、きな臭い連中ばかりだからな」




たまたま訪れた――?


本当に?



アルデールの言葉を聞いたフウマの胸中には、嫌な予感が浮かんでいた。




「太后様ってのは、まだ会った事ないな」

「お前は言葉の使い方を勉強した方がいい。…今に首が飛ぶぞ」

「そりゃ恐い。肝に銘じておくよ、皇子様」









その夜。


フウマは城内を巡回している最中、不意に聞こえてきた小声に足を止めた。

暗い廊下の先、月明かりの差し込む片隅で、例の商人が誰かと話しているのを見つける。


直ぐに廊下の陰に隠れ、注意深くその様子を観察した、

相手は、年若い侍女だった。




「これが例の品だ。使い方は解るな?」

「はい…ですが、本当にこれを使う必要があるのですか?」

「余計な事を考えるな。指示通りに動け。それが最善の方法だ」




商人が侍女に小さな瓶を手渡す。

フウマは、すぐにその光景がただ事ではないと理解した。


一瞬だが、瓶の中には無色透明の液体の様な者が入っていたように思う。




「…わ、解りました」




侍女は怯えた表情を浮かべながら頭を下げ、足早にその場を立ち去った。

自分の直ぐ傍を走り去って言った彼女は、此方の存在に気付く事がない。

その表情から、周りを気にする余裕すらないように感じられた。




「…隠れてないで、出てきたらいかがでしょう?」




商人が呼び掛ける。

その声は、明らかにフウマに向けられていた。


軽く舌打ちをしたところで、フウマは影から姿を現した。




「今の貴方は『護衛』なのですから、堂々としていては?」

「癖なんだ」

「そうですか、そうですか…」

「…随分と怪しい取引をしていたようだな」

「貴方も夜の見回りですかな。夜は冷えますね」

「質問に答えろ。今のは何だ?」




商人は、軽く肩を竦める。




「何、大した事じゃないよ。依頼人の指示でね。君がまた失敗した場合の為の、いわば保険だ」




その言葉に、フウマの眉が僅かに動く。

商人が語る『保険』と言う言葉の軽さに、彼は苛立ちを覚えた。




「随分と足のつきやすい保険だな。そんな目立つ方法で…何を考えている?」


「君は相変わらず慎重だね。でも、君の手際が良ければ、こんな保険は不要になる。つまり、これはただの予備策さ。君が失敗しなければ、誰にも知られる事はない」


「…」


「そうそう。太后様に君の事を話したら、君の生い立ちや孤児院の事など、大層興味を持って下さってね。もしかすると、直々にお目通りになる事もあるかも知れない」




商人は意味深に笑う。

その言葉を聞いた瞬間、フウマの中で全てが確信に変わった。




「…それが、お前の言う『依頼人』か?」

「おっと。私としたことが…つい口を滑らせたようだ」

「白々しい。アルデールを殺せと言ったのも、自分の息子を王位につかせる為か」


「太后様は、とてもお優しい方でね。この国を支える為に。日夜努力を惜しまない方だ。君のような優秀な人材は、きっとお目に留まるだろう」


「…」




どうやら、シリウスの勘は当たっていたらしい。


商人の言葉に潜む皮肉を感じつつ、内心では怒りと疑念が渦巻いていた。




「全ては、君の働き次第ですよ。フウマさん」




深く息を吐く。

冷たい夜風が頬を撫でるが、それでも心の中の熱い葛藤は消えない。




「…自分が何をすべきなのか、解らない」




アルデール皇子は彼にとって、始末すべき標的。

しかし、護衛として傍に身を置いている内に、その姿勢や誠実さに心を動かされてきた。


暗殺者としての自分は、その信頼を裏切り、皇子の命を狙うという最悪の選択を強いられている。




「何を今更。君はまだ、自分の立場が――」

「解ってるっ。…解ってるさ」




孤児院の子どもたちの笑顔が脳裏を過る。

彼らはフウマにとって、暗い過去を生きる中で唯一の癒しだった。


あの子たちを守る為なら、どんな犠牲も厭わない――そう決意してきたつもりだ。

だが、今回の命令は、自分の心を引き裂くものだった。




「俺が…やらなきゃ駄目なんだ…っ」




フウマは拳を握り締める。

しかし、どうすればいいのか、どちらを選ぶべきなのか。


その答えが見つからないまま、夜が深まっていく。



フウマが困惑の色を隠しきれずにいると、商人は低く、静かな声で続けた。




「君が命令に従わないのなら、あの孤児院の者達はどうなるか、解っているだろう? 事を成せば、君は『英雄』になれるんだよ」




自分の身体が凍りついたような感覚に襲われた。

彼が暗殺者としての顔を余儀なくされた理由も、こうした『人質』の存在があったからだ。




彼は目を閉じる。



幼い頃、孤児院の院母が語ってくれた物語を思い出した。


悪を退け、善を守る英雄の話。

フウマはその英雄に憧れていた。


いつか自分も、誰かの為に立ち上がる存在になりたいと思っていた。


それなのに、今の自分はどうだろう?

善悪の狭間で揺れ、心の中の正義が何なのかさえ見失っている。




「自分は英雄じゃない。ただの駒だ。」




それでも、アルデールの姿が脳裏を離れない。


強く、誠実で、時には不器用で。

それでも彼の目指す未来には、希望があるように思える。


アルデールなら、この国を変える事が出来るかも知れない。


そんな期待を抱いてしまう自分がいる。



だが、太后の影がその希望を飲み込むように迫る。





もう既に、自分は戻れないところまで来ていた。














例えどんな結果になろうと、自分が出来る限りの事をしよう――





フウマは考え抜いた末、ついに小さな決意を固めた。



それがどちらの道を選ぶ事になったとしても。




「…俺は、あいつらの傍に居られる人間じゃないんだ」




彼は自分の手のひらを見つめた。

其処には、長年の鍛錬と戦いの跡が刻まれていた。




「この手で奪い、傷つける事しか出来ない。俺がいるのは――闇だ」




フウマは意識を無理やり現実に引き戻し、テーブルの上に置いた装備品を手に取った。

クナイの刃先を試すように指で撫でると、切れ味は十分だと確認出来た。




「これでいい」




次に、闇夜に溶け込む黒ずくめの軽装を身にまとった。

動きやすさを重視した服は、隙のない暗殺者としての彼を際立たせる。


胸の奥に押し込めていた僅かな温もりは、冷徹な殺意へと変わっていった。




継承式当日。




孤児院の安全のために暗殺を成し遂げるべきか。


それとも己の信念に従って任務を放棄するか。



フウマは、自らの心と命運を賭けた選択を迫られる。




「これが俺の選んだ道だ」




その言葉を呟くと、彼は深呼吸をし、最後の任務へと向かうために足を踏み出した。

その眼には、再び闇に生きる者としての冷たい決意が宿っていた。






ーーやらなきゃ駄目なんだ…



『とある男の手記より抜粋』




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