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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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とある暗殺者の暗躍④



石造りの薄暗い部屋。

壁には豪奢な装飾が施されているものの、その重厚な空気は息苦しいほどだ。


商人は部屋の中央に跪き、冷たい汗を流しながら口を開いた。




「太后様。任務は…残念ながら、フウマが失敗しました」




彼の声は震えていた。

それは単なる報告以上の緊張感を含んでいる。


太后は無言で商人を見下ろした。

その眼差しは静かだが、計り知れない威圧感を放っている。




「もう知っているわ」




その冷たい声が、部屋の空気を更に重くした。

商人は喉を鳴らしながら必死に言葉を絞り出す。




「は、はい…ですが、フウマはまだ利用価値があります。彼の腕前は確かで、多少のミスは…」




太后が片手を上げると、商人の言葉は途切れた。

微動だにしないその姿に、商人の背中を冷たい汗が伝う。




「『多少のミス』ね? お前は計画の重要性を理解しているのかしら」




商人は慌てて頭を下げた。




「も、勿論です、太后様! この計画が如何に重要か、そして成功がこの国にとってどれほど意義深いか、十分に…」




言葉が続かない。


目の前の太后が、自分の内心を全て見透かしているような気がしてならなかった。

商人は金の重みを感じながらも、心の何処かで早く逃げ出したいと思っていた。

しかし、彼女の前ではそれを表に出す事が出来ない。



逃亡に失敗すれば、其処には『死』が待っているのだから。



太后は暫く商人を観察するように静止していたが、やがて口を開いた。




「そのフウマとやらに全て押し付けて、お前は自分の手を汚さずに済ませるつもりでしょうね」




その一言で商人の心臓が跳ねた。

顔を青ざめさせながら、彼は震える声で言った。




「す、全て太后様のご意志に従い…」

「まあよい」




太后は溜息を吐くと、冷ややかに微笑んだ。




「お前が選んだ『駒』なのです。もしもまた失敗するようなことがあれば…首が飛ぶのはお前かも知れませんね」




彼女の言葉は優雅だったが、その裏には冷酷さが透けて見える。

商人は太后に震えながら、必死で頭を下げ続けた。


彼は内心で『いつ逃げるか』を再び考え始める。

しかし、それは容易ではない事を痛感していた。


太后は椅子に腰掛け、静かに視線を遠くへ向けた。

その眼差しには、次なる計画への冷徹な意志が宿っている。


この会話を終えた商人は、ただ部屋を後にする事しか出来ない。

太后の前にいる限り、彼の選択肢はは殆どないのだと悟りながら。





◇◆◇





『アルデール皇子暗殺未遂』から一夜明けた頃。


侍女も使用人も騎士達も、誰もが皆、その話題には表立って触れられないでいたものの、城内は既に昨夜の一件で持ち切りだった。


暗殺は、一度失敗するとその後の行動がやりにくくなる。

警備は強化され、標的もますます身の回りの警戒に余念がないだろう。


標的の正体が判明したところで、フウマは改めて情報収集を行う。

第一皇子・アルデールは、タダでさえ警戒心が強く、自分の周りには人を寄せ付けない。

弟であるエルヴィンでも、容易に近付けさせないほどだった。


そんな男も、父である国王の命令には逆らえず、つい最近雇ったと言う『傭兵』を護衛に付けているらしい。




「…まさか、あいつらが護衛なんてな」




綺麗な花が咲き誇る庭園の片隅で、見慣れた冒険者達が顔を合わせているのを確認した。

フウマは高い木の上から彼らを見下ろし、耳を澄ませて会話を盗み聞いている。




「昨夜の暗殺未遂事件、アルデール皇子を狙ったのは一体何者なんだろう?」

「雇われた暗殺者と言うのが濃厚だろうな」

「暗殺者、ですか…!?」




フウマは胸の奥がざわつくのを感じながら、彼らの会話を聞き続けた。




「俺とレンが駆けつけた時には、もうアルデール殿下は敵と交戦していた。傍目から見る限り、相手はかなりの手練れだろう」


「相手は一人だったから、直ぐに逃げ出したのかな?」

「そうだろうな。暗殺に時間をかけるのは得策ではない」

「レ、レンさん。武器も何も持たずに、大丈夫だったんですかっ?」

「いや、正直腰が抜けるかと思ったよ…」




「(なるほどな…)」




昨夜、ウォルターとレンの姿を見たのは、見間違いではなかった。


フウマはレン達が昨夜の標的、アルデール皇子を守る為に動いていた事を初めて知った。




「レンはまず、自分の身を護る事を優先するんだ。装備を持たずに敵の前に立つなど、会ってはならない」

「うぅ…気を付けます」


『ボ、ボクも頑張って起きるよー!』


「例の暗殺者については、解らない事だらけだ。何処の誰で、依頼人が誰なのかもな」

「何か手がかりが必要ですね」




やはりと言うべきか、ウォルター達は暗殺者やその依頼人についての調査をするつもりだ。

昨夜、侵入した際の痕跡を残しておくほど馬鹿ではない。

余程の事がない限り、その正体がバレる事はまずないだろう。


だが、標的周辺の警戒が強められれば、此方としては動きにくい事は事実だった。

一度失敗した任務を再び遂行するのは、決して容易ではない。


ましてや、それを完遂するとものなれば――…




「それと、このままじゃまた殿下が狙われるかも知れない。警備を強化したいが…殿下がそれを望んでいないからな」


「わたし達が護衛として傍に居られるのも、ギリギリ許容範囲と言う感じですかね…」


「でも、この三人じゃ心許ないってのは事実かも。男手はウォルターだけだし…」





其処で、はっとした様にレンが言い出した。




「フウマにもお願いしてみない?」

「フウマに?」

「盗賊だから、侵入経路とか簡単に割り出してくれるんじゃないかって、思ったんだけど…」

「確かに。あいつはそう言う事に関して、勘が鋭そうだな」




自分が実行犯であるとは露ほども疑わず、寧ろ協力を求めようとしている。

レン達のそんな提案を聞いて、フウマは内心苦笑した。



俺が実行犯だなんて、まさか思いもしないだろうな。


フウマはレンたちの無邪気な信頼を利用する計画を思いついた。

護衛の手が足りないと話す彼らの中に自ら飛び込み、皇子の近くで動ける立場を得ようと考えたのだ。

これなら、次の暗殺の機会を窺うのに都合がいい。


しかし、その時、フウマは鋭い視線を感じた。

下を見ると、小さな子ども――マオが、じっと木の上の自分を見つめているようだった。



まさか…気づかれたか?




フウマの心拍が一瞬だけ高鳴る。




すると、マオの様子に気付いたレンが、不思議そうに首を傾げた。




「何見てるの、マオちゃん?」




マオの視線を追い、レンが此方を見る様に視線を上げる。

しかし、其処にはもう誰の姿もない。




「何でもないぞっ」

「そう? フウマに会いに行く事になったから、行こうか」

「解った!」




屈託のない笑顔でレンに答えるマオ。

しかし、フウマにはその視線が何処か意味深に感じられた。


まるで『知っている』とでも言いたげな。

何かを隠しているような雰囲気を漂わせていた。



フウマは息を潜め、視線を外したマオを見つめた。




もし気づかれているなら、手を打つべきか。


いや、あいつ一人が気づいたところで問題はない。



…今はまだ。





フウマは内心の迷いを振り払い、木陰に身を潜めながら、次の行動を冷静に考え始めた。


計画を練り直す必要がある。

何処か、静かな場所へ移動する事にしよう。





そう考えていた俺の足は、自然と孤児院へと向かっていた。

まだ陽も高く、チビ達は家の内外で楽しそうに遊んでいる姿が見える。


チビ達に軽く手を挙げると、庭先で洗濯物を干している母さんを見つけた。




「ただいま、母さん」

「あらフウマ、今日は早かったのね?」

「いや、これからまた仕事に行くんだ」

「そう。あんまり頑張り過ぎて、無理をしないで頂戴。倒れたりでもしたら大変っ」

「あぁ。気を付けるよ」




母さんは昔から、少し心配性な所がある。

俺が仕事で数日姿を見せないだけで、大丈夫かと心配して抱き締めてくるほどだ。

昔は心配される事が少し嬉しかったしなくもなかったが、16歳にもなれば話は別だ。


相変わらず母さんは心配症で、それでいて俺をしっかり子ども扱いしてくる。


俺は――俺達は、いつまで経っても母さんの子どもだから。




「そうそう。フウマ宛てにお手紙が届いていたわ」

「手紙?」

「えぇ。確か此処に――あったわ」




母さんはそう言って、一通の白い封筒を差し出した。

『フウマ様』と宛名が書かれ、その住所はこの場所…孤児院だ。




「商人さんがね。自分の荷物に紛れ込んでいたみたいだから――って、届けてくれたのよ」

「商人? …どんな人?」

「とても優しい方だったわ。丁度買い物に出ようとしていたのだけど、街で買うよりも少し安い価格で品物を売ってくれたの。食材とか衣料品とか雑貨も!」

「へぇ…」




確かにテーブルの上には、買ったばかりの品物が置かれたままだ。

外で遊んでいた子ども達が、真新しいボールを蹴っていたのには気付いていた。


それに、家の中ではクレヨンを手にした女の子が、嬉しそうにお絵描きをしている。

赤やピンクが直ぐになくなると言っていたから、買ってあげようと思っていた。

でもその手には、もう既に真新しいクレヨンが握られていた――



母さんの言う『商人』とは、恐らくあの男しか居ないと思った。





「でも、こっちに届くなんて珍しいわね。いつもなら貴方の家に届くでしょう?」

「…そうだね」




笑う母さんは、再び洗濯の作業へと戻って行った、


封を切り、中身に目を通した自分の顔から、次第に血の気が引いて行くのを感じた。


そこには孤児院の名前と、そこにいる子供たち、そして院長である『母さん』の事が記されていた。

更に詳細な住所や生活の様子が記され、孤児院の近影までが添えられている。


彼らの命運が、フウマの忠誠次第である事が示唆されていた。




手紙の最後にはこう書かれていた。




『任務を全うしろ。さもなくば、孤児院に災いが降りかかるだろう』




フウマは唇を噛みしめ、拳を強く握り締めた。




「…孤児院にまで手を出すのか…」




忠誠を見せる事。


それが最も簡単な解決策だろう――?




未だ見ぬ依頼人から、暗にそう投げかけられているような気がしてならない。

フウマはその場に立ち尽くし、冷たい汗が背中を伝うのを感じながら、心の中で葛藤していた。



母さんや子ども達。

そして過ごした幸せな時間を思い返す。

孤児院の子ども達が自分に駆け寄り、『おかえり!』と笑顔で迎えてくれる姿。

温かいご飯を作って迎えてくれる、優しい母さん。


その笑顔が、幸せが。

足元から、ガラガラと崩れ落ちてしまいそうな気がして、恐怖をを感じる。


そして、その大切な記憶が――彼を更に深い絶望へと追いやった。




「護らなきゃ…俺が…」




ぐしゃり、手紙を握り潰す。


フウマは任務の計画を練り直し始めた。

しかし、どれだけ冷静に計画を立てようとしても、心の奥に湧き上がる躊躇や迷いが消える事はなかった。


『アルデール皇子』と言う標的の名前を反芻する度に、フウマは自分がこれから犯そうとしている罪の大きさを、自覚せざるを得なかった。




「暗殺者は、感情を持ってはならない」




自分の心を無理やり押し殺した。

孤児院の母さんやチビ達が無事である事を想像し、それだけを心の支えとした。


フウマは手を血に染める覚悟を固める一方で、自分が何処まで闇に染まればいいのか、計り知れない不安を抱えていた。




「フウマ。何処かに行くの?」

「…あぁ、うん。ちょっと出て来るよ」




力なく笑う俺の様子に、母さんは怪訝そうな表情を見せる。



母さんを心配させたくない。


俺は――逃げる様にその場を後にした。







行きついたのは、何故か亡き旧友の墓だった


その墓は孤児院から離れた小高い丘にひっそりと佇み、献花が供えられていた。

道中立ち寄った花屋で、購入したものだ。

野草ではない、きちんとした花を手向ける。


あの商人から握らされた金で買う気にはなれなかったが、先立つものがないのも事実だった。



お金があれば、チビ達に腹いっぱい食わせてやれる。

新しいクレヨンだって買ってやれるし、絵本や綺麗な服も。


母さんは無理な内職に根詰める事も少なくなるし、その分睡眠もしっかりとれるだろう。



お金。



お金。




全ては、お金がないと始まらない。






…でも。




「…」




フウマはその前に立ち、手を合わせるでもなく、ただ無言で墓を見つめていた。

彼の頭には、今後の立ち回りと計画についてが、再度入念にシミュレートされている。



一番手っ取り早いのは、あいつらの護衛の一人として標的に近付く事だ。

お人好しな奴らは、俺に協力を求めて来るだろう。


上手く言い包めて、自分も護衛の一人として協力する――それがよさそうだ。

だが、それは同時にレン達を騙す事にも繋がってしまう。





騙す?


あいつらを?



そんな事、出来る訳…



はっとして気付く。





「…何考えてんだ俺。たった数回、パーティを組んだだけだろうが…」




その言葉には、迷いが感じられているのだと、自分でもよく解っていた。

そして、自分の『任務』に余計な『感情』は不要だと言う事も。




「お前なら、こんな時どうする? 俺がしている事は正しいのか、それとも間違っているのか」




胸の奥底で押し殺した感情が、僅かに溢れ出しそうになるのを抑え、フウマは短く息を吐いた。




その時、背後から聞き覚えのある声が響いた。




「フウマ!」




フウマが振り返ると、レン達が其処に立っていた。

彼女達の目には、嬉しい再会への喜びが浮かんでいた。




「此処に居たんだな。フウマ」




ウォルターの視線が墓石に移る。


フウマは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに平静を装った顔に戻った。




「たまには墓参りしてやらないとな。こいつが夢に出てくると煩ぇんだ。…で、俺に何か用なのか?」

「フウマ、お前に頼みたい事がある」




ウォルターが一歩踏み出し、真剣な眼差しでフウマを見つめる。




「俺達は今、とある任務を請けている。その仕事を手伝って欲しい」




フウマは一瞬だけ目を伏せ、思案するようなそぶりを見せた。

彼の中で、今の自分の立場、そしてレン達の提案が複雑に絡み合っていた。






…迷うな。



利用出来るものは利用する。

それが俺の選択肢だ。




…だけど、こいつらを何処まで巻き込んでいいものか。




フウマは再び顔を上げ、薄く笑みを浮かべながら答えた。




「…分かった。話を聞かせてくれよ」




そう言うと、フウマは墓に短く一礼し、レン達と共に歩き始めた。



しかし、その背中には、彼の中で消えない葛藤と影が漂っていた。





お読み頂きありがとうございました。

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