とある暗殺者の暗躍③
―ーそうそう。
数日後に、あいつらと早すぎる再会をしたんだ。
「…何でまだこの街に居るんだ?」
「まだと言うか、戻って来たと言うか…ね?」
「え、えぇ」
レンとディーネが顔を見合わせて苦笑いを浮かべている。
その後ろでは、ウォルターのおっさんが疲れたように肩を落としているのが見えた。
そして、何故か俺は――ニコニコと笑うチビに手を握られている。
「どうした?」
「いや、急に手を繋がれて驚いただけだ」
「いつでも繋いでやるぞ? オレの手は温かいんだ!」
「そりゃどーも…?」
行動の理由は不可解だったが、繋がれたテは確かに温かい。
子どもは体温が高いと言う。
その温かさが謳わっているのだろう。
何処となく手から腕へ、そして全身へとその温かさが巡って行く気がして、実際に心地よかった。
そして、やはりと言うべきか――おっさん達は関所は超えられなかったらしい。
徒歩で魔法王国へ行こうにも、剣の王国側が道を封鎖しているから、先へ進む事が出来ない。
何と言うか、災難続きで同情する。
落ち込むあいつらを、広場で行われる剣の王国騎士団が主催するイベントに誘った。
剣の王国に在る大きな広場では、騎士達による壮大な模擬試合が繰り広げられていた。
観客席は熱気に包まれ、騎士が剣を交える度に、歓声と喝采が響き渡る。
フウマは静かに観客席の隅に腰を下ろし、その熱狂から少し距離を取っていた。
「凄い! あの攻撃を避けるなんて!」
レンが目を輝かせながら、その技を見つめているのを横目に、彼は冷静に周囲を見回していた。
そして、視線の端にあの『商人』を捉えた。
「…あいつ」
人混みに紛れて座る見覚えのある商人――例の男が其処に居た。
フウマの眉間にしわが寄る。
偶然か、それとも意図的なのか。
その商人の存在が気になって、試合観戦の方には余り身が入らなかった。
この国の『英雄』が高々と剣を掲げる姿に歓喜する観客の声援も、ロクに耳に入っていなかったと思う。
「城の見学ツアー?」
「そう! お城の中が見られるんだって!」
『お城、楽しみ―!』
スライムがその場でぴょんっと高く飛び上がる。
その無邪気な表情は、何処かうちのチビ達を訪仏させた。
「フウマさんも良ければ行きませんか?」
「俺はいいよ。チビ達とウンザリするくらい見てるからな」
「城は何度見てもいいもんだぞっ」
「そりゃ、チビにはそうだろうさ」
定期的に『城が見たい!』なんてせがむチビ達の為に、俺は引率として何度もあの城の見学ツアーに行った事がある。
整理券が配布されるようになる前までは、殆ど週に二・三回のエースだったことを思い出した。
特に女の子は、お城に憧れているようで、何度来ても眼をキラキラと輝かせていたっけ。
「そうなんだ。残念だね」
「ま、観光がてら、一度は見ておくのもありだと思うぜ」
「特にやる事もないしね」
「はぁ。そうだな…」
「ご、ごめんってばウォルター!」
先行きが不安過ぎる奴らだと思った。
そもそも整理券を貰った時点で人数は決められているし、その中に無理矢理、大人一人が入り込むなんて事は出来ない。
城の見学ツアーに整理券が配られるようになったのは、ここ最近の話だ。
剣の王国・ビセクトブルクに訪れるなら、一度は見ておくべき観光名所の一つ。
観光客もさることながら、その腕を試しに冒険者が訪れる事もあり、人に出入りが絶えない。
「でも、剣の王国がこんなに人が多いなんて、思ってなかったよ」
「何処に行っても混んでますよね」
「あぁ、一か月後の継承式が近いからだろうな」
「一か月後? 継承式があるとは知っていたが、日時までは知らなかったな」
「俺も人伝に聞いただけだから」
これは例の商人からの情報だが、世間一般にはまだ出回っていない。
一体何処で仕入れたのかと考えるが、恐らく裏に居る『依頼人』からだろう。
「そろそろ時間じゃないのか?」
「そうだな。皆、城へ向かうとしよう」
「またね、フウマ!」
「おー。楽しんで来いよ」
レン達がはしゃぎながら立ち上がり、別行動を取るタイミングで、商人がフウマに近づいて来る。
観客が立ち去り始める中、商人はごく自然な動作でフウマの隣に腰を下ろした。
「予定が変更になりました」
開口一番、商人は低い声でそう告げた。
「変更?」
俺はは少し身を乗り出して、小声で問い返す。
「一か月先の話だった筈だ。ターゲットの動向を探る期間だって――」
すると、商人は言葉を遮り小さく笑った。
「そう言う予定でしたが、急な事情が出来まして。『あの方』が慎重を期して、早期に処理を望んでいる様です」
その言葉に、俺は舌打ちをしそうになるのを堪えた。
「何だそれ」
自然と眼が鋭くなるが、商人はただ肩を竦め、事もなげに答えた。
「君は最初からそのつもりで契約したでしょう。ただ目的を果たせればいいのです。 それとも…そんな些細なトラブルも対処出来ないのですかな?」
安すぎる挑発だった。
解ったうえで、俺は無言で商人を睨みつけた。
確かに『任務』の際は予期せぬトラブルなんてものはつきものだ。
それを柔軟に乗り越えてこそ、腕利きの『暗殺者」である。
内心では――この急な変更に不信感が募っていた。
だが、ここで疑問を口にする余裕はない。
「…ターゲットの情報は?」
だから、俺は冷静さを保ちながら問いかけた。
商人は、手元の小さな紙切れを差し出した。
「これだ。詳細は書いてある」
それを受け取ると、周囲に目を光らせながら素早く内容に目を通した。
「…分かった。これでいいだろう」
次の瞬間、その紙が突如として燃え上がった。
オレンジ色の炎が勢いよく紙を包み込み、フウマは慌てるそぶりも見せずに紙を手放した。
燃え尽きた灰が風に乗って舞い上がり、空に消えていく。
見ると、着火剤を手にした商人が薄笑いを浮かべていた。
「用心の為ですよ」
その言葉を聞き、自然と唇を引き結ぶ。
燃え尽きる紙片を見つめるその瞳には、静かな怒りと決意が滲んでいた。
「…解ってるさ」
言われなくても解る。
こんな仕事、余計な痕跡を残さない方がいい。
商人は満足げに微笑むと、俺の肩を軽く叩いた。
「期待していますよ」
その言葉を最後に商人は立ち上がり、群衆の中に溶け込むように立ち去った。
足元に散らばる煤けた燃えカスが風に流される。
「やるしかない…」
深く考える時間はなかった。
孤児院を思い出すと、目の前の任務に集中するしかないと心を無理やり引き締めた。
自らを鼓舞するように言葉を吐き出し、彼は闇に向かって歩み始めた。
◇◆◇
欠けた月明かりが微かに照らす夜。
フウマは軽やかに屋根を駆け、影のように間の中を紛れていた。
『ターゲットが、予想以上に力をつけて来ている』
商人からの情報を頼りに、フウマは標的の動向を探り始めた。
標的は、以外にも剣の王国の中枢―-城の中に居る事が解った。
城内には国のトップに立つ国王、そして太后と言った王族や、国の統治に関する主要な決定を助ける補佐役として各担当大臣。
また、書記官や外交官と言った政治関連の人間が、全員ではないが住まう。
軍事関連で言えば、王国騎士団もそうだ。
騎士団長、王宮騎士、衛兵。
更には城で働く侍女や執事、料理長等―-挙げればきりがない。
城は単に居住空間ではなく、国の政治・軍事・文化の中心地として、多様な役割を果たす人々が活動しているのだ。
フウマが受けた『指示書』には、ターゲットの居所とされる場所のみが記されていた。
今夜、任務が動き出す。
フウマは城内に潜入する準備を、万全に整えた。
「警備は厳重…けど、抜け道はある」
事前の調査で得た情報を元に、彼は城内の裏手から侵入する事に成功する。
この国で育った自分にとって、ビセクトブルクは最早庭の様なものだ。
城の内部はほぼ『見学ツアー』でのみだったが、孤児院の子ども達に嫌と言うほど付き合わされたお陰か、ある程度のマップは頭に叩き込まれている。
鍛え上げられた身体能力と、機転を活かし、フウマは騎士や衛兵の目を巧みにすり抜けた。
壁に張り付き、影から影へと移動する彼の姿は、まるで闇そのものだった。
廊下を進むフウマの耳には、騎士の足音が遠くから微かに響いていた。
―ーこの奥に、標的が居る筈だ。
地図と情報を頼りに、彼は静かに支持された場所へと向かう。
その道中の廊下には、幾つもの扉が連なっており、幾つかの居室にはまだ遅い刻限であるにも関わらず、人の動く気配が感じられた。
標的は、城の関係者とみてまず間違いないだろう。
『反逆者』と称するくらいだ。
国を揺るがす大きな権力を持つ者が標的―-そう考えていい。
「此処か」
やがてフウマは、装飾の美しい扉の前で足を止める。
扉を静かに開け、フウマは部屋の中に足を踏み入れた。
月明かりが差し込む居室。
その大きなベッドには、一人の青年が眠っていた。
だが、フウマはその姿を見た瞬間、僅かに動揺した。
「まさか…皇子なのか?」
彼はこれまで聞かされていた標的が、国王に次ぐ地位にいる人物だとは想像もしていなかった。
しかし、動揺も一瞬のこと。
フウマは感情を押し殺し、暗殺者としての冷徹さを取り戻す。
ーー俺の任務は、ただ命令を遂行すること。
それ以上でも、それ以下でもない。
彼の眼は再び冷たい光を宿し、クナイを握りしめた。
皇子の寝息が静かに部屋に響く中、フウマは音もなく彼の傍らへと近づいた。
「此処で終わらせる…」
フウマの頭には、孤児院で待つ家族の笑顔が浮かんでいた。
だが、その瞬間――フウマの胸の奥で何かがざわめいた。
ーーこれで本当にいいのか?
一瞬の迷いが、彼の中に生まれる。
フウマは心の中で問いかけたが、すぐに頭を振り、任務を遂行することだけに集中した。
「…其処にいるのは誰だ?」
この夜が、彼の運命を大きく狂わせる引き金になるとも知らずに…。
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