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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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とある暗殺者の暗躍②



ビセクトブルクに戻って来てから数日後。

街中を歩いていたフウマは、偶然にもあの商人と再会する。




「おや、フウマさん!」

「あぁ、あんたか」




フウマは少し驚いたが、自然な笑顔を見せる商人に警戒心を解いた。




「この間は本当に助かりました!」

「あれから大丈夫か?」

「えぇ! フウマさんのアドバイスのお陰です」

「アドバイスって…俺は当たり前に『人を信用し過ぎるな』って言っただけだぜ」




人の優しい見た目と性格が、この商人のいい所なのだろう。

しかし、自分だったからまだよかったものの、これが悪さをする冒険者相手だったら、本当に目も当てられない。


警戒心がないと言うか、何と言うか。

そう言うところは、何処となくレンやディーネを訪仏させる。



…あぁ、またあいつらの事を思い出しているな。




「でも、フウマさんは信用出来ますっ。今日もまた、貴方に依頼を持ってきましたよっ!」

「あぁ…冒険者ギルドでクエストを請けて来たよ。有り難いけど、報酬はもっと減らしてくれていいんだぜ…?」




商人は、言葉巧みにフウマの信頼を得ようとしながら、その内心では次なる計画を練っていた。




「フウマさん。少し話したい事があるんです。此処ではなんなので、場所を変えませんか?」

「話? 依頼はいいのか?」

「はい。と言うのも、依頼は建前で。ちょっとご相談がありまして…」




その声は穏やかだったが、何処か重みのある口調だった。

フウマは一瞬の迷いを見せたが、商人が以前助けた相手であり、優し過ぎる性格なのだと言う事は承知していた。


わざわざ、こうして依頼を出してまで接触するくらいだ。

もしかして、また何かに巻き込まれでもしたのだろうか。




「解った、行くよ」








夜の帳が下り始める頃、フウマは商人の案内の下、宿屋の裏手に足を運んだ。

薄暗い路地裏には人影も少なく、月明かりがかろうじて周囲を照らしているだけだった。


前を歩く商人は、一度としてフウマを振り返る事がない。

その口数も段々と少なくなり、フウマの表情は次第に険しくなって行く。



やがて、商人のその足がピタリと立ち止まった。




「フウマ君、実は君にしか頼めない仕事があるんだ」

「俺にしか頼めない? 大げさだな」




フウマは軽く笑いながらも、その瞳は相手の背中をじっと見据えていた。




「いや、これは本当に重要な事なんだ」




商人の男は振り返る。

彼の顔は真剣そのもので、話を切り出すタイミングを伺っているようだった。




「確かに君の腕は本物だ。これだけのスキルを持つ者は滅多にいない。だが、ただの腕だけでなく、君の生い立ちや考え方も見込んでの事だ」


「…生い立ちまで話した覚えはねぇけど」

「何。君の身辺を調べればすぐに解る事だよ。随分と小さな子の多い大家族じゃないか」

「…それで? 俺に何をさせたいんだ」




その言葉に応える商人の声は低く抑えられており、フウマにはその空気から漂う不穏な雰囲気が伝わってきた。

商人はさらに言葉を続けた。




「このままでは、君の才能が埋もれてしまう。もっと大きな舞台で君の力を発揮して欲しいんだ」


「大きな舞台…?」




フウマは眉を顰めた。




「そう。実は私は、さるお方の仕事を手伝っているんだ。その中で、特別な案件があってね。君ならきっとこなせる」




商人は言葉を慎重に選びながら、フウマの興味を引くよう話を続けた。




「具体的には?」




フウマの問いかけに、商人の表情が一瞬だけ緊張を帯びた。

しかし、すぐにそれを笑みで隠し、彼は答えた。




「反逆者を一か月以内に始末しろ―ーとの事だ」

「…は?」




穏やかではない仕事内容に、フウマの表情は歪む。

商人はそんな事もお構いなしに、話を続けた。




「木たる継承式の日まで、じっくり時間をかけて計画を進めろ。急ぐ必要はない。目立たぬよう静かに行動し、痕跡を残すな」

「…目立たぬよう、ね」

「君の『暗殺』スキルがあれば、造作もない事だろう?」

「あんた、何処まで――」

「あぁ。余計な詮索はしない方が、互いの為だよ」




にっこりと笑うその口元は弧を描くが、目が笑っていない事に気付かない訳がなかった。

何か裏があると言う確信を持ちながら、フウマは商人を睨みつける。




「随分と期間が長いな。通常の仕事なら一晩あれば終わるもんだ」

「其処までは私も…ただ、そのように条件を提示されたものですから」

「…あんたの言う『あの方』ってのは?」

「それは言えません。私にとって、大事な顧客ですから」

「顧客ねぇ…」




その計画には、何やら不穏な気配が漂ってた。

フウマもまた、そう言った『危険』な依頼は極力避けるようにしている。

下手に関わっても痛い目を見るだけだと、過去の経験からよく知っているからだ。


この商人からの依頼も、元を辿れば別の人物からの依頼を仲介している。

顔の見えない依頼人の仕事なんて、ますますキナ臭さしか感じられなかった。




「悪いけどパス。依頼人があんたなら、内容によってはまだ考えてもよかったけどな」

「何と、勿体ない…これは君にとってもチャンスですよ。金も稼げるし、必要とされる場所に立てる」


「…チャンス?」




フウマの心には、微かな違和感が芽生えていた。

商人の言葉の裏に隠された意図を、完全には理解出来ないまま、彼はその提案にどう応えるべきかを考えた。




「そんな美味しい話があるかよ。暗殺までやれってのか? 俺は其処まで引き受ける気はない」




フウマはすぐに顔を顰め、商人の話を遮った。




「分かる、君の気持ちは分かるよ」




商人は落ち着いた声で宥めるように言葉を続けた。




「君がそう思うのも当然だ。でも、一度だけ信じてみて欲しい」




商人は巧妙に言葉を操り、フウマの疑念を押し留めようとする。




「これを見てくれないか」

「…?」




そう言って商人が取り出したのは、金貨の詰まった袋だった。

その中には、見たこともないほどの輝きを放つ金貨がぎっしりと詰められている。




「これは依頼を引き受けてくれたら君のものだ。そして成功した暁には、これの十倍を用意しよう」




金貨を見た瞬間、フウマの頭には母さんや孤児院の子供達の姿が浮かんだ。

老朽化した建物、日々の生活に追われる母さんの疲れた顔。

それでも明るく振る舞う彼女と、元気に笑う子どもたちの姿を思い出す。




「これがあれば、孤児院の改修も出来るし、食料にも困らなくなるよ」

「…っ」


「フウマ君、これは君にしか出来ない事だ。そして、君の家族の為にも役立つ」




まるで善意に満ちた提案をするかのように、商人は言葉を続けた。


更に商人は、依頼の前金として商品を渡すと言った。

それは絹織物や珍しい薬草など、高価な物ばかりだった。




「これも孤児院の為に役立てて欲しい」


「孤児院は経営難だと言うお話を耳にしています。私としては、貴方が仕事を手伝っていただければ、それなりの報酬をお渡しして、是非とも役立てて頂きたいのですっ!」


「…」




孤児院の経営難の事まで知られているのか…?

この商人、何処まで調べてるんだ。


一介の冒険者一人を引き入れる為に?



確かに孤児院の経営状態は芳しくない。

決して大きくはない一軒家は、毎月の家賃を支払うだけでも苦しい。


子ども達の数は10人に満たないくらいで、日に日に成長する事は喜ばしく、その分食費なんかにはお金が掛かる。

やんちゃな奴らは、家の中でも外でも元気いっぱいに走り回り、あちこちを悪気鳴く損傷してしまう。

その度に母さん――院母は笑ってチビ達を許した。

業者に頼める様な修繕費なんてなく、俺が時々直したりもした。



それだけじゃない。


チビ達の中には、知識を深めたいと独学で勉強する奴も居る。

俺は頭がいい訳じゃないし、母さんも簡単な読み書きや敬さんくらいしか出来ないと、解る範囲で勉強を教えていたけれど、それにも限界がある。


いずれは学校なんかに通いたいと言い出す事もあるだろう。

いや、実際には言い出せずに飲み込んでいるのかも知れない。




お金。



お金。




全ては、お金がなければ始まらない――





でも…



本当にこの仕事を請けていいんだろうか。





「どうでしょう、フウマさん?」




商人は確かめるように問い掛ける。

その眼が、俺の中にある迷いを、見透かしているような気がしてならなかった。




「…標的の素性はまだ伝えられていない。反逆者とだけ聞いているが、それだけで命を奪うのか?」

「我々に必要なのは忠誠と確実さです。それ以上は無用だ」

「余計な詮索は不要ってか…」

「ほんの少し、我々の計画のお手伝いをしてくださればよいのです。貴方にとって、人の命を奪う事など簡単でしょう?」




『簡単』だなんて。



そんな事、簡単に言ってくれるなよ…っ




「…解った。引き受ける」

「おお、それはよかった! ではこれを――」




商人は嬉しそうに顔を綻ばせて、フウマの手に金貨の入った袋を握らせた。

ずっしりと手に掛かる重みに、しかしフウマの表情は晴れる様子はない。




「で、次の指示は?」


「数日は準備だけに留め、継承式までの間、我々の動向を探ろうとする者には気をつけて下さい。王国内に目を光らせている者もいるようです」


「あんたの後ろに居る依頼人とやらに、俺は会えないのか?」


「私はあくまで仲介役。そしてあの方は、おいそれと人様に身分を明かす事は出来ないのです。そう言う意味では、貴方も同じでしょう? お互いの素性は隠しておきたいでしょう?」


「まあ、な」




依頼人が素性を明かさないのは当たり前。

暗殺側もターゲットが誰なのか、深く詮索しないのが暗黙のルールとなっている。


頭の悪い冒険者なら、報酬さえ貰えればそれでいいと考えるかも知れないが――




「貴方の働きに期待していますよ、フウマさん」




仕事を請ければお金が貰える。

そうしてまた寄付をして、皆に楽をさせてやりたい。

孤児院で育った彼にとって、そう言った思いで、この汚れた仕事を続けていた。


正当な理由として考えていた。







『太后様。暗殺者を見つけました――えぇ、まだガキですが、腕は確かです』





俺の盗賊としてのスキル、そして――『暗殺者』としてのスキル。


それが、結果的に王位継承に巻き込まれる事になるなんて…



そんな事、思いもしなかったんだ。




運命に翻弄されたもう一人の少年は、そうして歩み始める。





◇◆◇





「フウマ。どうかしたの?」

「えっ…」




はっとして顔を上げる。

目の前には、心配そうな表情で自分を見つめる母さんが居た。




「ココアの気分じゃなかったかしら?」

「そんな事ないよ。ココア、好きだって」

「よかった。今日、久しぶりに手に入れる事が出来たのよ」




テーブルの上にはマグカップが置かれており、其処からはまだ温かい湯気が立ち上っている。


そうだ。

母さんがココアを淹れてくれて、そのままだったんだっけ。




「さっきからぼーっとしちゃって…少し疲れてるんじゃない?」

「いや…ちょっと考え事さ」

「考え事?」

「あぁ。どうしたらチビ達がもっと勉強するのかってね」


「えーっ!?」

「お勉強なんてしたくないよーっ!」

「やだー!」




夕食を食べ終えたチビ達が、それぞれ思い思いの時間を楽しそうに過ごしている。

その殆どが、夜だと言うのに賑やかに駆け回ったりと、まあ元気な事。

お陰で、お絵描きをしているチビのクレヨンを踏んづけてまた折ってしまっている。


どんどん短くなるクレヨンが何とも無残だ。

また、買い直してやらないとな…




「お勉強だなんて、フウマも大人な考えを持つようになったのね」

「俺ももう16だぜ? 少しは頭を使うようになったんだよ」

「まあ。ふふ…」




眼を細めて笑顔を見せる母さん。

その目尻には、小さな皺がまた少しだけ多く刻まれているような気がした。


年々、歳を取って行く母さんは、16の子どもを持つ同じ親と比べれば、少しだけ疲れているように思えた。

満足に着飾る事も出来ないし、服装はいつも割烹着。

母さんだって、女性としてお洒落をしたいだろうに、それすらも我慢している。



ずっと。





「…あぁ、そうだ。母さん、また『足長おじさん』から届いてたよ」

「あら。ポストを見てくれたのね、ありがとう」




孤児院のポストには、よく『足長おじさん』からの届け物が来る。

それはお金だったり、宝石だったり、はたまた反物だったりと様々だ。




「今回は凄いぜ。大金だっ」

「た、大金…っ!? 本当にそれ、大丈夫なのかしら…?」

「大丈夫だって。ちゃんと手紙も一緒だったんだ」




そして。それらの品物と共に必ず手紙が添えられている。



『孤児院の為に使って下さい』



そうしたためられた手紙の主は、今こうして彼女の困った顔を見て、苦笑していた。




「本当に…毎回『足長おじさん』には驚かされてばかりだわ。この前は宝石だったし、その前はお野菜が沢山! 一体どんな方なのかしら…」


「金を持て余した大富豪さ、きっと」

「そんな方なら、一度お礼を言いに行きたいのだけど…フウマ、見つける事は出来ないのかしら?」

「一生懸命探してるよ。でも、なかなか手掛かりが見つからないんだ」




母さんはいつも『足長おじさん』にお礼が言いたいと言うけれど。

足長おじさん』を演じているのは俺だ。

その俺が、真面目に動く訳がない。


このやり取りも、一体何度目だろうか。

人が善い母さんは、疑う事すらしないんだ。




「そう…それならフウマだけじゃなく、やっぱり『冒険者ギルド』にお願いするべきかしら…」


「おいおい、母さん。ウチにそんな報酬を払うような余裕はないだろ? だから俺が代わりに動いてるんじゃないか。俺の情報収集能力を信じてくれよ」


「えぇ、えぇ。そうだったわね。ごめんなさいフウマ」




毎月の様に送られて来る『足長おじさん』からの届け物に、母さんは今もまだ謙遜している。

昔、一度に大量の金品を送った事があったが、どうにも警戒されてしまい、暫くの間それらは換金もされなければ、使われる事もなかった。


今回、お金の他にも商人からは前払い報酬として、食料や反物などを貰っている。

それらは折を見て、また送って行く事にしよう。


フウマはそんな事を考えていた。



孤児院の経営を助ける為、母さんはビーズで作った手作りのアクセサリーや、編み物をして市場で販売・生計を立てている。

だが、それも微々たるものだ。

『冒険者ギルド』でも製作依頼のクエストはあるが、そう言った品々は街の『職人ギルド』に依頼されて行く。


彫金師の様な精巧な作りではないし、其処に何かエンチャントが付けられている訳でもない。

本当に趣味の範囲内で制作している――と言ったような部類だ。


こうして話している今も、母さんはビーズのアクセサリーを一つ、また一つ作って行く。

いつもよりも数が多く、色とりどりの種類に分けられている様だ。




「嬉しい事に、依頼があったのよ」

「へぇ。そうなんだ」

「こんなに大量の発注は初めて。買ってくれるだけでも有り難い話だわ」

「そうだね」




それでも『真心』は込められていると思っているし、かく言う自分も内緒ではあるが、母さんの商品はこっそりと買って、売り上げに貢献したりしている。







お読み頂きありがとうございました。

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