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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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D級テイマーと哀しみの暗殺者




夜風が静かに葉を揺らす。

レン達は森の中を全速力で駆け抜けていた。


追いかける先には、暗殺者として逃走中のフウマの背中が見える。




「フウマ、待って!」




レンの叫びが森に響く。

しかし、フウマは振り返ることなく駆け続けた。

スライムとマオも後を追うが、フウマの動きは風のように速く、追いつくのは容易ではなかった。



薄暗い森の中、夕闇が辺りを包み込み、レン、スライム、そして魔王様が進む先には、いつもよりピリピリとした雰囲気が漂っていた。

レンは、何かが起こる予感を感じ取っていた。


しかし、突如として静寂を破るように、フウマの姿が彼らの前に現れる。




「フウマ…!」




レンが息を整えながらフウマに詰め寄ると、フウマは木陰に寄りかかり、静かに此方を見つめていた。




「どうしてこんな事をしたの…フウマ、本当に貴方が暗殺者なの?」




レンの声には、疑念と悲しみが入り混じっていた。




「ねぇ、どうして…?」

「…任務だからさ」




レンの問いに、フウマは短く静かに答えた




「俺は今、依頼人に雇われている身だ」

「アルデール皇子を暗殺しろって、そう言われたの…!?」

「依頼内容をベラベラと喋る暗殺者がいるのか?」

「盗賊じゃ、ないの…?」

「盗賊さ…でも金の為なら殺しだってやる」




レンの心臓が早鐘を打つ。

フウマの言葉に嘘はなかった。


彼が今、暗殺者として皇子を狙っていると言う事実に、レンは全身が緊張で強張るのを感じていた。




「あと一歩のところだったんだ。どうして邪魔をした?」

「皇子を護るのが、私達の任務だからよ!」

「…同じって事か」




皮肉めいた笑みを浮かべるフウマ。


未だに彼が自分の前に立ちはだかる事が、レンには信じられなかった。




「どうしてあの場から逃げたの?」

「…」

「他の人を巻き込みたくなかったからじゃないのっ!?」

「お前はいつもそうだ。何で。どうして…そんな質問ばかりだな」




フウマは溜息を吐き、苦笑する。




「何で、どうして……答えたところでお前に何が解る?」

「解るかどうかじゃない! 私は…フウマがそんな事をする理由なんてないと思ってる!」




フウマはその言葉に一瞬だけ目を伏せるが、すぐに顔を上げた。




「…てめぇみたいな奴が、一番嫌いなんだよっ!」

「フウマ…!?」

「俺がやる理由なんて関係ない。ただ、これが俺に課せられた役割。それだけだ」




レンはその言葉に納得出来なかった。

しかし、フウマの固い表情と冷めた声に、これ以上問い詰める事も出来ない。




「話は終わりだ」




フウマはそう言い放ち、クナイを構えた。




「互いに逃げ場はないぜ。どう足掻いても、俺達は戦わなければならないbんだ」




レンも覚悟を決め、ダガーを抜いた。




怒りがフウマを通詰んでいる。

それは微かな赤色の『オーラ」のように、ふわふわと・

次第にそれは青いオーラにも姿をかえ、また赤色に戻る、


青から赤へ、赤から青へ――それの繰り返しだ


まるで、フウマの動きその体から発せられる『怒り』と『哀しみ』の感情が、色となって表れているような――



そんな風に、レンには『視えていた』




その時、彼を包んでいたオーラが一際濃い赤黒い色を示し、右腕に集中している事に気付く。


その瞬間、まさにフウマの手元から。一瞬の隙もなくクナイが飛んで来る。




「(来る…っ!)」




レンは反射的に身を躱した。

鋭利なクナイの刃先がが空を斬り、背後の樹木に突き刺さる音が響く。




「…へぇ。やるじゃん?」




一瞬、フウマは踊り居たように目を見開くものの、直ぐににやりと笑った。




「そう言えば、お前も『D級』冒険者だったな。これくらい避けられて当然か」

「…っ」




違う、今のは本当に危ない所だった。


彼の右腕に集中したオーラに気付かなければ、飛んで来る区内の動きを読み切れず、レンの頭を目掛けて突き刺さっていた事だろう。


…飛んで来るクナイを、何故読み取れた?



オーラに気付かなければ勿論だが、気付いていたとしても、レンの動体視力では彼の攻撃を見切る事は、到底不可能に思えた。


それが、どう言う訳か「出来てしまった」




『レン!』




スライムが飛び跳ねて彼女の前に立つ。




「スライムか…」

『フウマおにーちゃん…! ボク、やだよぅ…」


「嘆く暇があるなら、俺を止めてみろよ」




しかし、フウマは躊躇う事なく、次の一手を放つ準備をしていた。

それに続いてマオが、子供の姿でフウマに向き合う。




「レン。戦わなければ殺されるぞ」

「でも――やるしかないの…!?」




レンは拳を強く握り、フウマに向かってダガーを取る。




「全力には全力で応えろ。それしかない」

「全力で――…」




レンは心の中で葛藤していた。


フウマとは短い付き合いだが、仲間として笑い合った日々が頭を過ぎる。

共に戦うフウマは、大人びた一面を持ち、凛々しく、時に16歳の子供と同じ笑顔を見せる事もあった。


だが、目の前のフウマはそんな過去を忘れたかのように、冷たい瞳で此方を見ている。




やがて、フウマが一気に動いた。



鋭い音を立ててクナイが空を切り、容赦ない攻撃を仕掛けて来る。

レンは体を捻って辛うじて避けたが、袖が裂け、薄い傷が腕に刻まれる。




「速い…!」




レンの目が驚きで見開かれる。




「まだ本気じゃないぞ」




フウマは冷静に言い放つと、更にクナイを投げた。

レンはその動きを予測してダガーで弾くが、振動が手に響いて、ダガーを落としそうになる。




「くっ…!」




レンは咄嗟に間合いを詰めて突きを放つが、フウマは柔軟な動きでその刃を躱した。




『~~っ!! ぷちっとふぁいあ!』




ぎゅっと目を閉じたままのスライムが、大きくおくちを開ける。

照準を大きく外した火球が、フウマの傍に在る樹木を萌え上げた。




「…どうした。しっかり狙えよっ!」


『う、うぅ…っ!』




じわり、スライムの小さな眼からは涙が溢れていた。




どうして。



何でおにーちゃんと…



ボク、戦いたくない――




「スライム…!」




スライムの悲痛な声が、レンの胸に激しく突き刺さるの感じる。

更にフウマはその隙を突いて、影のようにレンたちに接近する。


忍者の如く軽やかな動きで、地面に足音一つ立てずに攻撃を仕掛ける。


その左腕にはまた、あの赤いオーラが見えていた。

左手が何かを仕掛けようとしていると、自然と目線は其方へ注視する――




「…っ!」




フウマはレンの視線に気付いたものの、攻撃の手を止める事無くクナイを振り被った。




攻撃が来る――!



瞬時に『判断』したレンは、ダガーを構えて応戦する。


ガキン!!


金属音が激しく衝突し合う音が響いた。

手には振動が強く伝わり、ビリビリと震えた。


だが、レンはダガーを決して離さなかった。




『――戦いの時は、絶対にダガーを離すなよ。離したらもうそこで命は終わりだと思え』




フウマの『アドバイス』が頭を過ぎる。

自分の耳に、ギリッと歯噛みする音が響いた。



絶対に、離すもんか…!



そんな彼女の変化に、マオは気付いていた。

それこそ、あのアジトでの戦いの時から――




「レン。お前が見ているのは、ただの『違和感』じゃない。『オーラ』が見える筈だ。それをどうするかは…zお前次第だ」




レンの眼は、確かに『オーラ』を捉えている。

だが、見抜くだけでは何も変わらない。



フウマを救う為。

そしてこの戦いに勝利する為に。



レンは、自分の力をどう使うべきかを模索し始めた。





「スライム。行くよ」

『レン…?』




―ー私に。



出来る事があるなら…!



心の中で決意を固める。




「やらなきゃ駄目なんだ…!」




その瞬間。


レンの眼の奥が光を帯び、フウマの身体を流れるオーラが、更に鮮明に映り始めた。




戦いの行方は、この『眼』が握っているのかも知れない――





レンの視界が次第に変わり始める。

フウマの動きがスローモーションのように見え、その攻撃の意図や軌跡が鮮明に浮かび上がった。



同時に、フウマもレンの変化に気付いていた。




「なんだ、その眼…」




フウマは目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。




――さっきまでの動きとまるで別人だ。






戦いの中で、レンは無意識に相手の動きや感情を、視覚化し始めていた。

フウマの動きの癖や攻撃の意図が、朧げながらも見え始めている。

レンは少しずつだが、、彼の攻撃を躱す事が出来るようになってきた。


その変化に呼応するように、スライムも僅かに変化を見せた。




【■スキル『魔王様の施し』の効果により、テイムした魔物のステータスが上昇します。▼】




スライムの攻撃速度が上がり、フウマの隙を突こうとする。

しかし、寸前でそれに気付いた彼が、素早くそれを躱した。




「…テイマーが強くなると、使役する魔物も強くなるのか」




テイマーの能力は未知数であり、その実態は自身でさえもよく解っていない。

そう、彼女が言っていたのを思い出す。



だが――それがどうした?


多少身体能力が向上した所で、戦況には何ら変わりない。

フウマはそう判断する。




戦闘は一方的だった。



自分とフウマとでは、決定的な差がある。


それは『経験』




フウマは戦い慣れた動きでレンを翻弄し、次々と隙を突いて攻撃を仕掛けてくる。

同じDランク冒険者とは言え、その経験の差が歴然としていた。




「くっ…!」




レンは必死に応戦するが、フウマの速さと精密さに圧倒され続ける。

ダガーで攻撃を全て受け切れる訳もなく、顔や体に無数の傷跡を付ける。


痛みに表情を歪ませながら、レンはそれでもダガーを離さない。

それは、戦闘をまだ継続すると言う意思の表れだった。




「レン、これ以上やると死ぬぞ」




マオが声を掛けるが、レンはフウマに向き合い続ける。


此処で止めなければ、フウマは二度と笑ってくれないような気がする――

彼♂食う手立てが失われてしまう気がして、とても怖かった。




「まだ足りない…!」




レンは歯を食いしばった。

フウマの一撃を避けつつ、心の中で強く願う。



もっと、力が欲しい。

もっと強くならなきゃ。


そうしないと、フウマを救えない!



その強い意志が、レンを更に奮い立たせた。


彼女の動きは鋭さを増し、攻撃の精度が上がっていく。

しかし、その代償として、彼女の体力が著しく削られて行く事には、まだ気付けていなかった。



フウマがクナイを投げつけた瞬間、レンは一瞬の隙をつき、剣を振り下ろした。

クナイは弾かれ、フウマが僅かに後退する。




「…やるじゃないか」




フウマの声には苛立ちと感心が混じっていた。




「けど、それじゃ足りないぜ」

「…解ってる…っ」




レンは息を切らしながらも、ダガーを握り直した。



心の中で繰り返し願う。




――もっと。


もっと、強くなれと。





だが、身体は限界だった。

動けば動く度、体力は落ちて行く。


スライムもまた、レンの変化に戸惑いを見せている。




『レン…!』


「だ、大丈夫…! まだやれるよ…っ」




彼女は戦いの最中、自分の力を酷使し過ぎていたのだ。




フウマの攻撃は止まらず、レンの身体は次第に傷ついていった。




【■スキルに【小石』が付与されました。▼』


『おくちてっぽうー!』




スライムも懸命に攻撃を試みたが、フウマには通用しない。

素早い動きで小石を避ける。


…が、それがレンの狙いだった。




そしてその瞬間、正面から突進し、ダガーを振り下ろした。




「終わりにしよう、フウマ!」

「…そうだな」




レンが叫びに、フウマが答えた。




「終わりにするのは俺の方さ―ー」




フウマは笑いながらその一撃を避け、背後に回り込む。


だが、彼の眼には微かな迷いが浮かんでいた。

心の奥で、フウマもまた葛藤していた。




自分の任務を遂行すべきか。


それとも、レン達との絆を信じるべきか…





浮かぶのは。




――孤児院の家族だった。





「…っ!!」




身体は止まらない。

クナイが、まっすぐにレンの背中を貫かんとする。






「――何だっ!?」




フウマは咄嗟に横飛びして攻撃を回避する。

目の前を掠めたそれは、魔法の光弾のようだった。


スライムではない。

あの小さな姿は、全く別の場所に在るからだ。




「魔法…っ?」




振り向いたフウマの目に映ったのは、満月の光を背に立つ金髪の男。





「…誰だ?」




フウマは思わず眼を細め、その姿を確認する。



男は静かに掌を下ろす。

次の瞬間、音もなくレンの傍まで接近していた。




レンの隣にいた小さなマオの変化。

その小さな体はゆっくりと青年の姿へと変わり、見る者を圧倒する魔王の威厳が漂い始めた。


金髪の青年――魔王は、倒れかけたレンを抱き上げ、優しく彼女の顔を覗き込む。




「…無理をするな、レン」

「マオ、ちゃ…!?」




レンはぼんやりとした意識の中でその声を聞き、マオの姿に驚きを隠せなかった。




「お前…チビか…!?」




フウマの声が震える。

彼の戦闘経験豊富な目でも、目の前の男から発せられる威圧感を無視する事は出来なかった。

まるで信じられないものを見るような表情で呟く彼に、魔王は軽く口角を上げると、静かに夜空を見上げる。




「満月の夜はいいな。身体が自由になる…」




満月の光が、森の中を淡く青白く照らしていた。

小さな子どもだったマオが、その光の中でゆっくりと変化を遂げる。


目を引いたのは、金色に輝く髪だ。

月光を受けるたびにキラキラと反射し、まるで自ら光を放っているかのようだった。




「お前…何なんだ…っ」

「言っただろう。オレは『魔王』だと」

「魔王…!?」

「フウマ。いつまで茶番を続ける気だ?」




フウマはクナイを構え直すが、その手が微かに震えている事に気付く。




「茶番だって…?」

「オレはお前の事情も計画も、全て知っている」

「…何が言いたい」




フウマの声には警戒心が満ちている。

魔王は微笑みを浮かべながら続けた。




「お前がこうして苦しんでいるのは、ただ金の為でもない。守りたいものがあるからだ。それは分かる」


「なら――!」

「だが、それでも逃げるだけでは解決しない」




魔王の声は冷静だった。




「お前が背負った運命と立ち向かうか、逃げ続けるか…選べ」




魔王の言葉にフウマは動揺を隠せない。

言葉を失い、ただマオは睨む事しか出来なかった。


そして、彼の視線は再びレンに向けられる。




「…お前も、こんな戦いをして何を守りたいんだ?」




その問いにレンは答えた。




「フウマを止めたい…だから、私は戦うのっ!」

「…そうか」




呟いた魔王は、静かに一歩を前に踏み出す。

目の前にある大きな背中は、まるで自分を護るかのようにフウマと対峙した。


満月の下、静寂を裂くように二人が向き合う。

森の風が魔王の長い金髪を靡かせ、その動きはフウマの視界を一瞬惑わせるようだった。




「魔王が、俺と戦うって訳か」




フウマは低く呟くと、手に持ったクナイを構える。

軽やかな動きで地を蹴り、間合いを詰める。


音もなく、無数のクナイを投擲。

月明かりに煌めく鋼の刃が、雨のように魔王へと降り注ぐ。




「遅い」




魔王の声が響いた瞬間、彼の周囲に紫色の光が渦を巻いた。

クナイはその光に触れると、空中で静止し、次の瞬間には粉々に砕け散る。




「っ…!」




フウマは目を見開いた。




「次はこっちの番だ」




魔王が片手を挙げると、足元から緑色の魔法陣が輝き始める。

大地が振動し、空気が歪むような圧力が周囲を包み込む。


大地から無数の岩柱が突き上がり、フウマの立ち位置を狙い撃つように放たれた。




「ちっ…!」




フウマは舌打ちしながら、岩柱の間を縫うように飛び回る。

その動きは人間離れしており、まるで風のように素早い。


しかし、魔王は動じない。

指を軽く動かすと、岩柱が自在に動き、フウマを追尾するように迫っていく。




「お前がどれだけ速くても、オレの魔法からは逃げられない」




圧倒的な力。

フウマは一瞬の隙を突いて魔王に接近し、至近距離からクナイを振り下ろす。

しかし、魔王の指先がそれを受け止める。

指先には魔力が集中し、刃が届かない。




「…っ!?」

「悪いな。オレに刃を向けるのは無理だ。」




魔王は軽く手を振り払うだけで、フウマを数メートル後方へ吹き飛ばす。

その力は、フウマの体重を軽々と凌駕していた。




「はぁ…はぁ…」




フウマは倒れたまま息を切らし、魔王を睨む。




「…強いな。まるで手加減されてる気分だ」




その言葉に、魔王は笑みを浮かべながら答えた。




「手加減? まあ、そうだな。必要がない相手には、本気を出さない主義だ」




その言葉には余裕が滲んでいた。

魔王の圧倒的な力の前で、フウマは立ち上がる事さえ難しかったが、何処か諦めを失っていない表情を見せていた。


この戦いは、明らかに魔王の勝利だったが、何かを語るべき余地がまだそこにはあった。




「お前は魔王なんだろ? 何でレンを…人間なんかを護るんだ…?」

「…レンがオレのテイマーだからだ。この場でレンに刃を向けるというなら、容赦はしない」


「はっ…マジかよあいつ。こんな化け物をテイムしたってのか…?」




フウマの眼が一瞬、此方に向けられたのが解った。





「まだだ…まだ終われない…!」




その姿に、マオは溜息を吐いた。




「ならば、終わらせてやる」




レンの瞳には、以前の出来事が蘇っていた。




「その魔法は…!」




レンは震える声で言葉を紡ぐ。



『初心者狩り』


かつてレンが初めて組んだパーティーで、冒険者達が魔王の手で消し去られた。

あの日――圧倒的な魔力が全てを呑み込み、何もかもが闇に消えた光景が。




「魔王様…あの時の冒険者達と同じように、フウマまで消し去るの…?」




その言葉に、一瞬だけ魔王の目が細められる。




「刃を向けたのだから当然の事だ」

「彼は私達を襲った。でも、彼を殺すのは違う!」

「違う、だと?」




魔王は淡々と呟いた。




「あいつはお前を傷つけた。それでも許すというのか?」




レンは歯を食いしばりながら、震える手で魔王の腕を掴んだ。




「どうしてこんな事をしたのか、理由も分からないのに…! それに…フウマを救うのは、きっとそんなやり方じゃ意味がない!」




その声には、揺るぎない決意が込められていた。

レンの姿は、魔王の眼に小さな光のように映る。




「…」




魔王は暫く沈黙し、そして大きく息を吐いた。

紫色の球体が霧散し、その手から魔力が消えていく。




「もうやめて、フウマ…!」




レンの震えた声が、戦場に響く。

その声に反応したのか、フウマの動きが一瞬止まった。




「…っ!」




魔王はその一瞬を逃さなかった。

紅色の瞳が鋭く光り、彼の手から放たれた攻撃がフウマを正確に捕らえる。




「がっ――!」




フウマはまともに攻撃を受け、膝を突いた。

胸元から血が溢れ出し、荒い息を吐く。


片膝をついた姿勢で、震える手で胸を押さえるが、止血など出来る筈もない。




「…やられたな…」




苦笑しながら、フウマはぽつりと呟いた。

血混じりの息を吐きながら、力なく前を見つめる。




「俺だって…本当は、こんな事…したくないんだ……」




その言葉が零れ落ちると同時に、彼の目尻から涙が一筋流れた。

フウマの声は震え、何処か幼い響きを帯びていた。




「でも…家族を守らなきゃ…俺が、やらなきゃダメなんだ…!」




彼の言葉には、これまで背負ってきたものの重さがにじんでいた。




「家族…!?」




レンはその姿に息を呑む。

彼女の脳裏には、孤児院に居る院母さんや子ども達が浮かんでいた。


フウマは暫く黙ったままだったが、やがてその手から握り締めていたクナイを、ゆっくりと地面に落とした。




「…俺の、負けだ…」




その言葉と共に、フウマはどさりと地面に身を投げた。




「フウマ!」




ガシャン、とダガーを投げ捨て、駆け寄るレン。

しかし彼に反応はない。




『フウマおにーちゃんっ!!』




代わりにスライムがぴょんと跳ね、フウマ身体に近づいた。

彼は、ピクリとも動かなかった。


魔王は静かに歩み寄り、冷ややかな目でフウマを見下ろす。




「家族を守る為、か…」




彼の声には、何処か嘲笑とも同情ともつかない響きがあった。




「その為に、他人を犠牲にしていい理由にはならない」




魔王の言葉に、フウマは返事をしなかった。

ただ目を閉じ、静かに息を吐くだけだった。






戦いが終わり、レンはフウマを見つめた。

だが、その身体に異変が起こる。


突然、激しい頭痛が彼女を襲い、視界がぼやけ始める。

眼を見開いても、全ての景気が霞んでいくようだった。




「…え、何これ……?」




声に戸惑いが混じる。

視界は白い靄に覆われたかのように何も見えなくなり、呼吸さえも苦しくなってきた。


レンは震える手で頭を押さえた。




『レン…!?』




スライムが跳ねて近寄り、魔王も焦ったように彼女の方を振り返る。




「…頭が、痛い」




顔を上げたレンだが、誰の姿も捉えられない。

霧が掛かったようにぼんやりとしか見えず、目の奥に強い圧迫感が走る。

その原因を彼女自身も理解出来なかった


まるで鈍器で殴られたような痛みが頭に響き、レンは思わず蹲った。



息が荒い。

自分のものか、それともフウマのものか。


近くで響く呼吸音さえも混ざり合い、判別がつかない。




「ここで倒れる訳にはいかない…」




か細い声で呟き、レンは何とか立ち上がろうとする。

だが身体が動かない。


手を伸ばそうとした瞬間、頭の激しい痛みが再び襲い、意識がぐらりと揺れた。




「フウマ…!」




彼の姿を思い浮かべるが、その顔すらも霧の中に溶け込んでいくようだった。




彼を助けなければ。



手当てをしなければ。




そう強く思うのに、身体は言うことを聞かない。





「うっ…!?」




ついには痛みが頂点に達し、レンは力なくその場に倒れ込んだ。




「レン!」




レンの意識がふっと途切れると、魔王が彼女に駆け寄り、その小さな身体を抱き上げた。




「お前、無理しすぎだ……」




呆れたように言いながらも、魔王の表情には憂いが混じる。

その横でスライムが心配そうに彼女を見上げていた。


一方、地面に倒れ込んでいるフウマは、レンが倒れるのを目にして、何かを言いかけた。




「――…」




…が、それを口にすることはなかった。

ただ静かに目を閉じ、荒い息を繰り返していた。


森の静寂の中、満月の光が淡く彼らを照らしていた。





―ー俺は。



何処で道を、間違えたんだろうな…?



『とある男の手記より抜粋』





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