F級テイマー、初めてクエストをする
テイマーはとても珍しい職業で、実際には世界にどれくらい存在するのかは不明。
剣士、魔法使い、僧侶など、よくある王道職業から錬金術師、鍛冶師、商人、鑑定士と言った生活を支える職人まで様々だ。
冒険者になるか、職人になるかは、ギルドで適性が解るので、ある程度の年齢になったら訪れるらしい。
そう説明を受けたけど、誰が何の職業なのかって、見た目では一概に判断し難い。
私の知識はせいぜい近接系、遠隔系、物理系、魔法系に、ざっくりと分類するくらいだ。
とりあえず、随時更新される【マニュアル】には、しっかりと眼を通しておくことにしよう。
マニュアルを守る事は、規則を守る事と同じなので、其処は大事!
「石を集めるんだけど、手伝ってくれる?」
『いしー?』
「そう。クエストを受けたんだ」
『がんばるー!』
冒険者ギルドを出る時に、受付嬢から支度金で『1000G』を貰った。
これで装備や道具を買い揃えて下さいとのこと。
でも石を集めるだけだし、装備も何を選んでいいのか悩んで時間が掛かりそうだ。
今日の所はお試しで、クエストをやってみる事にしよう。
昨日通ってきた道が『草原エリア』だそうなので、早速城門の方まで歩く事にした。
「おはよう!!」
「お、おはよう…ございます」
昨日と同じ門番の男が、今日も元気に立っている。
声の張り具合がもう体育会系だった。
「昨日のテイマーじゃないか。クエストに出かけるのか?」
「えぇ。小石を拾いに」
「小石ぃっ!? 何だってそんな面倒なクエスト…あぁ、いやいや。何か考えがあっての事だな、うん」
「?」
「もしかして、その恰好で行くつもりか?」
門番の男は、レンの姿をマジマジと見てそう言った。
何せ着ているのは宿屋のアメニティにサンダルだ。
サンダルは歩きにくいけれど、折れたヒールよりはマシだ。
前日の疲れが残り、足は血マメが酷かったけれど、安静にしたところでお金が増える訳ではない。
日々労働!
社畜として本能がもう、働かなきゃ!になっている。
血マメだろうが、風邪だろうが、腹痛だろうが、何が遭っても会社は休めないから。
「外は魔物が出る。街までは入って来ないとも限らんが、危険だと言う事は忘れるな。装備はちゃんと持ったか?」
「いえ…」
「ぬぁにぃっ!? 装備はただ持っていても効果がないんだぜっ。ちゃんと身に付けろっ」」
「いや、買ってないんですってば」
「本当にあんた、冒険者か!?」
「実はさっきなりたてで…」
「あぁん?」
圧が強い。
顔を近付けて詰め寄られると、どうしてもタジタジになってしまう。
此処は全力で言い返すのも手だが、言い返す材料がない。
何せ落ち度は私の方にある。
「まあ、小石を拾いに行くだけなら…いや、うーん…」
「えぇと、陽が暮れる前に戻ってきます」
「この辺りは穏やかだ。そうそう強い魔物は居ないだろうが、中でもすっぴんボアには気をつけろよっ。遭遇したらすぐに逃げ帰って来いよ!」
すっぴんボアって何だろう。
気には欠けつつも、お礼を言ってレン達は街の外に出た。
街の周辺なら大丈夫――そう思っていたけれど、意外と小石は落ちていないものだ。
一つ、また一つ拾う度に足は進み、気付けば街が遠ざかっている。
今は漸く30個くらいを集めた所だった。
沢山集めて欲しいとのクエスト内容だったが、一体どれくらい集めれば沢山の括りになるのか、私にはちょっと解らない。
30個じゃまだ足りないかな?
もうちょっと探してみよう。
目標は50個くらいでいいかなと言う考えだが、拾えば拾うほどボロボロと手から落として行く。
数量もそうだが、重量も徐々に増して行くと言うのは、考えれば解る事だった。
「集めた後の事を考えてなかったわ…」
せめて何か袋が欲しい。
完全な準備不足だった。
『あーん』
私と同じように、足元ではスライムが小石集めを手伝ってくれている。
スライムには手がないので、そのまま直接おくちで小石を丸飲みだ。
見つける度に可愛いおくちが開くのを見て、そう言えば謎の収納力があったな――と思い出した。
確か、スライムのステータスには『異空間収納』と記されていた。
「大丈夫なの。お腹を壊しりとか…」
『ぜーんぜん!』
「…こっちも持ってて貰う事って出来る?」
『いいよー!』
あーん、と笑顔でおくちを開けるスライム。
本当に、何処に繋がっているんだろう、あのおくち…
スライムのお陰で、多少小石集めが楽になった。
時々お腹の具合を気にしながら採取していたが、本当に何ともないみたい。
何ともないと言えば、危ないと聞いていたのに何かに遭遇するとか、特にそう言った危険性はない。
てっきり魔物が出ると思ったのだが、すっぴんボアってやつとか。
出ないなら出ないでそれに越した事はない。
私がスライムに出会ったのは森の中だったし、もしかしたら草原よりも森の中の方が、エンカウント率が上がったりとか、そういう仕様なのかも。
途中で休憩を挟んだら、スライムは葉っぱをもっちゃもっちゃと食べていた。
小さなこどもみたいに膨らむかわいいほっぺ。
それだけで、昨日からの足の痛みなんか吹き飛ぶくらいに癒された。
「葉っぱ、美味しい?」
『うんー!』
「お昼に食べたサラダとどっちが美味しかった?」
『どっちもー!』
素直で宜しいと思った。
食べられたら何でもいいんじゃないか?
休息をとるスライムの傍ら、レンはステータス画面を見ていた。
何度見ても、自分が若返っただなんて疑わしい限りである。
18歳って、35歳から随分若返ったな…
昔は確かにこんな顔をしていた。
未来への一歩をどう踏み出すかの選択で、何も考えずに大学に進学したっけ。
結局、何年も続く社畜生活で肌はボロボロ、精神もボロボロだ。
其処はちょっと、カミサマに感謝かも知れない。
しかしどうせなら、他にもいろいろとチートしてくれてもいいのに。
そう言う融通は利かないらしい…地道に進めって事か。
「自分のだけじゃなくて、テイムした子も見られるんだ」
『んむ?』
種族はスライム。
その隣にある(F)は、ランクを表しているのだろう。
冒険者ランクと同じように、スライムにもランクがあるのか。
魔物によって違うのかな?
「スライムのスキルで【分裂】ってあるけど、これって何?」
【■スキル:分裂】
――ぽよんっ
そんな音を立てて、スライムの身体が分離した。
同じように小さな眼がついていて、全く同じ顔をしている。
まさかの光景に、レンは口をあんぐりと開けた。
「スライムが…増えたっ!?」
『わぁい、増えた―!』
私がスキルを使ったからって事?
まだまだ知らない事が多いみたい。
取り合えず2匹に増えて、プルプルに顔を挟まれて幸せだった。
2匹になり、4匹になり、どんどんと増えて行くスライム達。
その大きさは、元よりも随分小さくなってしまったが、質より量である。
スキルの説明には、『分裂する度、能力が堕ちる』とあるが、ステータス上ではスライムの最大値になどに変わりはない。
あくまで、スライム個人としてのステータスなのだろう。
これはまさか分裂し放題なのかと思ったけれど、ある一定の回数でスライムは『もう無理―』とギブアップしてしまった。
最大数にも制限がある事が解ってよかった。
とりあえずスライムのお陰で、物凄く小石集めが楽になった!
小石拾いも、遅くならない内に終わりそうである。
広範囲に渡って捜索したお陰で、十分な数の小石を拾う事が出来た。
50個どころか、1000個くらい集めたんじゃないかな?
「そろそろ帰ろうか」
『うんー! 皆を集めるねー!』
あちこちに散らばっていたスライム達が、わらわらと一つの場所に集まり始める。
徐々に体積が大きくなる姿を眺め、スライムの【分裂】は、採取クエストには便利だと実感した。
こうなると、他にも何か応用が出来ないかを考えてみたい。
「全員揃った?」
『うーんと…まだ何処かに居るみたいー』
「何処かって?」
『わかんなーい。でもちゃんと戻って来ると思うー』
どうやら、分裂したスライムとの連携は出来ていないみたいだ。
数が多すぎて、統率が取れていないのだろうか。
それとも、スライム自身のレベルやスキルレベルを上げたらそう言う心配も解消されるのか…
まだまだ解らない事ばかりだった。
とにかく、スライムにしか解らない事だ。
『あ、戻って来たー』
「あぁ、よかった」
やがて、残りのスライムに2匹も直ぐに戻って来た。
『レンー』
『レンー』
『これみつけたー!』
『みつけたー!』
2匹のスライムが、一生懸命にズルズルと、何かをおくちで引っ張っている…?
それは、何かの葉っぱの様に見えた。
美味しそうな葉っぱを見つけて、持って来たのだろう。
「葉っぱ?」
『ちがうー』
『やくそうー』
「…薬草?」
【■アイテム:薬草 効果:傷を回復する。▼】
その葉っぱ――いや『薬草』を凝視すると、ログウィンドウが現れた。
どうやらこれは『アイテム』の説明らしい。
そう言えば『小石』を拾った時、同じようなログウィンドウが出ていた。
(拾う度に邪魔だったので、簡易的に出来ないかと思ったら、出来てしまった)
『あしー』
『イタイイタイー』
「…もしかして、私の為に採って来てくれたの?」
薬草には『傷が回復する』とある。
スライムは私の足を心配して――…?
そう思うと、じんわりと心が温かくなる。
そしてちょっとだけ涙ぐんでる間に、残りのスライムが集合して一つになっていた。
「ありがとうっ!」
『ぺたってはるのー』
「貼るだけで治る…だとっ。万能か!!」
見る見る内に足の血マメが治りました。
薬草の力ってすげー!
――ガサガサ
奇妙な音に顔を上げると、近くの草むらが少しだけ揺れている。
風で揺れた…?
それにしては、随分と連続で続いている気がする。
ガサガサ、ガサガサと揺れ動き、音はまるで、あちこちを踏み歩くように移動しているように聞こえた。
確かスライムの時も、こんな感じじゃなかっただろうか…
そんな風に思っていると、草の根を掻き分けるようにして、何かが顔を出した。
『ブモッ!』
「…ブモッ?」
現れたのは、一匹のイノシシだった。
『ブモブモ』と鳴き声の様なものを発し、周囲をきょろきょろしている。
やがて、流れる小川の水に目を付けたイノシシは、一目散に駆け寄っては喉を潤しているようだった。
喉が渇いていたんだろうか。
そう思っていると、スライムが突然びくっと身体を震わせた。
『わー!! すっぴんボアだ―っ!?!?』
「すっぴんボア!?」
『ブモッ!?』
吃驚するスライムの声に驚いたのか、そのイノシシ――すっぴんボアは勢いよく顔を上げる。
またしてもきょろきょろと辺りを見渡していた顔が、漸く声の正体を捉えたと此方を向いた。
「ブ、ブモーッ!?!?」
しかし、此方が驚いたよりも激しい様子で、すっぴんボアもまた驚いているではないか。
【■すっぴんボアが現れた! 驚きの余り混乱している。▼】
『■すっぴんボアの先制攻撃!』
「えっ、嘘でしょ!?」
此処で表示されるログウィンドウにレンは慌てた。
完全にエンカウントが発生していた。
しかも先制攻撃だって!?
その瞬間、イノシシが勢いよく此方に突っ込んで来るのが見えた。
――速いっ!?
「「わあああっ!!」」
『ブ、ブモーッ。ブモーッ!!』
すっぴんボアはかなり興奮していた。
猪突猛進に突っ込んでも、私達がギリギリの所で避けられた為、ぐるりと重心を曲げて方向転換する。
ぼーっとしていたら、また同じように突っ込んでくるかも知れない…
そう思うと、一瞬たりとも気が抜けなかった。
もしかすると、此方が騒がなければスルー出来たのではないか?
そう思っても既に遅く、今更引き返す事も出来ない。
スライム以外の魔物に遭遇するのは、初めてだ
魔物に限らす、野生のイノシシに出会うのだって初めてだった。
『こ、こここコワイよぅ…っ』
いつもニコニコしているスライムが、今では私の足元でプルプルと震えていた。
そんなに恐怖心を抱かせるくらい、すっぴんボアは恐ろしい生き物だった。
熊に遭遇した時が、こんな感じなんだろうか。
いや、熊だろうがイノシシだろうが、命の危険性がある事には変わりない。
野生のイノシシに遭った時って、どうすればいいんだっけ!?
見たところ、すっぴんボアは体が小さい。
それが成熟しているのか、はたまた幼獣なのかは判断がつかないが、例え小さくともイノシシはイノシシである。
鋭い牙と突進攻撃には、十分に注意が必要だ。
「に、逃げようっ!」
『わぁっ!?』
慌ててスライムを抱え、一目散に街を目指す。
街に行けば、門番が居る筈だ。
其処まで無事に逃げられればーー!!
『き、きたよーーーー!?』
動物は、背を見せて逃げようとすれば、本能で追いかける習性がある。
イノシシだってそうだ、安易に背を向けてはならない。
私は馬鹿だった。
イノシシは、追いかけて来るに決まっている…!!
力は強く、突進力もある。
その攻撃は、自分よりも何倍も速かった。
救いだったのは、薬草のお陰で足が治っていた事だろう。
全力で走る事は出来たが、何せ今履いているのはサンダルだ。
「あいたっ!」
『ぷぎゃっ!』
【■レン達は逃げ出した! しかし転んでしまった!▼】
そりゃあコケるに決まってる…!
◇◆◇
それでも何とか必死に逃げ続けたら、いつの間にか街ではなく森の方まで来てしまった。
最初にスライムと出会った場所だった。
『ぐすん…ぐすん…っ』
「だ、大丈夫。もうすぐ居なくなるから…ね」
フゴフゴとひくつかせる鼻孔はしっかりと、私達のニオイを記憶し、追跡している。
隠れようにも逃げられないらしい。
隠れても見つかり、逃げてもまた追い付かれる。
必死に逃げて、また隠れて…その繰り返しで時間だけが過ぎて行った。
いつまで追い続けて来るのか。
いい加減諦めればいい。
スライムが大声を出した事で吃驚したのが要因だが、その興奮状態は未だ収まらない。
すっぴんボアの捜索は尚も続き、いつしか私達は森の中に移動していた。
嗅覚は鋭いが、明確に此方の居場所を探知出来ない。
そう気付いたのは、森の中に身を隠した後の事だった。
見通しの良い平原よりも、草木が少しでも障害となって、行く手を阻んでくれればいいと言う算段である。
――ガサガサ…
『ブモ―! ブモモー!』
『うう…』
「しー…」
じっと息を殺して、通り過ぎるのを待つ。
このまま待ち続けるか?
いつ相手が諦めるかも解らないのに?
そんな風にぐるぐると考えれば考えるほど、ますます時間だけが過ぎて行った。
いっその事、戦ってみるか?
でも、武器も何もない事を考慮すると、決して得策とは言えない。
せめて、何か買っておくべきだった。
ゲームでも、クエストに出る時は必ず装備やアイテムの確認が必要だと言うのに…
――ゲームでは、戦闘開始でプレイヤーがコマンド入力をして行動をする。
戦うを選べば、各々の武器やスキルを駆使して、作戦通り行動し、ターンが進んで行く。
勿論、ダメージを受ければHPは減るし、スキルを使えばMPは減るだろう。
だが、実際に現実でコントローラーを握っている自分には、それが感じられない。
HPやMPが減れば、アイテムやスキルで回復すればいい。
HPを超えるようなダメージでも、『蘇生魔法』で瞬時に生き返せる。
困難な敵に立ち向かい、レベル不足で勝てなかったとしても、リセットをしてやり直せばいいだけだ。
どんなにゲームのキャラクターが苦戦しようとも、現実世界の私には痛みがない。
例えばあの時、電源を落とした先で、勇者達はどうなったんだろうか。
重要な選択肢を迫られ、選んだ未来が地獄で、直ぐにリセットして今度は違う選択肢を選んだとして。
リセットされる前の勇者達は、その後でどんな未来を生きたんだろう。
それ考えたところで意味はない。別に何とも思わない。
所詮はゲームの中のお話だから。
イベントシーンでもそうだが、死んでしまったのなら『蘇生魔法』を使えばいい。
どうして戦闘では使えて、イベントでは使えないんだ。
強制的な死を迎えさせるなんて、酷いじゃないか、なんて事も思った。
残された人が可哀想だ。
救いの手はなかったのか。
もっと他に手立てがあった筈だ。
誰かが居なくなるようなイベントシーンに遭遇すると、そんな風に思う。
その時だけは『蘇生呪文を使えばいいのに!』と憤り、涙する事だってあった。
痛みも、辛さも、恐怖でさえ、全て画面の向こうの出来事。
所詮はゲームの中のお話だから…
だが、今は違う。
足の痛みを無くしたように。
『薬草』があっても、死んでしまえばそれまでだし、この世界に『蘇生呪文』があるのかも解らない。
私は『今、この世界で生きている』から――
諦めて電源を落としたり、リセットなんて出来る筈が無かった。
とは言え、すっぴんボアに恐怖をしない訳ではない。
しっかりと身体は震えているし、何なら足腰だって立たない自信がある。
息を潜めてその場で待機が鉄則の状況だが、そもそもの話が身動きが取れなかった。
せいぜい私は、同じようにして震えているスライムを、ぎゅうっと抱きしめてあげる事くらいしか出来ない。
「…大丈夫…絶対に護るよ…」
『レン…』
『ブモーーッッ!!』
「見つかった…」
一際大きな鳴き声が、耳を劈いた。
ついに、見つかってしまった。
これ以上は、私の体力も限界である。
せめてスライムだけでも逃げられたら――
そう思っていると、突然腕の中にいたスライムが、ぴょんっと前に飛び出した。
「えっ!?」
ぷるるんっと、地面に着地したスライムが、すっぴんボアの前に躍り出た。
『や、や、やるぞー…っ』
自らを奮い立たせているが、明らかに無理をしているのが解る。
全身をぷるぷる震わせて、今にも泣きそうだ――いや、もう泣いてる!
「えーい!」
【■スライムの攻撃! すっぴんボアに1ダメージ!】
『ブーモーッ フンフンッ!』
【■すっぴんボアの鼻息! スライムは吹き飛ばされた!】
「うわー!」
ぽよん、と地面に跳ねるスライムは、軽くあしらわれているみたいだった。
そもそも、ダメージが『1』って…スライムには悪いが弱い、弱すぎる。
すっぴんボアは、ぷるんとした物体を敵と見なしたのか、またしても猪突猛進に突っ込んで来た。
『ブモ―――――ッ!!!』
『ぴぎゃっ!!』
ドドドドッ!と地面を強く踏み鳴らし、一直線にスライムに突進すると、小さな彼の体は簡単に宙へと投げ出されてしまった。
野球ボールを投げるような放物線を描き、地面に激突するスライム。
その衝撃の強さに、レンは顔色が青くなっていた。
「スライム!」
慌てて駆け寄ると、息はあるようでほっとする。
しかしステータス画面を開くと、スライムのHPは半分以下になってしまっていた。
すっぴんボアの攻撃力が高いのか――!?
そう思って敵を凝視すると――【■Lv.3 すっぴんボア(F)】と表示された。
「Lv.3だって…?」
スライムはLv.1だ。
ランクは同じ『F』同士だと言うのに、レベルが二つ違うだけで、こんなにも違うのか。
しかしながら、魔物によって種族が違えば、パラメーターだって違うだろうのだと思う。
すっぴんボアのステータスは、名前とレベル以外が『???』と表示されていた。
多分これは、私がすっぴんボアを倒したり、敵を見破るようなスキルやアイテムを使わない限り、このままなのだろう。
そんな訳だから、あれがどんなスキルを持っているのか、HPがどれだけあるのか、判別しようがない。
『うう…』
もう一度攻撃を受ければ、スライムのHPは0になる。
HPが0になったら、どうなるのか――?
そんな想像を今は、したくなかった。
何とかしてこいつを倒さなければ…っ
ゲームコマンドのないこの世界では、自分の実力だけを信じるしかなかった。
逃げる事は不可能で、頼りのスライムは瀕死に近い状態。
薬草は先程自分で使ってしまったし、あるとしたらクエストで集めた1000個の小石だけ。
こんな物を投げても、大したダメージにはならないし、投げている間にもすっぴんボアが迫って来る。
最悪、私が囮になって小石を投げ続ければいいのだが、同じくして私も体力が限界に近い為、気力との戦い。
おまけに極度の緊張からか、足は震え、今では必死に立っているので精いっぱいだ。
それでも、何か、何か出来る事は…っ!?
『…ステータスっ!』
目の前に、何度も見たステータス画面が表示される。
見るべきは体力ではなく、自分とスライムのスキルだ。
私のテイマーとしてのスキルは、『テイム』しかない。
そうだ、テイムをして手懐けられれば、戦闘は回避出来るんじゃないか?
「――テイム!」
スキルを唱えると、すっぴんボアの身体が淡い光に包まれる。
しかし、それは直ぐに『パチン』と何かが弾けたような音と共に、光を失ってしまった。
スライムの時とは違う光景は、テイム失敗を意味していた。
「も、もう一度…――テイム!」
もう一度、今度こそと願いを込めて、テイムを行う。
だが、やはり結果は同じで、すっぴんボアは未だに戦闘態勢を維持していた。
戦意喪失の様子など、何処にもなかった。
「何で…?」
『■『テイム』の連続失敗により、成功率が減少します。成功率10%→0%▼』
理由はすぐに解った。
『テイム』は発動に失敗すると、その成功率がガクンと下がってしまう様だ。
今や捕獲成功率は『0%』――
そう表示されたウィンドウに、レンの表情は曇り出す。
これ以上のスキル発動は見込めなかった。
そんなのスキル説明には書いてなかったよ!
私がすっぴんボアを『テイム』出来ない理由は、何かしらあるのだろう。
そして、それを究明するのは今ではない。
テイムが駄目なら、他のスキルはどうだろうか。
「スライム! おくちてっぽうだよ! 昼にやったやつ!」
レンは、スライムがおくちで『みずてっぽう』を繰り出した時の事を思い出した。
あのヤジ男は攻撃を痛がっていた。
倒せるかどうかは疑問としても、少しくらいはダメージを与えられるような気がする。
せめて、倒せないでも注意を逸らす事は出来るんじゃないか?
閃いたアイデアだが、明るくなった私の表情とは裏腹に、スライムの顔はみるみる内にしょんぼりとした。
『おみず、ない…ぐすん』
ガラガラと自分の中で、何かが崩れ落ちる音がした。
『アイデア」が、尽く打ち砕かれて行く音だった。
終わった…!!!
スライム曰く、お昼にコップ一杯の水を飲んだからアレが出来ただけで、常に吹き出せる訳ではないと言う。
充電式…いや貯水式なのか、このスキル!
そうなると、ますます出来る事が限られる。
残りのスキルは『異空間収納』だが、今ここで何を取り出し、何を収納すればいいと言うのか。
突っ込んで来るすっぴんボアを飲み込む?
出来るかどうかも解らないのに?
成功しなかったら、どうする…っ!
力なく膝をつく私には、もう出来る事は残されていなかった。
『インベントリ』の中は、『冒険者証』と『小石』くらいなものだ。
こんな物で、何をどうしろというのか――…
「…小石?」
ふとした考えに、ウィンドウは『インベントリ』を開いていた。
【■小石 ただの小石。誰かが集めていると言う噂。▼】
【■スライムの『スキル:おくちてっぽう』に使用可。▼】
説明には、そう書かれていた。
――小石でも、投げりゃHP1ぐらいは削れるだろうなぁ。
――20回当たれば、その辺の魔物くらいは倒せんじゃねぇ?
出来るか解らない。
けど、やってみなきゃ解らない…!
すっぴんボアが、また突進してくる前にーー!
「スライム! スキルを使おう!」
『ふぇっ!? つ、使うって…何を…?」
「いい? 真っ直ぐ相手を見るんだよっ!」
『えっと、えっとぉ…!?!?』
あわあわと態勢を整えるスライムが、すっぴんボアを正面に見やる。
そしてウィンドウには、『小石が付与されました』と言う表示がされていた。
よし…!
「スキル――おくちてっぽう!」
「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷっ!!!」
レンが『スキル』を起動したその瞬間、スライムのおくちからは多量の『小石』が一斉に発射された。
小さな石が勢いをつけ、次々とすっぴんボアの体へと命中する。
小さいとはいえ石は石。
投げつけられただけでも痛みを感じると言うのに、それがまるで銃弾の様な勢いで、襲い掛かっていた。
「ブ、モ…!?」
突然の出来事に何が起きたのか、すっぴんボア自身も解らなかったのかも知れない。
短くいながらも悲鳴を上げて、すっぴんボアの体は力なく、地面に投げ出されていた。
そっと近づいてみると、泡を吹いて血を流しているもののーーぴくぴくと痙攣している。
よかった、気絶しているだけで生きているみたいだ。
レンはほっと息を吐いた。
例え、命を取られかけた相手であっても――だ。
インベントリの中に在る小石は一つ残らず吐き出され、辺りには多量の小石が散らばっていた。
1個につき1ダメージなら、1000個なら1000ダメージ?
いや、オーバーキルじゃないか…
しかしこれが、レン達にとっては初めての戦闘。
そして、初めての勝利だった。
「や、やったあああああ!!」
『やったー! やったー!』
魔物を倒したと言う喜びが勝り、私はそれを噛み締めていた。
暫くはスライムと、勝利の喜びを分かち合っていたが…
『レンー。どうするの、これ?』
ふとした瞬間に大事な事を思い出した。
気絶するすっぴんボアの周辺には、1000個の小石が彼方此方に散乱している。
元はと言えば、自分達に必要なクエストのアイテムだ。
そして何度も言うが、インベントリには小石は一つもない。
「うん…また拾わなきゃね…」
沈みかけた太陽を背に、レンは少しだけ遠い眼をした。
◇◆◇
『んべー』
「た、確かに…」
スライムの『異空間収納』は便利だけど、見慣れない人は本当に驚くだろうね。
二回、三回と経験をしているが、レンだってまだ慣れないし、初めて見る人はぎょっとする。
「これにてクエストは完了です!」
「あ、ホントだ」
自分のログウィンドウにも『クエスト完了!』と出ている。
報酬の300Gは、冒険者ギルドの受付嬢から支払われた。
『100G』と刻印された硬貨が3枚だった。
「それにしても遅かったですね。暗くなりかけていたので、心配しました」
「あぁ。また1000個集めてたので…」
「えっ?」
スライムも戦闘で体力を消耗していたし、休んでもらおうと思い、小石集めは結局、一人でやり直す事になった。
小石は割れている物もあったので、再捜索するにも暗くなりつつあったので、草原では探すのに本当に苦労した。
「あ。そう言えば。すっぴんボアを倒して放っておいたら、何か牙になっちゃってたんですが…」
「『すっぴんボアの牙』をドロップしたんですね」
「ドロップ…えっと、すっぴんボアがこれになった、とか?」
「命を奪う事をしないのであれば、時間経過で魔物は消え去り、アイテムをドロップします」
消える。
つまり、あのすっぴんボアは殺しても殺さなくても、戦闘不能になった段階で終わり…?
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ。なんか、可哀想だなーって」
「…そう思う方も珍しくはありません。ですが、命は奪い、奪われて行くものです。、特に冒険者を続けるのであれば、それを強く感じる事でしょう」
何処で命を失うか解らないのは、元の世界でも同じだ。
私は車に轢かれて死んでしまった。
「可哀想――と仰いましたが、その躊躇いで命を落とす冒険者だって居ますから…」
同情や躊躇いがあれば、それだけ判断が鈍る。
たった一つの判断が、一瞬の隙が、躊躇った瞬間が。
その人の、そしてパーティーの命取りとなる。
そう言う世界で、この人達は生きている。
何か失う事はあっと言う間で、それを悲しんだり、振り返っている暇はない、と言う事なのかーー
「お優しいんですね、レンさん」
「…」
「…『すっぴんボアの牙』は、クエストに依頼が無ければ、そのまま換金してお金にするか、素材として残すのがいいでしょう。換金はギルドで行ってます。素材は鍛冶師や錬金術師の店で使用出来ます」
先立つものは必要だ。
此処は取っておくよりもお金にしてしまおう。
この牙を持っていると、どうしても気分が沈んでしまいそうだったから。
――初めてのクエスト。
君と一緒に初めて魔物を倒したら、ピョンピョン飛び跳ねる姿が可愛らしかった。
テイマーとして、パートナーとして。
小さくも、大きな一歩を大勝利で飾ったね。
私も君も、たくさん、いっぱい喜んだっけ…
氏名:レン・アマガミ
性別;女
年齢:18歳
職業:テイマー(F級)Lv.1
スキル:テイム…魔物を手懐ける。冒険者ランクにより成功率が変化。
パッシブ:なし
『装備』
服:宿屋のパジャマ
足:宿屋のサンダル
『スライム』
種族:スライムLv.1→『Lv.2』
スキル:おくちてっぽう…おくちから何か出て攻撃する。(水・小石)
異空間収納…何処に繋がってるかスライムも解らない。
分裂…スライムを分裂させる。数は増えるが能力が僅かに落ちて行く。分裂には上限数がある。
パッシブ:夢見る子供…『伝説のスライム』を夢見る無垢な心の持ち主。効果はなし。
お読み頂きありがとうございました。




