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ZOMBIE 7

今日は雨が降っていた。

土砂降りではないが、外に出るには面倒な雨量。こういう日は黙って部屋に居るのが得策なのだ。

そう思いながらベッドの上に座り窓を眺めている私の後ろで、エインはパラリと本のページをめくった。

随分分厚い本を読んでいる。黙々と何も言わずに凝視していた。


「何読んでるの?」


ザァザァと壁を隔てた向こうで雨の降る音がする。

視線を変えずにエインは「んー」と小さく呟き、またパラリとページをめくった。


「国語辞書」

「え。まさかの答えですね」

「色々勉強になる」


クイーンサイズのベッドにうつ伏せで寝転がりながら、本…もとい辞書を読むエイン。

返事をするたびに、天上へ向く足がぷらぷらと動いた。

手元には今やエインのチャームポイントって言うかなんて言うか、そんな感じの帽子が置いてあった。

白いツマミ型の帽子。うん、エインにはキャップよりもツマミ型の帽子の方が似合ってると思う。

熱心に辞書を読むエインに向かって私は笑いかけた。


「偉いね、ちゃんと勉強して」

「え、へへ」


確かに言葉もしっかりしてきた。

少し舌っ足らずなエインはもう居ない。

褒められた事が嬉しかったのか、さっきまで顔を上げなかったエインはパッと視線を私に移し、花がほころぶように笑った。

ほころんだ花はマーガレットとかチューリップとか、そういう可憐でかわいい笑顔じゃなくて、薔薇とか百合とか、どこか艶めかしい花の方。

白い肌にカラスの濡れ羽色のような髪。うっすらと赤い唇…ってお前は白雪姫か!


「ねぇ真里。僕やってみたい事があるんだ」


自称草食系ゾンビは言う。

私にエインの行動を制限する権限なんてない。

勿論笑って承諾した。


「うん、皆に迷惑かけないでね」

「大丈夫。皆も喜ぶよ」


そう言ってエインは部屋を出て行った。

勿論外していたオシャレハットを頭に乗せて。

足取りは軽やかで、きっと良い事がエインに待っているのだ。

そう思った一時間後、思ったよりも早くにエインは戻って来た。

後ろには一人のゾンビが控えていた。

エインよりも背が少しだけ高くて、茶色い短髪。

彼は割と見かけるゾンビだ。そう、ゾンビ犬を引きつれて現れる、彼。

俯きまるでエインの背に隠れるように彼は立っていた。

私は首を傾げた。


「早かったね、エイン。どうしたの?」

「思ったとおりだった」

「え?」


エインは一歩横に逸れ、彼を私の前に突き出した。

俯いていた顔を、ゆっくりと上げる。

そこにはゾンビ特有の皮膚や、白く濁った瞳が見受けられない。

エインと同じくなだらかな頬、そして鮮血色の瞳。

彼ははにかんで言った。


「まり」

「どういう事か説明しなさい」


エイン第二段が目前に居る。

彼は照れているのかもじもじとしながら、己の頭を掻いてる。

なんつうピュアボーイ!


「まだ詳しい事は分からないけど、真里の血って特別なんだ」


突然の告白。でもそれは知りたくて仕方なかった事。


「僕は真里の血を舐めて今の僕が居る。じゃあ僕の血を舐めたゾンビはどうなるんだろう」


「そう、思ったんだ」エインの言葉はとても力強かった。


***


僕は知りたかった。真里の血の効力について。

でも真里の血を他にあげるなんて嫌だから、自分の血をあげることにした。

まずは誰に試してみよう。そう思った矢先に浮かんだのはこの男だった。

ゾンビ犬を使役する男。頭はそんなに悪くない。そして真里ともそれなりに面識がある。

空き部屋でゾンビ犬といた彼を見つけ、後を付いてくるように言った。

真里の住むマンションの外に出た。雨の匂いが強い外ならば血の匂いも消える。

向かい合う様にして立つと、取り出したナイフで指先に小さく傷を作った。

ぷっくりと小さな血の塊が湧き出る。

彼はゾンビのくせに眉根を寄せた。おかしい。人間を食らっていたくせにね。


「この血は真里の血だ」


彼は唾を飲み込んだ。


「彼女を守る知恵と力が欲しくないか?」


ギラリと一瞬輝く瞳。

そう言ったら彼は躊躇もなく僕の指を口に入れた。

見ていてもそれは分かった。驚異的な回復力。

グロテスクな外見は見る見る内に消え去り、真里とも僕とも変わらない“人間”がそこにいた。

僕は笑った。


「気分はどうだい?」


彼は――――後に僕がビズラと名付けた――――ニヤリと笑う。


「さいこうだ」


彼の力を試したが、どうやら僕より劣る。

体躯はビズラの方が良いのにだ。きっと真里の血の濃度に寄るのだ。

真里から直接血を舐めたかどうかで、こんなにも変わる。

しかしビズラの能力も並はずれたものがある。

意思が混濁していた以前と比べて、格段に犬を使う際の俊敏さが上がっている。

試してみたが犬の数、順応、全てが良くなっていた。


犬を撫でながらビズラは笑っている。

僕とビズラを見た人間はどう思うだろう。

以前あったあの人間――――真里を地下へと誘う憎たらしい奴――――を騙して地下に潜り込めるんじゃないだろうか。

そして地下でのうのうと暮らす、僕らを殺す奴らを皆…。


「えいん」


ビズラが僕の名前を呼んだ。


「まりにあいたい」


真里。血が嫌いな真里。僕の全て。ゾンビ達の全て。

傷つけあう事を良しとしない優しい彼女。


「そうだね…。ビズラを紹介しないとね」


今はまだ、このままで…。


***


その後三人が話し合った結果、むやみに血を与えない。

分け与えるときは十分に検討して与える。

てか、あんたらもこれからはゾンビ達を教育しなさいよ、という結論で幕を閉じた。


私の血はここにいるだけでは何も分からない。

どういう力を秘めているのか、どういう細胞で成り立っているのか。

それはロンさんの力がないと分からないのかも知れない。

でも…。

笑いあう二人を見ていると、別にどうでも良いよなぁっと思ってしまう私なのであった。






お待たせいたしました。

真里の血に少しだけ触れた回です。

キャラが新登場しました。ビズラは犬種の名前でもあります。

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