ZOMBIE 3
「皆さん、これを覚えて…、知っていますか?」
私はつい先ほど不法侵入した家の中で見つけた、小さなライターをゾンビに見せた。
目の前に座るゾンビは総勢三十名ほど。
皆膝を抱える体育座りをしているので、なんだか教師になった気分である。
ゾンビ達は口を開け、だらしなく涎を垂らしながら首を傾げたりしている。
うむ。知らないらしい。
「良いですか。これはこうやって」
ポッ。赤い火が小さく灯る。
『ヴァァァァア!』
「お、落ち着いて!でぇーい、落ち着け!」
慌て始めたゾンビをなだめ(半ば強制的だったが)、再び元の位置に座らせた。
数分もすれば、彼らはこの小さな火が害のないものだと気づく。
彼らは学ぶのだ。見た目はグロテスクな赤ん坊、と言ったところだろうか。
失礼、それでは赤ちゃんに失礼だ。
でもまぁそんな感じ。
「今日は皆さんに、バーベキューを教えます」
外国と言えばバーベキュー!
開放的な庭で笑いながら行う一大イベント!
野菜はない。だが別に構わない。
ああ白米欲しい。おっと、涎が…。
「じゅる、皆さんには生肉は焼いたほうがおいしいことを知ってもらいます」
『あー、じゅる』
『あい、じゅる』
一人と三十人が涎を垂らす光景は、なんともシュールなものがあるが致し方ない。
ライターで木の棒に火をつけ、バーベキューコンロに投げ入れた。
既に入れてある炭に段々と火が移り始めた。
「火はとても危ないです。あちちです。分かりますね?」
『あい』
うむ、いい返事だ。
ちなみにゾンビには「はい」と「いいえ」の二つの返事を、すでに教育済みである。
返事をしたゾンビ達に向かって頷く。
「だからコレは料理以外に使ってはいけません。良いですね?」
『あーい』
料理、と言いながらバーベキューコンロを指差した。
完全に炭に火が行き届いたみたいだ。
ぱちぱちと火がはぜる。
私は肉を網の上に置いた。
『うあ~』
「あー、良い匂い。やべえ。分かりますか?この生肉では絶対にしない香ばしい匂い…」
『あい!』
「良い返事です!」
親指を立て、グッとゾンビ達に向けた。
それを見たゾンビも真似をし親指を立てる。
そ、それは覚えなくても…、まぁいいか。
「美味しい肉は動物です。動物です。分かりますか?動物です」
『いーえ』
なっ、こなくそー!!
「動物!人間ダメ、ゼッタイ!分かった!?」
匂いに誘われ現れたゾンビ犬に向かって動物、と指差し、人間と言った時に自分を指差した。
お願いだから人間は食うな。
『あー、あい』
こくこくと頷く。
もしかしてゾンビは動物と人間が見分けられないのかもしれない。
うむ、人間とは何なのか教える必要があるかもしれないな。
だがしかしその前に重大な任務がある。
「お肉が焼けました!皆さん、焼けましたよ!」
『ヴォオォォオ!!』
「良いですか、焼けたら塩です!更に美味しくなりますよ!コショウは臭み消しにぴったりです!」
『マァ、マァ!』
「分かったから急かすな!」
お皿を持たせ一列に並ばせる。
うう、教育の賜物だーっ!
一人一人にお肉を乗せ、再び定位置へと戻らせた。
皆口から大洪水。
生肉食べてる時でさえこんなに涎を垂らしていない気がする。
「皆さん行き渡りましたね?ではご一緒に。いただきます!」
『うあーっ』
手を合わせ頭をぺこり。そしてガブっ。
「…くぅっ。今日も元気だ、ご飯がうまい!」
『うまー』
生肉は血が滴るが、焼いた肉は肉汁が滴る。
肉汁の方が上手いことはゾンビにも分かったらしく、お代りを皆していく。
へへ、この味の違い大作戦も成功みたいだぜ。
私はあらかじめ用意していたスケッチブックを取り出した。
ササっと動物の絵を描く。その横に矢印を書き、その先には肉の絵。
「さぁお腹がいっぱいになった所で、今日のおさらいです」
『あいー』
「皆さんが食べていいのは動物のお肉だけ。何故人間はダメかって?貴方達は仲間同士共食いしますか?しませんよね。人間はあなた達の仲間です。優しく接すれば必ず答えてくれます」
『あいー』
「物資が激減した今、生き残った人間と共存していくことが、私たちの生きる道となります。分かりますね?分かりましたね?」
頷くゾンビに向かって、私は頷き、そして声を荒げた。
「一つ!人間を襲い食すべからず!二つ!見つけた人間には優しくするべし!三つ!見つけた人間はとりあえず私の元へ!以上!」
『あい!』
私が言いたいことは人間を襲うな、という事。
手を上げ賛同の声を上げるゾンビ達。
うむうむ。えらいぞ諸君!
日も暮れ始め、ゾンビなカラスがギャアギャアと鳴き始めた。
取りあえず今日の集会での事、ここに居ないゾンビ達にも伝えるよう言っておかなきゃ。
「エイン」
『はい、マァ』
エインとは、私と最初に出会ったオシャレハットを被ったゾンビである。
何かと私の後を追い、懐いてくるものだから名前を付けたのだ。
そしてこのエインは他のゾンビと違い、知能指数がそこそこ高い。
軽いコミュニケーションを取れるのは今のところエインだけである。
「今日の事、他の皆にも言っておいてね」
『はい』
「エインから言った方が伝わりやすいと思うの」
『…いいえ』
「え?」
否定の言葉に私は首をかしげた。
どういう事なのか聞きたくても彼は言葉をまだ話せない。
それを一番気にし、尚且つ憤りを一番感じているもの彼なのだ。
上手く言い表せない苛立ちから、眉根を力強く寄せた。
「…大丈夫だよ、エイン」
エインが何を否定したのか、私は何に対して大丈夫だと言ったのか分からない。
私もあなたと同じで、上手く言葉が話せない。
エインの手をギュッと握った。
相変わらず雪のように冷たい手だ。
エインの眉はふっと力が抜け、優しい表情に戻る。
「もう日が落ちた。家に帰ろう」
『――――はい』
コンロを覗くと、炭は未だに微かながらも火を宿していた。
しかし今日は無風だ。放っておいても大丈夫だろう。
エインに頼みコンロを邪魔にならない場所へ移動させ家に入る。
どこからか犬の遠吠えが聞こえた。
真里、違うよ。
皆はちゃんと分かってる、伝わってる。
僕から言わなくても皆に伝わっているよ―――。
エインは真里の後ろ姿を見つめながらそう思った。
言いたくても口から出る言葉は淀んだ母音だけ。
違う、違うよ…。
想いはまるで霧に包まれるかのようにかすれて消える。
厄介なゾンビの体質に、エインは夜空を見つめ思いあぐねた。
この日以来ゾンビ達はご飯にうるさくなりました。