ZOMBIE 1
寂れた廃屋。窓から見える街並みは静まり返り、不穏な空気が漂っている。
カーカーと甲高いカラスの鳴き声がどこからか聞こえた。
見上げた空は分厚い雲に覆われており、遥か彼方上空に数羽の鳥が旋回している。
風がガタガタと窓を揺らした。
「くっそー」
窓に張り付き、視線を空から道路へと移した。
家の近くにあった本屋で見た外国の街並み。
オシャレな外観をした家々。その家の前に必ずある青々とした芝生。
朝になれば自転車に乗った新聞配達員が新聞の放り投げ、ペットの犬がわんわん!と吠えながらキャッチして飼い主に新聞を…、なんて、思いだすのは二流映画のワンシーン。
その光景が少しでも見えればマシだったのだろう。
オシャレマダムが住んでいたであろう家の窓ガラスは割れ、ドアがホラー映画のようにギィギィと開いたり閉じたりしている。
綺麗に整えられていたのでろう芝生は枯れ、道に均等良く置かれた木々には車がぶつかり、時計を見る限りまだ昼前なのに外には人一人いない。
時折見かける犬はゴミ箱をあさり、鋭利な牙をチラつかせながら涎を無駄にまき散らしていた。
不穏だ…、不穏すぎる…。
窓から離れベッドに腰掛ける。
クイーンサイズのベッドがギシリと揺れた。
この部屋も随分と綺麗になったものだ。
私が来た当初、チェストや机の上には軽く埃がつもり、天井付近には巨大なクモの巣がいくつも張っていた。
それを私は苦労しながら綺麗にしたのだ。
…懺悔をしよう、人が居なくなってしまった家に入り込み、気に入った家具や服を拝借した。
ごめんなさい神様、あーめん!
それが今ではこの通り!わたし好みのシンプルで尚且つ可愛らしい部屋に大変身!
部屋の一角には植物を育てるスペースがあり、観葉植物好きな私にとっては天国なのである。
電気等は未だに予備電動とソーラーで発電されているらしく、弱弱しいながらも部屋を照らしてくれている。
ここだけが私のユートピア!
ぐう、とお腹が鳴り意識が現実へと引き戻される。
ああ何かを食べなきゃ。
冷蔵庫にはもう何もない。チョコレートも先ほど食べてしまった。
食料調達のために行くスーパーはここから少し遠い。
まぁ歩いて行ける距離だし、あの大きなカートごと荷物を持って帰ってきてしまおう。
そう思いベッドから飛び起きた瞬間、ノックもなく部屋のドアが開く。
ギィ…。
私は息をすることを忘れ、その光景を見つめた。
扉から伸びた腕。普通の腕ではない、皮膚は爛れ赤い肉がむき出しになり…。
不思議なことに血は流れず、場所によっては骨が露出している。
扉を開けた腕を持つその人物も、こりゃまた不可解な成りをしていた。
張りと血色を失った肌はやはり爛れ、眼球が飛び出しぶらぶらとしている。
口元から血液の混じった涎を垂らしながら、淀んだ白目の眼球で、私を一瞥した。
俗に言うゾンビが、だらしなく舌を垂らすとニヤリと笑った。
笑うという概念がゾンビにはあるのか――――。
そんなことを考えて居ると、ゾンビは『あー』と言いながらヨロヨロと私に近づく。
ドアの外には数人のゾンビが興味深そうにこちらを覗いていた。
腐臭はあまりない。
血液が流れ失血死してもおかしくない外観なのに、見たところ出血は見られない。
腐臭はそれと関係しているのだろうか。
人間の怪我の治りかけ。彼らの傷はそれを酷くしたバージョン、と言ったところだろうか。
ひたひたとゾンビは私に近づく。
ああ…。
私は目を瞑る。
「ドアを開けるときはノックしてって、何度言ったら解るの!?」
私はゾンビに向かって怒鳴りつけた。
目の前のゾンビは困ったように一歩後退し、頼りなさ気に存在する瞳をきょろきょろさせた。
『あー』
「貴方の脳みそ、ウジでも湧いてるんじゃない?」
『あ…』
「そ、そんな悲しそうな顔したって、許さないんだから!」
しょんぼりと悲しそうに俯くゾンビに良心が痛んだが、躾というものは最初が肝心なのだ。
お前らも同罪だ!と、部屋の外に居るゾンビも睨みつける。
わたわたとしだした彼らは、慌て過ぎたのか腕や目をポロリと落とした。
ふんと鼻息を荒くした私に、目の前に居たゾンビは何かを差し出す。
ちらっと一瞥するとそこにはビニール袋があった。
受け取り中を確認する。
「こ、これは!野菜!」
こくこくとゾンビは頷く。
野菜、そう。青々とした新鮮な野菜。
スーパーにある食べ物は冷凍商品とレトルト食品、そして一体いつになったら飲み終わるのかという量のペットボトル飲料。
生の食材はとっくに腐り、この世から姿を消していた。
消していたはずの野菜が今この手にあるのだ!
「良くやった、偉いぞゾンビ兵ども!」
『ヴォォォオオ!!!』
ひ、ひぃいい!
嬉しそうに雄たけぶ姿は雄々しいどころか、おどろおどろしい。
褒められたことを察知したのか、他のゾンビ達も「ヴォオオ、ヴォォォオ!」と叫んだ。
お願いだ、早く部屋から出てってくれ!
「ご苦労だった、またの成果を期待しているよ。散っ!」
想像としては忍者が消えるかの如く、シュタっと姿を消してほしかったのだが、そこは流石のゾンビ。
あわてず騒がず。『うあー』と言いながらヨロヨロと部屋を出て行った。
なんとも滑稽。
私は袋を目の前まで持ち上げると、大きくため息をついた。
「はぁーあ」
純日本人、岡村真里十七歳。
気づいたらゾンビが徘徊する街に佇んでいました。
ゾンビに愛されて、気付けばもう二週間です。
日記帳にしてるノートから視線を上げ、なんだか悔しくなったので「だー、もう、ちっくしょー!」と叫んだ。
心配したゾンビがワラワラと部屋に転がり込んでくるのは、それから数分後のお話。
進化するゾンビだったらいい。
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