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異常調査部〜細菌事件〜【3】  作者: 月ノ羽ルナ
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確たる証拠

警視庁・情報資料室にて


ここには、年代を関係なくして都内で起きた事件資料が保管されている。近年に起きた事件などはパソコンにもデータ移行しているが、過去の事件を詳しく調べるなら、ここに来るのが一番だろう


そんな場所に、二人の人物が人を寄せ付けず数時間も居座っていた


一人は警視庁管理官・世瀬よせ哲乙あきお。彼は普段から、雲を掴ませない飄々とした態度で人と接しているが、役職柄のせいか警察官達からは、畏敬されている


息子である芯也しんやとの仲は、良好とは言えないものの、息子の目的の為にめぐるを異常調査部へと移動させたり、捜査一課長の立て篭もり事件の時には、現場の指揮を取らせた


その結果、芯也しんやは公安局の役不足を指摘し、新たな部署を設立させる事に成功する


一見、息子の事を陰ながらに、思いやっているように見えるが、そんな気持ちがない事は、本人が一番よく理解していた


そんな気持ちがあったなら、仕事以外ロクに会話もせず顔も合わせない…なんて間柄にはなっていなかっただろう


芯也しんやめぐるを利用しているように、彼もまた警視庁管理官として息子を、利用しているに過ぎない


そんな、世瀬よせ家の親子問題の中心部にいるのが、もう一人の人物ーー黎ヰ(くろい)だった。彼は、過去に起こった事件のファイルを、片っ端から読み漁っていた


警察組織から爪弾きにされている黎ヰ(くろい)は、暗黙のルールとして情報資料室に入ることが許されていない。彼自身も事件の必要な情報は、夏氷なつごに依頼していたので、この部屋に入る必要がなかった


だが、捜査一課長院内立て篭もり事件の裏には、安楽死の薬や改造された銃が使用されていた。偶然、廃校舎の事件でアリババの存在を、認識しただけで組織はそれ以前から活動している可能性が高い


それを調べるとなると、警視庁の情報資料室へ行くのが最適で、黎ヰ(くろい)は管理官の力を借り、人払いを頼んだ


上層部は、アリババや組織の存在は不確かだと認めてないが、世瀬よせ管理官とその旧友でもある警視総監、くろうま ひじりは、国に根付こうとしている組織の存在を薄々感じている


そしてそれは、今まで事件資料を読み漁っていた黎ヰ(くろい)も同様で、組織と関連性があると判断した事件ファイルの山が、それを物語っていた


黎ヰ(くろい)

「にしても、まさかこれだけ出所不明の薬物、銃器、爆薬があるとはなぁ〜」


アリババは、殺人の手立てとして劇薬を使用していた。持ち帰って薬の成分を調べると、一般的に出回ってるものではない事が判明した


人里離れた住宅地で、人体実験をしていた事とすり合わせると、独自で開発したものとみて間違いないだろう


黎ヰ(くろい)

(薬を生成し、それを望むものに売り渡す……もしくは、依頼がきてから作成し売る。白石って看護師の話が本当なら後者か…いや、重要なのはそこじゃない)


白石しらいしは、看護師という職業に疲れてしまい、いつしか自殺を考えるようになっていた。そんな彼女は、以前に入院患者に聞いた"依頼すれば願いを叶えてくれる組織"の話を思い出す


その患者は、白石しらいしの本質を見抜いていたのか依頼する方法を教えると、自身は入院中に薬を飲んで穏やかに命を終わらせた  


この事実を知っているのは彼女だけで、医師や看護師には自殺とは診断されず、死亡結果は突然死となった


患者から貰い、何となく捨てられずに持っていた紙切れを見つけた白石しらいしは、この一連を思い出し、気がつくとそこに書かれたアドレスに、安楽死ができる薬を依頼していた


その後は、数日のうちに取引が成立し、指定された代金を支払い、簡単に薬を手に入れる事が出来た


白石しらいしから聞けた証言はここまでで、肝心のアドレスについては、一度しか使用出来なかった為、紙ごと捨てたらしい。もちろん、薬を受け取る際も誰とも接触していない


黎ヰ(くろい)

(きっと取引の方法は、いくつかあんだろうな)


白石しらいしの場合は、少し特殊な例だったのかもしれない。だが、偶然組織の存在を知った人間の依頼を、こうも簡単に引き受けた事に、黎ヰ(くろい)は違和感を覚える


と、同時に組織の狙いがボンヤリと見えてきた様な気がした


世瀬よせ 哲乙あきお

「銃器に関しては、出所の見当はついてるぞー」


短い黒髪をボサボサにし、眠たそうに欠伸をしながら世瀬よせ管理官は、既に脱いであるスーツの胸ポケットから、折り畳まれた紙を取り出した。その紙を机の上でスライドさせ、黎ヰ(くろい)へと雑に渡す


世瀬よせ 哲乙あきお

「隅田が持ってた改造銃を一度バラして作らせた設計図だ。使用されてた部品のいくつかは国内じゃ入手不可で、組み立て技術から見ても外国で輸入されたものだとさ」


開いた設計図に目を通した。知識の片隅にある部品の名前を見つけると、それが裏付けとなり、不機嫌そうに眉をひそめた


黎ヰ(くろい)

「輸入された改造銃なら、必ず何処かと繋がりがある筈……無難に考えれば裏社会、だよなぁ〜」


裏社会、いわゆる極道と呼ばれる存在は、決して表立ってはいないが、この国に根付いている裏の組織だ


黎ヰ(くろい)

「重要なのは、隅田は()()()()()改造銃を入手したか」


黎ヰ(くろい)の言う()()()とは、隅田すみだが直接極道から入手したのか、それとも例の"依頼すれば願いを叶えてくれる組織"から入手したのか…その答えを求めるように、世瀬よせ管理官の言葉を待つ


世瀬よせ 哲乙あきお

「隅田が自供したのは、動機や殺人の手段だけだ。さっきも言ったが改造銃は押収した後、解体して外国産だと特定した」


つまりは、隅田すみだから繋がりのある組織について、何も聞き出せていないと言う事だった


黎ヰ(くろい)

「隅田の動きは公安も気にかけてた筈だ。だからこそ、立て籠った時も迅速に対応できた。そんな状態で、極道から直接やり取りできる程、隅田に余裕があったとは考えにくい……となれば、組織が濃厚だろうなぁ〜」


自分で言いながら、黎ヰ(くろい)はその言葉が意味する重い事実に、顔をしかめるしかなかった


もしその推理が本当なら、組織は極道から銃器を仕入れ、それを警察官へ売り渡した事になる。この国の表と裏に繋がりを持っているのなら、組織を追えば必然的にどちらとも衝突する事になるだろう


警察内部に、組織と通じている所までは黎ヰ(くろい)も想定していたが、そこに裏社会まで関わってくると事態はより深刻さを増していく


世瀬よせ 哲乙あきお

「私念に走り道を誤っちまったが、隅田弦次郎という男は根っからの刑事だ。そして、妻や娘が生きるこの国に危険を野放しになんてしない。極道と繋がり爆薬や銃器を裏で捌く組織があるなら、必ず自供してる」


先ほどまでとは違い、鋭い眼差しのまま世瀬よせ管理官は話を続けた


世瀬よせ 哲乙あきお

「だが、改造銃を持ってた事もそれに関して黙秘を貫いたのも事実。なら答えは簡単だ、言えば家族が危険に晒される可能性があった」


黎ヰ(くろい)

「組織や裏社会の人間って線は考えにくい。現役だった捜査一課長に改造銃を売っておきながら、バラしたら家族を巻き添えにする、なんて脅し意味をなさないからなぁ〜」


当事者である隅田すみだを始末した方が、事は最小で済む。わざわざその家族まで巻き込めば、下手に証拠を残し世間に露見してしまう可能性だってある


部外者である黎ヰ(くろい)が数秒でこの事に気づいたのだ、隅田すみだが気づかない訳がないだろう


世瀬よせ 哲乙あきお

「隅田が黙秘した。それが全ての答えだ、そうだろ?」


管理官としての立場上、迂闊な事は言えず意味深に黎ヰ(くろい)へと言葉を投げかけた


警察組織に居た隅田すみだに家族を脅しの材料にし、その言動を制御する。そこにメリットを見出す人間がいるのなら、それは同じ警察官しか居ないだろう


黎ヰ(くろい)

(警察内部に、組織と深く関わってる人物が居るってのは想定内だが、相手は随分とご立派な立場みたいだな)


それも、捜査一課長よりも遥かに上の階級だろう。尚且つ、隅田すみだを脅せるだけの情報も交渉材料も兼ね備えた人物となれば、あらゆる方面から証拠隠滅もお手のものだろう


黎ヰ(くろい)

「取り調べは誰がした?隅田は全てを失う覚悟で殺害を誓ってた筈だ。脅すにしても計画が失敗した後じゃなきゃ、意味がない」


隅田すみだが殺害を計画したのは、娘が植物状態だと疑わなかったからだ。大切な者を失ったと思っていた彼には、脅しなど通用しない


娘が植物状態じゃなかったと知らされたのは、計画が失敗し捕まった後…脅すのなら、取り調べを利用したこのタイミングしかないだろう


世瀬よせ 哲乙あきお

「捜査一課長の取り調べとなれば、逮捕後も勾留された後も、わんさかだ」


いい加減な返事に対して、黎ヰ(くろい)が何かを言う前に先ほどと同じように、スーツの胸ポケットから一枚の紙を取り出し、同じく雑に渡した


世瀬よせ 哲乙あきお

「記録されてるリストだ。記録に()()ものまでは、追うのは難しいけどな」


黎ヰ(くろい)

「………」


捜査一課長と言う事もあり、各方面からの聞き取り調査が事細かに訪れたのだろう。黎ヰ(くろい)は、無言でリストにのっている人物達の名前を見た


警察本部刑事部・管理官『浜矢はまや シロ』

警視庁薬物銃器対策課・部長代理『秣圡慊まつどうら 愛竢あいし

警視庁暴力団対策課『崙呂ろんろ 堅志けんじ

警視庁警備局公安課『冷笠さがさ 芽霧めむ

検察官・検事『埵頭たがしら 十楼じゅうろう


黎ヰ(くろい)

(念の為、夏氷に調査頼むか)


もしこの中に、組織と深く繋がりを持つ人物が居るのなら、その動向や背景に何らかしらの繋がりが見えてくるかもしれない


隅田すみだを脅迫できる人間が居たとしても、先ほど管理官が言っていたように"記録にない"人物の可能性の方が遥かに高い。わざわざ記録に残すような、爪の甘さは持たないだろう


黎ヰ(くろい)

(だとしても、全員が無関係とは限らない。単体じゃなく、複数人絡んでる場合だってあるからなぁ〜)


思考を巡らす黎ヰ(くろい)は、内心このままの推理であれば何ら問題はないと思っていた


黎ヰ(くろい)

(もし、このリストの中に居た場合…厄介な事になんだよなぁ〜)


記録を残すと言う事は、消す必要がないと判断したと言う事だ。それは油断などではなく、いつでも近付くものを排除できると言う事を意味する


嫌な予感を抱えながらも、一先ず納得した黎ヰ(くろい)は、徹夜で眠たそうにしている世瀬よせ管理官に、次の疑問を投げかけた


黎ヰ(くろい)

「裏社会について心当たりは?」


世瀬よせ 哲乙あきお

「あぁ…都内じゃ"佰喪家"しかあり得ないだろうな」


欠伸を噛み殺しながら、質問に答えた世瀬よせ管理官だが、黎ヰ(くろい)はその答えに納得できず、すかさず言葉を返した


黎ヰ(くろい)

「あり得ないって明言されても、詳しくねーよ」


日本の裏社会を担う、極道と呼ばれる組織に詳しくない黎ヰ(くろい)は、その口から出された佰喪ひゃくも家の名も、ピンと来ず"知ってる情報を全て教えろ"とその表情で語る


世瀬よせ 哲乙あきお

「古くからこの国を裏で仕切ってる連中だ。とは言っても当主が代替わりしてからは、かなり落ちぶれてる。あくまでも全盛期と比べたら、な……今はその密輸を主に生業としてるんだろ」


黎ヰ(くろい)

「随分、適当な説明どーも」


武器の密輸だけで、この国の裏で生き残れるほど甘い世界ではない事は、裏社会に居ない黎ヰ(くろい)でも簡単に想像がつく


かと言って世瀬よせ管理官は、わざとはぐらかした訳でもなく、適当に自分の感想を述べただけ…要は、ただの独り言のようなものだろう


世瀬よせ 哲乙あきお

「管理官に嫌味言えるのは、本当お前だけだよ。で?どーすんの?正体不明の組織を追う筈が、極道やらなんやら……いくらお前でも、荷が重いだろ」


黎ヰ(くろい)の質問攻めから解放され、完全に集中力を失った世瀬よせ管理官は、口調がガラリと変わった。何度も目の当たりにしているので、特に驚くでもなく、黎ヰ(くろい)は冷静に言葉を返す


黎ヰ(くろい)

「今のままじゃ、だろぉ?あんたらが口を揃えて言う、確たる証拠ってのを揃えれば、否が応でも動かざるを得ない状況になんだろ」


軽口を叩いてはいるが、そう簡単にはいかない事は本人も自覚していた


世瀬よせ 哲乙あきお

「四方八方から敵ばっかの状況で、よく言えるもんだ。でも、まぁ…お前だから出来るのかもな」


予測不可能な行動をする黎ヰ(くろい)には、誰もが敬遠してしまう。そんな彼に近づこうとしてくる者など、普通なら居ない


もし、組織の存在を明るみにしていく過程で、黎ヰ(くろい)に近づく者が居るなら、その人物は何かを知っている可能性が高い


世瀬よせ 哲乙あきお

「第一として組織ってのに近づかなければ、敵は餌にすら引っかからないぞ」


黎ヰ(くろい)

「言われなくても。先ずは、アリババの存在証明からだぁ」


その名前に世瀬よせ管理官は、あらかじめ黎ヰ(くろい)から聞かされていた話を思い出す


世瀬よせ 哲乙あきお

「死亡届が提出され受理されてるなら、存在証明なんてないも等しいぞ。出来るのか?」


アリババと呼ばれていた青年は、鳳朝おおあさケンシと言う名で、三年前に真林高校で起きた火災で死亡していた


だが、彼が使用していたナイフの指紋や顔写真からも、アリババと鳳朝おおあさケンシは、同一人物だと判明した


確たる証拠と言うのは、誰もが納得出来るものでなければならない。それは、アリババーーもとい、鳳朝おおあさケンシが存命しているという、絶対的な証拠が必要だと言う事を意味する


黎ヰ(くろい)

「それについては、問題ねーよ。火災時の状況さえ明らかにすれば、難しい事じゃねぇだろ」


世瀬よせ管理官の懸念を、先程と変わらない軽口で受け流し、場に似つかわない笑顔を見せた


黎ヰ(くろい)

「状況的には、結構優勢だぜ?手掛かりが途絶えるどころか、あらゆる方面から尽きないんだからなぁ〜」


普通に考えれば、国の表と裏に精通している組織の存在を追う事自体、無謀と言わざるを得ないだろう


だが、目の前にいる人間は、強がりや痩せ我慢ではなく、心からこの状況が"優勢"だと豪語している


世瀬よせ管理官は、半ば呆れつつも現状、権力や圧力に通用しない黎ヰ(くろい)にしか、この件は追えないのだろうと、改めて認識した


と、同時にかつて正義を持ち、貫き世を正そうとした警察官ーー區鬥くとう 叶眞きょうまを思い出す


世瀬よせ 哲乙あきお

「區鬥も、お前みたいに世の中の汚いルールってのを飲み込めてりゃ、少しは違った結果になったかもな。少なくとも、英雄が死を迎える事はなかったんだろうさ」


黎ヰ(くろい)

「!?……」


黎ヰ(くろい)は、何気なく出たその名前に一瞬、肩をピクリと動かした。完全に不可抗力で出てしまった反応に、自分自身に嫌気がさし、苦虫を噛み潰したような表情で、そっぽを向く


分かりやすい彼の反応に、「すまん」と本当に思ってるのか疑わしい軽い声音で、世瀬よせ管理官は言葉を続けた


世瀬よせ 哲乙あきお

「この名前は禁句だったな。芯也の事もあってか、つい思い出しちまったわ。まっ、でもこの先何回も聞く事になるだろ、慣れとけ慣れとけ」


黎ヰ(くろい)

「禁句じゃねーよ。俺の私情に干渉すんな」


不機嫌を隠さず拒絶する黎ヰ(くろい)の言葉は、怒りと言うよりは、苦しみに似た何かと葛藤している様だった


芯也しんやや他の警察官からすれば、區鬥くとうと言う名は、まさしく英雄の名だが黎ヰ(くろい)からすれば、過去の痛みを思い出させる名だった


世瀬よせ 哲乙あきお

「警視庁・情報開示課。芯也達が動き出した。今はまだ警察内部へ必要な存在だと、証明しなけりゃならんが、何だかんだで、異常調査部の前へ立ちはだかって来るぞ。黎ヰと言う、()()を引きずり下ろすまでな」


そんな黎ヰ(くろい)の心の内を知りながらも、世瀬よせ管理官は遠慮なく、その痛みが無理にこじ開けられる事になると告げた


世瀬よせ 哲乙あきお

「そういや、動物愛護団体を名乗る数名が、所轄と揉めた後、行方を眩ませた」


一見、脈略もない内容だったが、世瀬よせ管理官の言わんとする事が分かった黎ヰ(くろい)は、つまらなさそうに口を開く


黎ヰ(くろい)

「…情報開示課の情報をどーーも。んなもんより、世を騒がせてる医師学会の事件を追わせた方が、何倍も功績になると思うけどなぁ〜」


世瀬よせ 哲乙あきお

「芥君も巻き込まれたんだろ。なら、異常調査部に一任した方が早そうだ」


息子に地位を与えたかと思えば、大きな事件は黎ヰ(くろい)へ回す……どっち付かずの態度に見えるが、彼は冷静に事件解決の能力が高い方に、振っているに過ぎない


黎ヰ(くろい)

「どっちにしろ、組織が一枚噛んでそうな事件だからなぁ。あんたの実子に譲る気ねーよ」


嫌味を込めた言葉を最後に、勝手に話を終えると黎ヰ(くろい)は席を立つ。世瀬よせ管理官も、やっと終わったかと言うように、だらしなく欠伸をしながら、体を伸ばしだした


黎ヰ(くろい)

「?」


出口へと向かおうとした黎ヰ(くろい)は、ふと自分の携帯電話に着信が付いていた事に気づいた。滅多に掛かってくる事がない、相手ーー塔沽とうかい 二苑しおんに訝しげな表情になる


黎ヰ(くろい)の中で、何か嫌な予感が過った時だった、携帯電話を見たまま立ち尽くしている黎ヰ(くろい)に、わざとだと分かるふざけた言葉が、彼の思考を遮った


世瀬よせ 哲乙あきお

「恋なら、しないよりするに限るぞー」


黎ヰ(くろい)

「……」


不快以外の、何ものでもないとでも言うように黎ヰ(くろい)は、未だ座ったまま伸びをしている世瀬よせ管理官を見た


黎ヰ(くろい)

「さっきの話の続きだが」


世瀬よせ 哲乙あきお

「なんだ、どーした」


黎ヰ(くろい)

「汚いルールに従って生き続けたとして、それは本当に()()()()事になんのかぁ?」


世瀬よせ 哲乙あきお

「うぉ?!」


予想してなかった黎ヰ(くろい)の言葉に、文字通り驚いた世瀬よせ管理官は、バランスを崩し椅子から滑り落ちた


散々、からかわれた黎ヰ(くろい)が、助ける筈もなく、そのまま情報資料室を出ていった


バタンっと、冷たい鉄の音だけが部屋へ響き渡る。それが妙に、心に氷柱が突き刺さった感覚を生んだせいだろうか、世瀬よせ管理官はしばらくその場から動こうとしなかった

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