払拭されない評価
誘蝶木旅館・地下室にて
数分前まで大きく開いていた扉は、硬く閉ざされていた。扉の前では、追い出されたのであろう法医学者達が口々に不満を言い合っている
そんな中、彼らはその人の気配を感じとるとそちらに視線をやり「ヒッ」と声をあげた
威圧感を放ちながら一心不乱に近づいてきたのは、小尾飛田だった。その圧力から、まるで"退け"と言われているようだと、法医学者達はすぐさま扉の前から離れた
そんな彼らなど眼中にないのだろう、目的の扉の前まで来た小尾飛田は、躊躇う事なく、扉の真ん中の大きなハンドルに手を掛けた
本来なら左に回せば開くはず、だがハンドルは既に左いっぱいに回されており、これ以上回す事はできない。次に彼は、ハンドルを力任せに手前に引くがびくともしない事を確認すると、今度は体重を掛けて奥へと押した
だが、結果は変わらず鉄の扉は固く閉ざされたままだった
このタイプの扉は構造上、内側から鍵はかけられないようになっている。その事を知っている小尾飛田は、扉が開かない理由に疑問を抱いた
それを解消するべく、近くにいた法医学者の一人に向かって質問を投げかける
小尾飛田 空子
「何か細工をしなければ、こうはならない。何をした?」
そう言った小尾飛田の瞳はギラリと光り法医学者を捉えた
少し前に山原夫妻も経験した"蛇に睨まれた蛙"の状態で、この気の毒な法医学者は、あまりの気迫に萎縮してしまい質問に答えるどころか、声にならない悲鳴をあげるしかできないでいた
いつまで経っても答えが返ってこない事で、小尾飛田の表情はますます険しくなる
世瀬 芯也
「睨みを効かせてどうする?それじゃ話せるもんも話せなくなるだろ、頭を冷やせ」
そんな空気を察して、呆れた世瀬の声が割って入ってくる
小尾飛田 空子
「……冷静っすよ」
小尾飛田からしてみれば、多少感情が昂っただけで睨みを効かせるまでの事はしてないつもりだった。だが、目の前で怯えている法医学者を見て世瀬に言われた事が的を得ているのだと気づくと軽く舌を鳴らす
この様子から今の自分が何を聞いても答えてもらえないだろうと、不本意ながらも小尾飛田は仏頂面のまま口を閉ざした
世瀬 芯也
「一体、ここで何が起こった?」
小尾飛田の代わりに世瀬が状況を聞くと、法医学者達の中から、怒りを露わにした男ーー村嶋が声をあげた
村嶋
「何が起こったか?こんなド田舎に呼び出しておいて、ロクな出迎えもなくよく言えますね。警察はどうか知りませんが、僕たち法医学者は忙しい身なんですよ、そんな中時間を割いて来たって言うのに偉そうに、こっちはいつ帰っても良いんですよ」
世瀬 芯也
「……」
質問の答えが返ってこない所か、立て続けに並べられる文句と嫌味に思わず世瀬は絶句する
村嶋
「挙げ句の果てには、あんな異常者まで呼んで僕達と同じ空気を吸わせるなんて、警察じゃまともな人間と異常者の違いも教わらないんですね。そんな事でよく犯罪者を逮捕できるものだ」
何も言い返さないのを良いことに、調子づいた村嶋はこの場に不満を撒き散らす
世瀬 芯也
(法医学者ってのは、いつからこんな低俗になりやがった?)
村嶋の態度にうんざりする世瀬だったが、それを態度に出せば話が進まなくなるので、心の内を相手に悟られないようにと丁寧に対応をする
世瀬 芯也
「こちらの対応に不手際があったのなら申し訳ない。忙しい中、ご足労頂き感謝致します」
その場で深々と頭を下げる。ここまでされてしまえば、これ以上文句を言える者はおらず、村嶋は渋々口を閉ざすしかない
場の空気が収まったタイミングで、後から付いてきていた紾が質問する
蔡茌 紾
「芥が中で閉じこもっているって言うのは、本当ですか?」
村嶋
「ん?その声……」
聞き覚えのある声音に、またも村嶋が反応を示した。数秒の後、彼は紾が誰なのかを思い出すと、すぐ後ろにいた羽野に声を掛けた
村嶋
「羽野。こいつは、病院で会った異常者のお仲間だ」
羽野
「なんだって」
病院で芥を庇った紾に対し、良い印象を持ってなかった二人は、口元を歪めて蔑むような目を向ける
その態度と言動から、紾も彼らが病院で芥を責めていた人物だと気づく
世瀬 芯也
「知り合いか?」
蔡茌 紾
「いや、そこまでじゃ」
知り合いだとはっきり言える間柄ではなく、曖昧に返事を返す紾の態度を見て世瀬は、間に入ってもらい話を進めて貰う事を諦めた
村嶋
「だから、あの時に異常者を捕まえておけば、こんな事にはならなかったと言うのに、僕達の意見が軽視された事を悔やみますよ」
病院でもそうだったようにこの二人は、いまだに細菌をばら撒いたのは芥だと決めつけている
羽野
「大方、この場所で細菌の研究をしていてバレそうになったから、慌てて隠そうとした。そんな所でしょう」
いい加減な推理を自信あり気に披露する二人。彼らのせいで話が一向に進まず、痺れを切らしたシンドバッドは傍観を決め込むのは辞めて「あの」と話に加わる事にした
従業員
「俺もその場に居たんで、ことの成り行きを話してもいいっすか?このままだと、全員この地下で生き埋めになりかねないんで」
最後の方は、完全に嫌味だったが村嶋達が反応する前に世瀬が頷き、続きを促す
世瀬 芯也
「よろしく頼む」
従業員
「ちょうど、旅館に着いた法医学者の方々をこの地下へと案内してたんですけど、部屋に入ると長身で不気味な男が一人居て、本を読み漁ってたんですよ」
世瀬 芯也
「芥昱津だな」
芥が本を読み漁っていた姿は、紾も見覚えがあった。その隙に世瀬達を呼びに行ったのだから間違いないと、心の中で紾も納得した
従業員
「それから数分後、俺達の存在に気付いたのか"死体に触るな"って声を荒げて、俺たちを部屋の外に追い出したんです。突然の事だったので、誰も反応できなかったと思います」
言いながら、シンドバッドはあの時の判断を誤った自身に向けて舌打ちをする
力でなら押し勝てたが、人目がある場所で派手な動きをして良いのか、一瞬躊躇ってしまった。その隙に、芥によって他の法医学者共々、追い出されてしまったのだった
小尾飛田 空子
「この扉には鍵はない、開かないのは何故だ」
従業員
「あぁ、それは俺のせいです。ここに来た時、扉の隙間に小石が挟まってたんですけど、そこの法医学者の方が入り口で躓いて、扉に体重をかけたせいで動かしちゃったんですよ」
村嶋
「お前達とは違って、暗い場所には慣れてないんでね」
口ぶりからするに、入り口で躓いたのは村嶋の様だ。そんな彼を間抜けだとでも言うように、シンドバッドは肩をすくめる
従業員
「その衝撃で小石が動いて何処かへいったんです。ほっとくと勝手に閉まってしまうんで、適当に部屋の中にあった本…というか小冊子を代わりに挟んだんです。それが、押し出された拍子に動いて、多分噛んだんじゃないですかね」
急な芥の行動に、その場の誰もが反応できずまとめて追い出されてしまった。その際に、数人分の足元がごちゃついてしまい小冊子が動き、扉を閉めたタイミングでいい具合に噛んでしまったのだった
従業員
「内側から引っ張ぱらない限り、外からは開けられないですよ」
世瀬 芯也
「現状でそれが出来るのは、この騒ぎを起こした本人だけだな」
追い出した本人がそんな事をしてくれる訳がないと、紾以外の全員が思った
蔡茌 紾
「芥なら、話せば分かってくれる」
言いながらその足は自然と扉の前へと進み出すと、扉越しにそっと語りかける
蔡茌 紾
「芥、そこに居るのか?居るなら返事をしてくれ」
…
……
芥からの返事が返って来る気配はなかった。何だかそれが妙に寂しくて、チクリと胸が痛む
蔡茌 紾
「何か合図をくれるだけでもいいんだ。ノックをしてくれないか」
紾が必死に呼びかける中、村嶋は我慢できないとばかりに声を荒げた
村嶋
「無駄さ、すべての元凶はそいつだ。開けるわけがない」
羽野
「あの時と一緒だ!死体に触るなって言って、迫ってきた。死体依存者め」
村嶋
「やっぱり何一つ変わらない。精神病って診断されてないだけで、異常者なんだよ」
二人に賛同するように、今まで黙っていた法医学者達も次々と頷きだす
「君たちは知らないかもしれないが、見た事があるんだ…死体に対する執着を曝け出した彼の姿を、あれはまさに悪魔だった」
世瀬 芯也
「芥と過去に何かあった……んですか?」
彼らの口ぶりから、芥の異常性について確信めいたものがあるのだと気付いた世瀬は、反射的にため口になりそうになり、慌てて敬語を使い質問をする
ここで村嶋の機嫌を損ねれば、また話が脱線しかね無い。それは勘弁だとなるべく波風を立て無いよう接する
世瀬 芯也
(情報は多いに越した事はないからな。芥がこの事件に関わりを持ってるなら、事件の核心に迫れるかもしれない)
村嶋
「何か所じゃないさ、俺たちが見たのは凶悪犯罪の瞬間だ」
小尾飛田 空子
「話してみろ」
世瀬の心情を知ってか知らずか、仏頂面をした小尾飛田が腕を組み命令口調で言い放つ。威圧的な態度に、意を唱えたのは村嶋達ではなく紾だった
蔡茌 紾
「過去って、今はそんな話をしてる場合じゃないだろ。一刻も早く、芥に話を聞かないと」
小尾飛田 空子
「……」
暗がりの中、無言で紾を睨みつける。彼から放たれる威圧感は今までの比ではなく、まるで「邪魔をするな」と言っているようだった
世瀬 芯也
(もしかすると、小尾飛田の狙いはコレか?だからわざわざ法医学者を呼び出し、芥と会わせたのか?)
芥がこの誘蝶木旅館に宿泊している記録はない。だが、医療機器学会には参加していて細菌についても調べ、その原因が旅館の水だと突き止めた
もし、芥がこの事件に何らかの関わりがあるのなら、上手く立ち回り捜査の目を逸らしているかもしれない
世瀬 芯也
(この法医学者達と芥を引き合わせる事で、芥が死体と一緒に立て篭もったんだとすれば、そこに重要な手掛かりがあるって事だろ)
今まで不透明だった小尾飛田の狙いが分かると、この流れに乗らない手はないと世瀬は、紾へと声をかける
世瀬 芯也
「何か重要な手掛かりが掴めるかもしれない。この事件を捜査する情報開示課として話を聞いておきたい」
蔡茌 紾
「……分かった」
今回はあくまでも情報開示課のサポートである紾は、無理に自分の意見を押し通す事が出来ず頷くしかなかった
それを合図に、村嶋を含めた法医学者達は口々に過去に起きた一つの出来事を話し始めた
ーー ーー ーー ーー
一年前、大学法医学教室
芥 昱津は、誰の目から見ても異常者だった。笑顔で解剖をするだけでなく、時々堪えきれなくなったように笑い声を上げる
その話は医大の頃から有名だった。村嶋と羽野は、彼と同じ大学法医学教室へと入り、それが唯の噂話ではないのだと知った頃には、芥はその異常性をさらに悪化させていた
運ばれてくる遺体がどんなものでも、前にするだけで笑いながら楽しそうに解剖する。不気味で不快だと誰もが思っていたのと同時に、その様は死者にしか興味がないとでも言っているかのようでもあった
そんなある日、運ばれて来た遺体の死亡推定時刻が先輩である三榀と芥とで大きく意見が割れてしまった
「異常者が正しい解剖結果を出せるわけがない」と言う決めつけから、三榀と担当刑事はその意見を受け入れなかった
遺体の死亡推定時刻によっては、その遺体が被疑者である可能性も浮上したが、結局被疑者は別の人物へと絞られ緊急逮捕される
それから僅か数日後、警視庁が逮捕は不当だったと記者会見で謝罪し、経緯として解剖結果の誤診によるものだと説明した
法医学者のプライドを深く傷つけられたが、彼が何よりも許せなかったのは、芥の解剖結果を間に受けた人物がその線で捜査し、事件の被疑者は解剖をした遺体だったのだと判明した事だった
芥の解剖の腕が自分よりも優れているのだと突き付けられた。よりにもよって自分が一番侮蔑する人物が、自分よりも正確な解剖結果を出しただなんて、死んでも認めたくなかった
三榀
「……そんな訳、あるはずがない」
彼が悔しさに打ちひしがれていると、芥が声を掛けた
芥 昱津
「あの、ご遺体の直接的な死因は…足を滑らせた…"事故死"だった。でも、その後…悪天候のせいで、発見が遅れて、遺体の腐敗の、進行が早まった。だから、死亡推定時刻に、誤りがあっても……仕方ないと、思う」
それは、芥なりの気遣いだったのだろう。だが、三榀からしてみれば疎んでいる相手に気遣われる程、屈辱的な事はない
自分は、芥よりも何年も解剖経験がある。一日に何件もの解剖をし寝る暇さえない。それに、今回の誤診が警察の不当逮捕を後押しした事にはならないんじゃないか……彼の中で言い訳めいた思考が渦巻く
そんな彼に追い討ちをかけるかのように、芥の解剖の腕は正確なのだと褒め称える声が耳に入る
三榀
(死体を見て笑い声をあげる奴に、称賛の言葉なんて掛けるなんて)
芥の存在を消し去りたいと強く思うのに、そう時間は掛からなかった
三榀
(誰からも気持ち悪がられ、不気味がられる異常者なんて居ない方が世の為だ)
溢れ出た感情は止まる事はない。そんな日々が続いたある時、事件は起きた
法医学教室に運ばれ、解剖をし終えた遺体が忽然と姿を消した。一番最初に疑いの目をかけられたのは芥だった
三榀
「昨日、夜中に出歩いているのをたまたま見かけたが、ご遺体を隠す準備をしてたんじゃないのか」
彼の目撃証言が決定的となったのだろう、芥は法医学者達に囲まれ、口々に責め立てられた。話は遺体を隠した隠さなかったに留まらず、これを機にと皆んな日頃の鬱憤を口にした
マスク越しの芥の目はいつもと変わらず、ただ黙って全員の話を聞くだけだった。そんな態度が気に入らなかったのか、一人の法医学者が胸ぐらを掴んだ
「何か言ったらどうなんだよっ!?」
??
「それは暴行罪に値するなぁ〜。怪我をさせた場合は傷害罪にもなる。因みに刑事告訴の場合加害者は刑事罰に処されるし、民事訴訟の場合も慰謝料が発生するが、まぁいずれにしても俺の目の前で起こしたなら、立派な現行犯になるなぁ〜」
いつの間に居たのだろう。その男は手に持っているハサミに手錠を挟みながら、器用にくるくると手錠を回して見せた
急に並べ立てられた"刑事告訴"や"民事訴訟"と言う言葉に怯んだ法医学者は、慌てて手を離す
??
「それにしても、成人した大人がたった一人を取り囲み集団で罵詈雑言を浴びせてるこの状況、全員客観視してみた方が良いんじゃねーの?」
長い髪を首の後ろで束ね少し着崩したスーツ姿の男は、一見どこにでも居そうな成人男性に見えたが、鋭い眼光と場を制する声音に、その場に居た全員が唯ならぬ存在感を感じとった
三榀
「誰だお前はっ、不法侵入だぞ」
突如現れた男に厳しく言い寄るが、男は先程と同様にハサミで持ち上げた警察手帳を見せながら言った
??
「警視庁異常調査部・部長、黎ヰだ」
黎ヰの肩書きに驚いた三榀は、ピクリと顔を引き攣らせながら、慌てて取り繕ろうべく喋り出す
三榀
「警察、また何の用で?今日はわざわざご足労頂くような事はなかったと思うんですが」
黎ヰ
「そりゃ、勤務中の全法医学者が一箇所に集まって、リンチしてんだもんなぁ、外の様子が分からなくて当然じゃねーの」
三榀
「人聞きが悪いことを言わないで下さい。まぁ、多少行き過ぎていたかもしれませんが、これは仕方がないんですよ。自身の欲のためにご遺体を隠すなんて事、あってはいけない。罪状を述べるとすれば、死体遺棄になるでしょう、心苦しいですが彼の為にも逮捕して下さい」
黎ヰ
「隠されたご遺体って言うのは、小柄な女性または子供だろ」
三榀
「どうしてそれをっ」
見事言い当てた黎ヰに、彼は分かりやすく狼狽えた
黎ヰ
「可能性として、一番確率が高そうなものから言っただけだ。もし真犯人が居て、そこの芥って法医学者に濡れ衣を着せる為にした事なら、隠された遺体ってのを大勢に発見させるってシナリオにするだろうからなぁ〜。だとすれば……安易的で推理になり得ないが、芥って人」
黎ヰが囲まれている中心人物ーー芥へ向けて声を掛けると、すっと長い手が挙がった
芥 昱津
「はい…ぼ、僕が…芥だよ…」
黎ヰ
「その白衣のポケットに、見覚えのねぇ鍵入ってね?」
芥 昱津
「待って、確かめて…みるね」
そういうと、芥は白衣のポケットに手を入れた。すると、何かが手に当たり取り出すと自分の目の前に掲げた
芥 昱津
「あ……鍵だ」
どこにでもありそうな鍵には、白いタグキーホルダーがついていた。番号を確認する暇もなく、大袈裟な声が部屋に響いた
三榀
「その鍵は!コインロッカーに遺体を隠した証拠じゃないのか」
芥 昱津
「これ、コインロッカー…の鍵…なんだ…」
三榀
「わざとらしい、警察なら真犯人だなんて馬鹿馬鹿しい事言ってないで、捕まえて下さい」
黎ヰ
「どうしてその鍵がコインロッカーだって思ったんだぁ?」
三榀
「?!」
口を滑らせてしまったのだと気づいた三榀は、咄嗟に口に手を当ててしまう。もちろん、その動きを黎ヰは見逃さない
黎ヰ
「そんな動きをすれば"口を滑らせました"って、言ってるようなもんだぜ」
三榀
「ば、ばかな。そんな訳ないじゃないか、タグキーホルダーだ!タグキーホルダーがついてるから、コインロッカーじゃないかと思ったんだ!」
黎ヰ
「そもそも論。遺体を隠すのにコインロッカーは使えないと思うがなぁ」
三榀
「駅前にはキャリーケースが入るタイプのサイズがあるんだよ!そこに隠したとしか考えられないだろ。帰りにこっそり持ち去る為に見つからない場所に隠したんだ!どうして分からないんだ!」
イラつきを隠さない三榀へ向けて黎ヰは、やれやれと言ったように首を左右に振り呆れ顔を見せた
黎ヰ
「まだ気づいてないようだから親切心で教えてやるが、別に遺体が入るかどうかで言った訳じゃねーんだけど。俺が指摘したのは目的が"遺棄"じゃなく"隠す"なら、コインロッカーは使えないって事だ」
三榀
「は?ど、どうゆう…」
黎ヰの言葉の意味が理解できず、必死にその意図を探ろうとするも、答えはいつまでも見つからなかった
黎ヰ
「あんたの推理が穴だらけって話だろ?真犯人さん♪」
挑発的に笑う黎ヰに、三榀は全身冷や汗をかきながらも否定する
三榀
「私を疑う気か!遺体を隠すなんてする訳がないだろ、誰が見たって、そこの異常者が犯人に決まってる!そうだろ、なぁ皆んな!」
三榀の勢いに、数人の法医学者達は黙ったままだった。何人かはこの不自然な彼の言い分に疑問を持ったようだ
だが、そんな中でも芥と同期である村嶋と羽野は彼を味方するように声を上げた
村嶋
「三榀先輩がそんな事する訳ないじゃないか、犯人は間違いなく芥だ!そいつは、解剖中に笑える奴なんですよ。犯人にしか思えないね」
羽野
「夜中にこそこそしていたって言う、立派な目撃証言だってあるんです。事情聴取すれば分かる事ですよ」
二人の言葉に、三榀は安心したように「ほらな」と言った
三榀
「こっちは、犯人扱いされて名誉毀損もいいところですよ」
黎ヰ
「名誉毀損は、お前達が犯人だって指さしてる奴の方だろぉ」
ギロリと凄まれると、村嶋と羽野は恐怖から押し黙った
黎ヰ
「解剖室から遺体が無くなった場合、悪意があるないに関わらず、誰かが何らかの理由で移動したって思うよなぁ。普通に考えりゃ、いきなり隠したには直結しないだろ。しかも、キャリーケースに詰めてコインロッカーに入れた…とは、随分とピンポイントな推理な事で」
黎ヰが疑問を口にすると、同じことを思っていた数人の法医学者達は疑いの目を三榀へと向けた
その眼差しに動揺しながらも、三榀は必死に弁明をする
三榀
「それは、だな、こ、こいつの日頃の行いだ!本来ならお前の言う通りかもしれんが、この法医学教室は特殊なんだ。芥昱津は異常なまでに死体に執着する!そんな奴の側で遺体が無くなったとなれば、真っ先に疑うのが筋ってものだろ」
黎ヰ
「だとしても、隠したには直結しないだろ。もし俺が死体が好きで手元に置きたいと思っても、防犯カメラや証拠が残りそうな駅のコインロッカーは絶対に使わないつーか、使えない。逆に、この場所を利用するけどなぁ。ここなら常に遺体を安置できるだろぉ。仮にこの場所でキャリーケースに遺体を詰めて外に持ち運ぶにしても、そのまま目的の場所へ持っていくなぁ〜、どう考えたって、わざわざコインロッカーを経由する理由が見当たらない」
立て続けに並べられる言葉に、周りの法医学者達も確かにと首を縦に振り納得する
芥 昱津
「僕なら、狭いと…可哀想だから、キャリーケースには入れないよ。担架で運んであげる、かな」
自分が犯人扱いされているのにも関わらず、呑気な言葉を口にする芥に、その場の全員が言葉を失う中、黎ヰの笑い声が広がった
黎ヰ
「くっ、はははははは。だってさ、犯人に仕立て上げるなら、先ずは芥って人間の性格から計算に入れとかないとなぁ」
三榀
「馬鹿にするなよっ、警察が異常者の肩を持つなんてーー」
黎ヰ
「証拠が必要ならすぐにでも揃えてくるぜ。で、もし防犯カメラに映ってるのがあんただった場合、納得のいく説明をしてもらう事になるが問題ないよな」
ーー逃げられないーー
瞬時にそう悟った三榀は、悔しそうに唇を噛み締め項垂れた。そんな彼に黙っていた法医学者のうちの一人が、疑問を口にした
「三榀さん、何故こんな事を…」
三榀
「お、俺は…皆んなの為に…世の中の為に、異常者を追い出したかっただけなんだ。それなのに…こんな筈じゃ、なかった…」
黎ヰ
「それは自白と取っていいな」
自白という言葉を投げかけられると、三榀の中で自分は罪を犯してしまったのだと言う実感が湧き上がってきた
三榀
「………………はい」
自然と三榀は激しい後悔と罪悪感でいっぱいになる。が、全て手遅れだと理解すると頬に冷たいものが伝った
村嶋
「先輩!ゔぅ」
「ぅう…う」
それに釣られた村嶋達も、仲間が捕まるのだという現実に悲しみの涙を流す
黎ヰ
(いや、その前に疑った方に詫びの一つでも入れろよなぁ)
当人達にとっては感動的な光景を一瞥しながら、黎ヰがそんな事を思っていた、その瞬間ーー
芥 昱津
「あははははははは!あはははははは!」
なんの前触れもなく狂気的に笑い出したのは芥だった。さっきまでの感動の雰囲気は壊され、何をしでかすか分からない狂気に場が支配された
芥 昱津
「僕は、死体が好き、生きてる、人間よりも、ずっと、ずっと、大好き」
今までの口調とは打って変わって低く、今にでも誰かに襲いかかりそうな状態だった。ゆらゆらと定まらない足取りで芥は、三榀へと向かっていく
あまりの気迫に怯んだ法医学者達は、刺激しないように後ろへと下がり距離をとった
黎ヰ
「あ?」
微かな疑問を持ちつつも、芥の行動を見極める為、黎ヰはその場から動こうとはしない
その間にも、芥は三榀へと近づきその距離は僅かなものとなった
三榀
「な、な、なんだ、なんなんだよ、お前!来るな!近づくな!」
三榀は化け物を見るような目を芥へ向けながら、押し退けようと腕を伸ばすーーが、逆に色白で細い手にガッシリと掴まれてしまう
三榀
「ひっ?!」
掴まれた手があまりに冷たかったのと、目の前で光った刃が視界に入ったせいで腰が抜け、ズルズルとその場に座り込んでしまう
芥 昱津
「僕の、大事な死体を、勝手に触った」
瞳孔が開ききった芥が、手に持っていたナイフを三榀の首元へと近づけた
三榀
「ひ、あ…」
殺される。その恐怖が全身を支配し三榀は言葉すら発せられず、ただただ震えるしか無かった
芥 昱津
「許さない、絶対に、許さない」
黎ヰ
「そこまでにしときな?」
ポン、と黎ヰは芥の頭に手を乗せた
芥 昱津
「……」
この時、振り返った芥の両目が僅かに細められたのを、黎ヰは笑ったように思えたのだった




