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異常調査部〜細菌事件〜【3】  作者: 月ノ羽ルナ


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11/12

払拭されない評価

誘蝶木旅館・地下室にて


数分前まで大きく開いていた扉は、硬く閉ざされていた。扉の前では、追い出されたのであろう法医学者達が口々に不満を言い合っている


そんな中、彼らはその人の気配を感じとるとそちらに視線をやり「ヒッ」と声をあげた


威圧感を放ちながら一心不乱に近づいてきたのは、小尾飛田おびひだだった。その圧力から、まるで"退け"と言われているようだと、法医学者達はすぐさま扉の前から離れた


そんな彼らなど眼中にないのだろう、目的の扉の前まで来た小尾飛田おびひだは、躊躇う事なく、扉の真ん中の大きなハンドルに手を掛けた


本来なら左に回せば開くはず、だがハンドルは既に左いっぱいに回されており、これ以上回す事はできない。次に彼は、ハンドルを力任せに手前に引くがびくともしない事を確認すると、今度は体重を掛けて奥へと押した


だが、結果は変わらず鉄の扉は固く閉ざされたままだった


このタイプの扉は構造上、内側から鍵はかけられないようになっている。その事を知っている小尾飛田おびひだは、扉が開かない理由に疑問を抱いた


それを解消するべく、近くにいた法医学者の一人に向かって質問を投げかける


小尾飛田おびひだ 空子からす

「何か細工をしなければ、こうはならない。何をした?」


そう言った小尾飛田おびひだの瞳はギラリと光り法医学者を捉えた


少し前に山原やまはら夫妻も経験した"蛇に睨まれた蛙"の状態で、この気の毒な法医学者は、あまりの気迫に萎縮してしまい質問に答えるどころか、声にならない悲鳴をあげるしかできないでいた


いつまで経っても答えが返ってこない事で、小尾飛田おびひだの表情はますます険しくなる


世瀬よせ 芯也しんや

「睨みを効かせてどうする?それじゃ話せるもんも話せなくなるだろ、頭を冷やせ」


そんな空気を察して、呆れた世瀬よせの声が割って入ってくる


小尾飛田おびひだ 空子からす

「……冷静っすよ」


小尾飛田おびひだからしてみれば、多少感情が昂っただけで睨みを効かせるまでの事はしてないつもりだった。だが、目の前で怯えている法医学者を見て世瀬よせに言われた事が的を得ているのだと気づくと軽く舌を鳴らす


この様子から今の自分が何を聞いても答えてもらえないだろうと、不本意ながらも小尾飛田おびひだは仏頂面のまま口を閉ざした


世瀬よせ 芯也しんや

「一体、ここで何が起こった?」


小尾飛田おびひだの代わりに世瀬よせが状況を聞くと、法医学者達の中から、怒りを露わにした男ーー村嶋むらしまが声をあげた


村嶋むらしま

「何が起こったか?こんなド田舎に呼び出しておいて、ロクな出迎えもなくよく言えますね。警察はどうか知りませんが、僕たち法医学者は忙しい身なんですよ、そんな中時間を割いて来たって言うのに偉そうに、こっちはいつ帰っても良いんですよ」


世瀬よせ 芯也しんや

「……」


質問の答えが返ってこない所か、立て続けに並べられる文句と嫌味に思わず世瀬よせは絶句する


村嶋むらしま

「挙げ句の果てには、あんな異常者まで呼んで僕達と同じ空気を吸わせるなんて、警察じゃまともな人間と異常者の違いも教わらないんですね。そんな事でよく犯罪者を逮捕できるものだ」


何も言い返さないのを良いことに、調子づいた村嶋むらしまはこの場に不満を撒き散らす


世瀬よせ 芯也しんや

(法医学者ってのは、いつからこんな低俗になりやがった?)


村嶋むらしまの態度にうんざりする世瀬よせだったが、それを態度に出せば話が進まなくなるので、心の内を相手に悟られないようにと丁寧に対応をする


世瀬よせ 芯也しんや

「こちらの対応に不手際があったのなら申し訳ない。忙しい中、ご足労頂き感謝致します」


その場で深々と頭を下げる。ここまでされてしまえば、これ以上文句を言える者はおらず、村嶋むらしまは渋々口を閉ざすしかない


場の空気が収まったタイミングで、後から付いてきていためぐるが質問する


蔡茌さいし めぐる

「芥が中で閉じこもっているって言うのは、本当ですか?」


村嶋むらしま

「ん?その声……」


聞き覚えのある声音に、またも村嶋むらしまが反応を示した。数秒の後、彼はめぐるが誰なのかを思い出すと、すぐ後ろにいた羽野はのに声を掛けた


村嶋むらしま

「羽野。こいつは、病院で会った異常者のお仲間だ」


羽野はの

「なんだって」


病院であくたを庇っためぐるに対し、良い印象を持ってなかった二人は、口元を歪めて蔑むような目を向ける


その態度と言動から、めぐるも彼らが病院であくたを責めていた人物だと気づく


世瀬よせ 芯也しんや

「知り合いか?」


蔡茌さいし めぐる

「いや、そこまでじゃ」


知り合いだとはっきり言える間柄ではなく、曖昧に返事を返すめぐるの態度を見て世瀬よせは、間に入ってもらい話を進めて貰う事を諦めた


村嶋むらしま

「だから、あの時に異常者を捕まえておけば、こんな事にはならなかったと言うのに、僕達の意見が軽視された事を悔やみますよ」


病院でもそうだったようにこの二人は、いまだに細菌をばら撒いたのはあくただと決めつけている


羽野はの

「大方、この場所で細菌の研究をしていてバレそうになったから、慌てて隠そうとした。そんな所でしょう」


いい加減な推理を自信あり気に披露する二人。彼らのせいで話が一向に進まず、痺れを切らしたシンドバッドは傍観を決め込むのは辞めて「あの」と話に加わる事にした


従業員

「俺もその場に居たんで、ことの成り行きを話してもいいっすか?このままだと、全員この地下で生き埋めになりかねないんで」


最後の方は、完全に嫌味だったが村嶋むらしま達が反応する前に世瀬よせが頷き、続きを促す


世瀬よせ 芯也しんや

「よろしく頼む」


従業員

「ちょうど、旅館に着いた法医学者の方々をこの地下へと案内してたんですけど、部屋に入ると長身で不気味な男が一人居て、本を読み漁ってたんですよ」


世瀬よせ 芯也しんや

「芥昱津だな」


あくたが本を読み漁っていた姿は、めぐるも見覚えがあった。その隙に世瀬よせ達を呼びに行ったのだから間違いないと、心の中でめぐるも納得した


従業員

「それから数分後、俺達の存在に気付いたのか"死体に触るな"って声を荒げて、俺たちを部屋の外に追い出したんです。突然の事だったので、誰も反応できなかったと思います」


言いながら、シンドバッドはあの時の判断を誤った自身に向けて舌打ちをする


力でなら押し勝てたが、人目がある場所で派手な動きをして良いのか、一瞬躊躇ってしまった。その隙に、あくたによって他の法医学者共々、追い出されてしまったのだった


小尾飛田おびひだ 空子からす

「この扉には鍵はない、開かないのは何故だ」


従業員

「あぁ、それは俺のせいです。ここに来た時、扉の隙間に小石が挟まってたんですけど、そこの法医学者の方が入り口で躓いて、扉に体重をかけたせいで動かしちゃったんですよ」


村嶋むらしま

「お前達とは違って、暗い場所には慣れてないんでね」


口ぶりからするに、入り口で躓いたのは村嶋むらしまの様だ。そんな彼を間抜けだとでも言うように、シンドバッドは肩をすくめる


従業員

「その衝撃で小石が動いて何処かへいったんです。ほっとくと勝手に閉まってしまうんで、適当に部屋の中にあった本…というか小冊子を代わりに挟んだんです。それが、押し出された拍子に動いて、多分噛んだんじゃないですかね」


急なあくたの行動に、その場の誰もが反応できずまとめて追い出されてしまった。その際に、数人分の足元がごちゃついてしまい小冊子が動き、扉を閉めたタイミングでいい具合に噛んでしまったのだった


従業員

「内側から引っ張ぱらない限り、外からは開けられないですよ」


世瀬よせ 芯也しんや

「現状でそれが出来るのは、この騒ぎを起こした本人だけだな」


追い出した本人がそんな事をしてくれる訳がないと、めぐる以外の全員が思った


蔡茌さいし めぐる

「芥なら、話せば分かってくれる」


言いながらその足は自然と扉の前へと進み出すと、扉越しにそっと語りかける


蔡茌さいし めぐる

「芥、そこに居るのか?居るなら返事をしてくれ」



……


あくたからの返事が返って来る気配はなかった。何だかそれが妙に寂しくて、チクリと胸が痛む


蔡茌さいし めぐる

「何か合図をくれるだけでもいいんだ。ノックをしてくれないか」


めぐるが必死に呼びかける中、村嶋むらしまは我慢できないとばかりに声を荒げた


村嶋むらしま

「無駄さ、すべての元凶はそいつだ。開けるわけがない」


羽野はの

「あの時と一緒だ!死体に触るなって言って、迫ってきた。死体依存者め」


村嶋むらしま

「やっぱり何一つ変わらない。精神病って診断されてないだけで、異常者なんだよ」


二人に賛同するように、今まで黙っていた法医学者達も次々と頷きだす


「君たちは知らないかもしれないが、見た事があるんだ…死体に対する執着を曝け出した彼の姿を、あれはまさに悪魔だった」


世瀬よせ 芯也しんや

「芥と過去に何かあった……んですか?」


彼らの口ぶりから、あくたの異常性について確信めいたものがあるのだと気付いた世瀬よせは、反射的にため口になりそうになり、慌てて敬語を使い質問をする


ここで村嶋むらしまの機嫌を損ねれば、また話が脱線しかね無い。それは勘弁だとなるべく波風を立て無いよう接する


世瀬よせ 芯也しんや

(情報は多いに越した事はないからな。芥がこの事件に関わりを持ってるなら、事件の核心に迫れるかもしれない)


村嶋むらしま

「何か所じゃないさ、俺たちが見たのは凶悪犯罪の瞬間だ」


小尾飛田おびひだ 空子からす

「話してみろ」


世瀬よせの心情を知ってか知らずか、仏頂面をした小尾飛田おびひだが腕を組み命令口調で言い放つ。威圧的な態度に、意を唱えたのは村嶋むらしま達ではなくめぐるだった


蔡茌さいし めぐる

「過去って、今はそんな話をしてる場合じゃないだろ。一刻も早く、芥に話を聞かないと」


小尾飛田おびひだ 空子からす

「……」


暗がりの中、無言でめぐるを睨みつける。彼から放たれる威圧感は今までの比ではなく、まるで「邪魔をするな」と言っているようだった


世瀬よせ 芯也しんや

(もしかすると、小尾飛田の狙いはコレか?だからわざわざ法医学者を呼び出し、芥と会わせたのか?)


あくたがこの誘蝶木旅館に宿泊している記録はない。だが、医療機器学会には参加していて細菌についても調べ、その原因が旅館の水だと突き止めた


もし、あくたがこの事件に何らかの関わりがあるのなら、上手く立ち回り捜査の目を逸らしているかもしれない


世瀬よせ 芯也しんや

(この法医学者達と芥を引き合わせる事で、芥が死体と一緒に立て篭もったんだとすれば、そこに重要な手掛かりがあるって事だろ)


今まで不透明だった小尾飛田おびひだの狙いが分かると、この流れに乗らない手はないと世瀬よせは、めぐるへと声をかける


世瀬よせ 芯也しんや

「何か重要な手掛かりが掴めるかもしれない。この事件を捜査する情報開示課として話を聞いておきたい」


蔡茌さいし めぐる

「……分かった」


今回はあくまでも情報開示課のサポートであるめぐるは、無理に自分の意見を押し通す事が出来ず頷くしかなかった


それを合図に、村嶋むらしまを含めた法医学者達は口々に過去に起きた一つの出来事を話し始めた




ーー ーー ーー ーー




一年前、大学法医学教室


あくた 昱津いくつは、誰の目から見ても異常者だった。笑顔で解剖をするだけでなく、時々堪えきれなくなったように笑い声を上げる


その話は医大の頃から有名だった。村嶋むらしま羽野はのは、彼と同じ大学法医学教室へと入り、それが唯の噂話ではないのだと知った頃には、あくたはその異常性をさらに悪化させていた


運ばれてくる遺体がどんなものでも、前にするだけで笑いながら楽しそうに解剖する。不気味で不快だと誰もが思っていたのと同時に、その様は死者にしか興味がないとでも言っているかのようでもあった


そんなある日、運ばれて来た遺体の死亡推定時刻が先輩である三榀みしだあくたとで大きく意見が割れてしまった


「異常者が正しい解剖結果を出せるわけがない」と言う決めつけから、三榀みしだと担当刑事はその意見を受け入れなかった


遺体の死亡推定時刻によっては、その遺体が被疑者である可能性も浮上したが、結局被疑者は別の人物へと絞られ緊急逮捕される


それから僅か数日後、警視庁が逮捕は不当だったと記者会見で謝罪し、経緯として解剖結果の誤診によるものだと説明した


法医学者のプライドを深く傷つけられたが、彼が何よりも許せなかったのは、あくたの解剖結果を間に受けた人物がその線で捜査し、事件の被疑者は解剖をした遺体だったのだと判明した事だった


あくたの解剖の腕が自分よりも優れているのだと突き付けられた。よりにもよって自分が一番侮蔑する人物が、自分よりも正確な解剖結果を出しただなんて、死んでも認めたくなかった


三榀みしだ

「……そんな訳、あるはずがない」


彼が悔しさに打ちひしがれていると、あくたが声を掛けた


あくた 昱津いくつ

「あの、ご遺体の直接的な死因は…足を滑らせた…"事故死"だった。でも、その後…悪天候のせいで、発見が遅れて、遺体の腐敗の、進行が早まった。だから、死亡推定時刻に、誤りがあっても……仕方ないと、思う」


それは、あくたなりの気遣いだったのだろう。だが、三榀みしだからしてみれば疎んでいる相手に気遣われる程、屈辱的な事はない


自分は、あくたよりも何年も解剖経験がある。一日に何件もの解剖をし寝る暇さえない。それに、今回の誤診が警察の不当逮捕を後押しした事にはならないんじゃないか……彼の中で言い訳めいた思考が渦巻く


そんな彼に追い討ちをかけるかのように、あくたの解剖の腕は正確なのだと褒め称える声が耳に入る


三榀みしだ

(死体を見て笑い声をあげる奴に、称賛の言葉なんて掛けるなんて)


あくたの存在を消し去りたいと強く思うのに、そう時間は掛からなかった


三榀みしだ

(誰からも気持ち悪がられ、不気味がられる異常者なんて居ない方が世の為だ)


溢れ出た感情は止まる事はない。そんな日々が続いたある時、事件は起きた


法医学教室に運ばれ、解剖をし終えた遺体が忽然と姿を消した。一番最初に疑いの目をかけられたのはあくただった


三榀みしだ

「昨日、夜中に出歩いているのをたまたま見かけたが、ご遺体を隠す準備をしてたんじゃないのか」


彼の目撃証言が決定的となったのだろう、あくたは法医学者達に囲まれ、口々に責め立てられた。話は遺体を隠した隠さなかったに留まらず、これを機にと皆んな日頃の鬱憤を口にした


マスク越しのあくたの目はいつもと変わらず、ただ黙って全員の話を聞くだけだった。そんな態度が気に入らなかったのか、一人の法医学者が胸ぐらを掴んだ


「何か言ったらどうなんだよっ!?」


??

()()は暴行罪に値するなぁ〜。怪我をさせた場合は傷害罪にもなる。因みに刑事告訴の場合加害者は刑事罰に処されるし、民事訴訟の場合も慰謝料が発生するが、まぁいずれにしても俺の目の前で起こしたなら、立派な現行犯になるなぁ〜」


いつの間に居たのだろう。その男は手に持っているハサミに手錠を挟みながら、器用にくるくると手錠を回して見せた


急に並べ立てられた"刑事告訴"や"民事訴訟"と言う言葉に怯んだ法医学者は、慌てて手を離す


??

「それにしても、成人した大人がたった一人を取り囲み集団で罵詈雑言を浴びせてるこの状況、全員客観視してみた方が良いんじゃねーの?」


長い髪を首の後ろで束ね少し着崩したスーツ姿の男は、一見どこにでも居そうな成人男性に見えたが、鋭い眼光と場を制する声音に、その場に居た全員が唯ならぬ存在感を感じとった


三榀みしだ

「誰だお前はっ、不法侵入だぞ」


突如現れた男に厳しく言い寄るが、男は先程と同様にハサミで持ち上げた警察手帳を見せながら言った


??

「警視庁異常調査部・部長、黎ヰだ」


黎ヰ(くろい)の肩書きに驚いた三榀みしだは、ピクリと顔を引き攣らせながら、慌てて取り繕ろうべく喋り出す


三榀みしだ

「警察、また何の用で?今日はわざわざご足労頂くような事はなかったと思うんですが」


黎ヰ(くろい)

「そりゃ、勤務中の全法医学者が一箇所に集まって、リンチしてんだもんなぁ、外の様子が分からなくて当然じゃねーの」


三榀みしだ

「人聞きが悪いことを言わないで下さい。まぁ、多少行き過ぎていたかもしれませんが、これは仕方がないんですよ。自身の欲のためにご遺体を隠すなんて事、あってはいけない。罪状を述べるとすれば、死体遺棄になるでしょう、心苦しいですが彼の為にも逮捕して下さい」


黎ヰ(くろい)

「隠されたご遺体って言うのは、小柄な女性または子供だろ」


三榀みしだ

「どうしてそれをっ」


見事言い当てた黎ヰ(くろい)に、彼は分かりやすく狼狽えた


黎ヰ(くろい)

「可能性として、一番確率が高そうなものから言っただけだ。もし真犯人が居て、そこの芥って法医学者に濡れ衣を着せる為にした事なら、隠された遺体ってのを大勢に発見させるってシナリオにするだろうからなぁ〜。だとすれば……安易的で推理になり得ないが、芥って人」


黎ヰ(くろい)が囲まれている中心人物ーーあくたへ向けて声を掛けると、すっと長い手が挙がった


あくた 昱津いくつ

「はい…ぼ、僕が…芥だよ…」


黎ヰ(くろい)

「その白衣のポケットに、見覚えのねぇ鍵入ってね?」  


あくた 昱津いくつ

「待って、確かめて…みるね」


そういうと、あくたは白衣のポケットに手を入れた。すると、何かが手に当たり取り出すと自分の目の前に掲げた


あくた 昱津いくつ

「あ……鍵だ」


どこにでもありそうな鍵には、白いタグキーホルダーがついていた。番号を確認する暇もなく、大袈裟な声が部屋に響いた


三榀みしだ

「その鍵は!コインロッカーに遺体を隠した証拠じゃないのか」


あくた 昱津いくつ

「これ、コインロッカー…の鍵…なんだ…」


三榀みしだ

「わざとらしい、警察なら真犯人だなんて馬鹿馬鹿しい事言ってないで、捕まえて下さい」


黎ヰ(くろい)

「どうしてその鍵がコインロッカーだって思ったんだぁ?」


三榀みしだ

「?!」


口を滑らせてしまったのだと気づいた三榀みしだは、咄嗟に口に手を当ててしまう。もちろん、その動きを黎ヰ(くろい)は見逃さない


黎ヰ(くろい)

「そんな動きをすれば"口を滑らせました"って、言ってるようなもんだぜ」


三榀みしだ

「ば、ばかな。そんな訳ないじゃないか、タグキーホルダーだ!タグキーホルダーがついてるから、コインロッカーじゃないかと思ったんだ!」


黎ヰ(くろい)

「そもそも論。遺体を隠すのにコインロッカーは使えないと思うがなぁ」


三榀みしだ

「駅前にはキャリーケースが入るタイプのサイズがあるんだよ!そこに隠したとしか考えられないだろ。帰りにこっそり持ち去る為に見つからない場所に隠したんだ!どうして分からないんだ!」


イラつきを隠さない三榀みしだへ向けて黎ヰ(くろい)は、やれやれと言ったように首を左右に振り呆れ顔を見せた


黎ヰ(くろい)

「まだ気づいてないようだから親切心で教えてやるが、別に遺体が入るかどうかで言った訳じゃねーんだけど。俺が指摘したのは目的が"遺棄"じゃなく"隠す"なら、コインロッカーは使えないって事だ」


三榀みしだ

「は?ど、どうゆう…」


黎ヰ(くろい)の言葉の意味が理解できず、必死にその意図を探ろうとするも、答えはいつまでも見つからなかった


黎ヰ(くろい)

「あんたの推理(シナリオ)が穴だらけって話だろ?真犯人さん♪」


挑発的に笑う黎ヰ(くろい)に、三榀みしだは全身冷や汗をかきながらも否定する


三榀みしだ

「私を疑う気か!遺体を隠すなんてする訳がないだろ、誰が見たって、そこの異常者が犯人に決まってる!そうだろ、なぁ皆んな!」


三榀みしだの勢いに、数人の法医学者達は黙ったままだった。何人かはこの不自然な彼の言い分に疑問を持ったようだ


だが、そんな中でもあくたと同期である村嶋むらしま羽野はのは彼を味方するように声を上げた


村嶋むらしま

「三榀先輩がそんな事する訳ないじゃないか、犯人は間違いなく芥だ!そいつは、解剖中に笑える奴なんですよ。犯人にしか思えないね」


羽野はの

「夜中にこそこそしていたって言う、立派な目撃証言だってあるんです。事情聴取すれば分かる事ですよ」


二人の言葉に、三榀みしだは安心したように「ほらな」と言った


三榀みしだ

「こっちは、犯人扱いされて名誉毀損もいいところですよ」


黎ヰ(くろい)

「名誉毀損は、お前達が犯人だって指さしてる奴の方だろぉ」


ギロリと凄まれると、村嶋むらしま羽野はのは恐怖から押し黙った


黎ヰ(くろい)

「解剖室から遺体が無くなった場合、悪意があるないに関わらず、誰かが何らかの理由で移動したって思うよなぁ。普通に考えりゃ、いきなり隠したには直結しないだろ。しかも、キャリーケースに詰めてコインロッカーに入れた…とは、随分とピンポイントな推理な事で」


黎ヰ(くろい)が疑問を口にすると、同じことを思っていた数人の法医学者達は疑いの目を三榀みしだへと向けた


その眼差しに動揺しながらも、三榀みしだは必死に弁明をする


三榀みしだ

「それは、だな、こ、こいつの日頃の行いだ!本来ならお前の言う通りかもしれんが、この法医学教室は特殊なんだ。芥昱津は異常なまでに死体に執着する!そんな奴の側で遺体が無くなったとなれば、真っ先に疑うのが筋ってものだろ」


黎ヰ(くろい)

「だとしても、隠したには直結しないだろ。もし俺が死体が好きで手元に置きたいと思っても、防犯カメラや証拠が残りそうな駅のコインロッカーは絶対に使わないつーか、使えない。逆に、この場所を利用するけどなぁ。ここなら常に遺体を安置できるだろぉ。仮にこの場所でキャリーケースに遺体を詰めて外に持ち運ぶにしても、そのまま目的の場所へ持っていくなぁ〜、どう考えたって、わざわざコインロッカーを経由する理由が見当たらない」


立て続けに並べられる言葉に、周りの法医学者達も確かにと首を縦に振り納得する


あくた 昱津いくつ

「僕なら、狭いと…可哀想だから、キャリーケースには入れないよ。担架で運んであげる、かな」


自分が犯人扱いされているのにも関わらず、呑気な言葉を口にするあくたに、その場の全員が言葉を失う中、黎ヰ(くろい)の笑い声が広がった


黎ヰ(くろい)

「くっ、はははははは。だってさ、犯人に仕立て上げるなら、先ずは芥って人間の性格から計算に入れとかないとなぁ」


三榀みしだ

「馬鹿にするなよっ、警察が異常者の肩を持つなんてーー」


黎ヰ(くろい)

「証拠が必要ならすぐにでも揃えてくるぜ。で、もし防犯カメラに映ってるのがあんただった場合、納得のいく説明をしてもらう事になるが問題ないよな」


ーー逃げられないーー


瞬時にそう悟った三榀みしだは、悔しそうに唇を噛み締め項垂れた。そんな彼に黙っていた法医学者のうちの一人が、疑問を口にした


「三榀さん、何故こんな事を…」


三榀みしだ

「お、俺は…皆んなの為に…世の中の為に、異常者を追い出したかっただけなんだ。それなのに…こんな筈じゃ、なかった…」


黎ヰ(くろい)

「それは自白と取っていいな」


自白という言葉を投げかけられると、三榀みしだの中で自分は罪を犯してしまったのだと言う実感が湧き上がってきた


三榀みしだ

「………………はい」


自然と三榀みしだは激しい後悔と罪悪感でいっぱいになる。が、全て手遅れだと理解すると頬に冷たいものが伝った


村嶋むらしま

「先輩!ゔぅ」


「ぅう…う」


それに釣られた村嶋むらしま達も、仲間が捕まるのだという現実に悲しみの涙を流す


黎ヰ(くろい)

(いや、その前に疑った方に詫びの一つでも入れろよなぁ)


当人達にとっては感動的な光景を一瞥しながら、黎ヰ(くろい)がそんな事を思っていた、その瞬間ーー


あくた 昱津いくつ

「あははははははは!あはははははは!」


なんの前触れもなく狂気的に笑い出したのはあくただった。さっきまでの感動の雰囲気は壊され、何をしでかすか分からない狂気に場が支配された


あくた 昱津いくつ

「僕は、死体が好き、生きてる、人間よりも、ずっと、ずっと、大好き」


今までの口調とは打って変わって低く、今にでも誰かに襲いかかりそうな状態だった。ゆらゆらと定まらない足取りであくたは、三榀みしだへと向かっていく


あまりの気迫に怯んだ法医学者達は、刺激しないように後ろへと下がり距離をとった


黎ヰ(くろい)

「あ?」


微かな疑問を持ちつつも、あくたの行動を見極める為、黎ヰ(くろい)はその場から動こうとはしない


その間にも、あくた三榀みしだへと近づきその距離は僅かなものとなった


三榀みしだ

「な、な、なんだ、なんなんだよ、お前!来るな!近づくな!」


三榀みしだは化け物を見るような目をあくたへ向けながら、押し退けようと腕を伸ばすーーが、逆に色白で細い手にガッシリと掴まれてしまう


三榀みしだ

「ひっ?!」


掴まれた手があまりに冷たかったのと、目の前で光った刃が視界に入ったせいで腰が抜け、ズルズルとその場に座り込んでしまう


あくた 昱津いくつ

「僕の、大事な死体を、勝手に触った」


瞳孔が開ききったあくたが、手に持っていたナイフを三榀みしだの首元へと近づけた


三榀みしだ

「ひ、あ…」


殺される。その恐怖が全身を支配し三榀みしだは言葉すら発せられず、ただただ震えるしか無かった


あくた 昱津いくつ

「許さない、絶対に、許さない」


黎ヰ(くろい)

「そこまでにしときな?」


ポン、と黎ヰ(くろい)あくたの頭に手を乗せた


あくた 昱津いくつ

「……」


この時、振り返ったあくたの両目が僅かに細められたのを、黎ヰ(くろい)は笑ったように思えたのだった

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