第3話「ヤマモトアユム」
玄関のチャイムが鳴った。
このまま居留守を使おうと思ったら、扉をドンドンと叩かれる。
「警察です!いらっしゃいますか?」
警察が何で家に?ドキッとしながら、扉を開けた。
「すみません。煙草を吸ってて」
片手で煙草を吹かしながら警察と話す。
「お休みのところ失礼します。この近くの一軒家で火事があり、ご近所の皆様にお話を伺ってまして」
警察手帳を片手に、眉毛を綺麗に整えた端正な顔立ちの警察官がニッコリと俺に向き合う。後ろには太った小太りの警察官が控えている。
「昨日の火事のときって」
「寝てましたね。確かにサイレンの音が凄くて一瞬起きましたけど、連日の疲れが溜まっててまたすぐ寝てしまい」
質問に食い気味で答えた。
「そうでしたか。最近ここら辺で不審な人物など見かけませんでしたか?」
「いや、見てないですね…」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「ごめんなさい…ちょっとお手洗いって借りれませんか?」
小太りの警察官がさっき冷たい飲み物飲みすぎてと困った顔で俺を見る。
「…どうぞ」
玄関のすぐ脇にあるトイレに案内する。
別にビビることはない。
しばらくして失礼します、と警察2人組は部屋の扉を閉めて帰っていった。
「あの部屋、寒すぎやしませんか?」
ブルっと身震いする警察官に対し、夏だし冷房ガンガンつけてるんだろ…と小太りの警察官は言った。
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さすがに3週も続けて謎の広告が流れれば、面白がったリスナー達によるヤマモトアユムは誰だ?と推理合戦がSNSで始まる。
広告で流れた番号に実際に電話した猛者も存在し、オレがヤマモトアユムだと話しかけても終始無言だったそうだ。
人探しの広告は4週目の深夜も流れた。
「消息が掴めない人を探しています。男性で年齢は35歳…身長は178センチ。市内在住のヤマモトアユムさん。煙草と深夜ラジオが好きなヤマモトアユムさん。私が駅で倒れていたところを助けてくださいました。お礼がしたいので090-○○……までご連絡下さい…ヤマモトアユムさん…ヤマモトアユムさん…」
いまだに探している。そろそろ諦めればいいのに。
俺の隣で横たわる広い背中を擦りながら、な?と同意を求めるようにつぶやいた。
だってヤマモトアユムは俺の隣で死んでいるんだから。
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「今日午後13時頃、○○市のアパートにて異臭がすると警察に通報がありました。駆けつけた警察官が家の中を調べたところ、手足などが切断された遺体が発見されました。被害者は同市内に住んでいたヤマモトアユムさん35歳とみられ、警察は遺体のあったアパートの住人に詳しく話を聞き、殺人事件として捜査を始めています」
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報道のあった日から、ラジオ局は対応に追われていた。
「殺されたヤマモトアユムを探すSOSが出ていたのに何で対応できなかったの?」
「怪しいと思って警察に相談するとかしなかったのか?」
4週に渡って流していた人探しの広告が、世間を賑わす殺人事件に関連する可能性が高く、クレームも熱を帯びていた。
「そんなん思うならあんた達だって警察に通報すればよかったのに」
サカグチマサルは初めてのクレーム対応に疲れきって、デスクでぶつくさ怒っている。
ヒラカネミカは、広告主が気がかりであった。家も燃えてしまって安否も分かっていない。
結局、何のために広告を流していたのかも聞けなかった。
携帯電話を取り出して、広告主が放送で明かしていた番号に電話をかける。
現在混みあっています、というアナウンスのみで肝心の本人の声は聞けなかった。
電話番号からショートメールを送れるだろうか、電話番号は広く知れ渡っているから埋もれてしまうかもしれない、でも…とわずかな可能性にかけて連絡を送った。
返事は思ったよりも早く来た。
『20時、駅前のカフェで待っています』
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広告主は人目につきにくいお店の奥の席に座っていた。
「ヒラカネさん、お呼び立てしてすいません」
小さく背中を丸めて私に会釈をする。何かお飲みになってくださいとメニューを渡され、アイスコーヒーを店員に頼む。
「報道で知ってから心配で。お家が燃えて…」
何と伝えればよいか分からず、しどろもどろになる。
「家はもういいんです」
広告主は、窪んで生気を感じられない目をこちらに向けた。
「お手伝いをしてくださったあなたに、本当のことを伝えたいと思って、改めてお時間をもらいました」
店員が、氷のたっぷり入ったアイスコーヒーを私の目の前に置く。
「ヤマモトアユムは私の大事な一人息子でした」
そう切り出すと、ポツポツとヤマモトアユムの父親は話し始めた。
息子は男が好きなんだろうな、ってのは何となく察していました。
そういうのって、雰囲気でも分かるじゃないですか、親ですからね。
恋人の話になるのを避けてたり、まるで女性の影が見えなさすぎたり、もしかしたら、でも違うか、とずっと自問自答してました。直接アユムにも聞いてみようか、とも思ったぐらいです。
でも、ほんの半年前ぐらいですかね、初めてアユムに面と向かって言われました。
実は男が好きなんだ、と。今真剣に交際している男性がいるから紹介したい、私に真剣な顔で伝えたアユムの顔は今でも覚えています。
家に連れてきたアユムの恋人は、明るい性格のアユムとは正反対のどこか陰のある男でした。でもアユムを見る目がすごく優しくて、私はこの男と付き合うことに反対なんてできる余地はありませんでした。
それから、私の家に二人が遊びにきて、一緒に食事をする機会が増えました。
ある日、アユムが言ったんです。二人でアメリカに移住し暮らそうと思っている、と。
私は反対しました。これでも男手一つで大切に育ててきた一人息子です。
勝手に決められても困る、本当に息子を幸せにしてあげられるのか?経済的にも精神的にも、アメリカで何不自由なく暮らせるのか?仕事はどうするんだ?と、あの男とアユムに捲し立てた記憶があります。
まあ寂しかったんですよね。それにアメリカにまで行ってしまったら、本当に二人の仲が認められるものになってしまう、と焦りました。
独りよがりな考えですけど、血のつながった孫の姿が見たかったってのも大きかったです。長い間二人の関係を見ていても、心の奥底では、二人が別れないか期待する自分もいました。
私はアユムの恋人が帰ってから、アユムに言いました。あの男と別れなさいと。私は大事な息子のアユムを本当に幸せにしてあげたかったんです。尽くしてくれる女性が隣にいて、愛する息子や娘に囲まれてニコニコ笑って過ごす未来を歩んでほしかったんです。
アユムは、静かに泣いていました。僕らのことは認めてくれたかと思った。お父さんに認めてもらえなければ誰に認めてもらえるんだよ、と小さくこぼした言葉には胸が痛かったです。
私はアユムのためを思って少しだけ譲歩しました。
アユムの結婚相手は私が選び、女性には何不自由のない生活を約束するから、アユムに愛人ができても何にも文句は言わないでくれと。お金はありますからね、女性もちゃっかりしていて、許してくれました。
ただ、諦めきれなかった私は、これを隠し、アユムにお前の結婚が決まったから、あの男に別れを告げるように伝えました。別れなければ、あの男の人生を潰すことだってできるんだぞ、と。愛する息子を脅したんです。
可哀想に、息子は泣きながら受け入れるしかありませんでした。
駆け落ちなどさせないよう、家に男を呼んで別れ話をさせました。
私に脅されていることなど一切伝えず、飄々と別れ話を告げたアユムの演技力は大したもんです。
ただ、それからアユムは私の家に顔を出さなくなりました。
行方が分からなかったのです。連絡も途絶え、駆け落ちされたのかと思いました。しかし、一人で歩いているあの男を街中で見かけました。
私はそこで嫌な想像をしてしまいました。あの男はアユムを監禁しているのではないか、逃がさないようにしているのではないか、と思ってしまったのです。
そう思ってしまったら、あとは行動するまででした。
何とかして、自分の手であの男を殺すしかない、そしてアユムを助け出そうとラジオの広告を利用させてもらったんです。あの男は深夜ラジオが好きでした。だからよく聞いていた番組に広告を流し、アユムの名を語ることで意表を突いてやろうと思ったんです。
え?行方不明届けですか?警察には届けていません。警察にあの男も見つかってしまったら、私の目的は達成できないですからね。
でも、あの男から連絡はきませんでした。むしろ、広告主が私とバレてしまって家を放火され殺されかける始末です。
結局、アユムはあの男に殺されていました。私が別れ話なんてさせたから、こうなってしまったんです。あの男は憎いですが、私のせいで…私のせいで…愛する息子が死んでしまったんです。
ヒラカネミカが飲んでいたアイスコーヒーは、氷がすべて溶けきってしまい、苦みも薄くなっていた。
聞いてくれてありがとう、これから息子に会ってきます…と無理に笑うヤマモトアユムの父親は、小さく会釈して店を出ていった。
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ミカはカフェからラジオ局への帰り道、1件のラジオニュースを聞いた。
「次のニュースは、ヤマモトアユムさん35歳が殺害された事件です。
異臭騒ぎで駆け付けた警察官が、〇〇市内のアパートの1室で手足が切断されたヤマモトアユムさん35歳の遺体を発見しました。その後の警察の取り調べにより、殺害したのはアパートの住民35歳男性、ササキアラタ容疑者と判明しました。
ササキ容疑者は『アユムに別れたいと言われて、悲しかった。ずっと一緒にいたかったから殺して、自分のアパートで一緒に暮らすことにした。アユムが暑くて溶けちゃいそうで可哀想だったから、手足や首を分けて冷蔵庫に入れてあげた』などと供述しています。
また『このままずっと一緒に過ごせると思ってたのに、邪魔が入りそうだったから、アユムの父親の家も燃やして殺そうと思った。アユムの父親には人殺しなんて言われて憤慨だ』などと言っており、警察は先日発生した放火事件にもササキ容疑者が関与しているものとし、余罪などを追及しています」
先ほどのヤマモトアユムの父親の話を思い出し、胸が痛くなる。
幸せになれるはずだった二人、歪みつつあった父親からの親子愛、こうも簡単に幸せのバランスは崩れるのか…と足取りも重くなる。
でも、アユムの父親はいつササキに人殺しと伝えたんだろうと、歩みを止めた。
広告を思い返す。
1週目「人探しをしています…。男性で細身の方。私が駅で倒れていたところを助けてくださいました。お礼がしたいので090-○○……までご連絡下さい…」
2週目「ご恩を返したく、先日助けてくれた男性を探しています…。男性で年齢は35歳…身長は178センチ。私が駅で倒れていたところを助けてくださいました。お礼がしたいので090-○○……までご連絡下さい…」
3週目「600万円の謝礼を用意しました。人探しをしています…。男性で年齢は35歳…身長は178センチ。市内在住のヤマモトアユムさん。私が駅で倒れていたところを助けてくださいました。お礼がしたいので090-○○……までご連絡下さい…ヤマモトアユムさん…ヤマモトアユムさん…」
4週目「消息が掴めない人を探しています。男性で年齢は35歳…身長は178センチ。市内在住のヤマモトアユムさん。煙草と深夜ラジオが好きなヤマモトアユムさん。私が駅で倒れていたところを助けてくださいました。お礼がしたいので090-○○……までご連絡下さい…ヤマモトアユムさん…ヤマモトアユムさん…」
たしか3週目と4週目の間に放火事件は起こったはずだ。
3週目にヤマモトアユムの名前を出したから、ササキは自分とアユムが探されていることに勘づいたんだろう。だから邪魔になって殺そうと、放火を企て失敗した。
もう一度、広告内容を振り返る。個人情報が増える以外は、後半の内容はどの週も一緒である。でも、話し始めは毎週異なるな…と一言目をそれぞれ思い返す。
1週目の一言目が人で、2週目がご、3週目は、ろ、4週目は……し。
同じ人探しの広告なのに、4週とも異なる内容だった理由はそのためだったのか。
アユムの父親の狂気に触れてしまったようで、ミカは血の気が引いた。
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「人探しをしています。駅で倒れていた私を助けてくれました。お礼がしたいので、090-○○……までご連絡下さい」
人探しの広告には、くれぐれもご注意ください。
ホラーミステリー、大大大好きなイヤミスを頑張って書いてみましたが、まだまだ粗いですね(泣)
詰めが甘いところが多そうで、ドキドキですが、とりあえず完結です!これからも精進します!
しかし小説は書いてて楽しい~~!ホラージャンルがもっと盛り上がりますように!
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