『※新イラスト有り』96話 聖火の儀式、神の袂別つ聖者たち《Un-Holy Tale》
教会の扉が開放されるとなかから5人ほどの聖職者が表に現れた。
全員で石の巨大な台座を抱きかかえて広場へと担ぎだす。
男性の聖職者はキャソック風の広裾の生地を身にまとうのに対し、女性は聖職者とは思えぬほどの蠱惑さを秘めていた。
余裕のないタイトで丈の短なシスターたちが大荷物を抱えて動くと、切れ目から覗く生足に多くの視線が吸いこまれる。
「……へぇ。格好を見るに洋式っぽく見えてカトリックやプロテスタントのどっちでもないんだね」
夢矢は作業する聖職者たちを見て、あどけない目を輝かせた。
現代世界でも教会は珍しくない。しかし少しエッチなシスター風はそうそう見られるモノではない。
だが彼の好奇心は魅惑の生足ではなく宗教に向いているようだ。
「大陸のすべての種族たちは生まれた時点でルスラウス教徒となります。私たち種族の魂は創造神の魂の欠片であるため神の存在まさしく祖の父です。なので神は祖父と呼ばれているんですよ」
「つまりこの世界の聖職者たちは実在の神を讃えているんだね! 祈る対象が現存しているというなら宗教観がまったく異なるのも頷けるかも!」
「魂は輪廻にて浄化されまたこの地へ新たな生命として舞い戻る。この大陸世界で死とははじまりを意味する言葉でもありますね」
夢矢は、テレノアの解説にふんふん鼻息を荒くした。
ノアでは様々な宗教観が入り混じって混同している。だから人間にとっても祭事というものはそれほど遠い話ではなかった。
そのため夢矢も好奇心を丸裸にして余所世界の宗教観を学ぼうと注目している。
「ところであれはいったいなにを運びだしているのかな? 大きな石製のお盆に見えるけど?」
「あの聖職者たちが広場に設置しているのは聖火台です」
もっとも詳しい者が隣で解説してくれるという機会もそうはない。
夢矢はついと頭をかしげて「聖火台?」問うと、テレノアが間髪入れず指を振る。
「あそこに供物をお供えして聖なる炎を灯して焼くのです。魔物の供養と神への信奉を誓う行為を行う台座こそあの聖火台と呼ばれる聖遺物ということです」
「へぇぇ!」
――天に還す、か。いわゆるお焚き上げってやつに近いんだな。
夢矢ほどではないにしろミナトも話に興味をもっている。
宗教の解説というのは入信していなくても感慨深いものがあった。
宗教に触れるというのは信仰という文化に触れると同義。土地に伝わる伝承や風俗を知ることで相手種族の理解が深まる。
いっぽう会場では聖職者たちの手によって着々と儀式の準備が進められていく。
「これより供物の精算を開始すべく聖火台へ聖火を灯します。それでは――《フレイム》!」
ぼう、と。祭司の手より煌々とした炎が渦を巻いて発射された。
その火力はバーナーなんてものを遙かに上回る。現代に移し替えるなら火炎放射に近い威力だった。
みるみるうちに円錐状に組んだ薪が炎に包まれてしまう。
広場に群れた種族たちも聖火台へと好奇の視線を向けつづけている。キャソックを身にまとった聖職者の仕事ぶりを酒の肴とばかりにはやしたてた。
「ではまず討伐数のもっとも多いハイシュフェルディン教から供物とともに聖火台前へお越し下さい」
祭司によってハイシュフェルディン教の名が高らかに呼ばれる。
すると彼は胸に手を添え、浅い一礼を祭司に済ませた。
「後から参じたというのに先に供物の提供をお許し下さりご厚意痛み入ります」
テレノアも敬意ある彼の対応に敬意を返す。
スカートの裾を摘まんでから僅かに膝を落とした。
「ハイシュフェルディン教はとっても大所帯ですからね。長居させてしまうと都の民に窮屈な思いをさせてしまいかねません」
「民に視線を向ける姿勢が強固に表れておりますね。さすがは聖女テレノア様でございます」
高級な井戸端会議といったところか。どちらも互いに敬意を払っていることが傍から見ても良くわかる。
ハイシュフェルディン教が祭司の前に歩みでると供物を乗せた荷車が後に続々つづく。
そして重武装の騎士たちが魔物の残骸のひとつ、またひとつ、と聖火のなかへ放りこんでいった。
巨大かつ許容量の多かったはずの聖火台はあっという間に山盛りの供物で埋め尽くされてしまう。
その様は異様としか形容のしようがない。橙に燃える炎がチリチリと未だ湿り気のある骨肉を揺らぎながら灰へと還していく。
祭司は最後の肉片が消滅するのを確認してからこくりと頷いた。
「これらすべて神の袂へ送られる供物であると承認されました。ここからの制定は天界へと委ねられます」
ハイシュフェルディン教は無言で頷くと燃えたぎる炎のほうへと歩み寄る。
そしてテレノアに伏したときと同じように片膝を石畳の上に落とす。
すると彼の見上げた先で聖火台の炎が大団扇で煽られたかのように大きく轟きはじめた。
それはもはや火や炎ではない。人の目から見ればある種の奇跡であるかのよう。
教会の先端に刺さった十字架さえ飛び越えて、龍の如く大空目掛けて舞い上がっていく。
「……っ。凄まじい……」
炎の行方を目で追ったテレノアがぽつり、と零す。
「さすがはルスラウス教現最高指導者……並大抵ではありませんね」
彼女の賛辞は消え入りそうであまりにもか細すぎた。
しかしそれは野次馬の如く集る種族たちの喝采によってかき消されてしまう。
――ふぅん。テレノアもこういう不安そうな顔するんだな。
ミナトはそんな緊張に震える彼女の横顔を人知れず見つめていた。
きっと先ほどの声は誰かの耳に入るよう発したわけではないのだろう。彼女自身だって発してしまったということに気づいていない。
テレノアは見られているということさえ気づくことはなかった。
「……がんばらないと……」
震える指を隠すようにスカートの横で拳をぎゅうと握った。
あちらでは祭司が手を掲げて儀式を締めくくる。
「これにてハイシュフェルディン教の精算を終えさせていただきます」
同時にハイシュフェルディン教も祭司と同じように種族たちへと手を掲げた。
すると喝采はより大きく聖都内に木霊する。
やがて都中の空気が震えんばかりの大喝采へと変貌した。
「なんか予想してた採点の仕方じゃなかったですなぁ。もっとこう10点10点10点パラパパーみたいなの予想してたんだけど」
ヒカリは不満そうにつん、と唇を尖らせた。
どうやら曖昧な採点方式に不満があるらしい。
「さすがにそんなお茶目な感じにはならないんじゃないかな。いちおう玉座にふさわしい人を決める神聖な儀式っぽいし」
「つまり終わってみないと誰が勝ったのかさえわからないシステムなのねぇ。なんだか凄いものを一切の知識がないまま見せられてる気分ですなぁ」
文句を口にするヒカリも、夢矢だって、僅かに頬を紅潮させている。
新鮮で不可思議な世界に興奮を覚えているのだ。ここからなにかがはじろうとしているという期待を宿している。
ミナトだって内心浮かれていないとは言い切れない。
――さて、どうするつもりだ東よぉ。このまま無策のステゴロじゃ勝ち筋がないぞ。
ただ手放しに楽しんでいられないというだけ。
あの東がここまで把握していないとは思えない。世界規模の宗教が相手となればハナから勝ち目なんてないようなもの。
なのに堂々と聖女を女王にすると豪語してみせた。
――魔物の数は有限か、無限か。もし前者なら本当にレースになる。そして人数差でこっちが圧倒的不利だ。
「そうなるとルールのどこかに抜け道でも――……ん?」
ふとミナトは気配を察して動きを止める。
それは気配というにはあまりにも明確なアプローチだった。
視線を感じてそちらを見ると、混み合う種族たちのなかでもより異質な格好の人物が佇んでいた。
背丈はそれほど高くはない。が、全身にローブをまといフードを被っていた。そのため性別はおろか表情でさえ認められない。
「青い……瞳?」
ミナトは未だ注がれる視線に怪訝を覚えた。
目を細めて視界を安定させる。するとフードの奥に隠された影で青く澄んだ瞳が2つほど浮かんでいるのが確認できた。
怪しげな人物は広場の端に佇みながらミナトの立つ方角をじぃ、と見つめている。
「お待たせをさせてしまい申し訳ありません。近辺で悪意の暴発現象が起こったためか下級の魔物が大量に発生しておりまして数ばかり多いのです」
「お気になさらないで下さいハイシュフェルディン教。都周辺に蔓延る魔物たちがいなくなれば民たちも安心して暮らすことができますから」
と、ミナトの意識が一瞬だけ削がれた。
歩み寄ってくるハイシュフェルディン教とテレノアをちらと見る。
そして再度怪しい人物の方角を確認した。
――あれ? もういない? どこいった?
なのだが青い瞳の人物はいなくなっていた。
視線さえ感じず、影さえ残さず喪失してしまう。
「……ふぅん? 明らかこっちを意識してたよな?」
「どしたの? ミナトくん?」
ミナトは、中性的で愛らしい友の両肩をがっしり掴む。
「大丈夫だ。どんな怪しいやつが寄ってきても夢矢の貞操はできるだけオレが守る」
掴まれた夢矢は「はえ?」と、とぼけた笑顔のまま首を横に寝かせるのだった。
すっかり観客と化した広場の種族たちは有頂天気味に酒を煽る。酔っぱらいたちが次々拍を打って大盛り上がりとなる。
ハイシュフェルディン教も慎ましく手を振りながら声援に応じていく。
「ありがとう、ありがとう。私――ハイシュフェルディン・ルオ・ティールは民たちの期待にようよりいっそう精進していく所存です」
遠巻きの囲いたちへに手を振りこやかな感謝を返していった。
まるでここでは祝賀会が行われているかのよう。むしろ勝利のパレードといっても良い。
もう勝負は決した。玉座の所有権はもうすでに1人に絞られたとでもいわんばかりだった。
「では聖女テレノア様。私はこの辺りで失礼させて頂きます」
ハイシュフェルディン教も浅い微笑みをテレノアへと向ける。
テレノアは眉を吊り上げ、両手でガッツポーズした。
「はいっ。互いに切磋琢磨と競い合いましょうっ」
ふんふん、と。鼻を鳴らしてやる気満々といった様子だ。
対してハイシュフェルディン教は、刃避けのマントを大仰に振って身を翻した。
「細やかながらの健闘を……祈らせてください」
そう言い残して会場とは逆の方角へと歩みだす。
彼の撤退を察して重装歩兵たちも一斉に撤退を開始する。
あれだけの大捕物を終えたというのに兵たちの足並みは揃っており、疲弊している感はない。付き従う主を定めて全員が歩調を合わせながら行進をつづける。
おそらくはこのまま矢継ぎ早に供物を集めに行くのだ。より大きな差を生み、決して負けぬ盤石の姿勢を整えようとしている。
と、会場を後にしようとするハイシュフェルディン教の元へ駆け寄る影がひとつほどあった。
端正な顔立ちをした女性が急ぎ足に長い髪を流しながら向かってくる。
「お父様遅れてしまい申し訳ありません」
白き鎧の少女は、ハイシュフェルディン教の目前で立ち止まった。
わりかしな速度で駆けてきたというのに息ひとつ切らしてはいない。
しかも身に帯びる鎧は男性のソレと同等か、それ以上。テレノアの軽装が半端に見えてしまうくらい厳かかつ重厚な鎧だった。
重武装の少女は、女性らしい膨らみの先端で手甲を横に差しだし、構える。
「私も是非第2陣に参加させて下さい!」
「昼の祈りは済ませたのですか? ザナリア」
はい。ザナリアと呼ばれた少女は腕を下ろす。
同時に鉄靴の踵を鳴らした。
「世界の止まるその時まで。信仰以上に優先される事象はありません」
次の瞬間ザナリアは眼差しを鋭利に絞る。
美しき様相の表情を強張らせ、凍てつくような殺気を瞳に宿したのだ。
「出来損ないの貴方とは違ってね」
そしてあろうことか聖女であるテレノアをキッ、とキツく睨みつけた。
(区切りなし)




