95話 種族対抗聖都玉座争奪レース開幕!!《OH MY GOD》
と、見えてきた東城壁の門前には無数の種族たちで賑わっていた。
教会などというからにはもっと霊験あらたかで荘厳な風景を期待したのだが、実のところそうではない。
「な、なんだここ? お祭りの会場かなんかか?」
思わずミナトは愕然と口を半開きに間抜け面を晒す。
呆れかえった視線の先には、軽いビアガーデンの如き喧噪が広がっていた。
円形状に開けた広場にはフチに反うよう出店が立ち並ぶ。店の様相はおおよそ肉、酒、肉、酒、酒である。
大量の種族たちがとり巻く光景には腹の虫がうずく香りが満ち満ちていた。教会を前にして飲めや歌えやの酒盛りが行われている。
「この世界では教会の前で酒盛りをする風潮でもあるのかな? ずいぶんと自由奔放な教示をしているんだね?」
「うわっ! みてみてあれってかの有名なケバブって料理よ! あんなに肉を大量に貼りつけて回して焼くなんて贅沢にもほどがあるでしょ!」
これには一党らも圧倒されて広場を前にしながら脚を踏みだせずにいた。
あちらでは豪快な酒盛りが行われている。
「嬢ちゃんこっちに追加だ!」と、半裸の筋肉男が胴間声で呼びかける。給仕服の獣耳を生やした少女が「ただいま参りまーす!」一党らの前を横切っていく。
少女たちは文字通りの尾を引く。スカートを蹴るようにして右往左往にぱたぱたと大忙し。テーブルから豪快な呼び声がかかるたび毛束の尾を翻す。
それ以外にも魚の尾をした女性が噴水のフチでリュートを爪弾いていた。
「おー、我が祖父ルスラウスよ友よ住まいし天空にぃ~♪ あー、我が祖母ラグシャモナよ友よ備えし冥界にぃ~♪」
喧噪に旋律と歌声がじんわりと響き渡る。
その声は魅力的で聞き惚れている者たちの眦が下がってしまうほど美しい。
座しているだけで絵になる女性がパレオから伸びた尾ひれを流す。
それに合わせて2足で立った狼がコンガを鳴らしてリズムを刻む。
「オォォォォン♪ オンオォォォォン♪」
野性味あふれるリズムに人魚の女性の歌が重なる。
「翼をわけた偉大な天使よ種は祈る其の幸をぉ~♪ 故に友よ祈りたもう、必ずや我らはいずれ其の地に至ろうぅ~♪」
都中に愉快な音色が余すことなく広がっていく。
すでに、虜。毛色の異なる種族たちのハーモニーに目を奪われてしまう。ここに広がっているのは、まさに理想の世界だった。
多種多様な種族、青々と根づく大地、澄み渡った透明な空。豊かさ。完全なる世界が異種族の手によって描かれている。
「ふふっ。今は都を上げての大イベント期間中なんですよっ」
テレノアは、魂を奪われたかの如く言葉を失う一党らをよそに品良く相好を崩した。
それからくる、と。毛先の揺れた髪とスカートを流し、両手をうんと広げる。
「今この聖都では空いた玉座にふさわしい者を決めるお祭りが開催されているんです! その名も聖なる都の再誕祭――聖誕祭ですっ!」
ミナトは抜けた心を引き戻すように頬を軽くひっ叩く。
あまりに現実感が希薄だったため危うく聞き逃すところだった。
「空いた玉座を決める祭り……?」
ぼんやりとした思考で胡乱げに問う。
と、「はいっ!」人懐っこい笑みが戻ってくる。
「とはいえ説明するより見て貰ったほうがきっと早いですね!」
そして「あちらをご覧下さい!」テレノアは教会をバックに設営された木組みの板を指差した。
どうやらそれは大看板であるらしい。見上げるほどの高さに備えられた板にはミミズがのたうつ文字が羅列している。
ミナトは目を細めて顔をシワを中央に集めた。
「あれ……誰か読めるやついるか? 」
まずもって肉眼で視力が足りない。
だが問題はそこではないのだ。
「んー、それはどっちの意味かなぁ。とりあえず僕は読めないね」
ミナトと夢矢双方の視線がヒカリへと向けられる。
「いやいや2人してそんな目で私を見ても読めないもの読めないわよ。だってあれ共通語じゃないんだもん」
子犬の如き目で期待を寄せるも、手で追い払われてしまった。
看板にはおそらくこの世界発祥であろう文字が綴られている。人が習っていない文字を読めるわけがないのだ。
しかしこれはさすがにどうしようもない。なんとなく看板の真下まで歩み寄って見上げても、やはりというか理解不可能。
「あれ?」
が、直後に目を疑う事態に見舞われた。
ミナトは1度袖で目を拭ってからもう1度看板を見上げる。
「なんでか知らないけど読めるぞ!? オレの学習能力半端じゃないってか天才か!?」
「ぼ、僕にも読めてるよ!? え、なんで!? さっきまでぐにゃぐにゃの記号にしか見えなかったのに!?」
「見える文字としてはそのままのはずなのに意味が理解できちゃう!? ど、どういうこと!?」
どうやら夢矢とヒカリにも同じ現象が起こっているらしい。
文字はそのままなのに意味が直接脳に流れこんでくる。
「ふふふっ。それが神より賜りし大陸の道理。翻訳の道理ですよ。この世界に入りこんだときすでに恩恵を授かっているはずです」
全員が阿鼻叫喚の表情でぎぎ、と首をそちらへ回す。
するとテレノアは驚きすくむ一党らを嬉しそうに眺めながら頬横でぽん、と手を打つ。
「これは異文化、あるいは異世界で異なる文化を築いた種族たちの言葉を統一化し相互理解を可能にする道理です。それによって私たちが互いに異なる言葉を発しても理解に至れるのです」
その語り用はどこか誇らしげでどこか歌うような話し口だった。
それでいて空を仰ぐよう看板を見上げる眼差しは、きっともっと遠い場所を眺めている。
「これが創造神ルスラウス様の御手によって与えられし奇跡なのです。多種多様な種族たちが初めましてを言葉で伝えられるよう授けてくださった慈愛の恩恵です」
テレノアは軽装鎧の板に手を添え祈りを結んだ。
これはまるで魔法ではない。真実の魔法を実体験し目の当たりにする。
一党らはしばし硬直していたが、次第に受け入れていく――……しかない。
「やっぱりまだ僕らも人間の枠からでられていないことを痛感させられるねぇ」
「私たちでさえ共通語に至るまでの長い歴史のなかで別々の言葉を使っていたんだもんね。でも勉強しなくても言葉が伝わるのはちょっと羨ましいですなぁ」
夢矢とヒカリは頬を掻いたり唸ったりと、渋々ながら鵜呑みにした。
しかしミナトだけは別のことを考えている。
あれはたしかこの大陸にやってきたばかりの――昨日の――新しい記憶だ。
――あの墓に書かれてた文字はたしか共通語だったよな? これはいったいどういうことだ?
金色の草原に植えられていた石碑の文字は読めた。
つまりあの大きな剣の麓に書かれていたのは、紛うことなき共通語であることを意味している。
ミナトは思考しながらも無意識に看板の文字列をなぞっていく。
「BET……倍率……玉座? 聖女テレノア・ティール……36.4ばい?」
刹那の内に些末な疑問は吹き飛んだ。
読み上げていくと徐々に看板に書かれた文字がなんであるかを脳が読み解く。
ミナトは大看板に書かれた文字の羅列にぎょ、とした。
「こ、これってまさか下馬評か!? しかも次代玉座を奪い合うランク付けと掛け率まで書いてあるぞ!?」
もはや見間違えようのないほど、完全な予想表だった。
しかも看板には数名の名が並んでいる。なかには当たり前の如くテレノアの名前が記載されている。
「はいその通りです! これは私たち次代玉座を目指し骨肉の争いを行う予想表となっております!」
「不遜不敬がすぎるだろこの国のシステム!? 国の代表を決める玉座版トトカルチョとか思いついたやつ誰だよ!?」
テレノアはきょとんと目を丸く「私ですけど?」、「お前かよッ!?」さすがに突っこまずにはいられなかった。
「でもでも大陸の民たちが嫌なことを忘れるための余興も兼ねているんです。だからみなさんもイベントを全力で楽しんでくれているんですよ」
テレノアの弁は置いておくとしてもだ。ここまできてようやく意図が読めてくる。
つまり東光輝という中年は、この勝負で彼女に1番をとらせ玉座に着かせろといっているのだ。
その証拠に看板にはまざまざと【種族対抗聖都玉座争奪レース】と書かれていた。
「ルールはとーっても簡単です! 魔物を狩った証を各地方や村町の教会前に設営された管理委員会に提出するだけでポイントを得られます! あとは供物の質や両によってより大きなポイントが得られるというシステムとなっておりますっ!」
テレノアは変わらずふんわりとしている。
が、彼女が言うほどそう簡単な話というわけではない。
「なあ、テレノアさんテレノアさん……ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「はい? どうしましたかミナト様? ご質問なら3サイズ以外でお願いしますね?」
ミナトは、深めの深呼吸を入れてから仕切り直す。
「今、テレノアって何位?」
「あそこに書いてある通り――最下位です!」
華やかな笑顔からは信じられぬほど、深刻だった。
……おぉ~ん、と。ミナトは背伸びをする。前途多難な未来が見えてしまい肩がずっしりと重くなる。
さらに参加者は1人2人ではない。ぞろりと名が並ぶなかでテレノア・ティールの名はもっとも下に記載されているではないか。
看板を見上げる夢矢の表情は若干ほどげんなりしている。
「オッズ36.8倍……かぁ~」
うんとしかめた眉がすべてを語っていた。
「私賭け事ってよくわかんないんだけど、聖女ちゃんだけオッズがぶっちぎりでめちゃんこ高いわね?」
「それは期待されてない……勝つ確率がとても低いってみなされてるってことだね」
ヒカリの口からも「……アハハ、マジですか……」乾いた笑しか漏れてこない。
大看板に書かれている限りでは期待薄を明確に現している。
つまりこの大盛り上がりで飲み食いしている連中のほぼすべてが彼女に一切賭けていないのだ。
「あ、でも記念参加のようなかたもそこそこいらっしゃいますからね。本気でレースを勝ち抜こうとがんばっているかたがたはだいぶ絞られてきます」
「その記念参加のヤツらよりも期待値低いってどういうことなんだよ!? 今テレノアは自分の傷口塞いだんじゃなくて思いっきり広げてるんだからな!?」
わかってんのか!? ミナトはテレノアの肩を掴んでガクガク揺らした。
だが彼女は思いのほか余裕綽々といった感じ。揺さぶられても姿勢1つ崩すことはない。
華奢なわりに体幹が強いのか、はたまたこれも種族的な特徴か。笑顔そのままに微動だにしなかった。
「だからご心配は無用なんですっ! それにミナト様や夢矢さんヒカリさんもお手伝いしてくれるというのですからこの上ない心強さですっ!」
まさに聖母の如き清らかな微笑だった。
後光に当てられた一党は僅かにたじろぎ文句を語る口すら閉ざしてしまう。
どこからその自信が湧いてくるのか。もしくは勝算のめどでも立っているのか。
元より性質が喜怒哀楽の喜びに振り切っている少女だ。不安さえ感じさせぬ笑顔の裏にはなんらかの目算を見出しているのかもしれない。
「でも言われて見ればあれは賭け事の予想表だし絶対に負けるって意味ではないね。ここから僕たちの力で押し上げれば勝ちの目は十分にあるんじゃないかな」
「要するに対戦相手よりもより多くの供物とやらを集めればいいわけですなぁ。話としては決して難しいことじゃないわね」
少しずつではあるが状況が踏み固まっていく。
というより無理矢理にでも納得しなければならないといったほうが正しいかもしれないが。
「ここから逆転勝ちをもぎとるしかないな。なんだかんだ最速最短を目指すならテレノアに勝って貰うのが1番だろうし、東の狙いもそこ1択だろ」
落ちこんでいても進まないのはどこの世界にいても同じことだ。
なによりこちらには聖騎士と月下騎士がいて。さらには超凄腕の幽霊少女までもがそろい踏み。
先日ビッグヘッドオーガとの決闘を終えたミナトでさえ少々余裕を覚えてしまうらいにはアドバンテージがあった。
参加者が多いとはいえしょせんはタカが知れている。対してこちらはブルードラグーンの船員たちも含めればそこそこの戦力と人員を用意可能だった。
そうやって一党らがようやく成すべきことを噛み締めていると、突如快活な靴音がぞろぞろ列を作って会場に割って入ってくる。
「ほう、これはこれは聖女テレノア様ではありませんか」
まるで軍靴の行進さながら。行列が会場を縦に2分していく。
そして先頭の美丈夫が脚を止めると、統制のとれた足並みも揃って止まる。
仰々しいまでの重装歩兵たちを引き連れた男は、テレノアを前にして板金胸板へ手を添えた。
「供え物を持ちこみに参った次第だったのですがまさか聖女様とお顔合わせになるとは思いも寄りません。光栄の至りとはまさにこのことです」
優雅かつ敬意示す礼をくれた。
その後、男は即座に片膝をついて最上の敬いをテレノアに送る。
「貴方様も供物を管理委員へ供えに参ったのでしょうか?」
「その通りですけど、それよりお顔をあげて下さいハイシュフェルディン教。玉座を巡る対抗相手である私にそのような忠義はもったいないです」
テレノアは、男の対応を受けて、くすぐったそうに肩をすくませた。
「それではお言葉に甘えさせていただきます。しかし神の御霊の元にあられる貴方様相手に忠義を示さぬ日はありません」
男が再度立ち上がると高い位置に頭が上がっていく。
なにより彼もまたテレノアの同族らしい。端整な顔立ち、銀燭銀眼、長身痩躯。エーテル族である点を鑑みても非の打ち所がない美丈夫だった。
そして彼の背後にはぞろりと1個中隊はあろうかという数の重装歩兵たちが待機している。
当然のように先の男も戦用の厳かな分厚いプレートで全身を包んでいた。
ミナトは戦慄する。
「おいおいおい聞いてねぇぞ……! こんなバカクソヤバい相手が対抗馬にいるなんて……!」
こういうときの嫌な予感というものは大抵が当たるのだ。
そして美丈夫の背後に立つ旗を見てより悪寒に襲われた。
彼ら重装歩兵たちがまとう鎧にも、そう。旗にだって同じ紋様が掲げられているではないか。
「ね、ねぇ? ま、まさかあれって……そんなはずないよね?」
夢矢の目がそちらへ泳ぐ。
ヒカリも後を追うようにそちらへ首を軋ませる。
「こ、この人たちが揃って聖女ちゃんの対戦相手ってことは……ヤバすぎじゃないですかねぇ?」
2人は教会のある方角を見てから口角をヒクヒクと跳ねさせた。
真実を知ったことでミナト含めこの場にいる人間全員の総意が、失意へと追いこまれる。
もし彼らの掲げた紋様が示すものが本物であるならば、敵は個どころか隊ですらない。もっと大きく巨大で果てしないモノ。
テレノアの対抗馬である連中が掲げているのは、青き月と思われる円形と、聖十字だった。
そしてそれは教会前に設置された管理委員たちの掲げるモノとまったく同じ。
「聖女の対戦相手が少なくとも国が掲げる宗教まるごとかよ……! こんなの規模からしても無理ゲーすぎんだろ……!」
想像以上に難航することが今確定した。
しかも重装歩兵たちの引く数代の台車には、これでもかというほどに山なりとなった残骸――供物が乗せられている。
これによって広場の種族たちは、ハイシュフェルディン教へ拍手喝采と玉座に着く祝辞を同時に上げたのだった。
● ● ◎ ☆ ?




