92話 おいでませルスラウス異世界大陸《The holy city》
一党は降りきった跳開橋を渡りきる。
その直後、護衛たちに囲まれるよう先頭を歩く少女がくるりとスカートを翻した。
「遠く離れた異なる世界より遠路はるばるようこそお越し下さいました」
身には軽装鎧をまとう。緩くウェーブ掛かった髪は美しい銀色をしている。
彼女は白い脚を交差させ、踊るような足どりでこちらへと振り返った。
動作は軽快で、頬に流れた銀の波間に可憐な笑みが浮かぶ。
「ここより創造神のお膝元聖都エーデレフェウスとなります。7種族の混合して分かち合う都を人種族のみな様も心ゆくまで楽しんで下さい」
膝上ほどの短いスカートの裾をちょいと摘まんで1礼した。
日の本に晒されるおみ足は絹ほども白く艶めいて、頂点の光源より遙かに眩い微笑は無邪気ながらも品を保ちつづけている。
「この世界は再びの人種族の介入を心から歓迎するでしょう」
そうして少女が儀礼的な対応から姿勢を正す。
と、すぐに凜々しい表情が崩れ頬横で手を打つ。
「さ、それでは参りましょう。今は聖誕祭が行われている途中ですのでより華やかな都をお楽しみいただけると思いますよ」
彼女は護衛たちに一瞥をくれてから都市の大門へと歩みだす。
はためくスカートを僅かに蹴るかのよう。駆け足ほどではないが少女は今にもスキップをはじめてしまいそうだ。
そんな歩幅に合わせて護衛たちもまた規律正しい歩調を早めて進む。
最後尾につづくチームイージスのメンバーたちは未だ半信半疑といった様相を拭えない。
「なんていうかさも当然のようにわからない単語がでてきたね」
「とりあえず歓迎してくれているってことだけは伝わったし大丈夫よ、きっと」
遠のく護衛たちからはぐれぬよう一拍遅れて後につづいた。
ブルードラグーン墜落から1夜。ここが元いた場所と異なる別世界であるという実感さえ湧いてこない。
ただ頼れるのは同じ盾を冠するメンバーだけ。これから先待ち受けるものを想像するほどの理解に至っていない。
そうして緊張の面持ちで奥に待ち構える光のなかへと吸いこまれていく。
「わああ……!」
まずはじめに目を丸く瞬かせたのは、虎龍院夢矢だった。
つづぐ後方にいたミトス・カルラーマ・ヒカリもまた彼の隣で動揺を見せる。
「なにこれ……すっごお!」
金縛りにでもあったみたいに2人並んで棒立ちだった。
あまりに突飛な光景が唐突に広がったためか、ぽっかり口を開いたまま脚を止めてしまう。
しかし実物を見てしまえば彼女たちの反応は往々にして正しい者だと認識せざるを得ない。
――これが……エーテル国の聖都、エーデレフェウス!
ひと言で表すなら明媚だった。
人とは異なる文化形成の先端がどこまでも広がっていた。
踏む大地でさえ廃油を使用したアスファルトではない、加工された石畳。建造物だって無駄がある作りなのに、それでいて遊びや飾り気が目を引いてならない。
全体的に見れば文明が乏しいといえる。なのに発展された科学の視点からは見るものすべてが新鮮で高尚だった。
しかもその文化を彩るのは文明に住まう人々だろう。ぱっと周囲を見渡すだけでも数多くの種族たちが集う。
1番目に入るのは半身獣や虫なのは当然とし、それ以外にも耳長、褐色、筋肉質、背に羽の生えた少年たち。そしてなにより多いのは顔立ちの整った銀燭銀眼の美男美女だ。
「これはたしかに僕たちの知らない世界だ! こんな色鮮やかな人々がたっくさんいて! 本当に別の世界だったなんて!」
「これを見せられちゃ意固地になってもしょうがないわね……! もう見てるものすべてが幻想的すぎてまるで夢みたい……!」
夢矢とヒカリは小刻みに身体を上下に揺らす。
ありとあらゆる光景という情報に余すことなく目を輝かせた。
少年少女が心を躍らせる。ならば中年の瞳だって爛々と若さをとり戻す。
「はっはっはァ! エーテル族というのは上位種族と聞いていたのだが実物を見ると想像を遙かに上回るな! 知性知能センス技術の生みだすあらゆる者が作品の如しだ!」
東光輝は、白い羽織の裾を引いて先頭に躍りでた。
まるで無精髭の生えた少年。目は爛々と輝きを秘める。若者たち以上に興奮を前に押しだしている。
「しかも彼らはすべてが整っているからこそ異性に顔立ちの美醜という判断基準をもちあわせていないらしいぞ」
「それじゃあ恋愛とかをしない種族ってことなのかな?」
「いや、レィガリア殿がおっしゃる限りでは相手の心を見るらしい。どのように育ち思いやりをもち清く正しく生きたのかが愛を見いだす基準なのだとか」
「考えかたまでイケメンってわけですなぁ。なんか都のなかにも綺麗どころが多すぎて目が痛くなってきちゃった」
やいのやいの、と。面々は鼻息荒く語り合う。
すると前方から「あのー!」と、脚を止めてしまったこちらに向かって少女が手を大きく振る。
「大きい都なのではぐれたらたぶん大変ですー! なるべく離れないように観光してくださーい!」
「おっとマズいな。確かにこの規模の都ではぐれたら延々彷徨うことになりそうだ」
東を先頭にメンバーたちは急いだ。
目下は頼れるのは有象無象ではない。かの少女と護衛たちだけなのだ。
はぐれたらまずいとばかりに小走りになってようやく護衛たちに追いつくことが出来た。
「もうちょっと歩いて奥に見えるお城に向かいます。もしこのフラワーロードにある出店で気になった者があればご遠慮なくおっしゃってくださいな」
「ほう、この華やかで巨大な通りはフラワーロードと呼ぶのですかな?」
そう東が紳士的口調で問うと、「はいっ!」活き活きとした返事が少女から返ってくる。
「ここフラワーロードは聖都の入り口と聖城を真っ直ぐに繋ぐ観光名所なんです! 先代女王様が国内外からやってくる旅行者さんたちを迷わせないように建設した由緒正しき道なのです!」
少女は、それがさも己の功績であるかのようふん、と希薄な胸を反らして見せた。
どうやら話の流れから察するにここから遠方に見える城――聖城とやらを目指しているらしい。
彼女はちょっと歩いて、と形容したが断じて否である。城まではそこそこハイキングな距離。もしかすると種族的万能性に関わる1頁なのかもしれない。
ミナト・ティールは、――口にはださないが――くたびれつつ東の隣に並ぶ。
「そんなことよりジュンたちを同行させなくて良かったのか? お前を入れないにしてもオレら3人じゃ戦闘力は見こめないぞ?」
同行メンバーは、東、ミナト、夢矢、ヒカリの4名のみ。
敵の居城に向かうわけではなにしろ、やはりというか頼りない。
「魔物なんぞいる危険な土地にブルードラグーンを護衛少数で放置するわけにもいかんだろう」
「そうはいってもせめて第2世代の1人くらい編成してもよかっただろ。よりにもよって盾役として優秀なジュンと珠のどっちもを置いてくるなんてさぁ」
これでは数人護衛のために置いてきたというより少数で聖都に赴いたといったほうが正しい。
メンバーの中でも第2世代能力《不敵》に至っているのは、ジュン・ギンガーと亀龍院珠だけ。
そんな超優秀な2人を船の護衛に任命する理由がミナトには理解不能だった。
「それになんでオレまで聖都についてこなくちゃならないんだ? 正直なところ昨日のあれやこれやで体中ギッシギシなんだぞ?」
そうでなくとも数の少ない第2世代を2人置いてくるなんて暴挙でしかない
これでは戦闘はおろか急な事態に対応できるはずがない。
なによりミナトは己自身を遠征へ抜擢する理由を見いだせずにいた。
「元々戦闘や警戒の類いは考えていないから安心していいぞ。それになにより お 前 の助けた聖女様の護衛のほうが道中頼りになる」
東の言っていることはもっともらしい。
だが気になる部分がある。お前の、の部分にやけに意味深かつ強めなアクセント入った。
ここでようやくミナトにも東の企みが透けてくるというもの。
「つまりオレをテレノアと護衛騎士たちを操るための餌にするってわけか」
キレイに敷き詰められた石畳に唾を吐きたくなるくらいには、理に叶っていた。
昨晩のこと。ミナトは、ビッグヘッドオーガの魔の手からテレノアの命を救うという大立ち回りを決めている。
守護する護衛騎士たちも、そう。危うく聖女――というたぶん凄い要人――を救われたという1件に感謝をしているはず。そのおかげがあって少なくとも敵対はしていない。
つまりミナトという恩人をぶら下げている限り相手も強くはでれないという小悪党的な算段だった。
「はっはっは、そうブスくれるな。お前のやった救出劇はマジでヤバいほど俺たちの追い風になってくれている」
「ほんとかよ? どうせ頭のなかでは海老で鯛でも釣った気分なんだろ?」
「お前は自分が海老だと思っているのか? 俺の目には生意気なモグラくらいに見えるがな」
そう言って東は、般若面のミナトを前に、カラカラ高笑いした。
たまたま仲間と合流する道中で助けた少女がなんと高貴な出所だった。偶然もいいところである。
しかしそのおかげでイージスのメンバーたちは窮地を脱した。濡れ衣の誘拐犯のという不名誉な罪人から聖女を救出した客扱い。昇進叩き上げの最高ランクな昇格具合を遂げる。
しかも墜落したのは見知らぬ土地。どころか未開惑星で、現地住民たちとの信頼と連携は酸素と同じくらい必須だった。
「それにしても珍妙な星よねぇ? 特色ある7種族だかがうじゃうじゃと、さらに十把一絡げに住まうなんて、人間の私たちからすればちょっと信じられないかな?」
「あはは……人間だけでも争いが絶えないからねぇ~」
夢矢が力なく愛想笑いをすると、ヒカリは目もくれない。
どころかはふぅ、と。乙女よろしく切なげに吐息を漏らす。
「なんか色々ありすぎてどうしたらいいのかまったくわかんなくなってきちゃった」
女性にしてはショートの髪を指先くるくる巻いて切なげなに中空へ瞳を逸らした。
思うところは多いのだろう。だが今は、まだその段階ではない。
なにより全員がすでにノアの現状を知っている。ノアの魔女の話をミナトからすべて伝え聞いてしまっていた。
ただ東という男だけは顔色ひとつ変えてはない。どころか鼻歌なんて奏でながら意気揚々と大股で歩いている。
「ああちなみにこの世界そのものがまるまる大陸1つで構成されているらしいぞ。本物の神も天使もいるし大陸自体が創造主の与えし豊穣の大地。そしてそれこそがここルスラウス大陸世界なのだとか」
一党はもうなにがきても驚かないくらいには驚き疲れている。
なのだがそんなメンバーたちでさえ東の注釈に再度呆然とするしかない。スケールが大きすぎた。
科学の揺り籠宙間移民船ノアが存在し得ない世界。都のなかどころか世界規模で人という生物はここにいる4人だけということ。
「ここは正真正銘の異世界、ルスラウス大陸世界。如何に姑息な手を使ってでも順応出来るかがこれからオレたちの鍵になる」
ってことだよな? ミナトは指の気泡を抜きながら尋ねた。
東は、ふっ、と片側の口角を上げて「上出来だ」首を彼のほうへと傾ける。
「あまり不安がるな若人たちよ。なるべくくまなくこの世界を楽しみ尽くしてやろうじゃないか」




