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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
Chapter.4 【エニシの異界&ルスラウス大陸 ―The Perfecty WORLD―】
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91話 友よ、還らぬ日々よ、再起の警鐘《WAKE-UP Call》

挿絵(By みてみん)

記憶で確定した

友の死


涙溜まる

どん底の淵


せめて

人として

生きられたなら

 放牧地を越えると牧歌的な風景は唐突に近未来へと姿を変えていく。

 畜産が臭い汚いなどという考えはもはや過去の異物。家畜とは人々の暮らしを支えるエネルギー源になっている。

 野菜も人の食べぬ部分は飼い葉となる。でた糞は老廃物はバイオ燃料の素材となって人々の暮らしに還元される。その燃料から生みだす電力は家畜を育てる機械を動かす動力にもなる。

 生き物に捨てるところなどない。それは家畜も人も根本的な部分はまるで一緒。死して灰となる火力までもがすべて人のために使われている。

 そうやって社会科見学よろしく流れ作業をガラス越しに眺めているうちに、面々は一室へと案内された。


「ここが畜産区画の居住ルームだ。つっても機械のメンテやコントロールのすべてがAIだからな。俺ら責任者や労働者はいるだけの仕事って感じだ」


 ついた場所は、こじんまりとしたノアの船内によくある見慣れた部屋だった。

 エアーで反発力を変更可能なベッドが部屋の両端に1つずつ、中央に平たく長いテーブルが置かれており私生活間のある小物が散らばっている。

 出入り口とは異なるエアロック式の扉の向こう側にだっておそらくキッチンとユニットバスに繋がっているのだろう。区画は違えどテンプレートをコピーしたような凡庸たる空間が広がっていた。

 尋ねてきた一党はディゲルに促されるまま卓につく。と、全員が着席したあたりで結い髪2つと白い裾がぴょんと跳ねる。


「あ、私お茶をお淹れしますね! 信さんは前と同じ抹茶の濃いめですよね!」


 信は、さも当然の如く「……」無言で椅子に腰を落とす。

 なのにチャチャは「はーい!」と、子兎のように元気よく隣の部屋へ駆けていった。

 部屋の境となる2枚のエアロックが順番に開き閉じる音が消えると、途端に静寂が訪れる。


「ほんでオメェが見たってのは本当にミナトだったのか?」


 彼の対面に座したディゲルが大仰な肩を回し回し問う。

 信はしばしの沈黙をまとっていたが、とつとつと語りはじめる。


「ああ……あれは、間違いなくミナトだった。アイツを探しながら管理棟の真下へ差し掛かったとき俺はノアの白光現象にでくわした。そして足を止めて描かれた空が宇宙へと変貌していく様を見上げた。その時ちょうど膨大な宇宙にアイツが横切っていくのが見えた」


 無口な彼にしては珍しく饒舌だった。

 しかも語るのは事件後の記憶。


「俺は……っ! 俺は……宇宙にアイツが放りだされていくのを指を咥えて見てるだけだった……!」


 そして信の独白でもあった。

 背は丸く頭を垂れる。膝の上に置かれた拳が裾を思い切り握りしめふるふると震える。

 彼は、旧知の友が2度と会えぬ場所へ旅立つ瞬間を見てしまっていた。残るは呆然と見るばかりで助けられなかったという後悔のみ。


「頭が真っ白になってなにもできなかった……! 俺のもつ第2世代フレックスを使えばあのまま上空のガラスを突き破って宇宙に飛びだすことは可能だった……! なのにあの瞬間の俺はそれをしなかった……! ミナトを失うことよりも自分の命のほうを優先したんだ……!」


 常人ならば難しいことでも、彼の力だったなら過信ではないのだろう。

 空を形成する生体ガラスを突き破って宇宙空間に飛びだす。第1世代能力があれば呼吸の心配は無用。そこから重力を操りミナトを捕まえノアへ戻る。

 しかし信はそれをしなかった。だからこれほど墜ちてしまっている。


「きっとあの時のために俺は己を鍛え食い縛りながら生きてきたんだ! それなのに肝心なときになにもしてやることができなかった!」


 しとしと、と。重力に従って垂れる前髪の奥に涙が横切る。

 呼吸も荒く、拙い。唇が嗚咽の音を刻む。


「あー……もう黙って良いぞ。相手にメソメソされるのは野郎だろうが女だろうが関係なく面倒くせぇ」


「……っ、すま、ん! 護るって、やくそく、守れなかった……またみんなで、会うってやくそくを!」


 ディゲルは手で顔を覆いながら低い天井を仰ぐ。

 大袈裟なほど息を吸ってから長く長く肺の中を絞りきる。


「とりあえずお前の自供でミナトが死んだってことは確定した。それが知れただけでも十分な働きだ。おかげ様で下手な希望をもたず感情のすべてをアイツの鎮魂に宛てられる」


 2人の話に入りこむ余地などありはしない。

 ただ杏と久須美も、友の死が確定したという事実を受け入れるしかなかった。

 宇宙に肉体1つで放りだされ生きていくのは不可能だ。たとえ宇宙用の装備を調えていたとしてとうに酸素は尽きている。確実に。


――……ミナト。


 事実を知った脳が失望というパニックを引き起こし空白を映している。

 そうであろう、と、そう、はまったく違う。現実に突きつけられてようやく理解(ワカ)らされる。

 おそらく実際に見てしまった信の心中はこのていどの衝撃で済まない。実際に彼は事件の後5日間に渡ってなにもできないほど打ちひしがれていた。


「あら? 信さんどうかしたんですか?」


「――ッ! ちゃちゃさん……なんでもない」


 盆に熱々の茶を載せたチャチャがキッチンから戻ってくる。

 信は彼女に涙を見せぬためか慌てて顔を逸らす。

 チャチャは様子がわからぬといった表情でしばらく目をぱちくりと瞬かせた。

 だが、すぐさまほんのりと柔らかい笑みを浮かべる。面々に順繰りと茶を配膳していく。


「それで良いと私は思うんです」


 ことり、ことり。置かれていくとテーブルのあちこちから蒸気が上がる。

 入れ物に統一感はあまりない。やけに味のある色合いの湯飲みやらピンク色のマグカップなど。


「ディゲルさんはミナトさんの最後の言葉を守るため私にめそめそすんなって怒ってくれました。それはディゲルさんがミナトさんのことを心の底から大好きだったからです」


 そして簡素かつ底の浅い客用の湯飲みはない。

 どれもが独特で特徴的な形をしていた。


「でも私だってミナトさんのことを本当の弟のように大切に思ってました。ですけど、ディゲルさんのように振る舞うのはとても苦しくて難しかったです」


 客人である杏と久須美の前にも独特な特徴をもつ2つのカップが置かれた。

 そこで杏は気づいてしまう。


――これってまさか……アザーで使ってたやつ? じゃあコレってミナトが使ってたカップかしら?


 カップを両手で包み込むと掌にじんわり熱が伝わってくる。

 杏の手元には青と白のストライプ柄が。久須美のところには淡いミルクティー色をしたカップが配られていた。

 配られたのは2人分だった。今ここにいない別の誰かが使っていたであろう2点。


「だから結局のところ信さんも同じなんです」


「……同じ? 俺も?」


 全員分の配膳を終えたチャチャは、盆を形の良い胸元にぎゅう、と引き寄せた。

 それからようやく顔を上げた見目良い青年へ、彼女は暖かな日差しのように微笑を注ぐ。


「信さんも信さんなりにミナトさんを大切にしていたんです。だから急がず慌てず信さんは信さんのやりかたで立ち直ってください」


「……俺のやりかた……」


「そしていつか立ち直れたならミナトさんの言葉を思いだしてください。あのかたが望むように前を向いて歩きだせればきっとミナトさんも喜んでくれます」


 チャチャは未だ引きずる信の頭を幾度となく優しく慣らしてやる。

 毛並みの悪い犬を寝かしつけるよう何度も、何度も。笑顔を絶やさず、ずっと。


「ディゲルさんの声が大きくなっちゃうのは自分だって悲しくていっぱいがんばって耐えてるからです。自分は周りの人たち以上に悲しいけどそれでも我慢してるんだぞ、ってムキになってるだけなんですから」


「おいチャチャオメェもう黙ってろ。頭ンなかガキのままが癖になっから放っとけ」


「……ゲィゲル……ごめん、俺だけが悲しんでいいわけじゃないよな……」


「チャチャのいってる戯れ言を真に受けんなっつーのアホが。人は産まれたらそのうちひょんなことで死ぬんだ。あとはいつかくる日の覚悟が出来てるか出来てねーかの話ってだけだ」


 まるでテーブルに配られたカップのよう。

 元アザー暮らしの3人ともが統一感がなく、てんでちぐはぐ。

 アザーという過酷な土地(テーブル)で支え合って生きた彼らとカップはとてもよく似ていた。

 まるで寄せ集め、なのに彼ら血の繋がらぬ偽りの家族がそこに生きた証にすら見えてしまう。


「いただきます」


 杏はひとことを添えてから青と白のストライプ柄から茶を啜った。

 淹れ立てだから舌が痺れるほどに熱い。ほのかな苦味と豊かな香りが口内を抜け鼻腔を爽やかに抜けていく。

 現在もまだ引きずっているのは、きっと誰も同じ。

 そこに大小や上下はないと断定できる。初対面だろうが旧知だろうが悲しみは悲しみで一括り。格差はない。


「でも信さんおっきくなってもあんまり中身変わらないみたいでほっとしました。変な虫につかれてたらどうしようか心配だったんですからね」


「あ、いや……変な虫につかれてたといえばつかれてたんだけど……なんでもない」


 そんな信とチャチャによる家族の光景を横目に、太い喉からとっぷりと吐息が漏れた。


「そろそろお嬢ちゃんたちがここへやってきた理由とやらを聞かせてみろや。こっちに余計な気を遣う必要はねぇから話を先に進めっちまおう」


 ディゲルの鋭い視線を向けられた久須美は、ひくっ、と華奢な肩を揺らした。

 まだ若干の怯えている。いちおう敵ではないとはわかったのか構えるほどではないが。


「ど、どうして貴方様のような将官クラスの御方がこんな場所でご隠居のようなことをなさっておられるんですの?」


「うちんところお姫様は都会の空気に馴染めねぇ肌質してんだよ。それに俺も家畜育てんのがわりかし性に合ってたんでな、東に許可をだしを頼んでのんびりやらせてもらってるだけだ」


 それは《マテリアル》のメンバーがアザーへ降り立った際にミナトから教えられていたことだった。

 チャチャという少女は、色々あって――誰も問い詰めることはしなかったが――重度の男性恐怖症なのだとか。

 そのためなるべくならジュンを近づけないで欲しい、と。ミナトはチームに頭を下げるほど懇願していた。

 ジュン自身は持ち前の気楽さで快諾し事なきを得ていた。が、やはりノアとアザーでは勝手が違うということだろう。


「んなこと聞きにきたんじゃねぇだろ。ま、お嬢ちゃんたちが俺になにを求め、なにを知りたいのかは、だいたい想像つくがな」


 ディゲルは岩盤の如き尻を浮かし姿勢を正す。

 口元に不敵な笑みを作りながら座り直すと、椅子が巨体に悲鳴を上げた。


「そうね、さすがはその身1つで無法のアザーに秩序をもたらしただけのことはあるわ。話が早いのは多くの利点を産み人の魅力を高める美点よ」


 杏も負けじと、「ひょぇぇっ!」悲鳴を上げる久須美を無視し、脚腕を組んで顎を引く。

 ここからが交渉(ネゴシエート)だった。

 目的は、如何様にしてこのやり手の巨漢から了承という報酬を得るか。

 簡単ではない。が、やり遂げなければならない。ある意味で難題の関門である。


――権威と功績はこの先の人々の心を掴むという順路で必要不可欠。彼の協力を得て初めて計画の1手が組み上がる。


 どん底から這い上がる。

 人類とは安易に潰されるほど容易ではない。


――母さんが最後の時まで模索しつづけたこの《チームシステム》で、どこまでも這い上がってみせる。


 固い決意は揺らげども、決して曲がることはない。



○  ○  ○  ○  ○

挿絵(By みてみん)

むんっ!

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