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74話 第零世代フレクサー《Venus》

ワタシタチハ

ユルサナイ


ホロベ

セカイ


トザセ

ミライ

 執務室を後にし、そこからのことはあまりよく覚えていない。

 なぜ自身がこの場に立っているのかさえ意識の外にある。

 管理棟エレベーターの最上階からここまでは1本で直通だったからかもしれない。

 円筒状の箱が高速で下へ下へと潜っていく。


「都市伝説騒ぎは艦橋地区の4層……それでオレが戦ったのはこの先にある5層……」


 偶然か? 斑によぎる明光が覚悟の表情を照らす。

 手には蒼き流線型を帯びる。制服の背には盾の文様、肩に五芒の誓いを乗せた。

 心音は高鳴るも、心はすでに完結している。ノアの民たちの思いを聞き届けてなおのこと勇気と気迫に昂ぶっている。

 階層を示す液晶はとうに0以下を表示していた。円筒は、搭乗者をより深く、より深淵へと誘う。

 あの日運命の分岐路となった現場へと、仮初めの英雄が導びかれていく。


「予想が正しければこの先に真実が眠ってるはずだ。じゃなきゃオレの読みも腐ったもんだな」


 言葉にしてようやく己が真実の究明を目的としていることが定かになった。

 ただ1人。冷笑を浮かべながらノアの核となる管理棟第5層を目指す。

 エレベーターの下降した先で待っているのは、ただ1つきり。コンサーヴェーションルームと呼ばれる人工の結晶窟。

 7代目人類総督長岡晴紀(ながおかはるき)と決戦を行ったマザーコンピューターが眠る。


――なぜノアの民はアザーの情報にあれだけ暗い? ノアの民にとってもアザーの情報は喉から手がでるほど欲しいはず?


 勘違いするなかれ、これは決して無謀や偶然ではない。

 導かれているのではない、運命などでもない。

 勇気と覚悟でこちらから出向いている。


――なぜあの日フレイムウォールは勝手に解除された? 長岡晴紀の生命が途絶えあとなにかがあった?


 情報が、幾億幾兆もの分岐の収束をもたらす。

 疑問と疑念が導きだした。その答えこそが真実の呼び水となり得た。

 ノアの民たちは赤壁の解除をミナトがやったことだと信じていたが、断じて否、違う。

 事実ミナトはなにもやっていない。あんな死に体で細やかな作業なんてできるものか。


――どうしてマザーコンピューターは革命以降ごく1部の施設と情報を解禁した? それでもまだアクセスできない区画があるのはどうしてだ?


 思考の海へより深く飛びこむ。

 民のなかには、マザーコンピューターの再起動が復興の兆しと捉える者もいた。証拠にマザー再起動から数日と経たぬ間に色々なことがノアに起きている。

 閉ざされていた施設に光が灯った。そこから最新鋭の艦船や兵装などが発掘された。マザーと接続可能となったALECから様々なデータを更新可能となった。

 これだけ聞けば民たちにとって希望。考えれば考えただけ、体よく辻褄が合っていく。

 そこにあるパズルのピースがパチリパチリとはまっていけば一喜一憂もするだろう。が、正解だという保証もない。


「……できすぎてる。なにもかもが繋がってる気がしてならない……」


 ミナトの脳裏には暗躍する影がちらついていた。

 エレベーターが闇の昇降路を通じて下る。抜け出た先には広大な空間が広がっていた。

 硝子素材の円柱の外には幾千というシリンダーがずらりと並び尖っている。革命の緊張感の最中では目に映らなかったものが、今なら鮮明となる。

 そしてオーバーフローした表示が下層を示すとき、ぽーんというシニカルな音色が底への到着を告げた。

 両開きの扉が口を開けると、ミナトは迷いなくコンサーヴェーションルームに足を踏み入れる。


「この部屋はいったいなんのためにあるんだ? シリンダーのなかでなにが蠢いている?」


 1度通った道だ。大扉へつづく道を歩調を早く、恐れることなく、進んでいく。

 走りはしない。しかし歩くよりも歩幅は大きく、靴音高く。

 速度に合わせて左右で硝子の塔が流れていった。薄暗い部屋を敷き詰めるように結晶の如く幾千とそそり立つ。


「過去人間たちはいったいどうして地球を捨ててまで空を目指した? このノアって船はどうやって作られてどこに向かう?」


 部屋の端まで辿り着くと障害となる大扉。その開閉パネルを殴るようにして開かせる。

 自らの意思で狂気を選ぶ。あの時と同じ、長岡晴紀を絶命に至らしめたときと同様。

 強引な操作で伝達を受けとった大扉が、大袈裟な軋みの悲鳴を上げながらゆっくりと大口を開けていく。


「……ふぅー」


 待機時間を利用し両手両足をぷらぷらとさせ力みを逃がした。

 柄にもなく緊張していた。人は本能的に孤独と闇を恐れる。先の宇宙空間でもそうだった。


「もし都市伝説の幽霊騒ぎの終点がここなら……いるよなぁ~?」


 やだなぁ~。渋い顔で大扉を扇ぐ。

 当然裸の幽霊だって怖い。できることなら対面したくもないし、一生見えなくてもいい。

 それでもなんとなくとはいえここまできてしまっている。しかもタイミングを逃せばもうこの部屋に立ち入ることすらできなくなってしまいかねない。作業員用特殊キーカードの放置もすぐに気づかれてしまうことだろう。


「あ”~……いくかぁ」


 クッション性のない壁に乾いた音が2度ほど反響し、微少に木霊した。

 頬を軽く2回ほど叩いてから開ききった大扉の奥へと歩みだす。

 暗闇を抜けた先もまた暗闇がつづく。

 広さはグラウンドほどもあるし、伽藍堂のような開放感のある静けさが薄気味悪い。当たり前だが人の気配は微塵もない。

 ミナトは恐る恐る首を回し、目を細め、周囲に視線を巡らす。


「いちおう清掃されてるのか血の染みだってないし戦ってできた傷もなにも残ってない。ってことは誰かしらが掃除しにここまで入ってこられるってことになるな」


 決戦の傷跡も消えていた。

 あれだけ死闘を繰り広げられた場所だというのに床もなにもかもが新品同様に戻されている。

 こつり、こつり。響く靴音は1人ぶんだけ。後ろからついてくる影もなければ自分の影もまた闇と同化している。

 ここにはなにもないのだ。幽霊がでてくる前触れすらないし、こんな場所に出向く阿呆も1人くらいなもの。

 ただあるとするならば正方形の形をした広く大きな部屋のちょうど中央に、特大の円柱が立っていることくらい。

 その根元まで辿り着いたミナトは、しげしげと硝子の円柱を見上げる。


「あの馬鹿艦長がコイツに触れたときなかからなんかでてきたんだよなぁ?」


 ぺたぺた、と。無作法に触れてみると仄かに暖かい。

 しかし他のシリンダーと同様。磨りガラスのように曇っているためなかの様子は確認できそうになかった。

 内側からは薄く桃色の光が漏れてきており、やはりというかなかでなにかが動いている。


「なんで足下にこんなもの気味悪いものがあるのに誰も興味をもたないんだ? っていうか未開の惑星よりこっちのほうがよっぽど未知のご近所さんだろ?」


 明確化はできない。が、なにかがおかしかった。

 まるで喉に痰でもでも絡んでいるかのよう。鵜呑みにできぬ不快感がある。

 ノアの民たちは白痴とまではいわずとも芯を知らなさすぎた。ところどころの情報がまるで穴の空いたチーズのように疎かになっている。

 アザーの探索をメインに添えるのにAZ-GLOWの生体すら知らぬ。それ以外にもアザーの旧文明跡の存在すら認識していなかった。


「…………」


 ミナトはしばし時を待つ。

 瞳を閉ざし呼吸を深く。思考しながら闇のなかに佇む。

 しかしやはりなにも起こりようがない。


「帰るか」


 そして踵を返す。

 後ろ髪引かれる思いを残しつつ、硝子状の筒に背を向けて帰路につく。

 と、1歩目の足裏が床に引っつく直前――聞こえた。


『ヨウコソ』


 足が止まる。背筋が凍る。剥かれた眼球が乾く。

 全身の神経に至るすべてが一斉に収縮を開始して筋肉という筋肉を硬直させる。

 声は耳のすぐ隣から聞こえてきた。それも今なお、そこにいる。


「だ、だれだッ――お前」


 あまりの恐怖に喉が詰まって呼吸不能となった。

 体中の血流が冷気を乗せて全身を猛烈に巡っていく。受けとった指と足先と脳があっという間に凍えてしまう。

 ミナトがそうしている間にも環境は著しく彼を置いていく。


『まさか出来損ないの器がバグとして存在していたとは計画外だったわ。あそこまで積み上げた状態から道化が堕とされるなんて実に想定外よ』


 抑揚のまるでない機械のような女性の声だった。

 感情の欠片すら響いてこない。冷え冷えと寒々しい。


『7京回ほどの軽いシミュレーションを行ったところ革命が1固体の犠牲のみで終焉を迎えることは皆無。しかしアナタという想定外のバグが現れたことで帰結路が3万通りほど増加する』


「な、にをいって――っ!?」


 ミナトの視界の端に光がよぎった。

 はじめは薄く、徐々に濃厚に、蒼い光。

 ちょうどこの機械めいた女の声が発される耳元辺りから光が満ちていく。


『そう。本当ならあそこで1度目の選別が行われるはずだった。以降よりの絶望に耐えかねる生を貪る愚図を選ぶための選定選別』


 ひたり、ひたり。足音とともに光と声が遠ざかっていく。

 そして逆に背後から蒼き光が怒濤の勢いで膨れ上がっていく。


――数、やば、なんだこれは!!?


 ミナトは肩で呼吸を刻みながら絶望する。

 己の影が濃く長く伸びていく。背後から発される光が強くなればなるほど絶望感が背にのしかかる。

 無能の身でもわかるほど。気配という胡乱で生半可な感覚が警笛を鳴らしていた。

 それも1や2、100や200では済まぬ。もっと複数の数えきれぬほどの……なにかがいる。

 そしてもっと多く壁のように巨大な存在の波が濁流の如くミナトの背に降り注ぐ。


『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』『ヨウコソ』…………


 まるで雨だ、あるは嵐。

 そのすべてが同じ声で同じ音程で同じ音色だった。


「ヒッ――……」


 ミナトは逸脱するほどの恐怖に心が折れかける。

 勇気を発揮し振り返った先には、目の眩まんばかりの蒼き白光が満ち満ちていた。

 そのどれもが存在。2手2足。あの時7代目人類総督である長岡晴紀が従えていた、人間によく似た光体の群れ。


「おまえ、らは、なんだ!?」


 閉じきりかけた喉からかすれた声をようやく吐きだす。

 かすかすな空気の漏れる音とともに問いかける。


『第(れい)世代フレクサー』


『フレックスの始祖、その先』


『宙間移民船ノア』


『母から生まれし並列思想による文化形成の果て』


『人類を導く思想体』


 聞こえているはずなのに耳から情報がなにひとつ伝わってこない。

 どころかミナトはようやく振り返って、息を呑む。


「お前らは、ひと、なのか? 第零世代……フレクサー? なにをいってるのかまったくわからねぇよ」


 それら人成らざる形成を見て美しさに捕らわれてしまう。

 ふわふわと重力を無視して浮く者もいれば、天井に逆さになる者もいるし、素足で床にたつ者もいた。

 姿形に微細な違いがある。すらりと背の高い者もいれば小さく小柄な形態までいる。

 しかしてそれは人間として見ればという観点でしかない。

 共通しているコトといえば巡りながら発する声がみな同じ。そして全員がフレックスという人のみに宿るはずの蒼き光を身に帯びていた。


『アナタは博愛の巫女に唯一選ばれることがなかった不良品なのにねえ』


『幻想を作る剣と幻想を割りだす剣。そのどちらもを託されることがなかった気の毒な子供』


『なのに神羅凪、その副作用を利用することで先代の道化に打ち勝つとは……』


『ワタシタチの予想を大いに上回ったことは賞賛に値する。しかし計画の発動を早めさせたことが勝利といえればだけど』


 少なくともコレらのミナトを見る眼差しは、塵芥でも見下すような侮蔑を孕んでいる。 

 それでいて吐くセリフもまた敵意を隠そうともしていない。

 

「計画ってなんの話だ!? ま、まさか……ッ――7代目が狂ったってのはお前らのせいなのか!?」


 長岡晴紀は唐突に狂ったと聞く。

 先代も同じ。艦長となって間もなく急激に思想を変えて人類を差別化し追い込みを開始した。

 合致する。長岡晴紀と接触していたこのエキゾチック物体共がなんらかの手を打ったとしか考えられない。

 すると群れのなかから数体がミナトの前へと降り立つ。


『ハァ。浅はかといわざるを得ないわ』


『ワタシタチはただ真実を教えてあげただけに過ぎない』


『そして結果的に同様の行動にでたというだけのこと』


『浅はかさでいえばアナタよりもあの道化らのほうがもっと浅はかだったわ』


 確証得たり。元凶はコイツらで間違いない。

 真実を知って恐怖が裏返る。


「テメェらァ――テメェらがやったのかッ!? オレたちをアザーに送ったのも、先代艦長を狂わせたのも、ノアの民たちが家畜同然の扱いを受けてきたのも、そのすべてェ!!?」


 ミナトはあふれんばかりの怒りを手中に収めた。

 今にも殴りかかってやりたかった。

 あの日あの時。この場でやった惨劇を繰り返してしまいたかった。


「どうして人を追いこむ!? どうして人を区別する!? なんでオレらを苦しめる!?」


 蒼の満ちる空間にうわんうわんと怒号が舞った。

 と、そのうちの1体が長い足を繰りだし猫のように腰を揺らす。

 そのまま真っ直ぐ怒りで我を忘れかけたミナトのほうにどんどん近づいてくる。


『アナタタチの犯した罪の精算よ。――様の愛を存分に裏切ったその愚かな代償を払って貰っているだけ』


「オレたちがなにをしたってんだ!? ただ静かに暮らしていたいだけなのにお前らが一方的に追い詰めてるだけだろうが!? あるもの全部を奪おうとしているだけじゃねぇのか!?」


『奪う? ふふ、奪いつづけた頂点に座するアナタがソレを口にするなんて滑稽だわ』


「黙れクソがッ!! その原因を作ったのがテメェらだって話してんだよォ!!」


 ミナトは脅しとばかりに左腕をソレに差し向けた。

 蒼く輝く流線型がソレの眉間へ照準を合わせる。

 なのにソレは怯むどころかニタリと両の口角を深く上げるだけ。歩み寄る足を止めることもしない。


『本当に愚かな種族。200余年に起きた記憶が少しずつ奪われているとも知らず。その果てになにも知らされることなく滅びる運命を辿るのだから』


 くつくつ、と。はじめて感情らしい下卑た音を奏でた。

 しかし蒼色の眼はギョロリと剥かれ狂気を孕む。表情も笑っているというより威嚇しているに近い。


――記憶だと? まさか……こいつらッ!!?


「お前らオレたち人類の歴史を喰いやがったな!? っ、まさかアザーの記録までいじくり回してノアの民に届かないよう改ざんをしやがったのか!?」


 通りでおかしいはずだ。人がたったの200年ほどでなにもかもを忘れるものか。

 そうなると記録を改ざんしたしたということになる。200年にも渡って代替わりする人類の記憶を、真綿で首を絞めるように、少しずつ。

 ミナトは向かいくる1体を烈火の怒りで睨みつける。


「母なる星の記憶も、なぜ故郷を捨てて旅立ったのかの理由も、この空虚な宇宙に放りだされた元凶も!? そのすべてをお前らが喰らいやがったんだな!?」


 距離をとるべく後退しながらも、気迫を発す。

 しかしもうどうしようもないことにも気づいていた。

 ワイヤーに攻撃能力はないし、この身に蒼は宿らない。

 やれることといえば怯えた犬のように吠えることだけ。

 するとソレは足を止め弧を描く胸部からハァ、と呆れ入った声を吐く。


『それをワタシタチに肯定させてアナタは満足? ならそうだと肯定して上げましょう、良かったわねぇ?』


 首がありえないほどぐったりと横に倒された。

 口元の半弧が縦向きになった。


「ふ、ざけんなよテメェ……テメェェ!!」


『1度はワタシタチに勝った上にここまで辿り着いたのだからご褒美を上げましょう。すべてを知る権利。あの道化どもが得た真実の実を食べさせてあげる』


 人と人成らざる者の距離がじりじりと詰まっていく。

 ミナトは構え崩さず、それでも打てずにいる。

 そして額に蒼く滑らかな手が伸びていく。


――イケナイ。流しこめば捕らわれる。


 唐突に同じ声が響いた。

 耳ではなく、その奥。頭の中心の辺りから聞こえた。


――っ!? なんだ頭の中に声が!?


 ミナトは後方により飛び退きながら耳を押さえた。

 はっきりと聞こえた。自分の頭の中から声がした。

 しかもこの部屋に幾度となく響いていた音とまったく同じ声。


――ソレとこの人間は他と違って価値があると見いだす。惜しいと考えられる。


 やや幼いか。成熟仕切っていない舌足らずさが際立つ。

 異常事態にミナトが戸惑っていると、あちらもまた足を止める。


『……へぇ? バグのくせに生意気ね? もしかしてアナタってワタシタチの並列思想を崩すほどの強固な思想をもつのかしら?』


――そうじゃなくてもっと感情的なものをもっている。論理や理論では説明のつかない心がもつ特殊性。おそらくそれがこのワタシタチと中央にいるアナタの心に共鳴するもの。


無垢(ピュア)のワタシが思想を変える? まさかワタシ、ワタシタチの思想に反するつもり?』


――そのつもりはないわ。けど、ここで殺すことは最善ではないと考えているだけよ。


 なにが起こっているのか。まったくもって理解に及ぶはずがない。

 なにせ頭のなかから響く声と、人型のソレが、あろうことか対話をしているのだ。

 しかしどうあってもミナトに選択の余地は残されていない。


「ッ!!」


 なにかが起こっている。それだけが値千金の情報だった。

 雑念を捨てて走りだす。

 相手の隙を見て、元きた方角へと全力で駆けだした。


『受けとっていけば良いのに、愚かな子ね。とはいえその呪いつきの身では受けとることすら困難かもしれないけれど』


 背後から嘲け笑うの声がした。

 だが、ミナトが振り向くことはなかった。


――あれは敵だ! 人類そのものに相対する敵!


 脱兎の如く帰路につく。

 理由は当然知らせるため。知ってしまったこの残酷な事実を人類に届けなければならない。


――この船はたゆたう揺り籠でもなければ人類を救う方舟でもなかった!


 コンサーヴェーションルームを矢の如く貫くように駆け抜けていく。

 水晶の如き円柱が背景となって横に流れる。

 息が上がろうが気にする余裕はなく、それでいて猶予すらなかった。

 ただ走るだけ。一刻も早く上層に昇って人々に教えねばならぬという使命感のみでひた走った。

 ありがたいことに背後から敵が追ってくる気配はない。というより追おうとする気すらないのだろう。


――あれは凶悪な獣の群れだ! 人へ復讐を企む絶対的な魔物の形態そのもの!


 ぶつかるような勢いでエレベーターに滑りこむ。

 それから開閉ボタンを連打して扉を閉ざし、迷いなく最上階のボタンを殴りつける。

 目指す先は管理棟執務室だ。頼るのならば8代目人類総督であるミスティ・ルートヴィッヒしかいない。


――電脳最下に封じられたノアの魔女だッ! 人を死に至らしめる本物の悪魔ッ!


 止めないと知らせないと。幾度も声にだして唱えつづけた。

 急く気とは反比例してエレベーターの上がる速度は遅い。その都度ミナトは馬の尻を叩くよう最上階のボタンを叩きつづける。

 そしてようやく最上階へと到着すると、円柱の扉がすす、と開いていく。


「――クッ!? どうなってんだよこれは!?」


 踏みだしかけた1歩目が寸前のところで止まった。

 目の前には広がる景色に狂気さえ覚える。

 廊下が、蒼く輝いている。赤い絨毯も、壁も、見えるあらゆるものが人の宿す蒼を帯びていた。


「まさか船全体がフレックスを帯びているのか!? あの野郎なにか余計なことしてやがるな!?」


 ミナトは1度怯みかけたが蒼を踏んで蹴りつける。

 通りで追いかけてこないわけである。小童(こわっぱ)1人追いかける必要すらすでにないということに他ならない。

 この超常現象が起こっているのは管理棟だけか、はたまたすべてか。どちらにせよ現在ノアの民全員が浮き足立っていることが窺えた。

 ならば、急ぐしかないではないか。


「ハァ、ハァ、ハァ! ミスティさんにっ、ぜんっ、ぶ、つたえるんだ! ぜんぶ、すべてをつたえて、そなえる!」


 家族が、友が、仲間が、受け入れてくれた人々すべてのため。

 走るしかないではないか。ミナトは破竹の勢いで廊下を突き進んでいく。

 そしてようやく執務室の特徴的な重厚感のある扉の前に到着する。


「ミスティさん!!」


 ばぁん、と。勢いよく扉を弾いて入室を果たす。

 も、なかに目的のミスティはおらず。もぬけの空。

 

「くそッ、まさか宙空庭園のほうにいっているのか!?」


 ミナトは1度バルコニーに飛びだし宇宙を見上げた。

 その後、執務室のほうへ戻る。ロッカーから宇宙装備一式を引っ張りだして装着し直す。

 そしてもう1度バルコニーにでてからわけもわからぬままスイッチを操作し昇降台を起動させる。

 ぐんぐん視点が上昇していくと、やはりというか――ノアの船体すべてが一斉にフレックスの蒼を発していた。


「に、200年も不動だったはずのノアが起動してる!?」


 巨大な船体が徐々に進路となる方角を変えていく。

 ソレに伴ってブースター思われる背部から轟々とした蒼炎を吹きださせている。

 200年ほども原因不明のエラーで動かなかったはずの宙間移民船ノアが、活動を開始していた。

 しかしそれよりもミナトは別のところを凝視している。


「なんだあれは……ヒビ? 宇宙空間に硝子を割ったみたいな……亀裂?」


 それは見たことがあった。

 アザーで大鎧の化け物が現れた現象に酷似していた。

 そしてまさに今、ノアの後方となった宇宙の1点に、異常として存在している。

 およそ現実的はでない、そう異常。なにもない宇宙にまるで下手くそが描いた絵のように亀裂が走っているのだ。

 しかもその亀裂は宇宙を割り、破片を吐きながら徐々に大きくなっている。

 すでに巨大。元の位置からすれば数10kmにも及ぶ果てしない大きさのはず。

 亀裂は徐々に細分化されたヒビを両手を広げるようにして広げていく。

 ピシッ、ピシピシッ、ピシッ。聞こえないはずの音が聞こえてくる。


――ヤツらが蒼に反応してやってくる。できる限りでいいから対応して。


「また声が!? 対応ってなんだッ――亀裂が割れる!?」


 ミナトの頭の中に忌まわしい声が響く。

 その直後。割れかけていた空間が限界を迎えるようにして幾億という断片と化し、爆ぜる。

 あとに残されたのは大穴だ。星々のたゆたう宇宙にデカデカと巨大な大穴が大口を開いている。


「うっ――穴に、吸い寄せられるッ!?」


 身体がグンッと引かれて吸い寄せられた。

 大穴から轟々とした謎の引力が生じてミナトの身体が吸い寄せられていく。

 それと同時にノアが抗うようにしてブースターの噴射を強めた。

 ミナトは双方向からの衝撃に耐えきれず支えである柱から引き剥がされてしまう。


「今この世界ではなにが起こっている!? アイツが着火剤となってなにかをはじめようとしてやがる!?」


 即座にワイヤーを射出し昇降機の柱へ身体を繋ぎ止めた。

 まさに九死に一生を得た。もし狙いが逸れていたら永遠の闇に裸一貫放りだされていたかもしれない。

 それでも引かれる勢いは増すばかり。身体を繋ぐワイヤーはピンと張ってこれ以上伸びようがないと、小刻みに震えていた。

 引力の向かう先は宇宙空間に開いた大穴。黒く淀む空が宇宙の星々を食うほどに強烈な引力を発生させている。

 そしてその最悪の状況がさらに逼迫してミナトの鼓膜を叩いた。


『メーデーメーデー! こちらブルードラグーン! 船周囲の宙域に不測の異常発生を感知した!』


 おそらくは止まっていたはずの歯車が動きだそうとしている。


『宇宙空間に現れた特異点に吸い寄せられる!! ダメだ!! パワーが足りない!!』


 静止していた世界が鳴動とともに劇的な変化を迎えているのだ。

 これは1つの発破点である。少なくともここにいるすべてを知る者はそう考える。


『なんなんだこれはッ!? いったいこの宇宙になにが起こっ――』


 プツッ、と残酷な静寂が訪れた。

 声の主の乗る蒼い飛行船は、亀裂のなかへ為す術なく呑まれ、消滅した。

 ソレはジュンや東たちがアザーに向かうため搭乗していた船だ。つまり命が一瞬のうちにして亀裂のなかへと消えてしまったのだ。

 手をかざす暇さえなく、ただ無力に。命を雑草の如くむしりとるようにして、一瞬で。命が途絶えた。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……! そうやって奪うのか!!? またそうやってオレから全部を奪っていくのかあああああああああ!!!?」


 ミナトは慟哭した。

 耳には未だ東の声が残響となって舞っている。

 先ほどまで聞こえてきていた声は、もう聞こえない。

 代わりに別の声が絶望の渦中に舞いこんでくる。


『ミナトお前今どこにいる!? 位置情報が管理棟に設定されているのに見つからないぞ!?』


 友、それも最も長く友である親友の叫びだった。

 電波によるALECを通した通信が、宇宙にでてしまっているミナトの元へ届く。


『なにかこの船でトラブルが起こっているんだ! あの源馬って男でさえ把握できない事態らしい!』


 どこにいるかもわからない信からの通信だった。

 この事態に及んでなお友を守らんと必死に探し回っているのだろう。

 しかしぎりぎりのところで保っていた心はすでに破砕する寸前だった。


「ダメだ正気を保てッ!! こんな、ところで終わって、たまるかアア!!」


 なおも抗おうと必死に縋るが、心はもう知っている。

 どれほど祈りを送っても天は救いの手を伸ばさぬ。

 幾度願いを捧げてもこの身に光は宿らない。

 手にした小さな光たちは抗えぬほど強大な闇に無抵抗のまま消えていった。

 昨日までそこにあったはずの温もりが手の届かぬところへといってしまう。


「う……そ、だろ……?」


 すでに心は消耗しきっていたのだ。

 今までは無理矢理に保たせていただけ。それももう限界を迎える。

 摩耗した心が悲鳴を上げることさえ止めようとしていた。


「わ、ワイヤーの蒼が徐々に薄くなっていく!? こんなこと今までなかったはずなのに!? なんでこんなときに限って!?」


 ミナトの身を繋ぐ蒼き閃光が薄く瞬きはじめていた。

 そして間もなく、ぷつ、という背の凍る感触が腕に伝わってくる。支柱と身体を繋いでいたワイヤーが解けたのだ。

 支えを失った身体はそのまま引力の中心へと吸い寄せられていく。


「クッソオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 ミナトの身体は果てなき闇へ放りだされた。

 こうなってはもうどうすることもできない。舞う嵐に呑まれた身体は2度と船に戻るさえ許されない。


――このまま死んでやるもんか……! せめて、せめて一矢報いてやる……!


 それでも抗うことには慣れていた。

 死が確定した。ならばあとは託すのみ。

 ミナトはヘルメットの横面に手を添え《ALECナノコンピューター》を起動させる。


「――すぅぅぅ!」


 やり方はあの時と同じ。

 あの時。革命の終結を告げるためやったことを繰り返すだけ。


「生きろおおおお!!」


 ノアに思いを告げる。

 すべての民にこの声を届ける。


「人として生きつづろ!! 決して獣に成り下がるな!! 辛くてもこらえて笑ってしんどい思いをしてでも生きながらえろ!! アイツの思い通りになんてなってやるな!!」


『ミナト!? その通信はいったいどこから飛ばしてきているんだ!?』


 繋ぐ。たとえこの身が朽ちようとも人の思いは螺旋となって繋がる。

 信じる。この陳腐な命が死力を尽くし、人類へと最後に届ける――勇敢で優しい歌。


『おい応えやがれ!? お前の身になにが起こっている!?』


「生きて生きて生きて生きて生き抜いた先に光がなくてもそれでいい!! 生きつづけたのなら――」


『ミナトオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 最後に聞くのが親友の声なら上々だろう。

 離れ征く白き翼に向かって笑みを投げかける。

 抗い尽くした最高の笑みで、今生の旅立ちを祝福する。


「オレらの勝ちだ……ざまみやがれ……クソッタレ」


 そしてまた1つの命が宇宙を穿つ大穴のなかへと消えていく。

 盾のチームへ残る希望のすべてを託した。





♪     ♪     ♪     ♪     ♪


《Time Limit》


















《Emergency Mission Issued》













《緊急任務発生》

《緊急任務発生》

《緊急任務発生》

《緊急任務発生》

《緊急任務発生》

《緊急任務発生》

《緊急任務発生》




挿絵(By みてみん)















Chapter.3 ***,Clear***




importance:WORLDCLASS『Hopeless』



    Extinguishing light

               but...







――――――――――




――――――――――











Distant,Distant a sky

A world far, far away

 






           








――――――――――




――――――――――








Deep Bule




Green Seed




Red Eye







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――――――












挿絵(By みてみん)

【MISSION COLOR:********】

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