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66話 明けぬ夜の人類《Shadow In The Sky》

挿絵(By みてみん)

人類の闇

未解明の数々


導無き


旗本に集う

光の粒子


盾の導くがままに

 厳粛な会議の場に若々しくも歌うような音色が響く。


「結論から言いますとあの生命の死骸は約30%が人間と酷似していました。それと報告にあった眼球が黒いという話でしたけど解剖では確認がとれませんでした」


 それぞれの《ALECナノマシン》に画像が映し出された。

 卓に着いた大人たちは解剖班から提出されたデータに目を通していく。

 先日、アザーで発見された未知の生命体は無事収容に成功した。死後ゆえに生命としての価値がなかったことだけは心残りか。


「これはこれは。また面倒事が怒濤の如く押し寄せてきますね」


 8代目人類総督補佐兼秘書は、ゲストたちに茶を注ぎ終えて己の席に戻っていく。

 誰に頼まれる訳でもなく率先して給仕をもこなす。ことこの会議という場においてもっともフットワークが軽い。

 他の大人(プロ)たちが眉間にシワを集めて資料に目を通すなか、彼だけは温和な笑みを保ちつづけている。


「30%が人間と酷似しているとおっしゃっておりましたが……他の部分には鳥か虎でも住まわれていたのでしょうか?」


 空想に描かれたモニターへ指を滑らせながら肩をすくます。

 すると向けられた笑みを返すようにして白衣の女性が身体をちょいと横に傾ける。


「腕の欠損で10%引き、下半身の喪失によって40%引きとなっておりますっ」


 天使の如き微笑が暗室のなかに咲き誇った。

 常人であれば青ざめ口を閉ざすような言葉でも彼女が言うなら意味あるものになる。

 彼女こそがこの船のナイチンゲール。医療チーム《白衣の乙女(ホワイトメイデン)》のリーダー《メイデン(ワン)》だ。

 医療チーム《白衣の乙女》は艦すべての民たちを一手に担う。

 そのなかでも彼女はプロ中のプロ。ノアで彼女の仕事ぶりを知らぬ者はいないほど。なにしろ彼女は民全員の血液型からドックでの検査結果、内臓配置までのすべてをその脳に記憶しているのだとか。


「ふむ、これはわかりやすいつまり体の損失分が50%ということですね。ならば残りの20%はどこへいってしまったのでしょう?」


 青年の笑みもさることながらだ。

 彼女の笑みにも敵を作らぬ無類の微笑とベテランの風格が漂っている。


「遺体には血液と脳がありませんでしたので残りの20%も未確認部分、つまり損失分となりますねっ」


 その発言で会議室内にどよめきに似た驚愕が滲む。


「クハハ! ずいぶんとフザケたことになってるみたいじゃねぇか!」


 髭ずらの男は品のない声でカラカラ高笑う。

 彼こそが5体満足でアザーから単独帰還した猛者だった。

 さらには1件に関与しているため重要参考人の位置づけにいる。


「それが事実なら俺が運んでたお嬢ちゃんは脳も血液もなしに生命を維持していたってことになっちまうなァ」


「我々人類と同じ頭骨の形状から察するにちゃんと入ってはいたみたいですよ」


「なら有ったはずの血潮と脳髄はどこへいっちまったってんだ。実験好きな専門家の怪盗様が盗んじまったってか」


 男は雑な髭をまさぐりながら白衣の女性に詰め寄っていく。

 かなり粗暴かつ直接的な言い回しだった。まるで彼女にお前がやったんだろう、と尋問しているかのよう。

 しかし清潔な白地の女性は微笑みを絶やさず頬横でぽんと手を打つ。


「お疑いになるのであれば是非証明となるであろうこちらの動画をご覧くださいませ」


 つい、と。指を振って《ALECナノマシン》を操作した。

 男は受け取ったデータをすぐさま展開する。


「……こりゃ解剖中の映像か? 骨に刃を入れた瞬間黒い霧が吹き出してやがる?」


「頭骨に刃を入れた瞬間にふわふわ黒い霧状のものが逃げていきました」


 厳格な睨みをされても彼女は表情1つ変えることはない。

 彼女はメディック用の極薄な手袋を帯びた白い指をくるりくるりと回していく。


「しかしどこかにお逃げになってしまったのか、はたまた剛山氏のおっしゃるとおり怪盗様に盗まれてしまったのか。とにかく私たちが肉眼で目視したときには頭骨のなかがすでにもぬけの空となっておりました」


 その発言を聞いてはもう男ですら笑っていられない。

 むしろこの1室で笑えているのは発言者の彼女だけだった。


「冗談……とは言ってくれねぇんだな?」


「私たち医療チームは常に真摯であることを患者の方々にお約束しておりますのでっ」


 男は落胆しながら眼前のモニターを横に退ける。


「……くそったれ。あの嬢ちゃんの正体ににじり寄れると思ったらこれかよ……」


 頭を抱えて卓に重い吐息を吐きかけた。

 人類が様々出会ってきた生命のなかでもあの生物は類を見ない。戦闘データの検分も行ったがすべてが未知で覆われ尽くしている。

 赤黒い眼の少女、地中を這う巨大な触手の球、天空よりきたりし黒殻の大鎧。そのどれもが今まで人類の培った科学を嘲笑っていく。

 会議室正面にあるプロジェクターが上がっていくとようやく室内に光が灯されていく。

 暗所から抜け出たときのように厳粛な空気が僅かに緩まる。集められた大人たちの口から安堵が漏れた。


「それじゃこの件に関しては突き詰められそうにないし要調査案件として保留にすべきだね」


 時間は有限。科学者の少女は伸びをしながら震える声でそう付け足す。

 ぶかぶかなサイズの白衣の隙間から白い脇がちらりと覗く。スーツが透けた未熟な腹でもぽっかりあいたヘソが縦に延びた。

 椅子の上に長時間座っているため血流が滞っている。大あくびをすると目の縁に涙溜まりが浮き上がる。


「今回の特殊性から鑑みるに1つの事象に対してあまり時間をかけていられないよ。それにあの星にはまだまだ未発見なものも多いだろうしわかるところから知見を深めていくべきかな」


 なお彼女は一室の中ではもっとも若い。

 だが発言の価値は大人以上に効力をもつ。才あってなお第2世代に至っている者ゆえに現人類にとって有用。

 これが現ノアの基盤を築く一角のありかたでもある。優秀であるものの意見は尊重されるべきものとなっている。

 もはや時代は大人=プロフェッショナルでなはない。結果を残せる者が熟達者(プロ)と呼ばれ敬われる。


「はっはっは。ならば愛くんに目下やるべきことを1点でも良いから提示してもらいたい」


 ゆえに大人も彼女を同等の立場として問いかける――導きを乞う。

 人の強さは個ではなく団である。このチームシステムの根幹を担う重要な要素(ファクター)


「会議とは反論の次に代替案を用意せねば議論となり得ない。つまるところ我々がやるべきことはいったいなんだと思う?」


 少女はしばし椅子でくるり、くるりと回りつづける。


「うーんそうだねぇ……最優先は当然唯一の資材採取地であるアザー開拓と開発かなぁ」


 思考する際の癖のようなものか。

 大人がやれば眉をしかめられかねない。が、小柄な彼女ならば未熟な子供らしいともとれた。


「別離したイザナギとの交信は途絶えたままか?」


 と、グラスハープの如き音色が久方ぶりに会議室に響き渡った。

 途端に空気が引き締まるのがわかった。長きにわたる会議の疲労で移ろっていた視線も彼女――8代目人類総督の元へ固定される。


「マザーが再起動したのであれば身体を乗せたイザナギが勘づくのも時間の問題だと思うのだが……」


 先の男と似た白羽織の女性は憂いがちに言葉を曇らせた。

 卓上で手を組み前のめり気味に背を丸くした体勢は厳格であり美貌を秘めている。

 それを聞いて科学者の少女は、椅子の回転を緩め、彼女のほうを向く。


「いちおうこっちからアプローチをしかけてはいるけどまったく音沙汰なしだね。あれでもしこっち側の発す電波が届いているっていうのなら完全に無視を決め込んでるってことになるかな」


 少女はお手上げとばかりにハンズアップしてしまう。

 対して麗しき女性のほうは豊かな胸をなで下ろす。


「あの生を捨て功を食らう貪食共がこの機に乗じてこないのは大変素晴らしいことだ。あるいはすでにこの周辺宙域に存在していないか……か」


「まあ僕らもここがどこの宙域なのかさえわかっていないからね。アザー周辺は太陽系から観測可能だった星が1つもないまさに魔境さ」


 ノアとイザナギは1つの船だった。

 しかし移民船の中核を担うイザナギの旧体制派のトップが暴走した。

 その結果、巨大となった体制は新体制を望むノア側と対立した。そしてとうとう互いの利害が一致することはないまま別離という形となっている。

 現状ノアは不沈なれど航行不能。対してイザナギは航行可能なれどマザーコンピューターという万能機を手放す。

 どちらも得はなく、しかしてそれは数多くの意思の集合体である人間らしい愚かさでもあった。


「…………」


「…………」


 会議室に沈痛な沈黙が充満する。

 革命を成功させ自由を手にしたかと思えば先に広がっているのもまた濃密な闇だった。

 未だ人類は手探りで旅をつづけている状態に他ならない。ゆえに光を求めて手をかざしつづけるしかない。


「とにかく今のノアは自由であり何者かの個人思想に抑圧されてはいない。ならば俺たちにやるべきことは1歩1歩進むことのみだろう」


 高官衣をまとった男が手狭な椅子から立ち上がる。

 中年ながら色気のある顔立ちには勇ましさと笑みが貼られていた。

 そして男はおもむろに左肩へと手を添える。


「このチームシステムこそが光を知らぬ人類に光をもたらすと俺は信じている。イザナギに巣くう元老院の連中と対立することを考えるのはもっと盤石な形としてからだ」


 肩にはホログラムの腕章が掲げられていた。

 その証を掲げているのは彼だけではない。この一室に詰められているものどころか今やノアの船員たち全員が掲げている。

 チームの証となる腕章に共通して描かれているのは盾だった。とある少年が名付けたイージスというチームが人類の旗となって存在している。

 男は順繰りに室内の人間たちを見渡し、颯爽と踵を返し白裾を舞い上げた。


「はっはっはァ! 俺たちの未来は俺たち自身で築き上げてこそだろう!」


 指をかすめ乾いた音を奏でた。

 無精髭にニヤけ面。なのに年相応とは思えないほど彼の瞳には希望が満ちている。

 そんな気休めにもならない明るさに当てられて一室の大人たちも苦笑を集めた。


「なにもわからぬのならわからぬなりの身の振り方もあろうものだ! 俺は手はず通りこれから未開惑星アザーに向かい多くの未知を採取してみせよう!」


 そうして男は再度高笑いを繰り返した。

 そんな中年の背を見ていると悩むことが馬鹿馬鹿しくなる。

 それこそがなにもわからぬなりの身の振り方であると、彼は示している。


「ではそのように。新種であるAZ-GLOW(アズグロウ)(マター)のサンプルを発見ししだい我々《白衣の乙女》のもとへご提出してくださいっ」


 白衣の女性は彼の背を見て一瞬目を丸くした。

 だがすぐに柔和な笑みを浮かべながら去って行く男の背に深々と礼を送る。

 遠ざかっていく高笑いを聞きながら「フフ、叶わんな……」人類総督も耽美な眼差しを細めた。


「会議はこれにて終了としておこう。各々自分がやれることをチームと分担して行ってくれ」


 彼女の合図で一室の皆がやれやれと頭を横に揺らす。

 皆があきれ顔で見送る男の羽織りには、《祈り女神の紋章(エンブレム)》が描かれていた。



…  …  …  …  …  …






挿絵(By みてみん)

「・・・ですぅ」

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