59話【VS.】禍ツ繭 黒ノ使者 U黒NKO族WN
一党らの前に漆黒の甲殻がそびえ立つ。おどろおどろしく触手の集合体が脈を刻む。
そうしてなおも地響きを食うようにしながら地の底からあふれる黒き泉を浴びて巨大に成長していく。
「優秀なアザーのガイドさんに聞きたいことがあるんだけど?」
すらり、と。杏は紅の鉄塊を自然な流れで引き抜いた。
すでに戦いの構えは万全。体表面には薄く蒼が張られている。
いっぽうでミナトは険しく表情をしかめながら異形を垣間見ていた。
「オレがあんな悪趣味の集合体みたいなヤツに詳しいと思うか? もし初見じゃなかったらとっくに逃げ出してるぞ?」
「聞いてみただけよ。期待はしてなかったけど、いちおうね」
杏はすん、と澄ましながらこくりと頷いてから再度異形を睨んだ。
やや後方に構えた愛も急ぎのモニターを展開させる。
「地下を這い回って穴ボコだらけにしてくれちゃってたヌシの正体見たりって感じだね。少しずつ地下の体積を減らしながら空に向かって集っていってる」
「しかも第2次派遣のとき私たちが戦ったアズグロウの親みたいなヤツで間違いないと思うわ。まったく嬉しくないけどようやく対面出来たってことになるかもね」
「おっけーおっけー。なるべく早く解析を済ませるからちょっとお時間よろしく」
杏と会話をしながらも指は素早くデータを打ち込んでいく。
未知の相手に対してこちらの知りうる情報はあまりにも少ない。収集と解析を率先して行っていた。
流砂となった大地から湧き出すように無数の触手が波を打つ。そうやって異形は上空に掲げた黒い球体と同化しながら膨れていく。
「――くるッ!」
アプローチは唐突だった。
球体がとくりと鼓動を跳ねさせると、もっとも近くにいる杏のもとに無数の触手が群がっていく。螺旋状に絡めた触手が凄まじい速度で彼女へと襲いかかる。
しかしいち早く敵の動きを察知し、行動を終えていた。
「くっ、やっぱりその見た目で友好的なわけないわよね!」
杏は飛翔することで初撃を回避していた。
地上から離れれば自由はない。さらに球体は追撃の2打目を彼女目掛けて放つ。
質量は通常のAZ-GLOWと比較にならぬ巨大さ。そこからぶおう、という生々しい音を引き連れうねる腕を振り払う。
「そのていどこの間みたいに切断し――ッッ!?」
杏は勇敢にも手にした剣で切断に挑戦した。
しかし空中では踏ん張りがきかぬ上に威力そのものが乗らない。刃が螺旋状に強化された触手へ僅かに食いい込んだだけ。
「斬れない!? う、きゃあああ!?」
しなりをつけた衝突が彼女に直撃した。
小柄な身が弾かれ、そのまま10数メートル先に吹き飛ばされてしまう。
「いけない! 《不敵・スタブ・Τ》!」
瞳に蒼を宿した珠が素早くそちらへと手をかざす。
すると杏が吹き飛ばされた方角に蒼い円が生み出された。
杏は空中くるりと回転してからそのほぼ垂直な円に片足を乗せて勢いを殺す。
「助かったわ! ナイスよ!」
そのままぐっ、と。空中に浮いた足場に脚力を乗せて再度敵目掛け跳ぶ。
黒き球体も無数の触手をもって彼女の再来を迎え撃ちにかかる。
とてつもない数の触手が放たれ、彼女は地上を転げるようにかわしていく。ときに切断にいたらずとも打ち返す。
とてもではないが1人で相手出来るような質量ではない。人の体積と比べて敵はあまりにも巨大すぎた。
獅子奮迅の舞いを前に、龍印の騎士たちはより鮮明な蒼をまとい、立ち昇らせる。
「このまま杏さんにお任せしながら眺めているだけというわけにはいきませんわね」
帯びているガントレットの甲が煌びやかな蒼を強めていく。
久須美は握る拳を締め、緩める。調子を確かめながら腰を深く沈めた。
「攻撃は鞭のようにしなやかだけど、曲線を描くタイミングはもう見てるからいくらでも対処可能だね」
「フォーメーションは対固体用のあれだね! あんなにがんばって練習したんだからきっと上手くいくはず!」
珠は首から下げていた双月の円刃を髪を振りながら両手に構えた。
夢矢もすでに弓へ蒼き矢を番えて狙い定めている。
「では――参りますわよ!」
そして身を深く沈めた久須美が、しなる白い脚で地を蹴った。そのあまりの脚力に蹴られた大地は大きくえぐれて窪みを作る。
《ナイツ1》の先行を皮切りにチーム《セイントナイツ》たちが執行を開始した。
まず久須美が先陣を駆って尋常ではない速度で杏の援護に向かう。
「お1人で踊られるとは無作法ですわよ! 勝手ながらワタクシもお供させていただきますわ!」
「久須美!? この触手かなりの弾力をもっているから気をつけなさい!」
「細やかなご忠告感謝致します! ですがご心配は無用のこと、ワタクシの力は刃物すら砕きますゆえ!」
距離が詰まったことで敵の注視が彼女にも向く。
虫が群れるよう蠢く球体から黒槍と化した腕が幾数と奮われる。
「ふふっ! まずは小手調べをお見舞いさせていただきますわよ!」
久須美は軽やかなステップで攻撃をかわしていった。
とん、とん、と。小刻みに地を蹴ってリズムを刻むも、上体の芯は一切ブレることはない。最小の挙動を把握しているかのよう。その動きは素人ではないインファイターさながら。
「急速チャージ20%!」
振りかぶった右腕の肘から杭が突き出す。甲の機構部位から絢爛と蒼があふれ瞬く。
そして塊となって向かいくる触手の束に向かって振る舞われる。
「《亜強》!!」
蒼き閃光を強めた拳が、黒矛の芯を捕えた。
ガントレットの後部から突き出た杭が、衝突に遭わせてゾン、と突き抜ける。
その瞬間久須美の手に集っていた蒼が煌々と発破した。役を終えた蒼が粒子の如く夕凪に散りばめられる。
剣でさえ分断不可能だった螺旋状が拳に穿たれた直後に粉微塵へと砕け散ったのだ。
「ひゅう、相変わらずの一点突破力ね! でもあまりはじめから飛ばしすぎないように注意しなさい!」
久須美の隣に着地した杏はニヤリと口角を上げた。
一切の嫌みを含ませず彼女の成果を讃えた。
「オーッホッホ! 第2世代には至らないのが口惜しいですがフレックスの扱いは負けておりませんことよ!」
「なら私だって見るモノ見せてやろうじゃないの!」
ぐる、と。敵の乱打を回避しながら大剣を逆手に持ち替える。
さらになにを思ったか蒼を靴裏に発生させながら蹴って空へと飛翔した。
空中で行動が制限されてしまうのは学習済みのはず。このままでは1度目の時と変わらずたたき落されてしまう。
しかし杏はそのさらに向こう側へ行こうとしている。
「さあきなさい私はここにいるわよ! 《重芯・鶴翼》!」
蒼の揺らぎを制しより高みへと至っていく。
重力制御によって体重を失った身体は、人で到達不可能なより高みへと上昇する。
無論、その後を追うように黒き茨が猛追した。下降を開始し射程に入れば最後、確実に彼女の身体を無数に貫く。
「私の能力がなぜ近距離特化なのかを教えて上げる! 《スイッチ》――……《強重芯・翡翠翼》!!」
杏のまとう蒼が橙の空で白光と白翼にへ変貌した。
急激な重力の増強によって彼女の身体は大地目掛けて鋭く急降下していく。
「はあああああああああ!!」
まるで一固体による隕石。
杏は気迫を発しながら紅き長剣を振りかぶる。下方で乱れる黒き渦をひと薙ぎに分断してみせた。
増加された質量をまとう彼女が着地すると、大地が裏返る。轟音と共に落雷の如き地鳴りが巻き起こった。
「くッ、フフ。これが第1世代と第2世代の実力差ということですのね」
久須美は一瞬虚を突かれたような表情を見せた。
が、すぐに優雅な笑みを口元に描く。生み出された暴風に煽られながら両腕で顔を守った。
そんな彼女の視線の先には、背があり、長剣が空を裂く。長剣が機構を変えて大剣へと姿を戻す。
「私についてこられるものならついてきてみなさい。それでもし遅れずついてこられるのなら第2世代の真髄は必ずアナタのものになるはずよ」
土埃に塗れても彼女の凜々しさが曇ることはない。
対して久須美は「上等ですわ!」堂々とその領域へ至ることを確約した。
先の1撃により触手の核たる球体の3分1が削げている。
しかしその欠損箇所も煮沸するように泡立だって元の形に戻っていってしまう。AZ-GLOWとの戦闘時にもあった再生能力に酷似していた。
「本当にワタクシたちの攻撃は効いているんですの? 徒労なんて冗談じゃありませんわよ?」
「さあそこらへんは敵さんに聞いて欲しいところね。私たち前衛の仕事はとにかく攻撃が後ろにいかないよう引きつけるだけよ」
敵からの攻撃はより苛烈さを増していく。
それでも久須美が加わったことによって杏へ向かう攻撃の数が格段に減っているのも事実だった。
そこへさらに追撃となる援護が加わる。
「焦点、絞り、注力……! 狙い、定め――貫け!」
ぴゅっ、と。閃光が横切った。
そのあまりの速さに音さえ遅れた。
夢矢の番えていたはずの矢は、手から離れたと同時に消失する。
蒼き残光のみが敵に向かったことだけを知覚させた。放たれた1本の矢は、届くという認識するころに触手を3本連れていく。
そしてあろうことか放たれた矢は1本なれど、1撃で済まない。
「反射角見極め完了! 真っ直ぐ進め!」
放たれて虚空へ消えるはずの閃光が戻ってくる。
珠によって張り巡らされた小さな蒼き円が、夢矢の蒼を再度敵に向かって反射させていく。
これではまるで矢の作り出す蒼の牢獄だ。閉じ込められた敵は瞬く間に触手を削られていった。
――オレは今なにを見させられてるんだ!? フレックスにはあんな使い方があるのか!?
銃座にたったミナトは共闘する仲間たちから目が離せなくなっていた。
壁の足場、腕1点のみに注ぐ蒼、重力による超高速落下、そして乱反射。とてもではないが信じられるものではない。
――やっぱりすごい! あの力はこんなにも人間を飛躍的に進化させる!
内から震えるほどの高鳴りが止まない。
感情は驚愕のみで構成されている。
あまりに効率的、あまりに柔軟。そして杏の実力もさることながらチーム《セイントナイツ》の戦闘方法は美しいとさえ思えてしまう。
「ハァァ!! 後衛、支援準備!!」
久須美が振り返りながら指示を飛ばす。
前衛の彼女が剛力で敵の攻撃を掻い潜りながら注視を稼ぐ。
そして溜めの長い夢矢と、精神集中のいる珠が、稼いだ時間で準備を整える。
「2射目いつでも! 再生するなら前衛の体力をあまり消耗させたくないね!」
「おけー! こっちは前衛の守りと後衛の支援のどっちにでも合わせてあげられる!」
およそ考え抜かれた戦法だった。
個が個の力を発揮するなかで奇跡的なまでに調和と調律が成り立っている。
これが協力と呼ばれる力であり、強力。未だ1つとなりきれぬチーム《マテリアル》とは比にならない結束でもあった。
「クハハやるもんだなぁ! 鳳龍院とこのときたらなかなかに気張ってやがる!」
(区切りなし)




