364話 おかえり《NEW WORLD》
たった1人の
望んだ世界
すべての人類が
願った未来
Turnary World Story
―三元世界物語―
教室の中は、まるで小さな世界がぎゅっと詰め込まれたようなざわめきに包まれていた。
誰かが笑い声を上げ、別の誰かが机を囲んで小声でなにかを囁き合っている。窓の外から差しこむ人工の光が春の装いを帯びていて少し暖かい。
「昨日の生放送見たか? なんでも落としてたノアの生活基盤を通常状態に戻したらしいぞ?」
「見た見たしかもフレックスの定期的な回収ももうしないとかいってたよな」
制服を着た少年たちが席を挟んで語らい合う。
「ま、ノアもこれでちょっとは生活が楽になるのかな」
ひとりが窓の外を見やりながら、ぽつりとつぶやく。
偽りの空から投射した光が教室に差し込み、木々の若葉が風に揺れている。
「でもさ、ちょっといきなりすぎてついていけないな。あんな切羽詰まってたのに肩透かしというかさ」
「わかる。昨日の夜なんて落ち着きすぎてまともに眠れなかった。しかも血とフレックスを抜かれなくなるってのも、ちょっと不思議な感じ」
2人は少し笑って、それぞれの机に目を落とした。
どこか寂しげで、穏やかで。そんな曖昧な空気が教室中に満ちている。
頬杖をついた少女は、中空に指を滑らせて本日の予習復習をこなす。
「少しずつ元の生活に戻ろうとしているのね」
ぽつり、と。漏らした独り言は、誰かに伝えるものではないのだろう。
伸びをしながら大口を開き講師を待つ。実技で測定したフレックス値を競い合う。他愛もない会話に興じつつ友との時間を共有する。そんな青春の白いページが柔らかく輝いていた。
「そういえばブルードラグーンの船員たちが管理棟に集められてたって話を聞いたぜ」
「その関係者たちも半ば強制的に招集を命じられたとか」
「アイツら半年もなにやってたんだ? なんなら葬式まで開いてたけどあれもなんかの騙しだったとか?」
どこまでもつづくような退屈な日々だったはず。
なのに昨日までの凄惨な悪夢は決して嘘ではない。
「俺、あのでっけぇ生き物と一緒に戦ったんだぜ! 肩を並べてバッタバッタと爽快だったんだからな!」
「あれ最初はびっくりしたよねぇ! で、怖くて落ちてた銃で撃とうとしたら頭のなかに直接、仲間だ! って響いてきたの!」
「それにしても強かったよねぇ。襲ってくる敵をまるで紙くずみたいに大きい爪で払いのけていくの」
教室にはいつも同じ顔ぶれ、同じような笑い声、同じ時間に響くチャイムの音。
窓際の席から眺める仮想空は今日も薄く青い。そよぐ風が気まぐれに頬を撫でてカーテンを揺らす。
なにも起きないことが、なんとなく心地よくて、どこかもどかしい。そんな飽きるほど変わらない日々を焦がれ、安穏を覚え、溶けこむ。
「いまアカデミー前にブルードラグーンのメンツと管理棟の重鎮がきてるってよ! しかもそのまま真っ直ぐ教室に向かってるらしいぞ!」
誰もが信じ難い、だけど与えられた安息に身を投じる。
そんななか唐突に駆けこんできた報にどよめきが教室中を駆け抜けた。
ざわめきは次第に波紋のように広がり、空気を一変させる。
誰かが椅子を引く音、誰かが窓の外をのぞきこむ音が重なり合う。やがて1人、また1人と。驚愕を描いて立ち上がっていった。
「本物なのか? あのブルードラグーンの船員たちが、アカデミーに……?」
「死んだんじゃなかったのかよ、いや実際は生きてたけども? まさか昨日の説明をしてくれるってことか?」
誰もが噂でしか知らない、伝説だった。
蒼き龍。ブルードラグーンは、突如消滅し船員たちは死亡したとされた。
ある意味では、その名を冠するだけで周囲が静まり返るような存在である。その彼らが、よりによって自分たちの通うアカデミーに現れるなんて、信じろというほうが無理がある。
しかしすでに廊下の遠くのほうから響く重い足音がここに届いている。それは現実の輪郭を、否応なく教えている。
そして扉が静かに開かれて、颯爽と現れたのは、あらろうことか最高指導者だった。
「さて、此度の任務、ご苦労だった」
淀みなく高潔で明瞭な女性の声が耳を触れる。
宙間移民船8代目艦長ミスティ・ルートヴィッヒは、美しき微笑を教室に巡らせた。
それだけで生徒たちは閉口し、驚愕とともに背筋を伸ばす。緩んでいた空気が冷水の如く引き締まる。そうせねばならぬというわけではないのにおのずと規律を重んじてしまう。
ミスティlは、しばしその様子を眺めて、つづける。
「幾多の困難を乗り越え、見事その責務を全うした諸君の働き、誠に見事であった。いまここに、我らはその偉業を称え、心からの祝福を贈るものである」
凜と澄んだ水を見るよう。
生徒たちは、溌剌として、母の如き彼女の一挙手一投足に目を奪われた。
蒼き星を思わせる深い青の髪は、まるで銀河の潮流のようにゆるやかに波打ち光をを受けて淡く輝く。肩まで流れるその髪の間からは、鋭さと慈しみを併せ持つ眼差しが覗いている。
「冷酷な風の吹きすさぶ夜も、容赦なき試練の朝も、諸君はひるむことなく進みつづけた。その背に背負いしは、仲間の信頼、そして己が誇りである」
それこそ民が彼女を艦長と呼ぶカリスマ性だった。
人々は彼女の視線ひとつで場の空気を凍らせも、燃え上がらせもする。
現に生徒たちは麗しくも高潔な演説に眼を湿らせ、身をすくめ、拳を握り、胸を高鳴らせた。
彼女の演説の相中で、ぞくぞくとブルードラグーンの面々が列を成して入室する。朗らかに、だが成し遂げたという英傑の足どりだった。
「さあ、胸を張れ! これより先の道に、いかなる試練が待ち受けようとも、諸君ならば、必ずや乗り越えるであろう!」
そしてミスティの発する声が勇壮さを演出する。
幕開けと、幕締め。どちらもを予期させた。
「栄光あれ、勇敢なる者たちよッ! 祝福あれ、此度の勝利と、きたるべき栄光の未来にッ!」
誰が責められるか、成し遂げし者たちが、心を揺らがす様を。
今日、この日を迎えられたのは、まさしく覚悟と努力の結晶に他ならぬ。
こらえきれずすすり泣く、結んだ祈りを胸に押しつける、空想で描く英雄をその身に重ねて表情を引き締める。そして生徒たちは、対面する者たちは、同時に左肩の腕章に拳を捧げる。
「えっと……」
余韻と静寂のなか、教室の入り口には、影があった。
しかも入ってきたのは、たったの1人だった。
靴の裏が、静かに吸い付くような足どり。すごすごと教団のほうへと腰低めに進んでいく。
真新しい制服は、どこか体に馴染んでいない。靴まで汚れひとつなく、歩きずらそうに、ぎこちない。仕立てられたように襟元は少し硬く締められ、袖口からも締められたシャツが覗く。一挙手一投足に自信がなく、身はブリキのように頼りない。
アカデミーの生徒たちはすぐに、ざわ…と。空気が震えるようなどよめきを広げる。
「すぅー……ふぅぅ」
彼だった。
浮き足立った気配は瞬く間に室内全体に伝播する、通路や回廊からも次々と人が押し寄せてくる
「イージス所属」
知っている。彼を知っている。
その目に宿るのは、静かな決意と、仲間への信頼。
そして全員の視線が一斉に彼に注がれる。そこにあるのは、憧れでも羨望でもない。
「マテリアルリーダー、マテリアル1」
この教室にいる全員が。
記憶している。
「ミナト・ティールです。今日からアカデミーの生徒としてこの教室に通うことになりました」
宙間移民船の船員が覚えている。
望み、おこがましさに伸ばした手を下げ、浮いた涙にその姿を流す。
「はじめまして、よろしくお願いします」
それと。
「ただいま」
戻ってきたのだ。すべてが。
なのに、ほんの少しだけ違う日常がはじまる予感があった。
そんな期待と希望に満ちた世界が広がっていく。
未来がつづく。
BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群―
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第2部 BREVE NEW WORLD ― (タイトル未定) ―
美菜 愛
イージス
BREVE NEW WORLD 1 ヨルナ
BREVE NEW WORLD 2 愛
BREVE NEW WORLD 3 フィナ子
Happy Halloween!!
【マテリアル※】
暁月 信
国京 杏
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《セイントナイツ》
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1枚絵
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dz
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ヨルナ dz
ヨルナ
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【龍】
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レティレシア・E・ヴァラム・ルツィル・オルケイオス
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【 天 界 】
店員さん 選定の天使エルナ・エルナ
時の軍勢
 




