361話【ミナトVS.】圧縮型惑星間投射亜空砲 シックスティーンアイズ
「 V E E E E E E E E E E E E E E E E E E E E E !!!!」
心が昂ぶって仕方がなかった。
胸の奥から湧き上がる熱情が鼓動とともに全身を駆け巡る。突き抜けるような高鳴りに魂が共鳴する。まるで運命が今この瞬間を祝福しているかのように。
「――――――――――――――――――――――!!!!」
薄汚い音圧も、枯れた大地の風塵も、身に宿す蒼によって防がれる。
空を裂いて降り注ぐ死の光。その渦中でさえミナトは地を滑るように駆け抜け、迅雷のような軌道で掻い潜った。
誰よりも早く、敵の視覚が追いつくより速く。肉体が直感で未来を予測しているかのよう。
これは本能なのだ。眼前に向かってくる球を瞬時に払いのけるようなものとよく似ている。
「シッ――ッ! 唸れヴェエルヴァ!」
食いしばり歯の隙間から気を吹く。
蒼で接続された蹂躙の暴威が龍の咆吼の如く轟き呻く。
友からの餞別。ヨルナからの最後の贈り物にて天地をまとめて薙ぎ払う。
蒼まといし巨大剣の名は、墓剣ヴェルヴァ。故、人の墓に立てられた1本の剣である。
この銀にどれほどの思いが籠められているのか、あるいはいないのか。時別れ違えたいまとなっては知る由もない。
だがこうして剣は時を超え、世界を渡った。蒼を宿し、生命を受諾し、人類を救う最後の切り札となる。
「《効果ォォォォォォ》!!!」
踏ん張ると脚元がずどん、と。大袈裟な悲鳴をあげた。
ミナトの立つ枯れた大地に円形の窪地が生みだされる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
蒼穹を裂く極大の閃光が一条。
「 V O O O O O O O O O O O O O O O O O !!!」
刹那、応えるかのようにもうひと筋が怒号を発して放たれる。
2つの殺気が交差し、視界は眩い咆哮で満たされた。光と光がぶつかり合い、火花が乱舞する。
圧倒的な制圧射撃がアザーという星を砕かんと無数に抉った。
「 V E V E V E V E V E V E V E V E E E E !!!!」
それはまるで神からの滅び。祝福を忘れた天の裁き。
熱戦が容赦なく大地を穿つ。焼け焦げ、呻き、地平は砕ける。
あらゆる命が光の奔流に跪くしかない。だが、制したのは、より暴力的なほう。
「心ごと叩きこむ!!! この剣こそが人間の叫びだッ!!!」
もはや猛獣。否、龍の如き尊大な咆吼だった。
音速で疾駆するミナトは、間合いを見切る。
亜空砲の乱射をくぐり抜けて、見舞う。
「――――――――――――――――――!?」
生まれたのは、創造の逆だった。
極大の蒼によってもたらされたのは、破壊。
「お前のせいだ、お前がいるから人は苦しむ、悲しみ喘ぐ!」
右頬への袈裟斬り。左頬へ水平な返し斬り。
「ミスティさんを泣かせたなぁ! あんなに責任感のある人が通信で悲鳴をあげるなんて! だったらノアの民はもっと追い詰められていたってことだろ!」
加えて直上から真っ向から頭の上に振り落とす。
倒れることさえ許さぬ無情な乱れ斬りが巨躯を四方からぶん殴る。
「詫びろよ! 信頼する仲間と肩を寄せ合う友と抱きしめ合う家族たちを傷つけられた人々全員に詫びろ!」
攻撃のたびに膨大な音と衝撃が爆ぜ響く。
1撃が当たるたび視界が霞み掛かるほど。あまりの速度の乗った質量だった。
あれだけ頑強だった敵の分厚く強靱な外殻が、粉塵の如く砕け散る。
「 O O O O O O O O O O O O O O O O O !!!!」
「人間は、僻み、憎しみ、ときとして奪い合う愚かなところもあるさ! 利益のみを求め争い合う手遅れなくらいバカもいる! プライドだけしかない無能や人の不幸を己の幸福だと思って醜い笑顔を見せてくるヤツもいる!」
「 G R A A A A A A A A A A A A A A A A A !!!!」
「それでも頬に触れて体温を感じ互いの距離に安堵する! 突出するヤツが遅れたヤツに歩調を合わせる優しさもある! 頭良いヤツが足りないヤツらのために人生削って新しいものを創り上げる!」
息つかせぬ攻と攻のせめぎ合い。
まるで互いの一瞬の隙すら許さぬ、緊張感の張り詰めた戦いが跋扈する。
異形の瞳の1手先を読みつづける。反応の遅れがそのまま敗北に直結する世界。攻めることでしか守れない極限の攻防。
「だからオレはッ!!! そんなアンバランスで答えのない人という種族がッ!!! どうしようもないほど大好きなんだッ!!!」
死神は、人間が大好きだった。
アザーでの生活は決して楽ではなかった。しかしそこには支え合い守り合う家族がいた。
優しく強かな兄のような存在と、ときに姉のように身を案じ妹のように愛らしい存在が、いた。
そのなかには生命の枠組みを作ってくれた恩人もいた。そして親友は自己犠牲を払ってまで、ノアに上がった。
どうして嫌えるモノか。どれほど過酷な境遇でも美しくあろうとする人を見損なえるモノか。
「ここにいる全員で生きてノアに帰るッ!! そしてこんどこそみんなと出会い直して友だちに――」
その時、閃光が暴露した。
半分ほど失った8つの瞳から完全一致するタイミングで放たれる。1本に束ねられたより強力な亜空砲がミナトの構える剣を直撃した。
ここではじめて墓剣ヴェルヴァの猛攻が止まる。
「グッ!?」
意図的としか思えぬ攻撃だった。
剣をもつ手がビリビリと痺れる。まるで巨大な腕で弾かれるような衝撃に押されるかのようだった。
ミナトは痛みに眉をしかめながらよろめき、足を留める。
「…………。いまお前生きようとしただろ?」
追撃はなかった。
ミナトは身を屈めてヴェルヴァを高く構え直す。
「オレを倒すためじゃなく自分の瞳が復活するための時間を稼ぐために撃ったよな?」
「 … … … … … … … … … … … … … … … … 」
すでに敵外殻の再生ははじまっている。
だが、潰れた8つの瞳が停滞したまま。血の如き赤い濁流をどぷどぷ滝のようにあふれさせていた。
「瞳の再生には鎧以上のリソースを費やす。だから外側を砕かれつづけると瞳の復活に支障をきたす。潰された瞳の個数が減ったぶんだけ攻撃手段も減り再生する時間が延びていく」
「 G r r r r r r r r r r r r r r r r 」
山のような存在が静かに立ちはだかる。
だがその足元。彼の者にとっては針の先ほどの小さき者だった。
全身で見上げる。退かぬ眼を返す。それどころか対等である。
「お前は1つのようで違う。16匹の命で構成される群れのようなモノだ。だから瞳をぜんぶ潰されればその図体を保てず存在そのものが瓦解する」
歪な生命だった。
否、未だ命と呼ぶことすら難しいほど。未熟だった。
己の身を守ったのが本能や反射だったのか。それとも……――知能を有するか。
人を滅ぼそうとする行動原理もさえもよくわかっていない。なにより連中は、人を殺すことより、なにか別の目的があるかのようだった。
「いまからオレはお前を破壊する。理由なんてとくにないまま怒りという感情のみで滅ぼす」
「 r r r r r r r r r r r r r r r r r r r r r … … 」
やってみろ。
朱色の8つが瞬きつつある蒼白をぎょろりと見下す。
睨み合うさなか。埃臭い風が蒼をまとう頬を撫でて通り過ぎていく。
あれだけやかましかった戦場が、いまだけやけに静かだった。ALECナノコンピューターから絶えず送られてきていたはずの通信も黙りこんでいる。
焦げ付く大地に戦いの激しさが刻まれていた。やがて自然は然として、この死闘の形跡さえ消してしまうのだろう。しかしここにいたという記憶は、この様子を見つめる命の心に深く浸透している。
あれほど轟いていた叫びも、慟哭も、いまはもう静寂という幕の向こう側だった。終わりが近いと、時の鼓動が告げている。
『いけ、英雄』
そんな大層なものじゃないただ救いたかったんだ、みんなと明日をつづけるために。
『それでいいのさ、いや……それがいい。おかげで俺は見たい景色が見られたのだからな』
そうか。それならよかった。アンタにも世話になったから、少しだけ嬉しいよ。
『あらたまって水くさいことをいうなどうせ明日からも顔を合わせるんだ』
ところで……東のいま見てるっていう景色は、いったいどんな景色なんだい?
『はっはァ、コイツは驚くぞ。なにしろ視界いっぱいに広がる――勇敢で優しい世界だ』
もう少しだけ、ほんの少しだけつづけたい。
頭のなかは思いのほか冷静で、言葉が渦巻いていて。心の奥ではまだ終わりたくないと叫んでいる。
なのに、少しずつ連なりが解けていく感覚。指先は止まり、思考は霧の中に消えていく。
つづけたいのに、つづけられないことはわかっていた。身体のなかにあるもう1つぶんのキモチが薄く遠ざかっていく。
ミナトのなかでイージスの力が弱まりつつある。白き蒼は揺らぎ、瞬く。高揚し浮かれていた熱が引いて、急に寂しささえ覚える。
「この一瞬を手放したくないのに、もどかしい。進みたい気持ちと、動けない現実。どっちも本物だからこそ、どっちも否定できない」
ただ、さよならをすることが終わりじゃない、と。
自分にそっと言い聞かせながら。今日はここまでにしておこう。
ミナトは、心を納め、特大剣ヴェルヴァを天高く構え直す。
「見誤るなよ、人という名の欠陥品を」
よーいどんの合図すらなく、走った。
過去の残影を置き去りに、振り返らず。
思い出の地に、思いすら置き去りにして、一直線に駆け抜ける。
「 G G G G G G G G G G G G G G G G G G G G G !!!!」
爆ぜる雷鳴と砂塵をかすめながら掻い潜った。
地面を蹴るたびにミナトの背後で衝撃が跡を追う。8つの瞳から放たれる光線が降り注ぐたびスピードが加速する。
景色が溶け、色だけが流れていく。――それほどの速度だった
「まず1つ!!」
すりおろすように左側に残った1つが撫で斬られた。
潰れた球体から汚泥の如きどす黒い紅を吐く。
「――――――――――――――――――――――!!?!?」
暴風と衝撃が横殴る。
2柱ある支柱の片側が浮いてシックスティーンアイズの巨躯が傾きかけた。
そこへさらにミナトの半回転した逆袈裟が斬り上がる。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
1つ、2つ、3つ。気迫に圧されるよう連鎖した。
振り抜きとともに右側の瞳が、3つまとめて血飛沫に濡れる。
「これで4つ!! あと4つ!!」
止まることは、知らない。
その光は、絶望さえも飲みこんでいく。
なにをしようと、なにを叫ぼうと、剣は止まらない。終わらせるのは――いまこのとき。
「 O O O O O O O O O O O O O O O O O !!!!」
「 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ !!!!」
ここまでくれば、もう逃さない。
ミナトは確実な歩を進めるように、1つ、1つ。敵の瞳を剣で処理していく。
上下も前後も意味を成さない。猛獣と猛獣の戦いは空間そのものを凌駕する。
斬り結び、光が煌めき、爆音と轟音が螺旋のように間断なく。容赦もない熱が、爆ぜる。軌跡が、閃く。いまが空間の法則さえを書き換える。
「 G Y A !!!」
まるで精神と命を吐きだすかのよう。
最後の1つが、振りかぶられた剣に向かって強力な光を浴びせた。
『ミナト!?』
『剣が、吹き飛ばされて!?』
仲間たちの悲鳴のような声が耳を叩いた。
シックスティーンアイズの最後の抵抗によって、握られていたはずのヴェルヴァが宙を舞う。
ミナトの剣をもつ手が限界だった。手だけではない、全身が間もなく限界を迎えようとしている。
腕は震え、呼吸は浅く、視界すら霞む。フレックス切れの兆候そのものだった。
しかし重力も、痛みも、限界も超える。それでも命を燃料に、希望を武器に、向かう。
「これがァ!! オレのォ!! 原点だアアアアアアア!!!」
中空を舞う剣目掛けて蒼き閃光が奔った。
ミナトの左腕に添えられた流線型の蒼からワイヤーが射出される。
真っ直ぐに飛びだしたのは、細く途切れてしまいそうな薄い線だった。ワイヤーは高速で剣の柄を捕まえると、絡みついた。
「《渾身大切断》!!!!!!!」
とくん、とくん。流れる鼓動は福音か。
それとも、ずっと一緒にいてくれた恩人への別れの秒針か。
ミナトは最後の瞬間に夢を見た。あの日去ってしまった女性の凜と微笑む幻想を。
いつも背中ばかり見えていた。だからいまこうしてようやく彼女と対面していられるのだと理解する。
だからやるのだ、彼女がそうしてくれたように。空に打ち上がったミナトを見上げる大勢の友を、同じように。
「 G I I I I I I I I I I I I I I I I !!?!?」
「《効果オオオオオオオオオオオオオ》!!!!!」
雲は割れ、光が差した。
星を貫くように巨大な剣が深々と突き立っている。
甲殻すら破砕し直上から刺さされた瞳が沈黙していた。16の穿たれた穴からあふれる血の濁流が止まる。形成されていた巨大が黒い霧となって欠けていく。
もう1度。あのときのように。ミナトは、青い蒼い空を押すように手をかざす。
「うううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああ!!!!!!!!」
喝采と雄叫びが至る所から余すことなく打ち上がった
突き上げられた拳のなかには、確か、が握られている。
なにかはわからない。が、確実に掴む感触があった。
崩れゆき、霧散する。16の瞳を失った山の如き巨大な甲殻の残骸が、未来を暗示する。
人類は、勝利したのだ。
〇 〇 〇 〇 〇 〇




