360話【人類VS.】圧縮型惑星間投射亜空砲 シックスティーンアイズ 5
「《神羅凪》」
初めて使用する力の上限と下限を知った。
ただ1つの戦場のみで最高の機会だった。
だが現実はそう甘くはない。この身は人であって、龍の如く英雄に相応しい器ではないから。
ここまでの戦いでフレックスと呼称される蒼にできること、できないことを学んだ。
「《イージスコア》」
胸の奥に灯っていた、ひと筋の希望。
それはずっと、そこにあった。あったことに気づかなかっただけ。しかし確かに燃えつづけている。
悔しさも、絶望も、嫉妬も、劣情も。それらすべてを呑み込んで――それでもそこにあった小さな光。
そしていま。光が、叫ぶ。
怒りでも悲しみでもない、己の大切なモノたちを守り抜けと耳元で喚き立てる。
願う、創る。立場が明確になったとき、心の底から、願いが爆ぜた。
「《始動》」
だからこれはできる。
願い伝え、覚悟としたとき、内側に眠っていた光が応じるように迸る。
痛みも悲しみもすべての感情を塗りつぶし、魂を揺さぶるほどの熱量で。
この身は世界である。
…… …… …… …… ……
砂嵐はまるで猛獣のように大地を荒らし、人々の視界を奪っていた。
しかしそのとき、空から静かに降りてきた一筋の光が、大地を照らす。
不思議な力が働いたかのように、暴れ狂っていた砂嵐はふっと消える。
辺りには静寂と柔らかな風だけが残った。
『…………』
ただ1人、そこに立っていた。
視認した人々の砕け散るような悲鳴も、焦げるような悲痛も、押し黙る。
舞い上がる砂を、一陣の意志が吹き飛ばす。揺るぎなき足どり、背筋は伸び、目はまっすぐに敵を射抜く。
その姿は、ただ立っているのではない。白光をその身に宿し、堂々と世界の中心に立っている。
『不甲斐ないッ!!! まさに忸怩たる思いだッ!!』
手には剣を。心には怒りを。身には清らかな気を。
ミナトの手には剣が繋がれている。人の質量の数千倍はあろうという超巨大な物質だった。
剣には蒼がなぞらえるようにまとう。物質の輪郭を覆うように沿われている。
『自分の力だけで勝てる、守り抜けるという驕りッ!!! 弱いくせに勘違いも甚だしいッ!!!』
通信を通して耳が割れんばかりの威勢が響き渡った。
おそらくこの回線はノアの民全員が膨張しているはず。そしてこの光景もまた人類の網膜に刻みこまれている。
「白金の蒼」
ぞくり、と。杏は腰を揺らし身を抱いた。
なにが起こったのかわからなかった。ただ内側からくるなんらかの感情が身体を戦慄させ、硬直する。
砂煙の向こうに現れたその人影に、誰もが息を呑み、刮目した。
勇壮にして静寂、凛々しさの塊。人類全員が、その背に帰ってきた英雄の姿を重ねる。
そして再び現れた英雄は、向こう100mはあろうかという剣を、その手に携え、現れた。
大地に突き立つ巨大な壁を駆け上がり、蒼を塗りつけ、柄を握って砂塵もろとも森羅万象を薙ぐ。
一瞬だったが、あの光景を忘れられるものがいるはずもない。
『だからオレはいまから借り物の力に頼るッ!!! 仮初めの翼で翔ぼうとする滑稽な姿を人類に晒すッ!!!』
人は前例なき成功と栄華の象徴を垣間見る。
其の姿は、勇猛果敢の写しだった。
『オレの、師匠は、剣聖ダアアアアアアアアアッッ!!!』
ミナトの手に繋がれた剣は、まるで天を切り裂く雷のように煌めいた。
その長さは地平線を越えてなおつづくかのようだった。
ふと振りのたびに風が震え、大地が軋む。空ほどもあるその剣が重力をも無視して振るわれる。
「――――――――――――――――――――――――!!!」
しかしシックスティーンアイズも黙ってはいなかった。
すでに修復を終えた16の瞳がぎょろりと血色の朱を剥く。
「GR――」
ごうん。まるで大鐘が裂けるかのような衝撃が大地を棘立たせた。
光線を吐く直前に剣の銀が漆黒の甲冑を横殴りにした。
尋常ではない速度と質量の刃がめりこむ。
バリバリバリ、メリッ、グシャッ、ゴリゴリゴリ。甲殻が裂け、筋がはじけ、骨を軋ませる。
巨大な異物が2つの瞳を道連れに奥へとねじこまれていく。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』
「GEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!?!?」
覇気とともに蒼き剣筋が、また瞳のひとつをもっていく。
振り抜かれた巨剣には、べっとりと赤黒い染みがこびりついていた。
百戦錬磨、勇往邁進、猪突猛進、剛毅果断、一騎当千、勇気凛々、奮励努力、敢為邁往、百折不撓、不撓不屈、勇猛無比、直情径行、そして剣戟轟轟。
いまの彼を人の推移に押しこめるには、100の言葉でさえ足りない。
「あれは……本当にフレックスなのか……? 先ほどまでの運用ならばまだ現実に留まるが……これは?」
最強の一角さえ胡乱だった。
源馬の瞳が大きく見開かれ、指先を痙攣させている。
「人以外の物質にフレックスは関与しないというのが定説であるはず!? なのに我々はいったいなにを見させられている!? あれではまるで剣そのものが肉体の一部にとりこまれているのと同じではないか!?」
声を荒げながらも、完全に意識が吸い寄せられていた。
食い入るかのように、しばらく瞬きすら忘れているようだった。
「ま、そうなるよな。俺だってアイツの使いかたにさえ触れてなきゃ、ずっと同じ場所に立っていたただろうしよ」
「ジュン……君はなにかを知っているようだな? この半年間でいったいなにが変わりなにを修した?」
源馬は微かに睨むように目尻を細めた。
が、ジュンはどこ吹く風と頭の後ろで手を組む。
代わりに夢矢が白い脚を伸ばして彼の隣に踏み入る。
「フレクスバッテリーには、血液を介入せずフレックスを貯蔵することができてしまったんです」
源馬の鋭角な眉毛が「……なんだと?」露骨に吊り上がった。
しかし夢矢は淑やかに、ミナトから視線を外さず、つづける。
「僕らは辿り着く途中で小さな間違いに囚われてしまっていたんです。魂の宿らぬ物体には魂を宿すことはできない、と」
「っ。……つづけてくれ給えいまは君の知見を優先したい。ただ、信ずるかはまた別の機会に協議するとしよう」
夢矢の瞳には、ずっと蒼が閉じこめられていた。
勇猛に戦う親愛なる友から一瞬として外れることはない。
「ノアの民、現行フレクサーたちは徹底的なフレックス使用法の教育を施されます」
「使いかたを謝れば命を落としかねぬ危険な力だ。細心の注意を払って習熟させることに疑念はない」
「だからその原初の部分で教科書に書かれていることを事実として受け入れてしまった、歩むべき本当の道を外れてしまったことにさえ気づかず」
愛おしいもの愛でるような、慈しむような。
そんな信頼に満ちた眼差しには、希望のみが映っている。
「ミナトくんは決して使えないんじゃなかったんです。ずっと使いかたを知っていたのに封じられていただけ」
「そしてアイツは俺たちを先導することで正しい道へと導いてくれた。過酷な環境で生きて得たすべてで人類を捻じ曲げてくれた」
言葉を刻むジュンと夢矢は、確かに笑っていた。
脳がその現実を拒絶しようとしても、視線だけは否応なく惹きつけられてしまう。
口を半開きにし、息を呑んだまま、人々はただその偉大な光景を目が乾くほど凝視する。
「き、君たちはそれを知ってあの力に……ミナト少年の成した偉業に……なんと名づけたのだ?」
次世代能力には、発見者が名づけるという通例があった。
そして大抵の場合、彼、のように最上部に位置するエリートが常を得る。
「次世代、第3」
「能力は、外界への干渉と、物質の私有化」
ニヒルな孤を描く少年たちの唇は、同時に同じ音を発する。
第3世代。
《効果》。
 




